滴定曲線、溶解度などーエクセルを用いて

酸塩基反応、沈殿反応、錯生成反応などの溶液内イオン平衡についてエクセル(EXCEL)を用いて理論的に解析し、滴定曲線の作成や溶解度の計算などをしていきたいと思います。

2019年10月

ソルバーを用いて、CaSO4およびCa(OH)2の純水への溶解度を求めます。平衡定数は熱力学的平衡定数を用い、拡張デバイ-ヒュッケル式で求めた活量係数によって補正を行います(2019-10-20)

 

熱力学的平衡定数(K°)、濃度平衡定数(K)、活量係数(γ)の関係は、次の通りです。

CaSO4の溶解度積:

  Ksps°= Ksps(γCaγSO4) , Ksps = [Ca][SO4]  , pKsps°= 4.62

Ca(OH)2の溶解度積:

  Kspo°= Kspo(γCaγOH^2) , Kspo = [Ca][OH]^2 , pKspo°= 5.19

CaSO4(aq)生成定数

  βs°= βs(γCaSO4/(γCaγSO4)) , βs = [CaSO4(aq)]/([Ca][SO4])

  logβs°= 2.36

CaOH+生成定数

  βo°= βo(γCaOH/(γCaγOH)) , βo = [CaOH]/([Ca][OH])

  logβo°= 1.3

硫酸の酸解離定数:

  K2°= K2(γSO4γH/γHSO4) , K2 = [H][SO4]/[HSO4] ,  pK2°= 1.99

水のイオン積:

  Kw°= Kw(γHγOH) , Kw = [H][OH] , pKw°= 14.00

 

<<CaSO4の純水への溶解度>>

<関係式>

関係式は次の通り(電荷は省略)

物質バランス:(溶解度S

水への溶解度を考える場合、CaSO4のみが水に溶けているので、

[Ca] = [Ca][CaSO4(aq)] = S

[SO4] = [HSO4][SO4][CaSO4(aq)] = S

[SO4] = [Ca]

電荷バランス

Q = [H][OH]2[Ca]2[SO4][HSO4]

イオン強度

μcal = ([H][OH]4[Ca]4[SO4][HSO4])/2

μcal =μo (μo:変数パラメーター)

●活量係数:

Logγi = 0.51(zi^2)√μo/(1(ai/305)√μo)

γi = 10^(logγi)

●化学種濃度:

[H] = 10^-pHc

[OH] = Kw/[H]

[Ca] =10^-pCa

[CaSO4(aq)] = βs[Ca][SO4]

[SO4] = Ksp/[Ca]

[HSO4] = [H][SO4]/K2

pH°= pHclogγH

(pHc, pCa:変数パラメーター)
(CaOH+は無視)

 

<エクセルシートの作成>

ソルバーのパラメーターを設定する。

     ・目標セル:Q=0

     ・変数セル:pHc, pCa, μo

     ・制約条件:R1= [SO4’][Ca’] =0

           R2= μcal-μo=0

 

<計算結果>

ソルバー解の結果を-1に示します。計算から求めた溶解度はS=1.96×10^-2 mol/L (2.66g/L)です。この値は実測値(2.7 g/kg (Gypsum & Lime No. 135 (1975), Ⅱ型無水塩))とよく一致しています。ちなみに、活量補正をしなかった場合(γi=1)は、S=1.04×10^-2 mol/Lでした。

-1

 2019-10-27-fig1

 

<<Ca(OH)2の純水への溶解度>>

<関係式>

関係式は次の通り(電荷は省略)

物質バランス:(溶解度S

[Ca] = [Ca][CaOH] = S

 

電荷バランス

Q = [H][OH]2[Ca][CaOH]

イオン強度

μcal = ([H][OH]4[Ca][CaOH])/2

μcal =μo (μo:変数パラメーター)

●活量係数:

Logγi = 0.51(zi^2)√μo/(1(ai/305)√μo)

γi = 10^(logγi)

●化学種濃度:

[Ca] =10^-pCa  (pCa:変数パラメーター)

[CaOH] = βo[Ca][OH]

[OH] = (Kspo/[Ca])

[H] = Kw/[OH]

pH°= pHclogγH

 

<エクセルシートの作成>

ソルバーのパラメーターを設定する。

     ・目標セル:Q=0

     ・変数セル:pCa, μo

     ・制約条件:R = μcal-μo= 0

 

<計算結果>

ソルバー解の結果を-2に示します。計算から求めた溶解度はS=2.05×10^-2 mol/L (1.52g/L)です。この値は実測値(1.491.70 g/kg(化学便覧))とよく一致しています。ちなみに、活量補正をしなかった場合(γi=1)は、S=1.52×10^-2 mol/Lでした。

 

-2

2019-10-27-fig2
 

 

エクセルを用いて、活量係数を考慮した平衡問題を計算する方法を説明します。

活量に関する関係式は、次式で与えられます(2019/10/13)

ai = [Xi]γi …①

μ= (Σzi^2[Xi])/2  …②

logγi = 0.51zi^2√μ/(1(ai/305)√μ)  …③

これらの式と平衡式、電荷均衡式、物質均衡式を組み合わせて、エクセル-ソルバーでシステマティックに解析を行います。エクセル-ソルバーは、エクセル上で、制約セルの条件に従がって、目的セルの値が最適になるように変数セルの値を変化さる操作のことです(2019/04/07)

 

<活量係数を考慮した計算方法>

エクセルの表を作る前にまず、関係式、熱力学的平衡定数K°, 与えられた濃度(式量濃度)Cおよび化学種Xi等を明確にすることが重要なポイントです。

K°およびCを与えて[Xi]を求めるときの手順は次の通りです。
(1) 熱力学的平衡定数K°の値を与える。

(2) 式量濃度Cの値を与える。

(3) イオン強度の変数パラメーターμoに適切な初期値を与える。

(4) μoにおける活量係数γiを求める。

  (4-1) 拡張デバイ-ヒュッケル式③を用いて、√μo, zi, aiからlogγiを求める。

  (4-2) logγiからγiを求める。

(5) K°およびγiから、μoにおけるKcを求める。

(6) 化学種Xiに関する濃度[Xi]を求める。

  (6-1) 主要なイオンのいくつかを変数パラメーター(p[X]o)とし、初期値を与える。

  (6-2)  Kc, C, p[X]oを用いてすべての化学種の濃度[Xi]を求める。

(7) 電荷均衡式、物質均衡式、イオン強度の計算式μcalを作る。

(8) ソルバーを実行する。ソルバーのパラメーターは、

    ・目的セル:電荷均衡式Q=0

    ・変数セル: p[X]oおよびμo

    ・制約条件:μcalμo=0および物質均衡式=0

(注意事項)

(変数セルの個数)(制約条件の個数)1 となる必要がある。

*物質均衡式、電荷均衡式およびイオン強度の式は活量ではなく濃度を用いることに注意!

*変数パラメーターを代えることにより、例えばp[X]oを与えてCを求めることなども可能である(実例2参照)


<実例1:酢酸(HA)-酢酸ナトリウム(NaA)緩衝液のpHを求める>

Ca = 0.1 mol/LHAおよびCs = 0.1 mol/LNaAを含む緩衝液のpH°を求めます。酢酸の酸解離定数をpKa°= 4.756, 水のイオン積をpKw°= 14.000とします( at 25)

 

<関係式>

関係式は次の通りです(電荷は省略)

Ka°= 10^-pKa°

Kw°= 10^-pKw°

Ca = [A][HA]

Cs = [Na]

電荷バランス:Q = [H][OH][A][Na]

イオン強度:μ= ([H][OH][A][Na])/2

logγH = 0.51√μ/(12.95√μ)

logγOH = 0.51√μ/(11.15√μ)

logγA = 0.51√μ/(11.48√μ)

logγHA = 0

γH = 10^(logγH)

γOH =10^(logγOH)

γA = 10^(logγA)

γHA = 10^(logγHA)

Ka = [H][A]/[HA] = Ka°/(γHγAAH)

Kw = [H][OH] = Kw°/(γHγOH)

pHc = pH°logγH

 

<エクセルシートの作成>(-1参照)

1) pKa°, pKw°の値から、Ka°, Kw°を求める。(D5, D6)

2) Ca, Csの値を与える。 (D7, D8)

3) pH°,μoを変数パラメーターとして、変数セルに初期値を与える。 (D10, D11)

   ・例えば、pH°= 5, μo= 0.1とする。

4) √μo, logγH, logγOH logγA, γH, γOH, γA,γHAを求める。 (D12D19)

   ・logγi = 0.51zi^2√μo/(1(ai/305)√μo)

   ・γi = 10^logγi

5) Ka, Kw, pHcを求める。 (D21D23)

   ・Ka = Ka°/(γHγA/γHA)

   ・Kw = Kw°/(γHγOH)

   ・pHc = pH°logγH

6) [H], [OH], [A],[HA], [Na]を求める。 (D24D28)

   ・[H] = 10^-pHc

   ・[OH] = Kw/[H]

   ・[A] = (CaCs)/(1[H]/Ka)

   ・[HA] =[A][H]/ Ka

   ・[Na] = Cs

7) Q, μcalを求める(D29D31)

   ・電荷バランス:Q = [H][OH][A][Na]

   ・イオン強度:μcal = ([H][OH][A][Na])/2

8) ソルバーを動かす。(-1のダイアログボックス参照)

   ・データ⇒ソルバー⇒ダイアログボックスを開く。

   ・ソルバーのパラメーターを設定する。

     ・目標セル:Q=0

     ・変数セル:pH°, μo

     ・制約条件:μcal-μo=0

   ・解決方法の選択:「GRG非線形」を選択する。

   ・オプションを選択⇒制限条件の精度精度⇒「1e-10

   ・もとの画面⇒「解決」

   ・「ソルバーによって解が見つかりました」⇒「OK」

 

<計算結果>

エクセルの計算結果および計算式を-2に示します。

計算の結果、活量係数による補正をおこなうと、pH°=4.65となりました。補正を行わないとpH°= pKa°=4.756なので、補正により-0.11の差が生じています。

-1

 2019-10-20-fig1

-2

2019-10-20-fig2xx


 

 

 

<実例2:定められたpHの酢酸(HA)-酢酸ナトリウム(NaA)緩衝液を調製する>

ソルバーを用いて、Ca mol/L HACs mol/L NaAを混合して定められたpH°の緩衝液を作るときの調製方法を求めます。酢酸の酸解離定数をpKa°= 4.756, 水のイオン積をpKw°= 14.000とします( at 25)

具体的には、Cao=0.2 mol/LHA, Va=100 mLCs=0.2 mol/LNaA, Vs mLを混合してpH°=5.0の緩衝液を作るときのVsを求めます。

 

<関係式とエクセルシシートの作成>

混合後のHAの濃度CaおよびNaAの濃度Csは次のようになります。

Ca = Cao Va/(VaVs)

Cs = Cso Vs/(VaVs)

Va = 100

また、平衡に関する式と活量係数に関する式は実例1と同様です。

実例1と同様のエクセルシートを作り、ソルバーのパラメーターを次のように設定します。

     ・目標セル:Q=0

     ・変数セル:Vs, μo

     ・制約条件:μcal-μo=0

 

<計算結果>

結果を-3に示します。比較のため、活量補正をしない場合も示します。活量補正をした場合Vs = 218.8 mLですが、しない場合はVs = 175.3 mLと大きく異なります(もちろん活量補正した方がより正しい値です)。

-3

 2019-10-20-fig3x

 


 

 

 


平衡問題を厳密に取り扱うときは、活量係数による補正が必要です。エクセル-ソルバーを用いると、活量係数による補正が簡単にできます。

 

<活量と活量係数>

たとえば、AgClだけが溶けている水溶液にNaNO3を添加すると、AgClの溶解度が増加します。これは、溶解しているAg+イオンの周りにはNO3-イオンが引き付けられ、またCl-イオンの周りにはNa+イオンが引き付けられて、Ag+Cl-のイオン対間の親和力が減少するためです(-1

-1

2019-10-99-fig1
 

NaNO3が多量になり過ぎると、逆にAg+Cl-のイオン対間の親和力が増加することもあります。このように、反応と無関係な共存イオンの存在の有無あるいは多少によって、Ag+Cl-イオン対間の親和力が変化し、反応の平衡状態が変わってきます。

 

 

次のような平衡を考えます。

AB A+ B-

Kc = [A+][B-]/[AB]

しかし、濃度([A+], [B-], [AB])を用いる限り、平衡とは無関係に共存するイオンの影響で平衡定数Kcは変動して真の定数ではなります。このため、共存イオンがどのようであっても平衡定数が一定となるよう、「濃度」の代わりに「活量」という考えを導入します。

 

A+イオン, B-イオン, AB(分子種)活量aA, aB, aABとすると、

K°= aA×aB/aAB

aA = [A+]γA

aB = [B-]γB

aAB = [AB]γAB

K°は共存イオンがどのようであっても温度が同一であれば一定となる定数です。この平衡定数K°熱力学的平衡定数と呼ばれます。一方、濃度を用いたKc濃度平衡定数と呼ばれます。

γA, γB, γAB活量係数と呼ばれ、イオン間の引力を補正する係数です。

 

一般に、化学種Xiのモル濃度を[Xi], その活量係数をγi,とすると、活量aiは、

ai = [Xi]γi …①

となります。

 

したがって、熱力学的平衡定数K°は濃度平衡定数Kcと活量係数γを用いて次のように表されます。

K°= Kc(γAγB/γAB)

データ集などの平衡定数の値は一般にこの熱力学的平衡定数K°の値が記載されています。したがって実際の平衡を考える場合は、γを知ってK°からKcを求めることが必要となります。

 

 

<活量係数とイオン強度の関係>

ここで、γを具体的に知るために、イオン強度という考えを導入します。イオン強度(μ)は次式で与えられます。

μ= (Σzi^2[Xi])/2  …②

  [Xi]:個々のイオンの濃度

  zi:個々のイオンの電荷

イオン強度(μ)は全電解質濃度の尺度です。

活量係数とイオン強度の比較的正確な関係式として、デバイ-ヒュッケル式、拡張デバイ-ヒュッケル式、デービス式等があります。ここでは主に、次に示す拡張デバイ-ヒュッケル式を用います。

logγi = 0.51zi^2√μ/(1(ai/305)√μ)  …③

ここで、γiは活量係数、μはイオン強度、ziは電荷、aiは水和イオン直径(pm)を表します。

主なイオンのai, ai/305の値および代表的活量係数の例を-1に示します。

-1

2019-10-99-fig2
 

 

③式はμがおおよそ0.20.3より小さいときに成立します。また電荷を持たない化学種については、γ≒1となります。

 

溶液のイオン濃度が低くなり、イオン強度が小さくなると、γiは1に近づきます。熱力学的平衡定数はつまりイオン強度μ=0における平衡定数ということができます。

代表的なイオンに対するイオン強度と活量係数の関係を-2に示します(拡張デバイ-ヒュッケル式による)

-2

 2019-10-99-fig3

 

なお、デービス式は次式で与えられます。0.3µの項の代わりに0.2µが用いられることもあります。この式はµ=0.5 mol/Lくらいまで使えます。

logγi = 0.51zi^2{√μ/(1+√μ)0.3μ}


<pHについて>

pHの厳密な定義は、活量を用いて、次式で与えられます。

pH = log aH = log [H+]γH

以下、活量基準のpHpH°で表し、濃度基準のpHpHcで表します。

  

<エクセル-ソルバーの利用>

以上述べたように、K°, Kc, γi, μ, [Xi]は相互に関連しあっています。このような平衡問題をシステマティックに解析する場合、エクセル-ソルバーを用いることが非常に有効です。次回、エクセル-ソルバーで平衡問題の計算をするときの活量補正の方法について実例をあげて説明します。

 

今回は、酢酸-酢酸アンモニウム緩衝液を含む酢酸ストロンチウム((CH3COO)2Sr)溶液に(NH4)2SO4を加えることを考えます。なお、(CH3COO)2SrSrAc2と略します。

 

SrAc2, HAc, NH4Ac, (NH4)2SO4の添加濃度をそれぞれ、Csr, Ca, Cn, Cs (mol/L)とします。

平衡定数は、

Ksp = [Sr][SO4],  pKsp = 6.50

β1 = [SrSO4]/([Sr][SO4]),  logβ1 = 2.2

K2 = [H][SO4]/[HSO4],  pK2 = 1.99

Ka = [H][Ac]/[HAc],  pKa = 4.76

Kn = [H][NH3]/[NH4],  pKn = 9.25

とします。また、活量係数はすべて1とします。


 

<関係式>

●物質バランス

[Sr’] = [Sr][SrSO4] = [Sr](1+β1[SO4]) = [Sr]α

[SO4’] = [SO4][HSO4][SrSO4]

Csr[Sr’] = Cs[SO4’]

 

●電荷バランス

Q = [H][OH]2[Sr][HSO4]2[SO4][NH4][Ac] = 0

 

各化学種の濃度

[H] = 10^-pH

[OH] =10^-14/[H]

[Sr] = Ksp/[SO4]  (沈殿のあるとき)

または、[Sr] = Csr/α (沈殿のないとき)

[SO4] = 10^-pSO4

[HSO4] = [SO4][H]/K2

[NH3] = (2CaCn)/(1+[H]/Kn)

[NH4] = [H][NH3]/Kn

[Ac] = (2CsrCaCn)/(1+[H]/Ka)

[HAc] = [H][Ac]/Ka

 

<エクセルの取り扱い>

エクセルでのソルバーのパラメータ

・目的セル:電荷バランス、Q = 0

・変数セル:pH, pSO4

・制約条件:R = CsrCs([Sr’][SO4’]) = 0

 

沈殿の生成・消滅の境界におけるパラメータ

・目的セル:電荷バランスQ = 0

・変数セル:pH, pSO4 およびCs

・制約条件:R = 0 および [Sr][SO4]/Ksp = 1

[Sr]の計算式:[Sr] = Csr/α

 

<結果>

結果は次の通りです。

SrAc2, HAc, NH4Acの濃度がそれぞれ、Csr = 0.01mol/L, Ca =0.2 mol/L Cn =0.2 mol/Lの溶液に(NH4)2SO4を添加したときの溶解度および沈殿率を-1, -2に示します。

(NH4)2SO4の添加濃度がおよそ1×10^-4mol/L以上でSrSO4の沈殿の生成が始まります。また、当量よりやや過剰に(NH4)2SO4を添加すれば定量的に沈殿が生成することがわかります。

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2019-10-06-fig1

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2019-10-06-fig2

計算例を-3に示します。

-3

 2019-10-06-fig3

 

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