以前(2019/08/11)、CaCl2溶液にNa2CO3を加えたときの平衡について調べましたが、このとき気相のCO2との平衡は考えませんでした。今回は、気相のCO2との平衡を考慮した平衡を考え、pHに対する化学種濃度および溶解度の関係を求めます。
CaCO3飽和溶液-CO2(g)系平衡の関係式
気相のCO2(分圧, PCO2 atm)と平衡にあるCaCO3飽和溶液の平衡を考えます。この系に関係する平衡式および平衡定数(25℃, µ=0)は次の通りです。
●気液平衡:(2021/03/07)
CO2(gas) ⇄ CO2(aq)
KH = [CO2(aq)]/PCO2 = 10^-1.46 …①
●酸塩基平衡:
・CO2(aq) + H2O
⇄ H+ + HCO3-
K1 = [H][HCO3]/[CO2(aq)] = 10^-6.36 …②
・HCO3- ⇄ H+
+ CO32-
K2 = [H][CO3]/[HCO3] = 10^-10.33 …③
・H2O ⇄ H+
+ OH-
Kw = [H][OH] = 10^-14.00 …④
●沈殿平衡:
・CaCO3(s) ⇄ Ca2+
+ CO32-
Ksp = [Ca][CO3] = 10^-8.48
(方解石の溶解度積(*1)) …⑤
(*1) CaCO3の結晶は結晶構造の違いにより方解石(三方晶系)とアラレ石(斜方晶系)に大別できる。通常の温度と圧力での完全な平衡状態においては、方解石がより安定的である。アラレ石はしばしば生物由来の堆積物に見られ、方解石へゆっくりと変換する。ここでは方解石の溶解度積を用いて計算した。
●錯生成(イオン対生成)平衡:
・Ca2+ + HCO3-
⇄ CaHCO3+
βh = [CaHCO3]/([Ca][HCO3])
= 10^1.26 …⑥
・Ca2+
+ CO32- ⇄
CaCO3(aq)
βc = [CaCO3(aq)]/([Ca][CO3])
= 10^3.15 …⑦
・Ca2+
+ OH- ⇄ CaOH+
βo = [CaOH]/([Ca][OH]) = 10^1.3 …⑧
化学種濃度および溶解度の式
気相のCO2分圧がPCO2 atmのとき、①式から分かるように[CO2(aq)]はPCO2のみに依存します。
[CO2(aq)]=KHPCO2
このことおよび②, ③式から、[HCO3],
[CO3]はPCO2および[H]の関数となります。
[HCO3]=K1[CO2(aq)]/]H]
[CO3]=K2[HCO3]/[H]=K1K2[CO2(aq)]/]H]^2
また、CaCO3の飽和溶液においてはCaCO3の沈殿平衡が成立するので、⑤式から、
[Ca]=Ksp/[CO3]= Ksp[H]^2/(K1K2[CO2(aq)])
したがって、[Ca]はPCO2および[H]の関数です。
さらに、Ca2+は⑥, ⑦, ⑧式の錯生成(イオン対生成)平衡が成立するので、
[CaHCO3]=βh[Ca][HCO3]=βhKsp[H]/K2
[CaCO3(aq)]=βc[Ca][CO3]=βcKsp
[CaOH]=βo[Ca][OH]=βoKspKw[H]/(K1K2[CO2(aq)])
したがって、[CaCO3(aq)]は常に一定、[CO2(aq)]はPCO2の関数、[H], [OH], [CaHCO3]は[H]の関数、[HCO3], [CO3], [Ca], [CaOH]はPCO2および[H]の関数となります。つまり、PCO2を一定にし、酸または塩基を加えてpHをある値に調整すれはすべての化学種濃度が一義的に決まることになります(活量係数は無視して)。
また、CaCO3の溶解度S(mol/L)は、
S = [Ca’] = [Ca]+[CaHCO3]+[CaCO3(aq)]+[CaOH]
で与えられます。
PCO2=400 μatmにおける化学種濃度および溶解度
PCO2=400 μatm=4×10^-4 atm(大気中のCO2分圧にほぼ相当)における化学種濃度と溶解度をエクセルで計算します。計算結果の抜粋を図-1に示します。また、pHと化学種濃度・溶解度の関係図(pH-log C)を図-2に示します。PCO2=400μatmの場合、pH9くらいまではCa2+が優勢な化学種であり、およそpH10を過ぎるとCaCO3(aq)が優勢な化学種となります。CaHCO3+の寄与はほとんどありません。CaCO3(aq)はPCO2とpHに無関係なので、CaCO3(aq)が優勢な領域(pH≳10)においては、溶解度Sはほぼ一定(∼5×10^-6 mol/L)となります。
PCO2=1, 10, 100 atmにおける化学種濃度および溶解度
同様にして、PCO2=1, 10, 100 atmにおけるpHと化学種濃度・溶解度の関係図(pH-log C)を図-3, -4, -5に示します。
PCO2=1 atmにおいては、pH6くらいまではCa2+が優勢な化学種ですが、pHがおよそ7~8ではCaHCO3+が優勢となり、およそpH9を過ぎるとCaCO3(aq)が優勢な化学種となります。さらに高圧になると、CaHCO3+の寄与はしだいに大きくなります。PCO2=10 atmにおいてはpHがおよそ6~8でCaHCO3+が優勢となり、PCO2=100 atmにおいてはpHがおよそ5~8でCaHCO3+が優勢となります。CaCO3の溶解度Sは酸性領域においてCO2分圧PCO2の影響を大きく受けることが分かります。
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