前回(2023-02-26)の続きです。分属操作におけるCaとMgの分離条件について調べます。また分属後の属内分離操作では、まず分属した沈殿(BaCO3, SrCO3, CaCO3)に酢酸を加えて沈殿を溶解します。次いでクロム酸カリウムを加えてBaCrO4を沈殿分離し、さらに沪液に硫酸ヒドラジンを加え、SrSO4を沈殿分離します。残った沪液にはCa2+が含まれます。
<<第5属の分属操作>>(前回の続き)
<分属操作におけるCaとMgの分離>
BaCO3, SrCO3に比べてCaCO3の溶解度はMgCO3の溶解度に最も接近しているので(2023-02-26)、CaとMgの適切な分離条件について調べます。第5属イオンの分属操作において(NH4)2CO3を用いて「Caが沈殿し、Mgが沈殿しない」条件をソルバーで求めます(2021-10-17)。
第5属の分属操作から考えて、次のような代表的な条件でソルバーを用いて平衡計算を行いました。
<初期濃度>
・Ca(NO3)2: Cca=0.01
mol/L
・Mg(NO3)2: Cmg=0.02 mol/L
・NH4Cl: Ccl=0.4
mol/L (第3属、第4属の分属操作に由来)
・HAc: Cac=0.3 mol/L
(第4属の分属操作に由来)
・HNO3: Cni=0.15
mol/L (第5属の分属操作で添加)
・NH3: Cam=0.4
mol/L (第5属の分属操作で添加)
・(NH4)2CO3: Cnc=0.2 mol/L (第5属の分属操作で添加)
<化学種濃度>
・[H]=10^-pH
・[OH]=Kw/[H]
・[Ca]=Kspcc/[CO3] …(CaCO3は沈殿する)
・[CaOH]=βoc[Ca][OH]
・[CaCO3]=βcc[Ca][CO3]
・[CaHCO3]=βhc[Ca][HCO3]
・[Mg]=Cmg/αmg …(MgCO3は沈殿しない)
・αmg=1+βom[OH]+βcm[CO3]+βhm[HCO3]
・[MgOH]=βom[Mg][OH]
・[MgCO3]=βcm[Mg][CO3]
・[MgHCO3]=βhm[Mg][HCO3]
・[CO3]=10^-pCO3
・[HCO3]=[H][CO3]/K2
・[H2CO3]=[H][HCO3]/K1
・[NH3]=(Ccl+Cam+2Cnc)/(1+[H]/Kn)
・[NH4]=[H][NH3]/Kn
・[Ac]=Cac/(1+[H]/Ka)
・[HAc]=[H][Ac]/Ka
・[Cl]=Ccl
・[NO3]=Cni+2(Cca+Cmg)
<全濃度と沈殿率>
・[Ca']=[Ca]+[CaOH]+[CaCO3]+[CaHCO3]
・[Mg']=[Mg]+[MgOH]+[MgCO3]+[MgHCO3]
・[CO3']=[CaCO3]+[CaHCO3]+[MgCO3]+[MgHCO3]+[CO3]+[HCO3]+[H2CO3]
・CaCO3沈殿率%=(Cca-[Ca'])/Cca×100
<ソルバーのパラメータ>
・変数セル:pH, pCO3
・目的セル:Q=Σ{(イオンの電荷)×(イオン濃度)}=0
・制約条件:R=(Cnc-[CO3'])-(Cca-[Ca'])=0
<適切条件の判断基準>
・[Ca][OH]^2/Kspoc<1.00
・[Mg][OH]^2/Kspom<1.00
・[Ca']/Cca<1.00
・CaCO3沈殿率%>99.5%
・[Mg][CO3]/Kspcm<1.00
ソルバーによる計算結果を図-1に示します。この与えられた条件では、「CaCO3は沈殿し、MgCO3は沈殿しない」の基準を満足しています。
添加濃度等の数値を変化させソルバーを解くとその条件が適切であるかどうかの判断をすることができます。たとえば他の条件を変えない場合、Mg(NO3)2の上限濃度はCmg=0.047 mol/Lでした。またCmg=0.02 mol/Lのとき(NH4)2CO3濃度Cncは1.4 mol/Lまで許容できる結果となりました。過度の(NH4)2CO3添加はMgCO3の沈殿生成を招く恐れがあることが分かります。
<<第5属の属内分離と確認>>
<K2CrO4によるBaの分離>
Ba2+をSr2+,
Ca2+から分離するためには、第5属の炭酸塩沈殿に酢酸を加え沈殿を溶解したあと、酢酸アンモニウムとクロム酸カリウムを加え、生じたBaCrO4沈殿を沪過洗浄します。沈殿にHClとホルムアルデヒドを加えて溶解し、ほぼ蒸発乾固してBa確認用溶液とします。
BaCrO4の溶解度積は非常に小さい(pKsp=9.7)ので、Ba2+に小過剰のK2CrO4を加えるとほぼ定量的に沈殿が生じますが、Sr2+の場合は溶解度積が比較的大きい(pKsp=4.4)ので、かなりの量のK2CrO4を加えないと沈殿は生じません。またCaCrO4は可溶性です。
たとえば、0.03 mol/LのBaCO3, SrCO3、1.5 mol/Lの酢酸、0.1 mol/Lの酢酸アンモニウムを含む溶液にK2CrO4を加えたときの、K2CrO4濃度(Ccr)と全Ba濃度([Ba']), 全Sr濃度([Sr'])の関係を図-2に示します。Ccrが0.01 mol/L以上でBaCrO4はほぼ定量的に沈殿が生成します(沈殿率99.9%以上)が、SrCrO4は沈殿しません。SrCrO4の沈殿が始まるのは、Ccrがおよそ0.22 mol/Lのときです。BaCO3が沈殿してSrCO3が沈殿しないようなK2CrO4濃度(Ccr)の適切な濃度範囲は0.01~0.2 mol/L程度と言えます。
BaCrO4の沈殿は塩酸およびホルマリンを加えて溶解してBa確認用溶液とします。ホルマリンはクロム酸をCr3+に還元し、溶液の濃い黄色を薄い青緑色に変え、確認反応でのBaSO4の白色沈殿の確認をしやすくします。
4HCrO4-
+ 16H+
+ 3HCHO → 4Cr3+ + 3CO2 + 13H2O
<硫酸ヒドラジンによるSrとCaの分離>
BaCrO4の沈殿を沪過洗浄した溶液に酢酸と硫酸ヒドラジンを加え、生じたSrSO4沈殿を沪過洗浄します。
Sr2+ + SO42- → SrSO4
また、ヒドラジンはホルマリン同様クロム酸をCr3+に還元して、溶液の濃い黄色を薄い青緑色に変え、SrSO4の白色沈殿の確認をしやすくします。
4HCrO4- + 10H+ + 3N2H62+ → 4Cr3+ + 3N2 + 16H2O
SrSO4およびCaSO4は強酸強塩基の塩なので、弱酸~弱塩基溶液においてはpHが変化しても溶解度はほとんど変化しません。
SrSO4の溶解度積はpKsp=6.5, 主な錯生成定数はlogβso4=2.2なので、溶解度は、
S≒Kspβso4=10^-6.5×10^2.2=5.0×10^-5 (mol/L)
したがって、Sr濃度が6×10^-3 mol/Lの場合、SrSO4の沈殿率は99%以上です。
CaSO4の溶解度積はpKsp=4.6, 主な錯生成定数はlogβso4=2.4なので、溶解度は、
S≒Kspβso4=10^-4.6×10^2.4 =6.3×10^-3 (mol/L)
したがって、Ca濃度が6.3×10^-3 mol/L以下の場合、CaSO4は沈殿しません。
これらは非常に大まかな概略計算ですが、もう少し厳密な計算を図-3に示します。これは0.1 mol/L硫酸ヒドラジン溶液中の溶解度を求めたものです。ただしクロム酸の存在は考慮していません。
生成したSrSO4沈殿に炭酸アンモニウムを加え加温して、炭酸塩に変えます。
SrSO4 + (NH4)2CO3 → SrCO3 + (NH4)2SO4
SrCO3沈殿を沪過洗浄後、沈殿に酢酸を加えて溶解し、Sr用確認溶液とします。
SrSO4沈殿を沪過洗浄した沪液は少量の硫酸ヒドラジンを加えてSrSO4が沈殿しないことを確かめた後(沈殿があれば再沪過)、Ca用確認溶液とします。
<第5属イオンの確認操作>
Ba, Sr, Caの確認操作を示します。
<Baの確認>
(1) HClを加えた溶液の炎色反応で黄緑色(Baの原子発光およびBaO, BaOH, BaClの分子発光(500~580 nm))はBaの存在を示します。
(2) アンモニア塩基性にした後、CaSO4飽和溶液を加えます。白色沈殿はBaの存在を示します(BaSO4)。
<Srの確認>
(1) HClを加えた溶液の炎色反応で紅色(Srの原子発光およびSrOH, SrClの分子発光(600~700
nm))はSrの存在を示します。
(2) CaSO4飽和溶液を加えます。白色沈殿はSrの存在を示します(SrSO4)。CaSO4飽和溶液を加えると、H2SO4の添加に比べて遊離のSO42-イオン濃度が減少するので、微量混入のCaによる妨害を防ぐことができます。
<Caの確認>
(1) HClを加えた溶液の炎色反応で黄赤色(Caの原子発光およびCaOH, CaClの分子発光(550~650
nm))はCaの存在を示します。
(2) アンモニア塩基性にした後、シュウ酸アンモニウム溶液を加えます。白色沈殿はCaの存在を示します(CaC2O4)。CaC2O4の溶解度積はpKsp=7.9で、中性または弱塩基性でCaC2O4の沈殿を生じます。