キレート滴定の代表であるEDTA滴定について、滴定曲線を描くため基本的な関係式を導きます。

 

EDTAの酸としての性質>

中性形のEDTA(H4Y)4価の酸と考えることができます(下図)(*1)

2020-05-03-fig1

 

H4Yは次のように酸解離します。

H4Y H3Y- H+   K1 = [H3Y][H]/[H4Y]

H3Y- H2Y2- H+  K2 = [H2Y][H]/[H3Y]

H2Y2- HY3- H+  K3 = [HY][H]/[H2Y]

HY3- Y4- H+   K4 = [Y][H]/[HY]
(*1) すべてがプロトン化したH6Y2+6価の酸となる。しかし、H6Y2+, H5Y+形のイオンは主に強酸性溶液中でのみ存在する。実際のEDTA滴定は塩基性側で行われることが多く、EDTA滴定の考察には重要でないのでここでは考えない。ちなみに、EDTAの遊離酸(H4Y)の溶解度は非常に小さく水に溶けにくいので、滴定試薬としては2ナトリウム塩がよく使用される。

EDTAの全濃度を[Y’]とすると、

[Y’]= [Y][HY][H2Y][H3Y][H4Y]

=[Y](1[H]/K4[H]2/(K4K3)[H]3/(K4K3K2)[H]4/(K4K3K2K1))
なので、
α
= 1[H]/K4[H]2/(K4K3)[H]3/(K4K3K2)[H]4/(K4K3K2K1)

として、
[Y’]=
 [Y] α

したがってEDTAの化学種(Y4-,HY3-, H2Y2-, H3Y-, H4Y)の存在分率(fn)は、
f0= [Y]/[Y’] = 1/α

f1= [HY]/[Y’] = f0[H]/K4

f2= [H2Y]/ [Y’] = f0[H]2/(K4K3)

f3= [H3Y]/[Y’] = f0[H]3/(K4K3K2)

f4= [H4Y]/[Y’] = f0[H]4/(K4K3K2K1)

となります。(*2)

(*2) fxは各化学種の存在分率(xは解離できるHの数)。fx[H]のみの関数であり、EDTAの全濃度とは無関係となることに注意! また、ここで用いた fxαという記号を用いる場合も多い。


pH
変化にともなうEDTAの化学種分布を図-1に示します(pK4=10.37, pK3=6.13, pK2=2.69, pK1=2.00)。図-1から明らかなように、たとえば、Y4-の分率f0はpH10では0.30、pH12では0.98となります。

-1

2020-05-03-fig3

 

 

EDTA錯体と条件生成定数>

水素イオンがすべて解離したY4-は金属イオンMn+と安定なキレートを生成することができます。

2020-05-03-fig2

 

このキレート環は非常に安定した構造をとり、EDTAはアルカリ金属イオン以外のほとんどの金属イオンと11の安定な錯体を作ります。

Mn+ Y4- MYn-4

Kf = [MY]/([M][Y])

Kfは金属イオンMn+Y4-からEDTA錯体MYn-4が生成するときの平衡定数です。

 

ここで、上記のf0 = [Y]/[Y’] = 1/αから[Y]= [Y’]f0なので

Kff0 = [MY]/([M][Y’])

このKff0Kfとすると、

Kf’ =[MY]/([M][Y’])

となります。

 

α = 1[H]/K4[H]2/(K4K3)[H]3/(K4K3K2)[H]4/(K4K3K2K1) なので、f0 = 1/αは[H]のみの関数であり、pHが一定ならばKfは一定です。Kf条件生成定数と呼ばれます。(*3)

(*3) 実際には、条件生成定数は金属イオンMの加水分解やその他の副反応も考慮する必要があるが、滴定曲線の関係式を求めるにあたっては無視する。金属イオンMの副反応等を考慮した条件生成定数については、最後に述べる。

 

<滴定曲線の関係式>

金属イオンMを含む溶液について、pH緩衝液を用いてpHを一定にしてEDTAで滴定することを考えます。

Cmo mol/Lの金属イオンMを含む溶液Vm mLに緩衝液を加えてV mLにしたあと、Cyo mol/LEDTAで滴定するとき(滴下量:T mL)の滴定曲線の関係式を求めます。

 

関係式は次のとおり。

Mn+ Y4- MYn-4

Kf = [MY]/([M][Y])

[MY] = Kf[M][Y]  …①

Kf’ = Kff0  …②

 

各滴定段階における溶液中のEDTAと金属イオンMの全濃度をCy , Cmとすると、

Cm, CyCmo, Cyoの間には次の関係があります。

Cm= CmoVm/(VT)   …③

Cy = CyoT/(VT)   …④

 

また、物質バランスから、

Cm = [M][MY]  …⑤
Cy= ([Y]
[HY][H2Y][H3Y][H4Y])[MY]  …⑥

 

<滴定曲線の描き方>

滴定曲線を描くためには、TpM(=-log[M])の関係を求める必要があります。

1) pMを与えてTを求める方法

EDTAの物質バランス(⑥)および生成定数式(①式)から

Cy = ([Y][HY][H2Y][H3Y][H4Y])Kf[M][Y] = [Y’]Kf[M][Y]

[Y’] /[Y] = 1/f0なので、

Cy = [Y](1/f0Kf[M])

[Y] = Cyf0/(1f0Kf[M])

[Y] =Cyf0/(1Kf’[M])  …⑦

 

また、金属イオンMの物質バランス(⑤)および⑦式から、

Cm =[M]Kf’[M]Cy/(1Kf’[M])

Cy=(Cm[M])(1Kf’[M])/(Kf’[M])  …⑧

 

, ④式を⑧式に代入して、

CyoT/(VT) = (CmoVm/(VT)[M])(1Kf’[M])/(Kf’[M])  …⑨

⑨式をTについて整理すると、

T = {(CmoVm[M]V)(1+Kf’[M])}/{[M](1+Kf’[M]+Kf’Cyo)}  …⑩

この式がpMを与えてTを求めるときの関係式です(滴下量:T (mL), 遊離のMイオン濃度:[M](mol/L))

 

緩衝液を加えて溶液のpHを一定に保つとf0が求まり、Kfが与えられます。pMの値を与えると[M]=10-pMからTを求めることができ、滴定曲線(TpM)を描くことができます。

 

2) Tを与えてpMを求める方法

別法として、⑧式を[M]について整理すると[M]に関する二次方程式が得られます。

Kf’[M]2(Kf’(CmCy)1)[M]Cm = 0

[M]2(CyCm1/Kf’)[M]Cm/Kf’ = 0  …⑪

Tを与えて③, ④式からCm , Cyを求め、これを⑪に代入し、二次方程式の解の公式により[M]を求めることができます。

[M] = {(Cy-Cm1/Kf’)+√((Cy-Cm1/Kf’)2+4Cm/Kf’)}/2  …⑫
Cm = CmoVm/(VT)  …③

Cy = CyoT/(VT)  …④

<滴定曲線の例>

Cmo=0.01 mol/Lの金属イオン(logKf=10とする)を含む溶液Vm=20 mLに緩衝液(pH=12)を加えてV=50 mLにしたあと、Cyo 0.01 mol/LEDTAで滴定したとき(滴下量:T mL)の滴定曲線の例を-2に示します(pMを与えてTを求める方法)。T=0, 20のときのpMはソルバーを用いて求めました。

-2

2020-05-03-fig4

 

<条件生成定数について>

以上の取り扱いにおいては、条件生成定数を

Kf’ = [MY]/([M][Y’])

として、滴定曲線の関係式(TpM)を導きました。

つまり、金属イオンMn+と結合していない遊離のEDTAに関して、H4Y, H3Y-, H2Y2-,HY3-, Y4-5種類の化学種が存在することを考慮していますが、Y4-と結合していない金属イオンとしては、Mn+だけしか想定していません。


しかし、実際には、Y4-と結合していない金属化学種としてはMn+以外にもM(OH), M(OH)2,…といった水酸化物や他の配位子Lと結合したML, ML2,…といった化学種が存在する場合もあります。

したがって、このような場合、

[M’] = [M][MOH][M(OH)2]+…+[ML][ML2]+…

として、新たな条件生成定数Kf’’を考える必要があります。

Kf’’ = [MY]/([M’][Y’])

 

さらに、MYについても、場合によってMHYM(OH)Yといった化学種も生成するので、このような場合は、

[MY’] = [MY]+[MHY][M(OH)Y]+…

Kf’’’ = [MY’]/([M’][Y’])

を用いる必要があります。


このような複雑な平衡を解析するときは上記の関係式(⑩または⑫)だけでは不十分であり、エクセルのソルバーの使用が有効となります。