マスキング剤としてシュウ酸塩を用いた硫酸鉄(III)水溶液中の遊離硫酸の滴定について、Excelのソルバー機能を用いて理論的な滴定曲線を作成します。
硫酸鉄(III)を含む遊離硫酸をNaOHで直接滴定することはできません。これはFe(OH)3が沈殿して硫酸の酸塩基滴定を妨害するからです。鉄(III)イオンに十分な量のシュウ酸塩を加えるとFe(Ox)33-錯体が生成して滴定の妨害を防ぐことが可能と考えられます(マスキング効果)。今回はこれらについて検討します。沈殿反応を生じる滴定の場合、二分法やレビ法を用いることはできないので、Excelのソルバー機能を用います。
具体的には、「鉄(III)濃度Cfo mol/Lの硫酸鉄(III)およびCso mol/Lの硫酸を含む試料溶液Va mLに、 Cxo mol/Lのシュウ酸カリウム(K2Ox)溶液Vx mLを加えて、水で液量をV mLにして、Cbo mol/LのNaOH標準溶液で滴定する(滴下量:TmL)」ときの理論的滴定曲線を描きます。
反応式と平衡式
溶液内で起こる反応式とその平衡式を次に示します(平衡式において、[ ]はイオンのモル濃度を示す。価数は省略)。
・Fe(OH)3↓の沈殿反応:
Fe3+ + 3OH- ⇆ Fe(OH)3↓, Ksp = [Fe][OH]3
・Fe3+の加水分解反応:
Fe3+ + nOH- ⇆ Fe(OH)n3-n, βon= [Fe(OH)n]/([Fe][OH]n) (n=1~4)
・Fe3+とシュウ酸イオン(Ox2-)の錯生成反応:
Fe3+ + mOx2- ⇆ FeOxm3-2m, βxm= [FeOxm]/([Fe][Ox]m) (m=1~3)
・シュウ酸(H2Ox)の酸解離反応:
H2Ox ⇆ H++ HX-, Kx1 =[H][HOx]/[H2Ox]
HOx- ⇆ H++ Ox2-, Kx2 =[H][Ox]/[HOx]
・硫酸の酸解離反応:
HSO4-⇆ H+ + SO42-, Ks2 = [H][SO4]/[HSO4]
・水の解離反応:
H2O ⇆ H+ + OH-, Kw = [H][OH]
平衡定数
計算に用いた平衡定数は、次の通り(活量係数による補正は考慮しない)。
・Fe(OH)3の溶解度積: pKsp = 38.8
・Fe3+の水酸化物錯体の生成定数:
log βo1 = 11.8, log βo2 = 23.4, log βo3 = 29.4, log βo4 = 34.4
・Fe3+のシュウ酸錯体の生成定数:
log βx1 = 7.5, log βx2= 14.6 log βx3 = 20.0
・シュウ酸の酸解離定数: pKx1 = 1.2, pKx2= 4.3
・硫酸の酸解離定数: pKs2 = 2.0
関係式
試料V mLに滴定剤T mLを加えた溶液(滴定途中の溶液)に関して、次のような関係が成立します。
・被滴定溶液中の全濃度:
Fe2(SO4)3中のFe(III):Cf = CfoVa/(V+T)
H2SO4:Cs= CsoVa/(V+T)
K2Ox:Cx= CxoVx/(V+T)
NaOH:Cb = CboT/(V+T)
・鉄(III)の物質バランス:
[Fe’] = [Fe]+Σ[Fe(OH)n]+Σ[Fe(Ox)m]
= [Fe](1+Σβon[OH]n+Σβxm[Ox]m) = [Fe]αf
ここで、αf = 1+Σβon[OH]n+Σβxm[Ox]m
・Fe(OH)3の沈殿が生成しないとき: [Fe’] = Cf
・Fe(OH)3の沈殿が生成するとき: [Fe’] = S (溶解度)
・硫酸の物質バランス:
[SO4’] = [SO4]+[HSO4]= Cs+(3/2)Cf
・シュウ酸の物質バランス:
[Ox’] = Σm[Fe(Ox)m]+[Ox]+[HOx]+[H2Ox]= Cx
・電荷バランス:
Q = [H]-[OH]+3[Fe]+2[FeOH]+[Fe(OH)2]-[Fe(OH)4]+[FeOx]-[Fe(Ox)2]-3[Fe(Ox)3]-2[Ox]-[HOx]-[Cl]+[K]+[Na] = 0
・化学種濃度:
[H] = 10-pH
[OH] = Kw/[H]
[Fe] = Cf/αf (沈殿が生成しないとき)
[Fe] = Ksp/[OH]3 (沈殿が生成するとき)
[Fe(OH)n] = βon[Fe][OH]n
[Fe(Ox)m] = βxm[Fe][Ox]m
[Ox] = 10-pOx
[HOx] = [H][Ox]/Kx2
[H2Ox] = [H][HOx]/Kx1
[SO4] = 10-pSO4
[HSO4] = [H][SO4]/Ks2
[K] = 2Cx
[Na] = Cb
エクセルシートの作成
次の3ケースに分けてソルバー計算をします。
・沈殿が生成しないときのパラメータ設定:
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH, pOx, pSO4
・制約条件:
・シュウ酸の物質バランス、Rx = Cx-[Ox’] = 0
・硫酸の物質バランス、Rs = Cs+(3/2)Cf-[SO4’] = 0
・[Fe]の計算式:[Fe] = Cf/αf
・沈殿の生成境界におけるパラメータ設定:
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH, pOx, pSO4, T
・制約条件:
・Rx = Cx-[Ox’] = 0、Rs= Cs+(3/2)Cf-[SO4’] = 0
・A = [Fe][OH]3/Ksp = 1
・[Fe]の計算式:[Fe] = Cf/αf
・沈殿が生成するときのパラメータ設定:
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH, pOx, pSO4
・制約条件:Rx = Cx-[Ox’] = 0、Rs= Cs+(3/2)Cf-[SO4’] = 0
・[Fe]の計算式:[Fe] = Ksp/[OH]3
結 果
Fe(III)濃度Cfo=0.05 mol/LのFe2(SO4)3およびCso=0.1 mol/Lの硫酸を含む試料溶液Va=10mLに、Cxo=0.1 mol/Lのシュウ酸カリウム(K2Ox)溶液Vx=40 mLを加え(全液量V=50 mL)、Cbo=0.1mol/L NaOH標準溶液で滴定したときの滴定曲線を図-1に示します(滴下量:T mL)。また計算結果を図-2に示します。
この計算結果では、シュウ酸カリウムによるマスキング効果は認められたものの、当量点の直前で沈殿生成が始まるという結果となりました(活量係数による補正なし)。
図-1
図-2


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