前回(2020/06/21)はエリオクロムブラックTを指示薬としたpH10でのZn-EDTA滴定について考えました。今回は緩衝液によってpHを約5.5に調整し、キシレノールオレンジを指示薬とするZn-EDTA滴定について考えます。
キシレノールオレンジ(XO)の特性
キシレノールオレンジ(XO=H6X)は次のような構造を持つ6価の酸です。
(Na2H4X )
XOの酸解離定数は次の通りです。
H6X⇄ H5X-+H+, Kx1 = [H][H5X]/[H6X], pKx1 = 1.5
H5X-⇄ H4X2-+H+, Kx2 = [H][H4X]/[H5X], pKx2 = 2.3
H4X2-⇄ H3X3-+H+, Kx3 = [H][H3X]/[H4X], pKx3 = 2.9
H3X3-⇄ H2X4-+H+, Kx4 = [H][H2X]/[H3X], pKx4 = 6.7
H2X4-⇄ HX5-+H+, Kx5 = [H][HX]/[H2X], pKx5= 10.4
HX5-⇄ X6-+H+, Kx6 = [H][X]/[HX], pKx6= 12.2
H6X~H3Xは黄色、H2X~Xは赤紫色を呈します。pHとXOの化学種分率の関係を図-1に示します。
図-1
また、XOはZnと赤~赤紫色系の錯体ZnX, Zn2X等を生成します。したがって、遊離のXOとZn錯体の色調が区別できるためには、遊離のXOが黄色を呈するよう使用範囲をpH6以下とする必要があります。pH5~6においてZnは水酸化物沈殿を生成せず、またKzy''も十分大きな値を持っています(2020/06/21) 。
Zn-XO錯体の生成定数は次の通りです。
Zn2++X6-⇄ ZnX4-, Kznx= [ZnX]/([Zn][X]), log Kznx = 15.0
2Zn2++X6-⇄ Zn2X2-, Kzn2x = [Zn2X]/([Zn]2[X]), log Kzn2x = 25.5
ZnX4-+H+⇄ ZnHX3-, Kzhx= [ZnHX]/([ZnX][H]), log Kzhx = 9.5
ZnX4-+2H+⇄ ZnH2X2-, Kzh2x = [ZnH2X]/([ZnX][H]2), log Kzh2x = 14.4
ソルバーによる滴定曲線の作成
具体的に以下のような条件で滴定したときの滴定曲線を、ソルバーを用いて求め、当量点付近におけるXOの変色率φから、金属指示薬の妥当性を検討します。
「Czo=0.01 mol/LのZnCl2溶液, Vz=100 mLにpH緩衝液(酢酸アンモニウム: Cno=3.2mol/L, 酢酸: Cao=0.3 mol/L), Vn=20mLを加えて水でV=200 mLにしたあと、Cyo=0.02 mol/LのEDTA(Na2H2Y)で滴定する(滴下量:T mL)。終点近くでCxo=0.001mol/LのXO(Na2H4X)指示薬, Vx=0.5 mLを加え、赤から黄になった点を終点とする。」(JIS H-1062を参考)
平衡定数:
平衡定数は図-2に記載した通りです。
関係式
Cz = CzoVz/(V+T)
Cy = CyoT/(V+T)
Cn = CnoVn/(V+T)
Cac = (Cno+Cao)Vn/(V+T)
Cx = CxoVx/(V+T)
Cna = 2Cy+2Cx
Ccl = 2Cz
[Zn*] = [Zn’]+[ZnY]+[ZnHY]+[Zn(OH)Y]
[Y*] = [Y’]+[ZnY]+[ZnHY]+[Zn(OH)Y]
[X*] = [X']+[ZnX]+[Zn2X]+[ZnHX]+[ZnH2X]
[Zn’] = [Zn]+Σ[Zn(OH)i]+Σ[Zn(NH3)j]+[ZnX]+2[Zn2X]+[ZnHX]+[ZnH2X]
(i=1~4, j=1~4)
[Y'] = Σ[HkY] (k=0~4)
[X'] = Σ[HmX] (m=0~6)
Q = Σ(電荷×化学種濃度)
各化学種濃度の関係式は図-2の通りです(E列の計算式)。
ソルバーのパラメータ
目的セル:Q=0
変数セル:pH, pZn, pY, pX
制約条件:
Rz= Cz-[Zn*]=0
Ry= Cy-[Y*]=0
Rx= Cx-[X*]=0
ソルバーのやり方は(2020/06/14)のときと同じです。E列を作業列にして滴下量T(E:40)の値を変えながらソルバーを実行し、H列以降へ「コピー&ペースト」を繰り返していきます。得られたエクセルシートを図-2に示します。
pH5.5におけるZnの滴定曲線(滴定量-pZn’)を図-3に示します。
図-3
また、XOに関する化学種の当量点付近における濃度変化を図-4に示します。当量点前の主要な化学種はZnHX3-, Zn2X2-(赤)であり、当量点後ではH3X3-(黄)が主となることが分かります。
図-4
滴下量と指示薬の変色率(φ=[X']/Cx)との関係を図-5に示します。(*1)
(*1) 終点検出の指標としてφを用いるのは近似的であり、また図-5に示す色調の変化も模式的である。
図-5
この条件の場合、当量点における変色率はφ=0.82であり、溶液の色から赤みがなくなって純粋に黄色になった時点を終点とするのが適切と考えられます。また変色は非常に鋭敏であることが分かります(φ=0.2→0.8の変化:滴下量の相対的差0.1%以内)。
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