酸塩基滴定の滴定誤差について考えます。滴定誤差は滴定で実験的に求めた終点が理論的な当量点に一致しないためにおこる誤差です。広義には滴定操作によるばらつきなどを含める場合もありますが、ここでは主に終点検出方法(たとえば、滴定指示薬による目視法)に原理的に伴う誤差(系統的誤差)を対象とします。

「滴定誤差(E)」を次のように定義します。 
E = (VendVeq)/Veq  …①
ここで、Vendは終点の滴下量(mL), Veqは当量点の滴下量(mL)

<強酸の強塩基による滴定における滴定誤差>

1価の強酸(たとえばHCl) Cao mol/L, Va mLを1価の強塩基(たとえばNaOH) Cbo mol/Lで滴定して滴下量がVb mLのとき、「滴定率(φ)」を次式のように定義します。
φ = CboVb/(CaoVa)  …②
当量点においては、φ= 1つまりCaoVa = CboVeqとなります。
終点における滴定率をφ
endとすると、
φend = CboVend/(CaoVa)  …③
したがって滴定誤差(E)は、
E = (Vend-Veq)/Veq = φend1  …④となります。    

強酸-強塩基の滴定曲線の式は次式で与えられます(2021/04/18)
Vb = Va
(CaoΔ)/(CboΔ)  …⑤
ここで、Δ=[H][OH] = [H]-Kw/[H]
⑤式を②式に代入して整理すると、
φ= (Cbo/Cao)(Cao-Δ)/(Cbo+Δ) …⑥
となります(*1)
(*1) φ= CboVb/(CaoVa) = Cbo(Va(Cao-Δ)/(Cbo+Δ))/(CaoVa)) = (Cbo/Cao)(Cao-Δ)/(Cbo+Δ)   

したがって、Δ=[H][OH]とφの代わりに、Δend=[H]end[OH]endとφendを代入すれば、④, ⑥式から、
E =
φend1 = (Cbo/Cao)(Cao-Δend)/(Cbo+Δend)1 …⑦
つまり、pHendが与えられれば⑦式から滴定誤差Eを求めることができます。   

⑦式を用いた計算結果を-に示します。計算列(C)でまずpH10におけるE%を求め、次いでデータテーブル機能を用いてpH104と変化させたときのE%を求めました。pHend-E%の関係図また横軸と縦軸を交換した図を-に示します(この図は滴定曲線を表します)。グラフ中には参考としてフェノールフタレインおよびメチルレッドの変色域を示しました。   

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2021-05-02-fig1
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2021-05-02-fig2

誤差の近似式
さらに、終点の体積Vendは当量点の体積Veqにほとんど等しい、つまりVendVeqの近似が成立するとき、Eを求めるのにもう少し計算の容易な近似式を導くことができます。

②式および⑤式から、次式が得られます(*2)
φ=1
Δ(VaVb)/(VaCao)
したがって終点では、
E =φend1 = -Δend(VaVend)/(VaCao)
一方、終点でVendVeqが成立する場合
(Vend
Va)/Va = (CboCao)
/Cbo
が成立します (*3)

したがって、次のような近似式が得られます。
E =
φend1 =
Δend(CboCao)/(CaoCbo)  …⑧
(*2) ⑤式に(CboΔ)を掛けて、
Vb(CboΔ) = Va(CaoΔ)
整理すると、
(Va
Vb)
Δ = VaCaoVbCbo
両辺をVaCaoで割り、②式を代入すると、
Δ(VaVb)/(VaCao) = 1VbCbo/(VaCao) = 1φ
∴ φ= 1Δ(VaVb)/(VaCao)

(*3) 当量点ではVeqCbo = VaCaoなので、
(Veq
Va)/Va = (VaCao/CboVa)/Va = (VaCaoVaCbo)/(VaCbo) = (CboCao)/Cbo
したがって、VendVeqのときは、
(VendVa)/Va(CboCao)/Cbo      

⑧式(近似式)を用いたときの計算結果およびpH-E%のグラフを-に示します。滴定誤差が小さい範囲において⑧式の値は⑦式の値によく一致していることが分かります。

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2021-05-02-fig3

例題1 濃度(1) Cao= 0.1 mol/L, (2) 0.01 mol/L, (3) 0.001 mol/Lの塩酸を、フェノールフタレイン(pHend=8.5とする)を指示薬として酸と同濃度のNaOHで滴定したときの滴定誤差E%は?
Cao=Cbo=0.1 mol/LのときpHend=8.5における滴定誤差E%は、⑧式(近似式)を用いて計算すると、
E(%) = 
(10^-8.510^-14/10^-8.5)*(0.1+0.1)/(0.1*0.1)*100
(10^-14/10^-8.5)*(0.1+0.1)/(0.1*0.1)*100 = 0.0063(%)) …((1))
同様に、Cao=Cbo=0.01 mol/LのときはE(%)=0.063() …((2))
Cao=Cbo=0.001 mol/L
のときはE(%)=0.63() …((3))
試料濃度および滴定剤濃度が低くなるにつれて滴定誤差は大きくなることが分かる(*4)
(*4) 実際の滴定における滴定誤差は、ここで求めた指示薬に起因する滴定誤差だけではない。実際の滴定ではたとえば空気中からのCO2による影響を無視することはできない。

<1価弱酸の強塩基による滴定における滴定誤差>
1価の弱酸を強塩基で滴定する場合、滴定曲線の式は次式で与えられます(2021/04/18)
Vb = Va(Caofa0
Δ)/(CboΔ) …(a)
ここで、Δ=[H][OH]

fa0 = [A-]/Ca = 1/(1[H]/Ka)
一方、滴定率をφ = CboVb/(CaoVa)とすると、
φ = CboVb/(CaoVa)  …(b)
= CboVa(Caofa0
Δ)/(CboΔ)/(CaoVa)
= (Cbo/Cao)(Caofa0
Δ)/(CboΔ)
φ1 = (Cbo/Cao)(Caofa0Δ)/(CboΔ)1
したがって、滴定誤差(E=φend1)
E =φend-1= (Cbo/Cao)(Caofa0Δend)/(CboΔend)-1 …(c)   

また、終点でVendVeqが成立する場合の近似式は、
(a)
式と(b)式から、
φ= fa0
Δ(VaVb)/(VaCao)
となります(*5)
弱酸の場合も強酸と同様に (VendVa)/Va(CboCao)/Cbo (*3)が成立するので、結局次の近似式が得られます。
E =
φend1 = fa01
Δend(CboCao)/(CaoCbo) (d)
(*5) (a)式に(CboΔ)を掛けて、
Vb(CboΔ) = Va(Caofa0Δ)
整理すると、
(Va
Vb)
Δ = VaCaofa0VbCbo
VaCaoで割り、(b)式を代入すると、
Δ(VaVb)/(VaCao) = fa0VbCbo/(VaCao) = fa0φ
∴ φ= fa0Δ(VaVb)/(VaCao)

0.01 mol/L酢酸を0.01 mol/L NaOHで滴定したときの(c)式および(d)(近似式)で求めたE%値の比較を-に示します。当量点付近において近似式(d)は十分に有効であることが分かります。

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2021-05-02-fig4

例題2 0.01 mol/Lの酢酸(HA), 20 mL0.01 mol/LNaOHで滴定するとき、指示薬としてフェノールフタレイン(pHend=8.5とする)を用いる場合、滴定誤差E(%)は? pKa=4.76とする。
Cao=0.01,  Cbo=0.01
Δend = [H]end[OH]end = 10^-8.510^-14/10^-8.5 = -3.16×10^-6
fa0 = 1/(1+[H]end/Ka) = 1/(1+10^-8.5/10^-4.76) = 0.999818
これらの値を(d)(近似式)に代入して、
E = 0.999818
13.16×10^-6×(0.01+0.01)/(0.01×0.01) = 4.5×10^-4
(
) E(%) = 0.045%

<1価弱塩基の1価弱酸による滴定における滴定誤差>
1価の弱塩基(NH3)(Cbo mol/L, 共役酸の酸解離定数Kn)1価の弱酸(HA)(Cao mol/L, 酸解離定数Ka)で滴定する場合、滴定曲線の式は次式で与えられます(2021/04/18)

Va = Vb(Cbofb1Δ)/(Caofa0Δ)
ここで、Δ=[H][OH]

fb0 = [NH3]/Cb = 1/(1[H]/Kn)
fb1 = [NH4]/Cb = fb0[H]/Kn
fa0 = [A]/Ca = 1/(1
[H]/Ka)

一方、滴定率をφ = CaoVa/(CboVb)とすると、
φ-1 = (Cao/Cbo)(Cbofb0
Δ)/(Caofa0Δ)1
したがって、滴定誤差(E=φend1)

E =φend1= (Cao/Cbo)(Cbofb1Δend)/(Caofa0Δend)1 ()   

例題3 0.1 mol/L NH3 (pKn=9.25) 20 mL0.1 mol/L クロロ酢酸 (pKa=2.87)で滴定するとき、終点が当量点から±0.2 pH以内である場合の滴定誤差は?
計算方法は次の通り。
まず、当量点におけるpHeqを求め、次式により終点のpHendを求める。
pHend = pHeq
±0.2
次いで、この値から
Δend [H]endKw/[H]endを求め、()式から滴定誤差Eを求める。
エクセルを用いた計算結果を-に示す。
(
) 0.062% ≦E(%) 0.062%

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2021-05-02-fig5