滴定曲線、溶解度などーエクセルを用いて

酸塩基反応、沈殿反応、錯生成反応などの溶液内イオン平衡についてエクセル(EXCEL)を用いて理論的に解析し、滴定曲線の作成や溶解度の計算などをしていきたいと思います。

タグ:溶解度

リン酸カルシウムは様々な形の化合物が知られています。今回は、リン酸水素カルシウム(CaHPO42H2O)およびリン酸三カルシウム(Ca3(PO4)2)についてpHと溶解度の関係を求めます。   

<関係式>(μ=0, 25)
・溶解度積:
CaHPO4
2H2O(s)Kch=[Ca][HPO4], pKch=6.58
Ca3(PO4)2(s)
Kcp=[Ca]^3[PO4]^2, pKcp=28.82
Ca(OH)2(s)
Kco=[Ca][OH]^2
, pKco=5.19   

・錯生成定数: 
CaHPO4
βch=[CaHPO4]/([Ca][HPO4])
, logβch=2.66

CaH2PO4βc2=[CaH2PO4]/([Ca][H2PO4]), logβc2=1.41

CaOHβco=[CaOH]/([Ca][OH]), logβco=1.3   

・酸解離定数:
H2PO4/H3PO4
K1=[H][H2PO4]/[H3PO4]
, pK1=2.15

HPO4/H2PO4K2=[H][HPO4]/[H2PO4], pK2=7.20

PO4/HPO4K3=[H][PO4]/[HPO4], pK3=12.38

H2OKw=[H][OH], pKw=14.00   

・化学種濃度(mol/L)
[H]=10^-pH
[OH]=Kw/[H]
[Ca]=Kch/[HPO4]
 …(CaHPO42H2Oの場合)
[Ca]=( Kcp/[PO4]^2)^(1/3)
 …(Ca3(PO4)2の場合)
[CaHPO4]=βch[Ca][HPO4]
[CaH2PO4]=βc2[Ca][H2PO4]
[CaOH]=βco[Ca][OH]
[H3PO4]=[H][H2PO4]/K1
[H2PO4]=[H][HPO4]/K2
[HPO4]=[H][PO4]/K3
[PO4]=10^-pPO4
[X]=Cx
 …(HXCa2+と錯体を作らない1価の強酸。もし[X]が負の場合は1価の強塩基が加えられたと考える)   

・全濃度(mol/L)
[PO4']=[PO4]
[HPO4][H2PO4][H3PO4][CaHPO4][CaH2PO4]
[Ca']=[Ca]
[CaOH][CaHPO4][CaH2PO4]   

・電荷バランス:
Q = [H]
[OH]2[Ca][CaH2PO4][CaOH][H2PO4]2[HPO4]3[PO4][X] = 0   

・物質バランス:
R = [Ca']
[PO4'] = 0 …(CaHPO42H2Oの場合)
R=2[Ca']3[PO4'] = 0 …(Ca3(PO4)2の場合)    

<ソルバー計算>
リン酸水素カルシウム(CaHPO42H2O)およびリン酸三カルシウム(Ca3(PO4)2)について、pHと溶解度の関係を、ソルバーを用いて求めます。[Ca]およびソルバーのパラメータは次の通りです。
・リン酸水素カルシウム(CaHPO42H2O)の溶解度を求める場合
  ・[Ca]=Kch/[HPO4]
  ・目的セル:Q = 0
  ・変数セル:Cx, pPO4

  ・制約条件R = [Ca'][PO4'] = 0
・リン酸三カルシウム(Ca3(PO4)2)の溶解度を求める場合
  ・[Ca]=(Kcp/[PO4]^2)^(1/3)
  ・目的セル:Q = 0
  ・変数セル:Cx, pPO4

  ・制約条件R = 2[Ca']3[PO4'] = 0   

リン酸水素カルシウムに関する計算結果の例を-に示し、またリン酸三カルシウムの場合を-に示します。   

-
2021-11-07-fig1

-
2021-11-07-fig2-a

pHと溶解度の関係を-に示します。図から明らかなように、pHがおよそ6より小さいときはリン酸水素カルシウム(CaHPO42H2O)の溶解度がリン酸三カルシウム(Ca3(PO4)2)の溶解度よりも小さく、pH6を超えると逆にリン酸三カルシウムの溶解度の方が小さくなりました。
ただし、以上の計算においてpHの変化等によって沈殿の形が変化することは想定していません。   

-
2021-11-07-fig3a

<追補>(2023-03-11)
ヒドロキシアパタイト(HApCa10(OH)2(PO4)6)(pKsp(HAp) = 114)の溶解度も含め、pHと溶解度の関係を下図に示します。
Ca10(OH)2(PO4)6)
Kha=[Ca]^10[OH]^2[HPO4]^6, pKha=114
[Ca]=( Kha/([OH]^2[PO4]^6)^(1/10)
 (HAp沈殿時)
<エクセル>
与件pH
目的セルQ = 0
変数セルCx, pPO4
制約条件:R = 3[Ca']5[PO4'] = 0    

2023-03-12a





MgCO3酸に対する溶解度を計算で求めます。Mg2+とCO32-を実際に反応させると、生成条件により、炭酸塩、塩基性炭酸塩など様々な組成の沈殿が生成しますが、ここではMgCO3・3H2Oが生成するものとして、その溶解度を求めます。

MgCO33H2Oの溶解度積:
 Kspc = [Mg][CO3]
 log Kspc =4.67
Mg(OH)2(
無定形)の溶解度積:
 Kspo = [Mg][OH]^2
 log Kspo =9.2
MgOH+
の生成定数:
 βo = [MgOH]/([Mg][OH])
 logβo = 2.58
MgCO3
の生成定数:
 βc = [MgCO3
(aq)]/([Mg][CO3])
 logβc = 2.88
Mg(HCO3)+
の生成定数:
 βh = [MgHCO3]/([Mg][HCO3])
   logβh = 0.95
CO2
の酸解離定数:
 K1 = [H][HCO3]/[CO2] , pK1 = 6.35
 K2 = [H][CO3]/[HCO3] , pK2 = 10.33
   

<<MgCO3の酸に対する溶解度の計算>>
<ソルバーによるMgCO3の溶解度>
MgCO3
を酸に溶解したときの溶解度を、エクセルのソルバー機能を用いて用いて求めます。酸としてはMg(II)と錯体を作らない1価の強酸(HX)を用います(たとえば、過塩素酸)。活量係数はすべて1とし、またCO2の気相との平衡は考えないこととします。   

ソルバーの計算では、溶液の最終的なpH(=log[H])を与件とし、HXの必要濃度CX mol/Lを変数としました。もし計算の結果CXが負の値となったときは-CXを強塩基濃度と考えます。   

pHを与件とすると、各化学種は次にように表せます。
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Mg] = Kspc/[CO3]
[MgOH] =
β0[Mg][OH]
[MgCO3] =
βc[Mg][CO3]
[MgHCO3] =
βh[Mg][HCO3]
[CO3] = 10^-pCO3
[HCO3] = [H][CO3]/K2
[CO2] = [H][HCO3]/K1
[X] = CX
また、計算に必要な関係式は次の通りです。
Q = [H][OH]2[Mg][MgOH][MgHCO3]2[CO3][HCO3][X] = 0
[Mg'] = [Mg][MgOH][MgCO3][MgHCO3] (S)
[CO3'] = [MgCO3][MgHCO3][CO3][HCO3][CO2]
ここではMgCO3をこれとは無関係な酸に溶かしたときの溶解度(S)を求めようとしているので(つまり、他に共通イオン源はないので)
[Mg'] = [CO3']
が成立します。   

与えたpHごとに次のパラメータ設定に従ってソルバーを実施します。
・ソルバーのパラメータ設定
  ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
  ・変数セル:Cx , pCO3

  ・制約条件:R = [Mg'][CO3'] = 0   

なお、Mg(OH)2の沈殿生成の有無を確認する必要があります。イオン積B=[Mg][OH]2Mg(OH)2(無定形)の溶解度積Kspoを越えたときは、そこで計算を中止しました。   

計算結果(抜粋)-に示し、pHと溶解度(S)の関係を-に示します。またpHと溶液中の化学種濃度の関係(pH-logC)-3に示します。         

-
2021-10-03-fig1

-
2021-10-03-fig2

-

2021-10-03-fig3

-1、図-2から明らかなように、MgCO3の溶解度はpHの上昇とともに小さくなります。たとえばpH8.8以下のとき0.05 mol/LMgCO3溶液は沈殿を生じないことが分かります。

また-から、Mgに関する化学種は、pH7.5より低いとMgHCO3+が優勢であり、pH7.59.3ではMg2+が優勢、9.3を超えるとMgCO3が優勢となることがわかります。   

<計算式によるMgCO3の溶解度>
酸または塩基に対するMgCO3の溶解度は、ソルバーを用いなくても、
[Mg'] = [Mg]
[MgOH][MgCO3][MgHCO3]
[CO3'] =
[MgCO3][MgHCO3][CO3][HCO3][CO2]
[Mg'] =
[CO3']
から直接計算することも可能です。
[Mg]
[MgOH][MgCO3][MgHCO3] =
[MgCO3][MgHCO3][CO3][HCO3][CO2]
[Mg](1+βo[OH]) = [CO3](1+[H]/K2+[H]^2/(K2K1))
(Ksp/[CO3])(1
+βo[OH]) = [CO3](1+[H]/K2+[H]^2/(K2K1))
[CO3]^2 = (Ksp(1
+βo[OH])/(1+[H]/K2+[H]^2/(K2K1))

したがって、pHが与えられれば[CO3]が分かり、その結果他の化学種もすべて分かります。
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[CO3] = {(Ksp(1+βo[OH])/(1+[H]/K2+[H]^2/(K2K1))}
[Mg] = Ksp/[CO3]
[MgOH] =
β0[Mg][OH]
[MgCO3] =
βc[Mg][CO3]
[MgHCO3] =
βh[Mg][HCO3]
[HCO3] = [H][CO3]/K2
[CO2
(aq)] = [H][HCO3]/K1   

計算結果を-に示します。pHに対する溶解度(S)の値-1と一致します(当然!)。   

-
2021-10-03-fig4

<<Pco2 atmCO2ガスと平衡にある水に対するMgCO3の溶解度>>
これまでは気相のCO2との平衡を考えない場合について考えましたが、ここからはPCO2 atmCO2ガスと平衡にある水に対する溶解度を求めます。
CO2(gas)
CO2(aq) 
KH = [CO2(aq)]/PCO2 = 10^-1.46
なので、
[CO2(aq)] = KH
×PCO2 (mol/L)
[HCO3] = [H][CO2(aq)]/K1
[CO3] = [H][HCO3]/K2
これらの関係を用いて、ソルバーを実行します。活量係数はすべて1とします。
・ソルバーのパラメータ設定
  ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
  ・変数セル:pH

計算結果を-に示します。水に対する溶解度は、PCO2 = 1 atm, 25℃で0.28 mol/Lとなりました。実測値は20℃で0.31 mol/L, 30℃で0.25 mol/L(化学便覧)なので、計算値は実測値と良い一致を示しています。   

-
2021-10-03-fig5

今回の考察はイオン強度の影響を無視しているので、蓋然的です。もう少し厳密に計算しようとすれば、この影響を考慮する必要があります。   



(III)OH単核・多核錯体、SO4錯体の生成やイオン強度の影響を考慮して、硫酸鉄(III)に酸または塩基を加えた場合の平衡計算を行います。   

Fe(OH)3の沈殿については、無定形沈殿(pKsp=38.8)を想定しました。様々なイオン強度における平衡定数値を-1に示します(出典:R. M. Smith and A. E. Martell, "Critical Stability Constants (vol. 4)")。以下、この値を用いて話を進めます。   

-1
2021-09-26-fig1

<関係式>
計算に用いた関係式は次の通り。
・単核OH錯体
Fe3+
OH- FeOH2+
 β1 = [FeOH]/([Fe][OH])
Fe3+
2OH- Fe(OH)2+
 β2 = [Fe(OH)2]/([Fe][OH]^2)
Fe3+
3OH- Fe(OH)3(aq)
 β3 = [Fe(OH)3]/([Fe][OH]^3)
Fe3+
4OH- Fe(OH)4-
 β4 = [Fe(OH)4]/([Fe][OH]^4)   

・多核OH錯体
2Fe3+
2OH- Fe2(OH)24+
 β22 = [Fe2(OH)2]/([Fe]^2[OH]^2)
3Fe3+
4OH- Fe3(OH)45+
 β34 = [Fe3(OH)4]/([Fe]^3[OH]^4)   

SO4錯体
Fe3+
SO42- FeSO4+
 βs1 = [FeSO4]/([Fe][SO4])
Fe3+
2SO42- Fe(SO4)2-
 βs2 = [Fe(SO4)2]/([Fe][SO4]^2)   

・硫酸の酸解離
HSO4-
SO42-H+
 Ka = [SO4][H]/[HSO4]
・溶解度積
Fe3+
3OH- Fe(OH)3(s)
 Ksp = [Fe][OH]^3   
<イオン強度の影響>
濃度平衡定数はイオン強度(μ)の影響を受けます。
「修正デービス式」を用いてイオン強度(μ)の影響を定量的に評価します。

修正デービス式のk'値について、これまで求めた値(2021/09/12)はこれをそのまま使用しました。
βs1, βs2, Kaについては、下記の式を用いて、モデル式のk'に初期値を与えて求めたlogβ(cal)と実験値のlogβ(exp)との偏差平方和(E^2)が最も小さくなるようなk'値を求め、さらに各平衡定数を求めました。
log
γ = 0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)k'μ) (zは電荷。k'は実験値の回帰式から求めた値)
価イオンは、logγ1 = 0.5(√μ/(1+√μ)k'μ)
価イオンは、logγ2 = 4logγ1
価イオンは、logγ3 = 9logγ1
βs1=[FeSO4]/([Fe][SO4])=βs1o1/(γ3γ2)=βso1/(γ1^9γ1^4)=βsoγ1^12
βs2=[Fe(SO4)2]/([Fe][SO4]^2)=βs2o1/(γ3γ2^2)=βso1/(γ1^9γ1^8)=βsoγ1^16
Ka=[SO4][H]/[HSO4]=Kao/(γ2γ11)=Kao/(γ1^4γ11)=Kao1^4
結果を-2に示します。   

-
2021-09-26-fig2

<化学種濃度および溶解度>
硫酸鉄(III)水溶液に酸または塩基を加えたときの化学種濃度
0.1 mol/L Fe2(SO4)3(III)
水溶液(CFe=0.2 mol/L, CSO4=0.3 mol/L)に酸または塩基を加えたときの化学種濃度を、エクセルのソルバー機能を用いて求めます。酸、塩基としてはFe(III)と錯体を作らない1価の強酸(HX)または塩基(BOH)を用います(たとえば、過塩素酸とNaOH)。酸または塩基の添加によって体積は変化しないものとします。ソルバーの計算では、溶液の最終的なpHc(=log[H])を与件とし、BOHの必要濃度Cb mol/Lを変数として値を求めます。もし計算の結果Cbが負の値となったときは-CbHX濃度と考えます。   


・電荷バランスは、
Q = [H]
[OH]3[Fe]2[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]4[Fe2(OH)2]5[Fe3(OH)4][FeSO4][Fe(SO4)2]2[SO4][HSO4][B]   

SO4の物質バランスは、
CSO4 = (3/2)CFe = [SO4']= [FeSO4]
2[Fe(SO4)2][SO4][HSO4]

Fe(III)の物質バランスは、水酸化鉄(III)の沈殿が生じない場合([Fe][OH]^3Ksp)
CFe = [Fe'] = [Fe]
[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)3][Fe(OH)4]2[Fe2(OH)2]3[Fe3(OH)4][FeSO4][Fe(SO4)2]
*1)
*1) したがって、CFe-[Fe'] = 0が成立し、この関係から[Fe]を求めることができる。沈殿が生じる場合は、CFe  [Fe']でありCFe-[Fe'] = 0は成立しない。この場合、[Fe]Ksp = [Fe][OH]^3から求める。   

・イオン強度は、
µo = µcal = ([H]
[OH]9[Fe]4[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]16[Fe2(OH)2]25[Fe3(OH)4][FeSO4][Fe(SO4)2]4[SO4][HSO4]+√([B]^2))/2
・1価の化学種iの活量係数は、
logγ1(i) = 0.5(√μ/(1+√μ)k'(i)μ)   

・濃度平衡定数は、
β1=β1oγ1^6
β2=β2oγ1^10
β3=β3oγ1^12
β4=β4oγ1^12
β22=β22oγ1^4
β34=β34oγ1^6
βs1=βs1oγ1^12
βs2=βs2oγ1^16
Ks=Kso1^4
Kw=Kwo1^2

Ksp=Kspo1^12
(太字µ=0における平衡定数(熱力学的平衡定数))   

・化学種濃度は、pHcを与件とすると次にように表せます。
[H] = 10^-pHc
[OH] = Kw/[H]
[Fe] = 10^-pFe
 (沈殿が生じない場合)
または
[Fe] = Ksp/[OH]^3
 (沈殿が生る場合)
[FeOH] =
β1[Fe][OH]
[Fe(OH)2] =
β2[Fe][OH]^2
[Fe(OH)3] =
β3[Fe][OH]^3
[Fe(OH)4] =
β4[Fe][OH]^4
[Fe2(OH)2] =
β22[Fe]^2[OH]^2
[Fe3(OH)4] =
β34[Fe]^3[OH]^4
[FeSO4] =
βs1[Fe][SO4]
[Fe(SO4)2] =
βs2[Fe][SO4]^2
[SO4] = 10^-pSO4
[HSO4] = [SO4][H]/Ka
[B] = Cb
   

これらの関係から、エクセルのソルバー機能を用いて、各化学種濃度を求めます。
パラメータ設定は次の通り。
BOHを添加してFe(OH)3沈殿が生じない場合:
 ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
 ・変数セル:Cb, pFe, pSO4, μo 

 ・制約条件RFe = CFe-[Fe'] = 0 
       RSO4 = CSO4[SO4'] = 0 
(CSO4 = (3/2)CFe)
       Rµ = μcalμo = 0   

BOHを添加してFe(OH)3沈殿が生じる場合:
 ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
 ・変数セル:Cb, pSO4, μo

 ・制約条件RSO4 = CSO4[SO4'] = 0 (CSO4 = (3/2)CFe)
       Rµ = μcalμo = 0   

計算結果の抜粋を-に示し、pHcに対する各化学種濃度および溶解度の関係(pHclog C)-に示します。   

-
2021-09-26-fig3

-
2021-09-26-fig4


-から分かるように、硫酸鉄(III)水溶液に酸または塩基を加えてpHを調整するとpHc=2付近においてFe(OH)3の沈殿生成が始まり、さらにpHを上げると溶解度は減少し、pH=8付近において最小となります。引き続きpHを上げると、今度はFe(OH)4-アニオンの生成が増して溶解度が上昇します。

以前(2020/01/26)Al(OH)3の溶解度に及ぼす結晶形の違いについて報告しました。今回は錯体生成や活量係数補正を考慮してFe(III)(OH)3の溶解度と結晶形の関係について調べます。   

(III)塩の溶液に常温でアルカリをすばやく添加すると無定形(アモルファス)の沈殿が得られます。これを熟成すると条件によりα-FeOOH(針鉄鉱、ゲータイト)やα-Fe2O3(赤鉄鉱、ヘマタイト)に変化します(以下、これらを水酸化鉄(III)(Fe(OH)3)総称する)
各結晶形の溶解度積(Ksp, at 25)は次の通りです["Critical Stability Constants, vol. 4"]
 ・無定形水酸化鉄  pKsp = 38.8 (μ=0),  38.6 (μ=3)
 ・ゲータイト(α-FeOOH)  pKsp = 41.5(μ=0),  41.1 (μ=3)
 ・ヘマタイト(α-Fe2O3)  pKsp = 42.7(μ=0)
なお、その他の関係式や平衡定数値については前回(2021/09/12)通りです。
Fe3+
OH- FeOH2+  β1 = [FeOH]/([Fe][OH])
Fe3+
2OH- Fe(OH)2+  β2 = [Fe(OH)2]/([Fe][OH]^2)
Fe3+
3OH- Fe(OH)3(aq)  β3 = [Fe(OH)3(aq)]/([Fe][OH]^3)
Fe3+
4OH- Fe(OH)4  β4 = [Fe(OH)4]/([Fe][OH]^4)
2Fe3+
2OH- Fe2(OH)24+  β22 = [Fe2(OH)2]/([Fe]^2[OH]^2)
3Fe3+
4OH- Fe3(OH)45+  β34 = [Fe3(OH)4]/([Fe]^3[OH]^4)
Fe3+
3OH- Fe(OH)3(s), FeOOH(s), Fe2O3(s)  Ksp = [Fe][OH]^3   

これらのデータを用いて、水酸化鉄(III)の溶解度とpHの関係を求めます。   

<イオン強度の影響>
前回同様、「修正デービス式」を用いてイオン強度(μ)の影響を定量的に評価します。
log
γ = 0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)k'μ) (zは電荷。k'は実験値の回帰式から求めた値)
したがって、
価イオンは、logγ1 = 0.5(√μ/(1+√μ)k'μ)
価イオンは、logγ2 = 4logγ1
価イオンは、logγ3 = 9logγ1
価イオンは、logγ4 = 16logγ1
価イオンは、logγ5 = 25logγ1
0
価の種は、logγ0 = 1
濃度平衡定数は、
β1=β1oγ1^6
β2=β2oγ1^10
β3=β3oγ1^12
β4=β4oγ1^12
β22=β22oγ1^4
β34=β34oγ1^6
βn=βnoγ1^6
Kw=Kwo1^2

Ksp=Kspo1^12
(太字µ=0における平衡定数(熱力学的平衡定数))
修正デービス式のk'値は前回通りです。ゲータイト(α-FeOOH)については新たに求めた結果、k'=0.19となりました。ヘマタイト(α-Fe2O3)についてはµ=0のデータしかないので、k'=0.2としました。   

<酸または塩基への水酸化鉄(III)の溶解度>
酸または塩基へ水酸化鉄(III)を溶解したときの溶解度を、エクセルのソルバー機能を用いて用いて求めます。酸、塩基としてはFe(III)と錯体を作らない1価の強酸(HX)または塩基(BOH)を用います(たとえば、過塩素酸とNaOH)
ソルバーの計算では、溶液の最終的なpHc(=log[H])を与件とし、HXの必要濃度CX mol/Lを変数とします。もし計算の結果CXが負の値となったときは-CXBOH濃度と考えます。   

pHcを与件とすると、各化学種は次にように表せます。
[H] = 10^-pHc
[OH] = Kw/[H]
[Fe] = Ksp/[OH]^3
[FeOH] =
β1[Fe][OH]
[Fe(OH)2] =
β2[Fe][OH]^2
[Fe(OH)3] =
β3[Fe][OH]^3
[Fe(OH)4] =
β4[Fe][OH]^4
[Fe2(OH)2] =
β22[Fe]^2[OH]^2
[Fe3(OH)4] =
β34[Fe]^3[OH]^4
[X] = CX
また計算に必要な関係式は次の通りです。
Q = [H][OH]3[Fe]2[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]4[Fe2(OH)2]5[Fe3(OH)4][X] = 0
µcal = ([H]
[OH]9[Fe]4[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]16[Fe2(OH)2]25[Fe3(OH)4]+√([X]^2))/2 = µo
S[Fe][FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)3][Fe(OH)4]2[Fe2(OH)2]3[Fe3(OH)4]

・ソルバーのパラメータ設定
  ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
  ・変数セル:CX, μo

  ・制約条件Rµ = μcalμo = 0   

無定形水酸化鉄の溶解度に関する計算結果(抜粋)-に示します。また、pHcの関数として無定形水酸化鉄、FeOOHおよびFe2O3の溶解度および化学種濃度を-2~5に示します。

-
2021-09-19-fig1

 
-
2021-09-19-fig2

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2021-09-19-fig3

-
2021-09-19-fig4

-
2021-09-19-fig5



前回(2021/08/29)からの続きです。

前回報告した「05 mol/L塩酸溶液に対するAgClの溶解度」の結果をもう一度示します(-1)

-1
2021-09-05-fig1

<塩化物イオン濃度に対する各化学種濃度と溶解度>
-の結果を用いて、 塩化物イオン濃度([Cl])に対するAgClの溶解度(S)および銀(I)の化学種濃度の関係(log[Cl]logC)-に示します(*1)
(*1) -から分かるように、[Cl]がおよそ10^-4 mol/L以上では、塩化物イオン濃度[Cl]は溶媒の塩酸濃度Ccとほぼ等しくなる。したがって、この範囲では[Cl]Ccと同じと考えてよい(-)

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2021-09-05-fig2

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2021-09-05-fig3

-から分かるように、[Cl]5×10^-4 mol/Lでは、Ag+が主要な化学種であり、5×10^-40.01 mol/LではAgCl(aq)が主要化学種です。さらに、0.010.5 mol/LではAgCl2-0.52 mol/LではAgCl32-[Cl]2 mol/LではAgCl43-が主要な化学種となります。   

<共通イオン効果、錯生成効果、イオン強度効果>
ここで、AgClの溶解度の計算について"おさらい"しておきます。
難溶性の溶解度は、共通イオン効果、水素イオン効果、錯生成効果、イオン強度効果などの影響を受けます。詳しくは、2019-04-012019-04-022019-04-03を参照してください。   

塩化物イオン濃度[Cl]に対するAgClの溶解度(S)は、イオン強度効果を考えないとき、次のようになります。
・共通イオン効果や錯生成効果がない場合:
S=
Ksp  …①
・共通イオン効果がある場合:
S
Ksp/[Cl]  …②
(共通イオン効果+錯生成効果)がある場合:
S
Kspα/[Cl]  …③
ここで、α1+Σβi[Cl]^i
となります
(*2)
(*2) 酸性溶液では銀イオン(Ag+)はほとんど加水分解しない。また塩化物イオン(Cl-)は加水分解しないので、水素イオン効果は無視できる。①式はたとえば純水への溶解度となる。②, ③式は、[Cl]が与えられれば、ソルバーを用いなくてもエクセル表で簡単に計算できる。   

-には、-から得られた溶解度(イオン強度効果共通イオン効果錯生成効果をすべて考慮)に加えて、②式(共通イオン効果のみ)および③式(共通イオン効+果錯生成効果)の溶解度を示しています。同時に、高濃度の塩酸に対するAgCl溶解度の実測値もプロットしています。   

-4
2021-09-05-fig4

-4から、およそ[Cl]=10^-4 mol/L以下では溶解度に対して共通イオン効果のみが影響し、10^-4 mol/L以上ではこれに錯生成効果が加わり、さらにおよそ0.5 mol/L以上ではイオン強度効果が大きく影響してくることが分かります。また、イオン強度効果の影響を考慮に入れると、計算値は実測値とよく一致します。   

AgNO3溶液にHClを添加したときのAgClの溶解度>
たとえば、Ca = 0.01 mol/LAgNO3溶液に濃度がCc = 0.0011 mol/Lとなるように塩酸を加えた場合を考えます。ここで塩酸の添加や沈殿の生成によって溶液の体積は変化しないものとします。このときの溶解度を計算します。計算のやり方は塩酸溶液に対する溶解度の場合(-)とほぼ同様ですが、0.01 mol/LAgNO3溶液に塩酸が加えられ、飽和溶液では余剰のAgClは沈殿している点で物質バランスの扱いが異なります。   

沈殿したAgCl(s)が沈殿する前に溶液にあったときの濃度を[AgCl(s)]とすると、
[Ag'] = Ca
[AgCl(s)]
[Cl'] = Cc
[AgCl(s)]
両式から[AgCl(s)]を消去すると、
[Ag']
[Cl'] = CaCc
R1= (Ca
[Ag'])(Cc[Cl']) = 0
また、電荷均衡式は、
Q = [H]
[OH][Ag][AgCl2]2[AgCl3]3[AgCl4][Cl][NO3]   

与件としてAgNO3度 Ca = 0.01 mol/L、塩酸濃度Cc = 0.001~1 mol/Lを与え、次のパラメータ設定を行い、pH, pCl, μoに適切な初期値を与えてソルバーを実行し、AgClの溶解度[Ag’](=S)を求めます。

 ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
 ・変数セル:pH, pCl, μo (pCl=-log[Cl])

 ・制約条件R1 =  (Ca-[Ag'])-( Cc-[Cl']) = 0 
       R2 =
μcalμo = 0   

Ca = 0.01 mol/L, Cc=0.0011 mol/Lにおける計算結果を-に示し、グラフ(logCclogS)-に示します。溶解度が最も小さくなるのは、当量点(Cc=0.01 mol/L)を若干過ぎた点(Cc=0.013 mol/L)となることが分かります。   

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2021-09-05-fig5b

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2021-09-05-fig6


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