pHを調整した硫化水素飽和溶液へのCuS, PbS, CdS, ZnS, NiS, FeSおよびMnSの溶解度を求め、pHと溶解度の関係を調べます。

 

硫化水素飽和溶液では[H2S]= 0.1 mol/Lが成立する、とします。錯体の生成は、ヒドロキシド錯体のみを考慮します。用いた溶解度の計算式は次の通りです。

s = KspαM[H]^2/(K1K2[H2S])=10^22×KspαM[H]^2

  αM = 1+βo1[OH]+βo2[OH]^2+βo3[OH]^3+βo4[OH]^4

(2019/04/03, 2019/12/08参照)

 

平衡定数は、主に宗林由樹 監訳:「ハリス分析化学[原著9]()」化学同人 (2017) AP”に拠りました。活量係数による補正は考慮しません。硫化水素に起因する錯体も存在しますが、ここでは考慮しません(*1)

  (*1) 実際の溶液中には硫化水素に起因する錯体(例えばZn2+について言うと、Zn(HS)+,Zn(HS)2, Zn(HS)3-, Zn(HS)42-など)が存在するので、実際の溶解度はここで求めた溶解度とは異なる。したがって、ここで求めた溶解度はある仮想的条件での溶解度を表しているに過ぎないと考えてほしい(特に、塩基性溶液での溶解度)。硫化水素に起因する錯体の影響については後で考察する。またもしNH3が存在すればアンミン錯体が生成して溶解度に影響を与える。

 

pHと硫化物の溶解度の関係は、-1の通りです。αM[OH]が非常に小さい領域(pHが低い領域)ではαM1となり、sKspの大きさに比例します。

 

-1 硫化水素の飽和溶液への溶解度
ヒドロキシド錯体の生成を考慮

試料中の金属イオンの初期濃度:10^-2 mol/L

ほぼ定量的に沈殿したときの溶解度:10^-5 mol/L

2019-12-22-fig1
 

 

<系統的定性分析と溶解度>

硫化物による沈殿分離は陽イオンの系統的定性分析によく用いられます。それぞれ0.01 mol/L程度のCu2+, Cd2+, Zn2+, Ni2+を含む試料を分析する場合について考えます。通常、第Ⅱ族の分離では、試料を0.3 mol/L HClの酸性溶液にしてH2Sを吹き込み、Cu2+, Cd2+CuS, CdSとして沈殿させます。

また、第Ⅳ族の分離では、通常、NH3,NH4Clで塩基性にした溶液に(NH4)2Sまたはチオアセトアミドを加えて加熱し、Zn2+, Ni2+ZnS, NiSとして沈殿させたあと、沈殿に1 mol/L HClを加えてZnSを溶解するやり方が多く用いられます。別法として、酢酸酸性でZnSだけを先に沈殿させる方法もあります。

 

このような系統的定性分析について、図-1を見ながらいくつかコメントします。

1Cu2+,Cd2+Zn2+の沈殿分離と溶解度

-1から明らかなように、Cu2+, Cd2+0.3 mol/LHClの酸性溶液(pH0.5)から硫化物として沈殿します。

Zn2+については、図-1を見ると、pH0.5付近では理論上ZnS(α)が沈殿するはずですが、実際にはこのpHで沈殿の生成は見られません。これはZnSに対して過飽和な状態となっていて、すぐには沈殿しないためです(実際はおよそpH2以上で沈殿する)。したがって、系統的定性分析においては、Zn2+は第Ⅳ族として分離します。

このように、硫化物は過飽和溶液になりやすく、見かけの溶解度は溶解度積から求めた理論的溶解度と異なることがあります。(*2)

(*2) ここではZnSについてpKsp=24.7 (ZnS(α): ウルツ鉱)を用いて説明したが、系統的定性分析の場合pKsp=22.5(ZnS(β): 閃亜鉛鉱)の方が適切かもしれない。溶解度積の値は桁数が異なる値が数多く報告されている(これは結晶形や実験条件の違いによるものであろう)。ある高校の教科書ではpKsp=17.7(Ksp=2.2×10^-18)の値を採用しているが、この数値は計算にあたって塩の加水分解を考慮していないので明らかにおかしい。 

2Zn2+,Ni2+の沈殿分離と溶解度

Ni2+は酸性溶液から常温で硫化水素を通じるとNiS(α)として沈殿しますが、NH3, NH4Clで塩基性にした溶液に(NH4)2Sまたはチオアセトアミドを加えて加熱すると、NiS(β,γ)となって沈殿すると考えられます。このようにして生成した沈殿に1 mol/L HCl (pH≒0)を加えると、NiS(β, γ)は溶解せずに沈殿として残り、ZnSのみが溶解すると考えることができます(図-1参照)(*3)

(*3) 1 mol/L HCl中のZnSのおおよその溶解度を求めてみる(あくまでも計算上の話!)。
ZnS(
α)の溶解度積、
pKspo=24.7,  Ksp=pKspo/(
γzγs)
ZnCl-
の錯生成定数、
logβc1o=0.4,  βc1=βc1o/(γzγc/γzc)
イオン強度μ=1におけるZn2+, S2-, Cl-, ZnCl+の活量係数をそれぞれ、概略値でγz=0.3, γs=0.2, γc=γzcとすると、イオン強度μ=1における溶解度積KspおよびαMは、
Ksp
 = Kspo/(γzγs)= 3.3×10^-24
αM =1+(βc1o/γz)[Cl]=9.4
また、pK1o=7, pK2o=14,γh=0.9とすると、
αS[H]^2/K1K2=(
γh^2γs)[H]^2/K1oKa2o=1.6×10^20
したがって、溶解度は、
s =
(KspαMαS)0.07 mol/L
となる。
 

ZnSの溶解度-Zn(HS)n錯体の生成の影響>

-1で用い平衡定数に加えてZn(HS)n錯体の生成を考慮に入れて、硫化水素飽和溶液へのZnSの溶解度を求めます。用いた平衡定数は次の通りです。

Ksp= [Zn][S] ,   pKsp = 24.7

K1= [HS][H]/[H2S] ,   pK1 = 7.0

K2= [S][H]/[HS] ,   pK2 = 14.0

βo1 = [ZnOH]/([Zn][OH]) ,   logβo1 = 5.0

βo2 = [Zn(OH)2]/([Zn][OH]^2) ,   logβo2 = 10.2

βo3 = [Zn(OH)3]/([Zn][OH]^3) ,   logβo3 = 13.9

βo4 = [Zn(OH)4]/([Zn][OH]^4) ,   logβo4 = 15.5

βs1 = [Zn(HS)]/([Zn][HS]) ,   logβs1 = 6.0

βs2 = [Zn(HS)2]/([Zn][HS]^2) ,   logβs2 =12.9

βs3 = [Zn(HS)3]/([Zn][HS]^3) ,   logβs3 =14.9

βs4 = [Zn(HS)4]/([Zn][HS]^4) ,   logβs4 =14.8

 

溶解度の計算式は次の通りです。

s = KspαM[H]^2/(K1K2[H2S])=10^22×KspαM[H]^2

αM = 1+βo1[OH]+βo2[OH]^2+βo3[OH]^3+βo4[OH]^4

   +βs1[HS]+βs2[HS]^2+βs3[HS]^3+βs4[HS]^4

[OH] = Kw/[H]

[HS] = K1[H2S]/[H]

[H2S]=0.1mol/L

 

pHが決まれば、[OH][HS]も一義的に決まるので上式でsを求めることができます。pHと溶解度の関係を-2に示します。

 

-2 硫化水素飽和溶液へのZnSの溶解度

 2019-12-22-fig2

-2から分かるように、Zn(HS)2, Zn(HS)3-, Zn(HS)42-ZnSの溶解度に大きく影響します。pHが高くなればHS-濃度は増加します(1919/12/01-2参照)。その結果、Zn(HS)n錯体の生成が顕著となりZnSの溶解度は大きくなります。したがって、pHの高い溶液にH2Sを吹き込むとき、吹き込みの最初は全H2S濃度が低いのでZnSの沈殿が生成するのですが、H2Sを十分に吹き込んでHS-が高濃度になると、沈殿が溶解するようになります。H2Sを吹き込んでZnSを十分定量的に沈殿させたいときは、pH(つまりはHS-濃度)を適切に管理することが重要です。