滴定曲線、溶解度などーエクセルを用いて

酸塩基反応、沈殿反応、錯生成反応などの溶液内イオン平衡についてエクセル(EXCEL)を用いて理論的に解析し、滴定曲線の作成や溶解度の計算などをしていきたいと思います。

2021年09月

(III)OH単核・多核錯体、SO4錯体の生成やイオン強度の影響を考慮して、硫酸鉄(III)に酸または塩基を加えた場合の平衡計算を行います。   

Fe(OH)3の沈殿については、無定形沈殿(pKsp=38.8)を想定しました。様々なイオン強度における平衡定数値を-1に示します(出典:R. M. Smith and A. E. Martell, "Critical Stability Constants (vol. 4)")。以下、この値を用いて話を進めます。   

-1
2021-09-26-fig1

<関係式>
計算に用いた関係式は次の通り。
・単核OH錯体
Fe3+
OH- FeOH2+
 β1 = [FeOH]/([Fe][OH])
Fe3+
2OH- Fe(OH)2+
 β2 = [Fe(OH)2]/([Fe][OH]^2)
Fe3+
3OH- Fe(OH)3(aq)
 β3 = [Fe(OH)3]/([Fe][OH]^3)
Fe3+
4OH- Fe(OH)4-
 β4 = [Fe(OH)4]/([Fe][OH]^4)   

・多核OH錯体
2Fe3+
2OH- Fe2(OH)24+
 β22 = [Fe2(OH)2]/([Fe]^2[OH]^2)
3Fe3+
4OH- Fe3(OH)45+
 β34 = [Fe3(OH)4]/([Fe]^3[OH]^4)   

SO4錯体
Fe3+
SO42- FeSO4+
 βs1 = [FeSO4]/([Fe][SO4])
Fe3+
2SO42- Fe(SO4)2-
 βs2 = [Fe(SO4)2]/([Fe][SO4]^2)   

・硫酸の酸解離
HSO4-
SO42-H+
 Ka = [SO4][H]/[HSO4]
・溶解度積
Fe3+
3OH- Fe(OH)3(s)
 Ksp = [Fe][OH]^3   
<イオン強度の影響>
濃度平衡定数はイオン強度(μ)の影響を受けます。
「修正デービス式」を用いてイオン強度(μ)の影響を定量的に評価します。

修正デービス式のk'値について、これまで求めた値(2021/09/12)はこれをそのまま使用しました。
βs1, βs2, Kaについては、下記の式を用いて、モデル式のk'に初期値を与えて求めたlogβ(cal)と実験値のlogβ(exp)との偏差平方和(E^2)が最も小さくなるようなk'値を求め、さらに各平衡定数を求めました。
log
γ = 0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)k'μ) (zは電荷。k'は実験値の回帰式から求めた値)
価イオンは、logγ1 = 0.5(√μ/(1+√μ)k'μ)
価イオンは、logγ2 = 4logγ1
価イオンは、logγ3 = 9logγ1
βs1=[FeSO4]/([Fe][SO4])=βs1o1/(γ3γ2)=βso1/(γ1^9γ1^4)=βsoγ1^12
βs2=[Fe(SO4)2]/([Fe][SO4]^2)=βs2o1/(γ3γ2^2)=βso1/(γ1^9γ1^8)=βsoγ1^16
Ka=[SO4][H]/[HSO4]=Kao/(γ2γ11)=Kao/(γ1^4γ11)=Kao1^4
結果を-2に示します。   

-
2021-09-26-fig2

<化学種濃度および溶解度>
硫酸鉄(III)水溶液に酸または塩基を加えたときの化学種濃度
0.1 mol/L Fe2(SO4)3(III)
水溶液(CFe=0.2 mol/L, CSO4=0.3 mol/L)に酸または塩基を加えたときの化学種濃度を、エクセルのソルバー機能を用いて求めます。酸、塩基としてはFe(III)と錯体を作らない1価の強酸(HX)または塩基(BOH)を用います(たとえば、過塩素酸とNaOH)。酸または塩基の添加によって体積は変化しないものとします。ソルバーの計算では、溶液の最終的なpHc(=log[H])を与件とし、BOHの必要濃度Cb mol/Lを変数として値を求めます。もし計算の結果Cbが負の値となったときは-CbHX濃度と考えます。   


・電荷バランスは、
Q = [H]
[OH]3[Fe]2[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]4[Fe2(OH)2]5[Fe3(OH)4][FeSO4][Fe(SO4)2]2[SO4][HSO4][B]   

SO4の物質バランスは、
CSO4 = (3/2)CFe = [SO4']= [FeSO4]
2[Fe(SO4)2][SO4][HSO4]

Fe(III)の物質バランスは、水酸化鉄(III)の沈殿が生じない場合([Fe][OH]^3Ksp)
CFe = [Fe'] = [Fe]
[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)3][Fe(OH)4]2[Fe2(OH)2]3[Fe3(OH)4][FeSO4][Fe(SO4)2]
*1)
*1) したがって、CFe-[Fe'] = 0が成立し、この関係から[Fe]を求めることができる。沈殿が生じる場合は、CFe  [Fe']でありCFe-[Fe'] = 0は成立しない。この場合、[Fe]Ksp = [Fe][OH]^3から求める。   

・イオン強度は、
µo = µcal = ([H]
[OH]9[Fe]4[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]16[Fe2(OH)2]25[Fe3(OH)4][FeSO4][Fe(SO4)2]4[SO4][HSO4]+√([B]^2))/2
・1価の化学種iの活量係数は、
logγ1(i) = 0.5(√μ/(1+√μ)k'(i)μ)   

・濃度平衡定数は、
β1=β1oγ1^6
β2=β2oγ1^10
β3=β3oγ1^12
β4=β4oγ1^12
β22=β22oγ1^4
β34=β34oγ1^6
βs1=βs1oγ1^12
βs2=βs2oγ1^16
Ks=Kso1^4
Kw=Kwo1^2

Ksp=Kspo1^12
(太字µ=0における平衡定数(熱力学的平衡定数))   

・化学種濃度は、pHcを与件とすると次にように表せます。
[H] = 10^-pHc
[OH] = Kw/[H]
[Fe] = 10^-pFe
 (沈殿が生じない場合)
または
[Fe] = Ksp/[OH]^3
 (沈殿が生る場合)
[FeOH] =
β1[Fe][OH]
[Fe(OH)2] =
β2[Fe][OH]^2
[Fe(OH)3] =
β3[Fe][OH]^3
[Fe(OH)4] =
β4[Fe][OH]^4
[Fe2(OH)2] =
β22[Fe]^2[OH]^2
[Fe3(OH)4] =
β34[Fe]^3[OH]^4
[FeSO4] =
βs1[Fe][SO4]
[Fe(SO4)2] =
βs2[Fe][SO4]^2
[SO4] = 10^-pSO4
[HSO4] = [SO4][H]/Ka
[B] = Cb
   

これらの関係から、エクセルのソルバー機能を用いて、各化学種濃度を求めます。
パラメータ設定は次の通り。
BOHを添加してFe(OH)3沈殿が生じない場合:
 ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
 ・変数セル:Cb, pFe, pSO4, μo 

 ・制約条件RFe = CFe-[Fe'] = 0 
       RSO4 = CSO4[SO4'] = 0 
(CSO4 = (3/2)CFe)
       Rµ = μcalμo = 0   

BOHを添加してFe(OH)3沈殿が生じる場合:
 ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
 ・変数セル:Cb, pSO4, μo

 ・制約条件RSO4 = CSO4[SO4'] = 0 (CSO4 = (3/2)CFe)
       Rµ = μcalμo = 0   

計算結果の抜粋を-に示し、pHcに対する各化学種濃度および溶解度の関係(pHclog C)-に示します。   

-
2021-09-26-fig3

-
2021-09-26-fig4


-から分かるように、硫酸鉄(III)水溶液に酸または塩基を加えてpHを調整するとpHc=2付近においてFe(OH)3の沈殿生成が始まり、さらにpHを上げると溶解度は減少し、pH=8付近において最小となります。引き続きpHを上げると、今度はFe(OH)4-アニオンの生成が増して溶解度が上昇します。

以前(2020/01/26)Al(OH)3の溶解度に及ぼす結晶形の違いについて報告しました。今回は錯体生成や活量係数補正を考慮してFe(III)(OH)3の溶解度と結晶形の関係について調べます。   

(III)塩の溶液に常温でアルカリをすばやく添加すると無定形(アモルファス)の沈殿が得られます。これを熟成すると条件によりα-FeOOH(針鉄鉱、ゲータイト)やα-Fe2O3(赤鉄鉱、ヘマタイト)に変化します(以下、これらを水酸化鉄(III)(Fe(OH)3)総称する)
各結晶形の溶解度積(Ksp, at 25)は次の通りです["Critical Stability Constants, vol. 4"]
 ・無定形水酸化鉄  pKsp = 38.8 (μ=0),  38.6 (μ=3)
 ・ゲータイト(α-FeOOH)  pKsp = 41.5(μ=0),  41.1 (μ=3)
 ・ヘマタイト(α-Fe2O3)  pKsp = 42.7(μ=0)
なお、その他の関係式や平衡定数値については前回(2021/09/12)通りです。
Fe3+
OH- FeOH2+  β1 = [FeOH]/([Fe][OH])
Fe3+
2OH- Fe(OH)2+  β2 = [Fe(OH)2]/([Fe][OH]^2)
Fe3+
3OH- Fe(OH)3(aq)  β3 = [Fe(OH)3(aq)]/([Fe][OH]^3)
Fe3+
4OH- Fe(OH)4  β4 = [Fe(OH)4]/([Fe][OH]^4)
2Fe3+
2OH- Fe2(OH)24+  β22 = [Fe2(OH)2]/([Fe]^2[OH]^2)
3Fe3+
4OH- Fe3(OH)45+  β34 = [Fe3(OH)4]/([Fe]^3[OH]^4)
Fe3+
3OH- Fe(OH)3(s), FeOOH(s), Fe2O3(s)  Ksp = [Fe][OH]^3   

これらのデータを用いて、水酸化鉄(III)の溶解度とpHの関係を求めます。   

<イオン強度の影響>
前回同様、「修正デービス式」を用いてイオン強度(μ)の影響を定量的に評価します。
log
γ = 0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)k'μ) (zは電荷。k'は実験値の回帰式から求めた値)
したがって、
価イオンは、logγ1 = 0.5(√μ/(1+√μ)k'μ)
価イオンは、logγ2 = 4logγ1
価イオンは、logγ3 = 9logγ1
価イオンは、logγ4 = 16logγ1
価イオンは、logγ5 = 25logγ1
0
価の種は、logγ0 = 1
濃度平衡定数は、
β1=β1oγ1^6
β2=β2oγ1^10
β3=β3oγ1^12
β4=β4oγ1^12
β22=β22oγ1^4
β34=β34oγ1^6
βn=βnoγ1^6
Kw=Kwo1^2

Ksp=Kspo1^12
(太字µ=0における平衡定数(熱力学的平衡定数))
修正デービス式のk'値は前回通りです。ゲータイト(α-FeOOH)については新たに求めた結果、k'=0.19となりました。ヘマタイト(α-Fe2O3)についてはµ=0のデータしかないので、k'=0.2としました。   

<酸または塩基への水酸化鉄(III)の溶解度>
酸または塩基へ水酸化鉄(III)を溶解したときの溶解度を、エクセルのソルバー機能を用いて用いて求めます。酸、塩基としてはFe(III)と錯体を作らない1価の強酸(HX)または塩基(BOH)を用います(たとえば、過塩素酸とNaOH)
ソルバーの計算では、溶液の最終的なpHc(=log[H])を与件とし、HXの必要濃度CX mol/Lを変数とします。もし計算の結果CXが負の値となったときは-CXBOH濃度と考えます。   

pHcを与件とすると、各化学種は次にように表せます。
[H] = 10^-pHc
[OH] = Kw/[H]
[Fe] = Ksp/[OH]^3
[FeOH] =
β1[Fe][OH]
[Fe(OH)2] =
β2[Fe][OH]^2
[Fe(OH)3] =
β3[Fe][OH]^3
[Fe(OH)4] =
β4[Fe][OH]^4
[Fe2(OH)2] =
β22[Fe]^2[OH]^2
[Fe3(OH)4] =
β34[Fe]^3[OH]^4
[X] = CX
また計算に必要な関係式は次の通りです。
Q = [H][OH]3[Fe]2[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]4[Fe2(OH)2]5[Fe3(OH)4][X] = 0
µcal = ([H]
[OH]9[Fe]4[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]16[Fe2(OH)2]25[Fe3(OH)4]+√([X]^2))/2 = µo
S[Fe][FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)3][Fe(OH)4]2[Fe2(OH)2]3[Fe3(OH)4]

・ソルバーのパラメータ設定
  ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
  ・変数セル:CX, μo

  ・制約条件Rµ = μcalμo = 0   

無定形水酸化鉄の溶解度に関する計算結果(抜粋)-に示します。また、pHcの関数として無定形水酸化鉄、FeOOHおよびFe2O3の溶解度および化学種濃度を-2~5に示します。

-
2021-09-19-fig1

 
-
2021-09-19-fig2

-
2021-09-19-fig3

-
2021-09-19-fig4

-
2021-09-19-fig5



以前「Fe(NO3)3NH3を加える」(2019/07/21)において、「0.1 mol/L硝酸鉄(III)溶液はアンモニアを加えなくても一部Fe(OH)3の沈殿が生成する」という計算結果を出しました。しかし実際の硝酸鉄(III)は可溶性です。このような計算結果となったのは、NO3錯体、多核OH錯体の生成や活量係数補正を無視したためです。今回はこれらの影響を考慮して、平衡計算を行います。   

Fe(NO3)3溶液またはこれにHNO3を加えた溶液の化学種分布を求めます。Fe(OH)3の沈殿については、ここでは無定形沈殿(pKsp=38.8)を想定しました(*1)。様々なイオン強度における平衡定数値を-1に示します(出典:R. M. Smith and A. E. Martell, "Critical Stability Constants (vol. 4)")。以下、この値を用いて話を進めます。
(*1) (III)の水酸化物沈殿は、結晶形の違いにより溶解度が異なる。Fe2O3(赤鉄鉱、ヘマタイト)が最も難溶(pKsp=42.7)であり、次にα-FeOOH(針鉄鉱、ゲータイト)が難溶(pKsp=41.5)で、無定形のFe(OH)3が最も溶けやすい(pKsp=38.8)   

-1
2021-09-12-fig1

<関係式>
・単核OH錯体
Fe3+
OH- FeOH2+
 β1 = [FeOH]/([Fe][OH])
Fe3+
2OH- Fe(OH)2+
 β2 = [Fe(OH)2]/([Fe][OH]^2)
Fe3+
3OH- Fe(OH)3(aq)
 β3 = [Fe(OH)3]/([Fe][OH]^3)
Fe3+
4OH- Fe(OH)4-
 β4 = [Fe(OH)4]/([Fe][OH]^4)   

・多核OH錯体
2Fe3+
2OH- Fe2(OH)24+
 β22 = [Fe2(OH)2]/([Fe]^2[OH]^2)
3Fe3+
4OH- Fe3(OH)45+
 β34 = [Fe3(OH)4]/([Fe]^3[OH]^4)   

NO3錯体
Fe3+
NO3- FeNO32+
 βn = [FeNO3]/([Fe][NO3])   

・溶解度積
Fe3+
3OH- Fe(OH)3(s)
 Ksp = [Fe][OH]^3   
<イオン強度の影響>
濃度平衡定数はイオン強度(μ)の影響を受けます。
次式のような「修正デービス式」を用いてイオン強度(μ)の影響を定量的に評価します。
log
γ = 0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)k'μ) (zはイオンの電荷。k'は実験値の回帰式から求めた値)
したがって、
価イオンは、logγ1 = 0.5(√μ/(1+√μ)k'μ)
価イオンは、logγ2 = 4logγ1
価イオンは、logγ3 = 9logγ1
価イオンは、logγ4 = 16logγ1
価イオンは、logγ5 = 25logγ1
0
価の種は、logγ0 = 1
となり、各平衡定数は、
β1=[FeOH]/([Fe][OH])=β1o2/(γ3γ1)=β1o1^4/(γ1^9γ1)=β1oγ1^6
β2=[Fe(OH)2]/([Fe][OH]^2)=β2o1/(γ3γ1^2)=β2o1/(γ1^9γ1^2)=β2oγ1^10
β3=[Fe(OH)3]/([Fe][OH]^3)=β3o0/(γ3γ1^3)=β3o0/(γ1^9γ1^3)=β3oγ1^12
β4=[Fe(OH)4]/([Fe][OH]^4)=β4o1/(γ3γ1^4)=β4o1/(γ1^9γ1^4)=β4oγ1^12
β22=[Fe2(OH)2]/([Fe]^2[OH]^2)=β22o4/(γ3^2γ1^2)=β22o1^16/(γ1^18γ1^2)=β22oγ1^4
β34=[Fe3(OH)4]/([Fe]^3[OH]^4)=β34o5/(γ3^3γ1^4)=β34o1^25/(γ1^27γ1^4)=β34oγ1^6
βn=[FeNO3]/([Fe][NO3])=βno2/(γ3γ1)=βno1^4/(γ1^9γ1)=βnoγ1^6
Ksp=[Fe][OH]^3=Kspo/(γ3γ1^3)=Kspo/(γ1^9γ1^3)=Kspo1^12
Kw=[H][OH]=Kwo1^2
となります。   

修正デービス式のk'の求め方は次の通りです。
log
γ = 0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)k'μ)
各平衡定数について、モデル式のk'に初期値を与えて求めたlogβ(cal)と実験値のlogβ(exp)(-)との偏差平方和(E^2)を求め、この偏差平方和が最も小さくなるようなk'値をエクセルのソルバーによって求めます。
E = log
β(cal)logβ(exp)
E^2 = (logβ(cal)logβ(exp))^2
目的セル:偏差平方和(E^2) (目標値:最小値)
変数セル:k'   

実験値としては"Critical Stability Constants"の値を用いました。結果を-2に示します。   

-
2021-09-12-fig2

β3については"Critical Stability Constants"にデータがないので、仮にlogβ3 = 30k'=0.2としました(*2)
β4については、β4o(μ=0)のデータのみしかないのでk'を求めることはできません。ここでは仮にk'=0.2としました。
(*2) 他の研究では、たとえばlogβ329.4であることが知られている。   

<化学種濃度および溶解度>
硝酸鉄(III)を純水に溶かした溶液の化学種濃度
たとえば、Fe(NO3)3を純水に溶かして調製したCFe=0.1 mol/L硝酸鉄(III)溶液の化学種濃度を計算します。
・電荷バランスは、
Q = [H]
[OH]3[Fe]2[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]4[Fe2(OH)2]5[Fe3(OH)4]2[FeNO3][NO3]   

NO3の物質バランスは、
CNO3 = 3CFe = [NO3'] = [FeNO3]
[NO3]   

Fe(III)の物質バランスは、水酸化鉄(III)の沈殿が生じない場合([Fe][OH]^3Ksp)
CFe = [Fe'] = [Fe]
[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)3][Fe(OH)4]2[Fe2(OH)2]3[Fe3(OH)4][FeNO3](*3)
(*3) 単核錯体だけの場合は、[Fe'][Fe]の1次関数であり、[Fe']=[Fe]αの式(αは[Fe]と無関係)を用いて[Fe]を簡単に求めることができる。しかし多核錯体を含む場合、
[Fe'] = [Fe]
+β1[Fe][OH]+β2[Fe][OH]^2+β3[Fe][OH]^3+β4[Fe][OH]^42β22[Fe]^2[OH]^23β34[Fe]^3[OH]^4+βn[Fe][NO3]
[Fe'][Fe]に関する3次関数となり、
[Fe']=[Fe]αの関係式を用いることができない。このような場合、エクセルのソルバー機能の使用が有効である。   

・イオン強度は、
µo = µcal = ([H]
[OH]9[Fe]4[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]16[Fe2(OH)2]25[Fe3(OH)4]4[FeNO3][NO3])/2
・化学種iの活量係数は、
logγ1(i) = 0.5(√μ/(1+√μ)k'(i)μ)   

・濃度平衡定数は、
β1=β1oγ1^6
β2=β2oγ1^10
β3=β3oγ1^12
β4=β4oγ1^12
β22=β22oγ1^4
β34=β34oγ1^6
βn=βnoγ1^6
Kw=Kwo1^2

Ksp=Kspo1^12
(太字µ=0における平衡定数(熱力学的平衡定数))   

・化学種濃度は、
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Fe] = 10^-pFe
[FeOH] =
β1[Fe][OH]
[Fe(OH)2] =
β2[Fe][OH]^2
[Fe(OH)3] =
β3[Fe][OH]^3
[Fe(OH)4] =
β4[Fe][OH]^4
[Fe2(OH)2] =
β22[Fe]^2[OH]^2
[Fe3(OH)4] =
β34[Fe]^3[OH]^4
[FeNO3] =
βn[Fe][NO3]
[NO3] = 10^-pNO3
   

これらの関係から、エクセルのソルバー機能を用いて、各化学種濃度を求める。パラメータ設定は次の通り。
 ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
 ・変数セル:pH, pFe, pNO3, μo 

 ・制約条件RFe = CFe-[Fe'] = 0 
       RNO3 = CNO3[NO3'] = 0 
(CNO3 = 3CFe)
       Rµ = μcalμo = 0   

計算結果を-に示します。   

-
2021-09-12-fig3画像1

計算の結果、イオン積[Fe][OH]^3=2.65×10^-38Ksp=1.25×10^-37であり、0.1 mol/L硝酸鉄(III)は、Fe(OH)3の沈殿は生じないことが分かります。また、0.1 mol/L硝酸鉄(III)のpHc(=-log[H])は1.59です。   

硝酸鉄(III)水溶液にHNO3を加えたときの化学種濃度
CFe=0.1 mol/L硝酸鉄(III)水溶液にCno mol/LHNO3を加えたときの化学種濃度を、エクセルのソルバー機能を用いて求めます。HNO3の添加によって体積は変化しないものとします。ソルバーの操作方法は、上記とほぼ同じです。異なる点だけを以下に記します。

Q = [H][OH]3[Fe]2[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]4[Fe2(OH)2]5[Fe3(OH)4][FeNO3][NO3]
µo = µcal = ([H][OH]9[Fe]4[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]16[Fe2(OH)2]25[Fe3(OH)4]4[FeNO3][NO3])/2
CNO3 = 3CFeCno   

Fe(OH)3沈殿が生じない場合:
 ・[Fe] = 10^-pFe
 
・パラメータ設定

  ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
  ・変数セル:pH, pFe, pNO3, μo 

  ・制約条件RFe = CFe-[Fe'] = 0 
        RNO3 = (CNO3+Cno)[NO3'] = 0 
(CNO3 = 3CFe)
        Rµ = μcalμo = 0   

計算結果の抜粋を-に示し、pHcに対する各化学種濃度の関係(pHclog C)-に示します。   

-
2021-09-12-fig4

-
2021-09-12-fig5

-, から分かるように、硝酸鉄(III)水溶液にHNO3を加えてもイオン積[Fe][OH]^3Ksp以下であり、Fe(OH)3の沈殿は生じません。

前回(2021/08/29)からの続きです。

前回報告した「05 mol/L塩酸溶液に対するAgClの溶解度」の結果をもう一度示します(-1)

-1
2021-09-05-fig1

<塩化物イオン濃度に対する各化学種濃度と溶解度>
-の結果を用いて、 塩化物イオン濃度([Cl])に対するAgClの溶解度(S)および銀(I)の化学種濃度の関係(log[Cl]logC)-に示します(*1)
(*1) -から分かるように、[Cl]がおよそ10^-4 mol/L以上では、塩化物イオン濃度[Cl]は溶媒の塩酸濃度Ccとほぼ等しくなる。したがって、この範囲では[Cl]Ccと同じと考えてよい(-)

-
2021-09-05-fig2

-
2021-09-05-fig3

-から分かるように、[Cl]5×10^-4 mol/Lでは、Ag+が主要な化学種であり、5×10^-40.01 mol/LではAgCl(aq)が主要化学種です。さらに、0.010.5 mol/LではAgCl2-0.52 mol/LではAgCl32-[Cl]2 mol/LではAgCl43-が主要な化学種となります。   

<共通イオン効果、錯生成効果、イオン強度効果>
ここで、AgClの溶解度の計算について"おさらい"しておきます。
難溶性の溶解度は、共通イオン効果、水素イオン効果、錯生成効果、イオン強度効果などの影響を受けます。詳しくは、2019-04-012019-04-022019-04-03を参照してください。   

塩化物イオン濃度[Cl]に対するAgClの溶解度(S)は、イオン強度効果を考えないとき、次のようになります。
・共通イオン効果や錯生成効果がない場合:
S=
Ksp  …①
・共通イオン効果がある場合:
S
Ksp/[Cl]  …②
(共通イオン効果+錯生成効果)がある場合:
S
Kspα/[Cl]  …③
ここで、α1+Σβi[Cl]^i
となります
(*2)
(*2) 酸性溶液では銀イオン(Ag+)はほとんど加水分解しない。また塩化物イオン(Cl-)は加水分解しないので、水素イオン効果は無視できる。①式はたとえば純水への溶解度となる。②, ③式は、[Cl]が与えられれば、ソルバーを用いなくてもエクセル表で簡単に計算できる。   

-には、-から得られた溶解度(イオン強度効果共通イオン効果錯生成効果をすべて考慮)に加えて、②式(共通イオン効果のみ)および③式(共通イオン効+果錯生成効果)の溶解度を示しています。同時に、高濃度の塩酸に対するAgCl溶解度の実測値もプロットしています。   

-4
2021-09-05-fig4

-4から、およそ[Cl]=10^-4 mol/L以下では溶解度に対して共通イオン効果のみが影響し、10^-4 mol/L以上ではこれに錯生成効果が加わり、さらにおよそ0.5 mol/L以上ではイオン強度効果が大きく影響してくることが分かります。また、イオン強度効果の影響を考慮に入れると、計算値は実測値とよく一致します。   

AgNO3溶液にHClを添加したときのAgClの溶解度>
たとえば、Ca = 0.01 mol/LAgNO3溶液に濃度がCc = 0.0011 mol/Lとなるように塩酸を加えた場合を考えます。ここで塩酸の添加や沈殿の生成によって溶液の体積は変化しないものとします。このときの溶解度を計算します。計算のやり方は塩酸溶液に対する溶解度の場合(-)とほぼ同様ですが、0.01 mol/LAgNO3溶液に塩酸が加えられ、飽和溶液では余剰のAgClは沈殿している点で物質バランスの扱いが異なります。   

沈殿したAgCl(s)が沈殿する前に溶液にあったときの濃度を[AgCl(s)]とすると、
[Ag'] = Ca
[AgCl(s)]
[Cl'] = Cc
[AgCl(s)]
両式から[AgCl(s)]を消去すると、
[Ag']
[Cl'] = CaCc
R1= (Ca
[Ag'])(Cc[Cl']) = 0
また、電荷均衡式は、
Q = [H]
[OH][Ag][AgCl2]2[AgCl3]3[AgCl4][Cl][NO3]   

与件としてAgNO3度 Ca = 0.01 mol/L、塩酸濃度Cc = 0.001~1 mol/Lを与え、次のパラメータ設定を行い、pH, pCl, μoに適切な初期値を与えてソルバーを実行し、AgClの溶解度[Ag’](=S)を求めます。

 ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
 ・変数セル:pH, pCl, μo (pCl=-log[Cl])

 ・制約条件R1 =  (Ca-[Ag'])-( Cc-[Cl']) = 0 
       R2 =
μcalμo = 0   

Ca = 0.01 mol/L, Cc=0.0011 mol/Lにおける計算結果を-に示し、グラフ(logCclogS)-に示します。溶解度が最も小さくなるのは、当量点(Cc=0.01 mol/L)を若干過ぎた点(Cc=0.013 mol/L)となることが分かります。   

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-6
2021-09-05-fig6


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