前回(2022-06-12)の続きです。今回は選択係数と分配係数、吸着率の関係について調べます。選択係数は温度とイオン強度を定めれば平衡定数となりますが、分配係数は酸・塩濃度や錯生成などの副反応によって影響を受けます。これらの値はバッチ法やカラム法による実験で直接求めることができますが、ここでは選択係数既知の場合、様々な条件における分配係数と吸着率を推定します。
<<酸濃度と分配係数の関係>>
<前回の復習>
a価のイオンAを付加したイオン交換樹脂と溶液中のb価のイオンBとのイオン交換反応における選択係数(KbA,aB)および分配係数(D)は、次式で与えられます。
KbA,aB
= [A]baq[B]ar/([A]br[B]aaq)
D = [B]r/[B]aq
Mn+の陽イオンに関して、微量なMn+が他に錯生成などの副反応を起こさない場合、H形陽イオン交換樹脂に対する分配係数と水素イオン濃度の関係は、次のようになります。
KnH,M = [H]naq[M]r/([H]nr[M]aq)
D = [M]r/ [M]aq = KnH,M([H]r/[H]aq)n
logD =(定数) - n×log[H]
つまりMn+の陽イオンに関して、logDはlog[H]に対して傾き-nの直線となります。
また、Aa+を吸着している陽イオン交換樹脂と微量のBb+のイオン交換では、
KbA,aB = [A]baq[B]ar/([A]br[B]aaq)
D = [B]r/[B]aq = (KbA,aB)1/a([A]r/[A]aq)b/a
logD =(定数) - (b/a)×log[A]
となります。
<分配係数と酸濃度>
H+形のDowex 50-X8に対する選択係数(KnH,M = [H]naq[M]r/([H]nr[M]aq))の値が次のように与えられたとき、logDとlog[H]の関係を求めます。ただし樹脂のイオン交換容量を5 meq/gとし、またMn+が微量で、[H]rの値はイオン交換後も交換容量と等しいとします( [H]r = 5)。またイオン強度の変化の影響は無視します。
<<錯生成の影響>>
イオン交換反応は電荷に大きく依存するので、配位子が中性分子(たとえばNH3)の場合は、錯生成反応が起きても生成した錯イオンはもとの金属イオンと電荷が同じであり、イオン交換反応の挙動はあまり大きく変化しません。
しかし、配位子が陰イオンの場合は、大きく影響を与えます。Mn+の陽イオン交換樹脂によるイオン交換で樹脂に吸着するのはMn+のみとすると、水相中で金属イオンMn+が錯生成等によってMn+以外の様々な化学種Miを作るとき、分配係数は、
D = [M]r/Σ[Mi]aq
ここで、
Σ[Mi]aq = [M’]aq= [M]aq(1+β11[L1]+β12[L1]2+…+β21[L2]+β22[L2]2+…) = [M]aqαM
なので、
D = [M]r/([M]aqαM) …①
で与えられます。αMは錯生成平衡で用いる副反応係数です。
たとえば、微量の金属イオンMn+がEDTAイオン(Y4-)と結合して負電荷の錯体(MY(4-n)-)を作る場合を考えます(他の副反応はないものとする)。このときNaイオンが付加した陽イオン交換樹脂とMn+の分配係数は、
KnNa,M = [Na]naq[M]r/([Na]nr[M]aq),
αM= 1+KMY[Y]から、
D = [M]r/([M]aqαM) = KnNa,M([Na]r/[Na])n/αM
となります。
ここで、KMYはMYの生成定数、[Y]はEDTAイオンの平衡濃度です。
負電荷の錯体が生成されてαMが非常に大きな値(*1)となる条件では、Dは事実上0となります。
(*1) たとえば、Ca2+についてEDTAの全濃度が0.01 mol/L, pH=7のとき、αM=2×10^5
<<バッチ法>>
バッチ法は、金属イオンを含む溶液に特定のイオン形をしたイオン交換樹脂(たとえばH+形)を加え、振盪・放置してイオン交換を行う方法です。平衡到達後、二相を分離することで金属イオンの分離が可能となり、適切な方法で片方の相を(または相両を別々に)分析すれば分配係数の値を実験で直接求めることができます。しかし、分配係数がおよそどの程度の値になるかを理論的に推定することは重要です。ここでは、選択係数既知の場合様々な条件における分配係数および次の述べる吸着率を推定します。
<吸着率>
金属イオンMに関して、水相、樹脂相中の総濃度をCaq mol/L, Cr mmol/gとし、水相の体積をV mL, 樹脂相の乾燥樹脂質量をG gとして、吸着率(%)を次式で定義します。
E(%) = CrG/(CrG+CaqV)×100
つまり、E(%)は物質Mが樹脂相に何%吸着したかを示しています。
D = Cr/Caqなので、吸着率と分配係数の関係は次の通りです。
E(%) = D/(D+V/G)×100
D = (E%/(100-E%))×(V/G)
たとえば、
E=99.9%のとき、D≒(V/G)×10^3
E=0.1%のとき、D≒(V/G)×10^-3
<例題1>
交換容量が5 meq/gのH形陽イオン交換樹脂1
gを0.01 mol/Lの塩化カリウム溶液50 mLと振盪して平衡にしたとき、カリウムイオンの分配係数および吸着率は? KH,K = 2.3とする。
(解)
KH,K=[H]aq[K]r/([H]r[K]aq)=2.3
D = [K]r/[K]aq = ([H]r/[H]aq)KH,K
樹脂内の水素イオンのうち、x mmolがカリウムイオンと交換したとすると、
水相に放出された水素イオン濃度は、
[H]aq = x/50 mol/L
樹脂相に残った水素イオン濃度は、
[H]r=(5-x) mmol/g
樹脂相に吸着したカリウムイオン濃度は、
[K]r = x mmol/g
水相に残ったカリウムイオン濃度は、
[K]aq = (0.01*50-x)/50 mmol/mL
分配係数は、
D = [K]r/[K]aq = ([H]r/[H]aq)KH,K
したがって、
x/((0.01*50-x)/50) = 2.3*(5-x)/(x/50)
の方程式を解いてxを求める。エクセルのソルバーを用いてxを求めると(図-3)、
x = 0.478 mmol
D = [K]r/[K]aq
= 0.478*50/(0.01*50-0.478) = 1.09×10^3
…(答)
E% = D/(D+V/G)×100 = 95.6% …(答)
<例題2>
交換容量が5 meq/gのH形陽イオン交換樹脂2
gを痕跡量(10^-3 mmol以下)の塩化カルシウムを含む0.1mol/L HCl溶液100 mLと振盪して平衡にしたとき、カルシウムイオンの分配係数および吸着率は? K2H,Ca = 3.2とする。
(解)
K2H,Ca = ([H]aq/[H]r)^2([Ca]r/[Ca]aq)
= 3.2
D = [Ca]r/[Ca]aq = ([H]r/[H]aq)^2K2H,Ca
Ca2+は痕跡量なので樹脂相、水相中の水素イオン濃度は、イオン交換後も不変とすると、
[H]r = 5 mmol/g
[H]aq = 0.1 mol/L
分配係数は、D = ([H]r/[H]aq)^2K2H,Ca
したがって、
D = (5/0.1)^2×3.2 = 8000 …(答)
E = D/(D+V/G)×100 = 99.4% …(答)
<錯生成の影響>
<例題3>
交換容量が5 meq/gのNa形陽イオン交換樹脂2
gを痕跡量(10^-4 mol/L以下)の塩化カルシウムおよび0.001 mol/L EDTAを含む0.1mol/L NaCl溶液100 mLと振盪して平衡にしてpH=6としたとき、カルシウムイオンの分配係数および吸着率は? ただし、KH,Na=1.6,
K2H,Ca=3.2, KMY=5×10^10とする。
(解)
EDTAを加えない場合は、
K2H,Ca = [H]aq2[Ca]r/([H]r2[Ca]aq),
KH,Na = [H]aq[Na]r/([H]r[Na]aq)なので、
K2Na,Ca = [Na]aq2[Ca]r/([Na]r2[Ca]aq)
= K2H,Ca/KH,Na2 = 3.2/1.6^2 = 1.3
D = [Ca]r/[Ca]aq = K2Na,Ca[Na]r2/[Na]aq2
ここでCaは痕跡量なので、イオン交換後も[Na]r = 5 mmol/g,
[Na]aq = 0.1 mmol/mLのままとすると、
D = K2Na,Ca[Na]r2/[Na]aq2
= 1.3×5^2/0.1^2 = 3300
ここにEDTAを加えると、①式から、
D = (K2Na,Ca[Na]r2/[Na]aq2)/αCa
αCa = 1+KMY[Y]
Cy mol/L EDTAの[Y]は、
EDTA>>Caなので、CaYが生成しても[Y]は変化しないとすると、
[Y] = Cy/αY
αY = 1+[H]/K4+[H]2/(K4K3)+[H]3/(K4K3K2)+[H]4/(K4K3K2K1)
で与えられるので(2020-05-03)、
pH=6における0.001 mol/L EDTAのαYを計算すると、
αY = 6.0×10^4
したがって、
αCa = = 1+KMYCy/αY = 1+(5×10^10)×10^-3/(6.0×10^4) = 834
D = 3300/834 = 4.0 …(答)
E% = D/(D+V/G)×100 = 7.3% …(答)
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