1価の弱酸-強塩基の塩、強酸-弱塩基の塩の水溶液について、そのpHの求め方を説明します。
<<弱酸-強塩基の塩>>
1価の弱酸(HA)のナトリウム塩(たとえば酢酸ナトリウム)の溶液を取りあげます。Cs mol/Lの塩(NaA)溶液のpHを求めます。弱酸の酸解離定数をKaとし、活量係数による補正は考慮しません。
関係式は次の通りです。
平衡定数式:
Ka = [A][H]/[HA] …①
Kw = [H][OH] …②
物質バランス式:
Cs = [A]+[HA] …③
Cs = [Na] …④
電荷バランス式:
[H]+[Na] = [OH]+[A] …⑤
④, ⑤式から、
[A] = Cs+[H]-[OH] …⑥
⑥式と③式から、
[HA] = Cs-[A] = [OH]-[H] …⑦
⑥, ⑦式を①式に代入して、
Ka = [H](Cs+[H]-[OH])/([OH]-[H]) …⑧
⑧式に②式を代入して整理すると[H]に関する3次方程式が得られます。
[H]^3+(Cs+Ka)[H]^2-Kw[H]-KaKw = 0 …(a)
(a)式は近似なしの正確な式です。(*1)
(*1)弱酸の共役塩基の塩基解離定数をKa’とすると、Ka×Ka’=Kwなので、⑧式は、
Ka’ = Kw/Ka = [OH]([OH]-[H])/(Cs-([OH]-[H]))
これは弱塩基の式と同一です(2022-11-06)。つまり、弱酸-強塩基の塩のpHは弱塩基の場合と同様の取り扱いができます。
これから先は、近似を行って式を簡便化します。
弱酸-強塩基の塩溶液は塩基性([OH]>[H])です。
もし、[OH]>>[H]ならば、[OH]に対して[H]は無視できるので、⑧式は、
Ka =[H](Cs-[OH])/[OH]
[OH]=Kw/[H]を代入して整理して、
Cs[H]^2-Kw[H]-KaKw = 0
この二次方程式を解いて[H](正の値)を求めると、
[H] = {Kw+√(Kw^2+4CsKaKw)}/(2Cs) …(b)
さらに、Cs>>[OH]ならば、
Ka =[H](Cs/[OH])
[H] = √(KaKw/Cs) …(c)
また、もし[OH]≳[H] かつ Cs>>([OH]-[H])ならば、⑧式は
Ka = [H]Cs/([OH]-[H])
Ka[OH]-Ka[H] =[H]Cs
KaKw/[H]-Ka[H] =[H]Cs
KaKw = [H]^2(Cs+Ka)
[H]^2 = (KaKw)/(Cs+Ka)
[H] = √(KaKw/(Cs+Ka)) …(d)
となります。
<近似式の限界>
1価の弱塩基の場合(2022-11-06)と同様、ΔpHが0.02のとき、これは水酸イオン濃度の相対誤差4.7%に相当することが分かります。したがってこのとき、[OH]-[H]に対して、[OH]の4.7%よりも[H]が小さければ、[H]は[OH]に対して無視することができます。
[H]<<[OH]とは、[H]<0.047[OH]つまりpH>7.66となるときです。
また、Cs-[OH]に対して、[OH]がCsの4.7%よりも小さいとき、[OH]はCsに対して無視できることが分かります。
Cs>>[OH]とは、[OH]<0.047CsつまりpH<logCs+12.67となるときです。
<近似式を用いるときの解法手順>
1価の弱酸のナトリウム塩溶液の水素イオン濃度またはpHの求め方は次の通りです。
(1) まず、最も簡単な(c)式を用いて[H]ap, [OH]ap, pHapを計算する。
[H]ap = √(KaKw/Cs)
pHap = (pKa+pKw+logCs)/2
(2) pHap>7.66ならば、(3)に行く。そうでなければ、(5)に行く。
(3) pHap<logCs+12.67ならば、[H]ap, pHapは十分に正確な値である。そうでなければ、(4)に行く。
(4) 2次式から[H], pHを求める。
[H] = {Kw+√(Kw^2+4CsKaKw)}/(2Cs)
(5) pHap<logCs+12.67ならば、次式から[H], pHを求める。
[H] = √(KaKw/(Cs+Ka))
そうでなければ、(6)に行く。
(6) 近似式は使用できない。逐次近似法あるいはエクセルを用いて解を求める。
<例題1> 0.1 mol/L 酢酸ナトリウムのpHは? pKa = 4.76とする。
(c)式から、
[H]ap = √(KaKw/Cs)
= √(10^-4.76×10^-14/0.1)
= 10^-8.88
pHap = 8.88
7.66<8.88<11.67=logCs+12.67なので、求めるpHは8.88
ちなみに、例題1の対数濃度図を図-1に示します。
⑤式(電荷バランス式)に③, ④式を代入して、[H]+[HA] = [OH] (プロトン条件式)
図から明らかなように[HA]>>[H] ([HA]/[H]≒10^4)なので、[HA]≒[OH]
したがって、図中log[HA]=log[OH]の交点(P)のpHが求める値です。pH=8.9
(もちろん、二分法やソルバー法の使用も可能ですが、ここでは省略します)
<<強酸-弱塩基の塩>>
1価の弱塩基(B)の塩酸塩(たとえば塩酸アンモニウム)の溶液を取りあげます。Cs mol/LのBHCl溶液のpHを求めます。Bの共役酸であるBHイオンの酸解離定数をKn(=Kw/Kb)とし、活量係数による補正はしません。
関係式は次の通りです。
平衡定数式:
Kn = [B][H]/[BH] …①'
Kw = [H][OH] …②'
物質バランス式:
Cs = [B]+[BH] …③'
Cs = [Cl] …④'
電荷バランス式:
[H]+[BH] = [OH]+[Cl] …⑤'
④', ⑤'式から、
[BH] = [OH]-[H]+Cs …⑥'
⑥'式と③'式から、
[B] = Cs-[BH] = [H]-[OH] …⑦
⑥', ⑦'式を①'式に代入して、
Kn = [H]([H]-[OH])/([OH]-[H]+Cs) …⑧'
⑧'式に②'式を代入して整理すると[H]に関する3次方程式が得られます。
[H]^3+Kn[H]^2-(KnCs+Kw)[H]-KnKw = 0 …(a)'
(a)'式は近似なしの正確な式です。この式は弱酸の式と同一なので、弱酸と同様の取り扱いができます(2022-10-09)。
<近似式を用いるときの解法手順>
(1) [H]ap = √(KnCs)を用いて[H]ap, [OH]ap,
pHapを計算する。
[OH]ap= Kw/[H]ap
pHap = (pKn-logCs)/2
(2) pHap<6.34ならば、(3)に行く。
そうでなければ、(5)に行く。
(3) pHap>1.33-logCsならば、[H]apまたはpHapは十分に正確な値である。
そうでなければ、(4)に行く。
(4) 2次式から[H], pHを求める。
[H] = (-Kn+√(Kn^2+4KnCa))/2
(5) pHap>1.33-logCsならば、次式から[H], pHを求める。
[H] = √(KnCs+Kw)
そうでなければ、(6)に行く。
(6) 近似式は使用できない。逐次近似法あるいはエクセルを用いて解を求める。
<例題2> 0.1 mol/L 塩化アンモニウムのpHは? pKn = 9.25とする。
[H]ap = √(KnCs) = √(10^-9.25×0.1) = 10^-5.125
pHap = 5.13
(1.33-logCs)=2.33<5.13<6.34なので、求めるpHは5.13
対数濃度図を図-2に示します。
<<1価の弱酸・弱塩基およびそれらの強塩基・強酸の塩のpHの求め方(まとめ)>>
これまで、1価の弱酸・弱塩基(たとえば酢酸、アンモニア)およびそれらの強塩基・強酸の塩(たとえば酢酸ナトリウム、塩化アンモニウム)の溶液について、近似式によるpHの求め方を説明してきました。これら1価の酸・塩基およびそれらの塩溶液のpHの求め方は、本質的に一緒です。
(1) 酸解離定数式または塩基解離定数式(Ka, Kb)および水のイオン積の式(Kw)を書く。
(2) 物質バランス式、電荷バランス式を書く。
(3) 物質バランス式、電荷バランス式を用いて、酸塩基の各化学種濃度を全濃度C, [H], [OH]で表す。
(4) C, [H], [OH]で表わした化学種濃度をKaまたはKbに代入する。
(5) [H]と[OH]の大小で仮定を置いて近似を行う。
(6) 全濃度Cと[H](または[OH])の大小で仮定を置いて近似を行う。
(7) pHの許容濃度を基準として、仮定の妥当性を検証する。
(8) 溶液が酸性でC>>[H]>>[OH]のとき、[H]=√(KaC)が成立する。C~[H]>>[OH]のとき二次方程式が成立する。C>>[H]~[OH]のとき[H]=√(KaC+Kw)が成立する。
(9) 溶液が塩基性でC>>[OH]>>[H]のとき、[OH]=√(KbC)が成立する。C~[OH]>>[H]のとき二次方程式が成立する。C>>[OH]~[H]のとき[OH]=√(KbC+Kw)が成立する。
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