前回(2021/08/15)からの続きです。今回は、イオン強度による影響を考慮して解析します。
様々なイオン強度における平衡定数値を図-1に示します(出典:R. M. Smith and A. E. Martell,
"Critical Stability Constants")。以下、この値を用いて話を進めます。
<イオン強度の影響の評価方法>
活量係数補正にはデービス式を用います(2021/08/01)。
logγ = -0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)-kμ) (k=0.2または0.3)
したがって、
1価イオンについては、logγ1=-0.5(√μ/(1+√μ)-kμ)
2価イオンについては、logγ2=4logγ1
無電荷種については、logγ0=0
各平衡定数は、
β1 =
[PbCl]/([Pb][Cl]) = β1o/(γ1/(γ2γ1)) = β1oγ1^4
β2 = [PbCl2]/([Pb][Cl]^2)
= β2o/(γ0/(γ2γ1^2)) = β2oγ1^6
β3 = [PbCl3]/([Pb][Cl]^3)
= β3o/(γ1/(γ2γ1^3)) = β3oγ1^6
β4 = [PbCl4]/([Pb][Cl]^4)
= β4o/(γ2/(γ2γ1^4)) = β4oγ1^4
Ksp = [Pb][Cl]^2 = Kspo/(γ2γ1^2) = Kspo/γ1^6
Kw = [H][OH] = Kwo/(γ1γ1) = Kwo/γ1^2
となります。
図-1の実測データを用いてデービス式の有効性について確認します。
logγが次のようなモデル式で表されるものとします。
logγ = -0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)-k'μ)
各平衡定数について、最小二乗法により、実測値のlogβ(exp)(図-1)とモデル式のlogγを用いて求めたlogβ(cal)の偏差平方和(∑E^2)が最も小さくなるようなk'の値をエクセルのソルバーによって求めます。
E = logβ(cal)-logβ(exp)
∑E^2 = ∑(logβ(cal)-logβ(exp))^2
目的セル:偏差平方和(∑E^2) (目標値:最小値)
変数セル:k'
β1, β2, β3, β4, Ksp,
Kwに関して、求めたk'を図-2に示します。k'=0.14~0.28となり、ほぼ0.2に近い値となりました。したがって、ここではすべての平衡定数についてk=0.2を採用することとしました(*1)。
(*1)もちろん、個々のk'の値を用いて計算することも可能であり、推定精度も上がると思われる。
<HCl溶液に対するPbCl2の溶解度>
0~4 mol/L塩酸溶液に対するPbCl2の溶解度(S)を求めます。
PbCl2の溶解度(S)は次式で与えられます。
S = [Pb'] = [Pb]+[PbCl]+[PbCl2]+[PbCl3]+[PbCl4]
飽和溶液では沈殿平衡が成立するので、
Ksp = [Pb][Cl]^2
が成立します。したがって、
[Pb] = Ksp/[Cl]^2
[PbCl] = β1[Pb][Cl]
[PbCl2] = β2[Pb][Cl]^2
[PbCl3] = β3[Pb][Cl]^3
[PbCl4] = β4[Pb][Cl]^4
[Cl] = 10^-pCl
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
電荷バランスは、
Q = [H]-[OH]+2[Pb]+[PbCl]-[PbCl3]-2[PbCl4]-[Cl]
塩素の物質バランスについて、溶液中の全塩素濃度[Cl']は、
[Cl'] = [Cl]+[PbCl]+2[PbCl2]+3[PbCl3]+4[PbCl4]
塩酸溶液にPbCl2を溶かした飽和溶液中の全塩素量は、塩酸からの塩素量と飽和したPbCl2からの塩素量の和となるので、これを濃度で表せば、
[Cl'] = Cc+2[Pb']
活量係数補正にはデービス式(k=0.2)を用いました。
logγ = -0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)-0.2μ)
µ = ([H]+[OH]+4[Pb]+[PbCl]+[PbCl3]+4[PbCl4]+[Cl])/2
与件として塩酸濃度(Cc)を与え、次のパラメータ設定を行い、pH, pCl, μoに適切な初期値を与えてソルバーを実行し、PbCl2の溶解度[Pb’](=S)を求めます。
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH, pCl, μo (pCl=-log[Cl])
・制約条件:R1 = [Cl’]-(Cc+2[Pb’]) = 0
R2 = μcal-μo = 0
Cc=0~4 mol/Lにおける計算結果(抜粋)を図-3に示します。また、塩酸濃度(Cc)とPbCl2の溶解度(S)の関係を図-4に示します(図-4には活量係数補正をしない場合(2021/08/15)も併記しています)。
PbCl2は溶解性がかなりあり、水や希薄な塩酸溶液に対しても溶解度はイオン強度の影響を強く受けます。イオン強度の影響を考慮しない場合、純水(Cc=0)に対する溶解度は0.029 mol/Lでしたが、イオン強度の影響を考慮すると純水に対する溶解度は0.039 mol/Lとなりました。これは実測値(=0.0385 mol/L)とよく一致しています(*2)。このときイオン強度は0.078で、これはほとんどPbCl2自身に起因しています。
(*2)なお、PbCl2の溶解度は温度が上がると大きくなる。たとえば80℃では、0.092 mol/L, 100℃では0.12 mol/Lとなる。
<Pb(NO3)2溶液にHClを添加したときのPbCl2の沈殿率>
たとえば、Cp = 0.05 mol/LのPb(NO3)2溶液に濃度がCc = 0.1~1 mol/Lとなるように塩酸を加えた場合を考えます。このとき塩酸の添加や沈殿の生成によって溶液の体積は変化しないものとします。このときの溶解度と沈殿生成率を計算します。計算のやり方は塩酸溶液に対する溶解度の場合(図-3)とほぼ同様ですが、0.05 mol/LのPb(NO3)2溶液に塩酸が加えられ、飽和溶液では余剰のPbCl2は沈殿している点で物質バランスの扱いが異なります。
沈殿したPbCl2が沈殿する前に溶液にあったときの濃度を[PbCl2(s)]とすると、
[Pb'] = Cp-[PbCl2(s)]
[Cl'] = Cc-2[PbCl2(s)]
両式から[PbCl2(s)]を消去すると、
2[Pb']-[Cl'] = 2Cp-Cc
R1= 2(Cp-[Pb'])-( Cc-[Cl'])
= 0
また、電荷均衡式は、
Q = [H]-[OH]+2[Pb]+[PbCl]-[PbCl3]-2[PbCl4]-[Cl]-[NO3]
与件としてCp = 0.05 mol/L、塩酸濃度(Cc
= 0.1~1 mol/L)を与え、次のパラメータ設定を行い、pH, pCl, μoに適切な初期値を与えてソルバーを実行し、PbCl2の溶解度[Pb’](=S)を求めます。
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH, pCl, μo (pCl=-log[Cl])
・制約条件:R1
= 2(Cp-[Pb'])-( Cc-[Cl'])
= 0
R2 = μcal-μo = 0
Cc=0.1~1 mol/Lにおける計算結果を図-5に示します。
たとえば0.05 mol/LのPb(NO3)2溶液に1 mol/L塩酸を加えたときのPbCl2の溶解度は4.1×10^-3 mol/Lとなり、沈殿率は92%です。残り8%(つまり4.1×10^-3 mol/L)のPb(II)は溶液に残り、定性分析では第Ⅱ族に移ることになります。
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