鉄(III)のOH単核・多核錯体、SO4錯体の生成やイオン強度の影響を考慮して、硫酸鉄(III)に酸または塩基を加えた場合の平衡計算を行います。
Fe(OH)3の沈殿については、無定形沈殿(pKsp=38.8)を想定しました。様々なイオン強度における平衡定数値を図-1に示します(出典:R. M. Smith and A. E. Martell, "Critical Stability Constants
(vol. 4)")。以下、この値を用いて話を進めます。
<関係式>
計算に用いた関係式は次の通り。
・単核OH錯体
Fe3+ + OH- ⇄ FeOH2+
β1 =
[FeOH]/([Fe][OH])
Fe3+ + 2OH- ⇄ Fe(OH)2+
β2 = [Fe(OH)2]/([Fe][OH]^2)
Fe3+ + 3OH- ⇄ Fe(OH)3(aq)
β3 = [Fe(OH)3]/([Fe][OH]^3)
Fe3+ + 4OH- ⇄ Fe(OH)4-
β4 = [Fe(OH)4]/([Fe][OH]^4)
・多核OH錯体
2Fe3+ + 2OH- ⇄ Fe2(OH)24+
β22 = [Fe2(OH)2]/([Fe]^2[OH]^2)
3Fe3+ + 4OH- ⇄ Fe3(OH)45+
β34 = [Fe3(OH)4]/([Fe]^3[OH]^4)
・SO4錯体
Fe3+ + SO42- ⇄ FeSO4+
βs1 = [FeSO4]/([Fe][SO4])
Fe3+ + 2SO42- ⇄
Fe(SO4)2-
βs2 = [Fe(SO4)2]/([Fe][SO4]^2)
・硫酸の酸解離
HSO4- ⇄ SO42-+H+
Ka = [SO4][H]/[HSO4]
・溶解度積
Fe3+ + 3OH- ⇄ Fe(OH)3(s)
Ksp = [Fe][OH]^3
<イオン強度の影響>
濃度平衡定数はイオン強度(μ)の影響を受けます。「修正デービス式」を用いてイオン強度(μ)の影響を定量的に評価します。
修正デービス式のk'値について、これまで求めた値(2021/09/12)はこれをそのまま使用しました。
βs1, βs2, Kaについては、下記の式を用いて、モデル式のk'に初期値を与えて求めたlogβ(cal)と実験値のlogβ(exp)との偏差平方和(∑E^2)が最も小さくなるようなk'値を求め、さらに各平衡定数を求めました。
logγ = -0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)-k'μ) (zは電荷。k'は実験値の回帰式から求めた値)
1価イオンは、logγ1 = -0.5(√μ/(1+√μ)-k'μ)
2価イオンは、logγ2 = 4logγ1
3価イオンは、logγ3 = 9logγ1
βs1=[FeSO4]/([Fe][SO4])=βs1o/γ1/(γ3γ2)=βso/γ1/(γ1^9γ1^4)=βsoγ1^12
βs2=[Fe(SO4)2]/([Fe][SO4]^2)=βs2o/γ1/(γ3γ2^2)=βso/γ1/(γ1^9γ1^8)=βsoγ1^16
Ka=[SO4][H]/[HSO4]=Kao/(γ2γ1/γ1)=Kao/(γ1^4γ1/γ1)=Kao/γ1^4
結果を図-2に示します。
<化学種濃度および溶解度>
硫酸鉄(III)水溶液に酸または塩基を加えたときの化学種濃度
0.1 mol/L Fe2(SO4)3(III)水溶液(CFe=0.2 mol/L, CSO4=0.3 mol/L)に酸または塩基を加えたときの化学種濃度を、エクセルのソルバー機能を用いて求めます。酸、塩基としてはFe(III)と錯体を作らない1価の強酸(HX)または塩基(BOH)を用います(たとえば、過塩素酸とNaOH)。酸または塩基の添加によって体積は変化しないものとします。ソルバーの計算では、溶液の最終的なpHc(=-log[H])を与件とし、BOHの必要濃度Cb mol/Lを変数として値を求めます。もし計算の結果Cbが負の値となったときは-CbをHX濃度と考えます。
・電荷バランスは、
Q = [H]-[OH]+3[Fe]+2[FeOH]+[Fe(OH)2]-[Fe(OH)4]+4[Fe2(OH)2]+5[Fe3(OH)4]+[FeSO4]-[Fe(SO4)2]-2[SO4]-[HSO4]+[B]
・SO4の物質バランスは、
CSO4 = (3/2)CFe = [SO4']= [FeSO4]+2[Fe(SO4)2]+[SO4]+[HSO4]
・Fe(III)の物質バランスは、水酸化鉄(III)の沈殿が生じない場合([Fe][OH]^3<Ksp)、
CFe = [Fe'] = [Fe]+[FeOH]+[Fe(OH)2]+[Fe(OH)3]+[Fe(OH)4]+2[Fe2(OH)2]+3[Fe3(OH)4]+[FeSO4]+[Fe(SO4)2]*1)
*1) したがって、CFe-[Fe'] = 0が成立し、この関係から[Fe]を求めることができる。沈殿が生じる場合は、CFe > [Fe']でありCFe-[Fe'] = 0は成立しない。この場合、[Fe]はKsp = [Fe][OH]^3から求める。
・イオン強度は、
µo = µcal = ([H]+[OH]+9[Fe]+4[FeOH]+[Fe(OH)2]+[Fe(OH)4]+16[Fe2(OH)2]+25[Fe3(OH)4]+[FeSO4]+[Fe(SO4)2]+4[SO4]+[HSO4]+√([B]^2))/2
・1価の化学種iの活量係数は、
logγ1(i) = -0.5(√μ/(1+√μ)-k'(i)μ)
・濃度平衡定数は、
β1=β1oγ1^6
β2=β2oγ1^10
β3=β3oγ1^12
β4=β4oγ1^12
β22=β22oγ1^4
β34=β34oγ1^6
βs1=βs1oγ1^12
βs2=βs2oγ1^16
Ks=Kso/γ1^4
Kw=Kwo/γ1^2
Ksp=Kspo/γ1^12
(太字はµ=0における平衡定数(熱力学的平衡定数))
・化学種濃度は、pHcを与件とすると次にように表せます。
[H] = 10^-pHc
[OH] = Kw/[H]
[Fe] = 10^-pFe (沈殿が生じない場合)
または
[Fe] = Ksp/[OH]^3 (沈殿が生る場合)
[FeOH] = β1[Fe][OH]
[Fe(OH)2] = β2[Fe][OH]^2
[Fe(OH)3] = β3[Fe][OH]^3
[Fe(OH)4] = β4[Fe][OH]^4
[Fe2(OH)2] = β22[Fe]^2[OH]^2
[Fe3(OH)4] = β34[Fe]^3[OH]^4
[FeSO4] = βs1[Fe][SO4]
[Fe(SO4)2] = βs2[Fe][SO4]^2
[SO4] = 10^-pSO4
[HSO4] = [SO4][H]/Ka
[B] = Cb
これらの関係から、エクセルのソルバー機能を用いて、各化学種濃度を求めます。
パラメータ設定は次の通り。
・BOHを添加してFe(OH)3の沈殿が生じない場合:
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:Cb, pFe, pSO4,
μo
・制約条件:RFe
= CFe-[Fe'] = 0
RSO4 = CSO4-[SO4'] = 0 (CSO4
= (3/2)CFe)
Rµ = μcal-μo = 0
・BOHを添加してFe(OH)3の沈殿が生じる場合:
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:Cb, pSO4,
μo
・制約条件:RSO4
= CSO4-[SO4']
= 0 (CSO4 = (3/2)CFe)
Rµ = μcal-μo = 0
計算結果の抜粋を図-3に示し、pHcに対する各化学種濃度および溶解度の関係(pHc-log C)を図-4に示します。
図-4から分かるように、硫酸鉄(III)水溶液に酸または塩基を加えてpHを調整するとpHc=2付近においてFe(OH)3の沈殿生成が始まり、さらにpHを上げると溶解度は減少し、pH=8付近において最小となります。引き続きpHを上げると、今度はFe(OH)4-アニオンの生成が増して溶解度が上昇します。