高校の教科書には、"強酸"の説明として「水溶液中でほとんどすべて電離している(=電離度が1に近い)酸を強酸という」と書かれており、その例として"硫酸"は「2価の強酸」に分類されています。このことが原因なのかも知れませが、硫酸溶液は常に(=どんな濃度でも)H2SO4 → 2H+ + SO42- の反応が起きてすべてSO42-イオンに電離すると思われがちです。しかしこれは間違いです。希硫酸でも濃度が比較的高い場合(たとえば0.1 mol/L)は、H2SO4
→ H+ + HSO4-の反応が主であり、硫酸は主にHSO4-イオンとして存在します。今回は希硫酸の濃度とpHの関係について活量係数補正も含め少し詳細に説明します。
硫酸は次のように2段で電離します。
H2SO4 → H+ + HSO4- …1段目
HSO4- ⇄ H+ + SO42- …2段目
希硫酸の場合、1段目はほぼ完全に電離しますが(*1)、2段目は部分的にしか電離しません。
希硫酸の濃度が比較的高い場合は、2段目の反応はあまり進行せず、1段目の反応が主となります。このような希硫酸の濃度のpHの関係を求めます。
(*1) 希硫酸の濃度が濃硫酸に近づいていくと、1段目の電離もしだいに不完全となりますが、ここでは1 mol/L程度以下の希硫酸について考えます。
活量係数を考慮しない場合
2段目の酸解離定数をK2, 水のイオン積をKw, 硫酸濃度をCaとします。
K2 = [H+][SO42-]/[HSO4-] …①
物質収支から、
Ca = [HSO4-]+[SO42-] …② ([H2SO4]は無視)
電荷収支から、
[H+] = [HSO4-]+2[SO42-]+[OH-] …③
ここで、①~③式から[SO42-]および[HSO4-]を消去してCa と [H+]の関係式を求めます。
まず①式から、
[HSO4-] = [H+][SO42-]/K2
この式を②式に代入して整理すると、
Ca = [H+][SO42-]/K2+[SO42-] = [SO42-](1+[H+]/K2)
[SO42-] = CaK2/(K2+[H+]) …④
この式を①式に代入して整理すると、
[HSO4-] = Ca[H+]/(K2+[H+]) …⑤
また、水はH2O ⇄
H++OH-のように電離し、そのイオン積は、
Kw = [H+][OH-] …⑥
④, ⑤, ⑥式を③式に代入すると、
[H+] = Ca[H+]/(K2+[H+])+2CaK2/(K2+[H+])+Kw/[H+] …⑦
⑦式は整理すると[H+]に関する3次方程式となるので、近似を行います(*2)。
(*2) 近似ができる条件についてはここ(2020/10/04)を参照。近似法以外に二分法やソルバー法を用いることも可能(ここ(2020/12/27)を参照)。
希硫酸が[H+]>>[OH-]のとき、⑦式のKw/[H+]の項は無視できるので、
[H+](K2+[H+]) = Ca[H+]+2CaK2
[H+]^2+(K2-Ca)[H+]-2K2Ca = 0 …⑧
解の公式を用いてこの2次方程式を解いて[H+](>0)を求めると、
[H+] = {(Ca-K2)+√((Ca-K2)^2+8K2Ca)}/2 …⑨
pH = -log[H+]
となります。
また、pHからCaを求めるときは、
Ca = [H+]([H+]+K2)/([H+]+2K2) …⑩
となります(*3)。
(*3) ⑩式から明らかなように、[H+]>>K2ならば[H+] = Caとなり、[H+]<<K2ならば[H+] = 2Caとなる。また[H+]=K2ならば[H+]
= (3/2)Caとなる。
例題1 (1) Ca=0.10 mol/L, (2) Ca=0.050 mol/L, (3) Ca=0.010mol/L,
(4) Ca=0.0010 mol/Lの硫酸溶液のpHは? pK2=2.00, pKw=14.00 とする。
⑨式から、[H+] (mol/L)を計算する。
[H+] = (Ca-K2+√((Ca-K2)^2+8K2Ca))/2
(1) [H+]=0.108 , (2) [H+]=0.0574 , (3) [H+]=0.0141 , (4) [H+]=0.00184
これらの値は[H+]>>[OH-]の仮定を満足する。
(答) (1) pH=0.96 , (2) pH=1.24 , (3) pH=1.85
, (4) pH=2.73
例題2 (1) pH=1.0, (2) pH=2.0, (3) pH=3.0, (4) pH=4.0の硫酸溶液のCa (mol/L)は? pK2=2.00, pKw=14.00
とする。
⑩式からCa mol/Lを計算する。
Ca = [H+]([H+]+K2)/([H+]+2K2)
(答) (1) Ca=0.092 , (2) Ca=6.7×10^-3 , (3) Ca=5.2×10^-4 , (4) Ca=5.0×10^-5
活量係数を考慮する場合
2段目の熱力学的酸解離定数をK2º, 水のイオン積をKwºとし、活量係数γiは拡張デバイヒュッケル式を用います(イオン強度µ)。H2SO4の濃度をCa mol/Lとすると、関係式は次の通り。
・平衡定数:
K2 = K2º/(γHγSO4/γHSO4)
Kw = Kwº/(γHγOH)
・活量係数:
logγH= -0.51√µ/(1+2.95√µ)
logγOH= -0.51√µ/(1+1.15√µ)
logγHSO4= -0.51√µ/(1+1.48√µ)
logγSO4= -0.51×4√µ/(1+1.31√µ)
µ = ([H+]+[OH-]+4[SO42-]+[HSO4-])/2
・物質収支:
Ca = [SO42-]+[HSO4-]
・電荷収支:
Q = [H+]-[OH-]-2[SO42-]-[HSO4-] = 0
・化学種濃度:
[H+]º = [H+]γH
pHc = pHº+logγH
[H+] = 10^-pHc
[OH-] = [H+]/Kw
[SO42-] = Ca/(1+[H+]/K2)
[HSO4-] = [SO42-][H+]/K2
これらの関係式から、ソルバーを用いてCaとpHºの関係を求めます。
例題3 (1) Ca=0.10 mol/L, (2) Ca=0.050 mol/L, (3) Ca=0.010 mol/L,
(4) Ca=0.0010 mol/Lの硫酸溶液のpHºは? pK2º=2.00, pKwº=14.00 とし、拡張デバイヒュッケル式を用いて活量補正を実施する。
目的セル:Q=0、変数セル:pHc, μo、制約条件:μo-μ=0としてソルバーを用いてpHºを求めると結果は図-1のようになる。
(答) (1) pHº=1.01 , (2) pHº=1.27 , (3) pHº=1.87
, (4) pHº=2.75
例題4 (1) pHº=1.0, (2) pHº=2.0, (3) pHº=3.0, (4) pHº=4.0の硫酸溶液のCa (mol/L)は? pK2º=2.00,
pKwº=14.00 とする。
目的セル:Q=0、変数セル:Ca, μo、制約条件:μo-μ=0としてソルバーを用いてCaを求めると結果は図-2のようになる。
(答) (1) Ca=0.10 , (2) Ca=7.0×10^-3 , (3) Ca=5.4×10^-4 , (4) Ca=5.1×10^-5
なお、pK2º=2.00で活量係数を考慮した場合における硫酸濃度CaとpHの関係を図-3に示す。図にはK2および活量係数を考慮しない場合も示している(この場合は[H+]=2Caとなる)。
硫酸の化学種(HSO4-, SO42-)の存在分率
CaあるいはpHと硫酸の化学種(HSO4-,
SO42-)の存在分率の関係を図-4に示します。
HSO4-濃度とSO42-濃度が等しくなるのは硫酸の全濃度Caがおよそ0.01 mol/Lのときです。Caがそれより高くなるとHSO4-が優勢、Caがそれより低くなるとSO42-が優勢となります。たとえばCa=0.1 mol/Lでは[HSO4-]:[SO42-]≒8:2、Ca=0.001 mol/Lでは[HSO4-]:[SO42-]≒1:9です。冒頭にも述べたようにH2SO4 ⇄ 2H+ + SO42-がほぼ右に偏る(つまり[H+]=2Caとなる)のは、Caが非常に低い場合です。pHの許容誤差を0.05としてソルバーを用いて計算すると、[H+]=2Caが成立するのはCaがおよそ1×10^-3 mol/L以下のときです。ちなみに反応が1段目止まりで[H+]=Caが成立するのはCaがおよそ0.2 mol/L以上のときです(図-5を参照)。
図-4
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