前回(2021/06/20)に引き続き、今回は全アンモニア濃度を一定にしてpHを変化させたときの塩基性銅塩の溶解度を求めます。
高校の教科書等では、銅(II)溶液に少量のアンモニア水を加えると水酸化銅(II)が生成すると記されていますが、実際に沈殿するのは塩基性塩で、その組成は生成条件によって異なります。
硝酸銅や硫酸銅の水溶液にアンモニアを添加した場合、もっとも安定的に生成する沈殿は、Cu(NO3)2・3Cu(OH)2、CuSO4・3Cu(OH)2です(*1)。
4Cu(NO3)2+6NH3+6H2O → Cu(NO3)2・3Cu(OH)2+6NH4NO3
4CuSO4+6NH3+6H2O → CuSO4・3Cu(OH)2+6NH4NO3
(*1) 生成した沈殿を熱分解するとNO2あるいはSO3ガスを発生することや、滴定法・X線回折法などで確認できる。
<アンモニア溶液に対する塩基性硝酸銅の溶解度>
塩基性硝酸銅 Cu(NO3)2・3Cu(OH)2の溶解度積は、Ksp
= [Cu][OH]^1.5[NO3]^0.5, pKsp =
16.3~16.9程度です。ここでは、pKsp
= 16.3の値を用いて溶解度を計算します。
全濃度Cn mol/Lのアンモニアを含みpHを様々に変化させた溶液に対する塩基性硝酸銅(Cu(NO3)2・3Cu(OH)2)の溶解度(S)をエクセルで求めます。pHの調整は強酸(HX)または強塩基(NaOH)の添加によって行い、添加による溶液の体積の変化はないものとします。活量係数は考慮しません。
銅(II)-アンモニア系の平衡は、次のようになります。
(反応式)
Cu2+ + NO3- ⇄ CuNO3+
Cu2+ + NH3 ⇄ CuNH32+
Cu2+ + 2NH3 ⇄ Cu(NH3)22+
Cu2+ + 3NH3 ⇄ Cu(NH3)32+
Cu2+ + 4NH3 ⇄ Cu(NH3)42+
Cu2+ + OH- ⇄ CuOH+
Cu2+ + 2OH- ⇄ Cu(OH)2(aq)
Cu2+ + 3OH- ⇄ Cu(OH)3-
Cu2+ + 4OH- ⇄ Cu(OH)42-
NH4+ ⇄ NH3 + H+
H2O ⇄ H+ + OH-
Cu(NO3)2・3Cu(OH)2(s) ⇄
4Cu2+ +
2NO3- + 6OH-
(平衡定数式)
βs= [CuNO3]/([Cu][NO3])
βn1= [CuNH3]/([Cu][NH3])
βn2= [Cu(NH3)2]/([Cu][NH3]^2)
βn3= [Cu(NH3)3]/([Cu][NH3]^3)
βn4= [Cu(NH3)4]/([Cu][NH3]^4)
βo1= [CuOH]/([Cu][OH])
βo2= [Cu(OH)2]/([Cu][OH]^2)
βo3= [Cu(OH)3]/([Cu][OH]^3)
βo4= [Cu(OH)4]/([Cu][OH]^4)
Kn = [NH3][H]/[NH4]
Kw = [H][OH]
Ksp = [Cu][OH]^1.5[NO3]^0.5
平衡定数値は図-1中に示します。
(物質収支式)
Ca = [X]
Cn = [NH3]+[NH4]+Σj*[Cu(NH3)j]
溶液中の全銅濃度を[Cu’]とすると、
[Cu’] = [Cu]+Σ[Cu(OH)i]+Σ[Cu(NH3)j] + [CuNO3]
沈殿平衡成立時は[Cu’]が溶解度(S) (mol/L)ということになります。
またNO3-は溶解した塩基性硝酸銅に由来するので、溶液中の全硝酸濃度を[NO3’]とすると、
[NO3’] = [CuNO3]+[NO3] = [Cu’]/2
となります。
(電荷収支式)
Q = [H]-[OH] +2([Cu]+Σ[Cu(NH3)j])+[CuOH]-[Cu(OH)3]-2[Cu(OH)4]+[NH4]-[X]+ [CuNO3]ー[NO3]= 0
溶解平衡が成立している場合、Ksp = [Cu][OH]^1.5[NO3]^0.5が成立するのでこの式から[Cu]を求めることが可能です。したがって、溶解平衡が成立している場合の各化学種の濃度は、次のようになります。
[Cu] =Ksp/([OH]^1.5[NO3]^0.5)
[CuNO3] = βs[Cu][NO3]
[CuNH3] = βn1[Cu][NH3]
[Cu(NH3)2] = βn2[Cu][NH3]^2
[Cu(NH3)3] = βn3[Cu][NH3]^3
[Cu(NH3)4] = βn4[Cu][NH3]^4
[CuOH] = βoi[Cu][OH]
[Cu(OH)2] = βoi[Cu][OH]^2
[Cu(OH)3] = βoi[Cu][OH]^3
[Cu(OH)4] = βoi[Cu][OH]^4
[NH3] = 10^-pNH3
[NH4] = [NH3][H]/Kn
[X] = Ca
[NH3’]
=Σ(j*[Cu(NH3)j])+[NH3]+[NH4]
[Cu’] =
[Cu]+Σ[Cu(OH)i]+Σ[Cu(NH3)j]+[CuNO3] = S
[NO3’] = [Cu’]/2
これらの関係式からエクセルのソルバーを用いてSを求めます。
目的セル:Q (目標値:"0")
変数セル:Ca, pNH3, pNO3 (Caは強酸(HX)濃度。Caの値が負の場合は負号を外した値がNaOH濃度を表す。)
制約条件:R1 = Cn-[NH3’], R2 = [Cu’]/2-[NO3’],
Cn = 0, 0.01, 0.1, 1 mol/Lの場合についてpHを3~14まで変化させて求めた塩基性硝酸銅の溶解度Sについて計算結果(抜粋)を図-1、pH-log S図を図-2に示します。図-2中には比較のためCu(OH)2の溶解度(破線)(2021/06/20)も示します。
図-2から明らかなように、Cn=0~1 mol/LにおいてCu(NO3)2・3Cu(OH)2とCu(OH)2の溶解度を比べると、pHが5~6より小さい場合はCu(NO3)2・3Cu(OH)2のほうが小さく、pHが5~6より大きい場合はCu(OH)2のほうが小さいことがわかります。このことは、硝酸銅溶液に少量のアンモニアを加えてpHを上げた場合、最初Cu(OH)2ではなく塩基性硝酸銅の方が優先的に沈殿することを示唆しています。
<アンモニア溶液に対する塩基性硫酸銅の溶解度>
塩基性硫酸銅CuSO4・3Cu(OH)2の溶解度積は、Ksp = [Cu][OH]^1.5[SO4]^0.25,
pKsp = 17.1~17.3程度です。ここでは、pKsp = 17.2の値を用いて溶解度を計算します。
CuSO4・3Cu(OH)2(s) ⇄ 4Cu2+ + SO42- + 6OH-
全濃度Cn mol/Lのアンモニアを含みpHを様々に変化させた溶液に対する塩基性硫酸銅(CuSO4・3Cu(OH)2)の溶解度(S)をエクセルで求めます。pHの調整は強酸(HX)または強塩基(NaOH)の添加によって行い、添加による溶液の体積の変化はないものとします。活量係数は考慮しません。
塩基性硫酸銅の溶解度(S)の求め方は前述の塩基性硝酸銅の場合と同様です。
Cn = 0.1 mol/Lの場合の計算結果を図-3示し、pH-log
S図を図-4に示します。
図-4から明らかなように、アンモニア濃度がCn=0.1 mol/Lの場合、pHがおよそ7より小さい場合はCuSO4・3Cu(OH)2の溶解度のほうがCu(OH)2の溶解度より小さいことがわかります。このことは、硫酸銅溶液に少量のアンモニアを加えた場合は、最初Cu(OH)2ではなく塩基性硫酸銅が優先的に沈殿することを示唆しています。