EDTA滴定における金属指示薬と滴定誤差の関係を考察します。
滴定では当量点を検出することが必要です。このために何らかの化学的、物理学的検出手段が用いられ、実際に求められた当量点を終点と言います。(理論的)当量点と(実験的)終点のあいだには幾分かの誤差が生じます。今回は金属指示薬を用いたときのEDTA滴定の滴定誤差について考察します。
滴定曲線と当量点の関係式
金属MをEDTA(Na2H2Y)で滴定してキレートMYが生成するとき、滴定曲線の関係式は次の通りです。
Kf= [MY]/([M][Y])
logKf= log([MY]/[Y])-log[M]
pM = logKf+log([Y]/[MY])
Cm= [M]+[MY]
Cy= [Y]+[MY]
副反応を考え、条件定数Kf’’を用いるときは、
Kf’’ = [MY]/([M’][Y’])
Cm = [M’]+[MY]
Cy = [Y’]+[MY]
となります。
当量点においては次の関係が成立します。
[M]eq= [Y]eq
また、当量点における化学種の大部分はMYなので、
[MY]eq≒Cm
したがって、
[M]eq= √([MY]eq/Kf) ≒ √(Cm/Kf) = √((CmoV/((V+T)Kf))
pMeq= (logKf-logCm)/2
条件定数Kf’’を用いる場合、当量点の[M’]は、
[M’]eq ≒ √(Cm/Kf’’)= √((CmoV/((V+T)Kf’’)) …①
pM’eq ≒ (logKf’’-logCm)/2
滴定誤差の関係式
金属MをEDTA(Na2H2Y)で滴定してキレートMYが生成するとき、終点における相対誤差Eを次式のように定義します。
E = ([Y]end-[M]eq)/Cm
ここで添え字end, eqはそれぞれ、終点、当量点を表します。
ここで、当量点のpMと終点のpMの差をΔpMとすると、
ΔpM = pMend-pMeq
あるいは、
[M]end= [M]eq10-ΔpM
また、当量点のpYと終点のpYの差をΔpYとすると、
ΔpY = pYend-pYeq
あるいは、
[Y]end = [Y]eq10-ΔpY
となります。
当量点の近傍では[MY]≒Cmで[MY]がほぼ一定となるので、
ΔpM = -ΔpY
の関係が成立します。(*1)
(*1)
pKf = pMY-pM-pY
当量点では、pKf = pMYeq-pMeq-pYeq (a)
終点では、pKf = pMYend-pMend-pYend (b)
(b)-(a)から、
0 = (pMYend-pMYeq)-(pMend-pMeq)-(pYend-pYeq)
pMYend-pMYeq =ΔpM+ΔpY
pMYend≒pMYeq≒Cmなので pMYend-pMYeq≒0
∴ΔpM≒-ΔpY
したがって、滴定誤差Eは、
E = ([Y]end-[M]end)/Cm
= ([Y]eq10-ΔpY-[M]eq10-ΔpM)/Cm
= [M]eq(10ΔpM-10-ΔpM)/Cm
= (10ΔpM-10-ΔpM)√(Cm/K)/Cm
E=(10ΔpM-10-ΔpM)/√(CmKf)
となります。
条件定数K’’に対しては、
E=(10ΔpM’-10-ΔpM’)/√(CmKf’’) …②
金属指示薬と終点検出
当量点を実際に検出する方法としては、分光光度計、イオン電極などの機器を用いて精度よく測定する方法もありますが、金属指示薬を用いて目視で判断する方法が最も簡便で汎用的です。
金属指示薬としては、「自身も金属イオンと錯体を生成し、その生成定数は滴定剤の生成定数に比べて小さく、かつ指示薬自身の色が錯体を生成したときの色と異なるような性質をもつ物質」が選ばれます。色調の変化が検出された点を終点とします。
金属指示薬としてよく用いられるエリオクロムブラックT(BT=NaH2T)を例として、マグネシウムのEDTA滴定について考えたいと思います。
エリオクロムブラックT(NaH2T)は酸・塩基の性質を持ち、解離の程度(pH)によって溶液の色が異なります。金属イオンと結合していないNaH2Tは次のように呈色します。
H2T-(赤) ⇄ H++ HT2-(青)
HT2-(青) ⇄H+ + T3-(橙)
Kt2= [H][HT]/[H2T], pK t2 = 6.3
Kt3= [H][T]/[HT], pKt3 = 11.6
pH7~11付近では溶液の色は(青)です(図-1)。
図-1
また、エリオクロムブラックTは種々の金属イオンと錯体を作り、例えばマグネシウムとは、次のように反応し、青色から赤色に変色します(pH10のとき)。
Mg2++ HT2-(青) ⇄ H+ + MgT-(赤) (pH10)
エリオクロムブラックTとマグネシウムの錯生成定数をKtとすると、
Kt = [MgT]/([Mg][T]), logKt = 7.0
Kt’’= [MgT]/([Mg’][T’]) = Ktfmft
Mg2+を含む溶液に微量のエリオクロムブラックTを加えると、微量のMg2+錯体( MgT-)(赤)が生成し、溶液が赤く着色します。ここにEDTAが加えられると、 Mg2++Y4-→MgY2- の反応が進行し、当量点付近では遊離のY4-が増加し、EDTAがBTを置換して、
MgT-(赤) + H++ Y4- → MgY2-+ HT2-(青)
の反応が進み、溶液が(赤)から(青)に変色します。
BTの変色率をφ= [T’]/([MgT]+[T’])として、φ=0.5(つまり[MgT]=[T’])のときを終点とすると、終点の[Mg’]は、
Kt’’= [MgT]/([Mg’][T’]) = ([MgT]/[T’])/[Mg’]
[Mg’] = ([MgT]/[T’])/Kt’’
pMg’ =logKt’’+log([T’]/[MgT])
φ=0.5のとき[MgT]/[T’]=1なので、
[Mg’]end = 1/Kt’’ …③
pMg’end = logKt’’
となります。(*2)
(*2) φ=0.5つまり[MgT]=[T’]のときを終点とするのは、実際の目視滴定では近似的な仮定である。金属と色素が結合したMTと遊離の色素HTの吸光度は異なり、また目視では波長によって視感度(人間の目が感じる感度)も異なるからである。
最適滴定条件と滴定誤差
最適滴定条件を与えるのは当量点=終点のときです。エリオクロムブラックTを指示薬として、マグネシウムのEDTA滴定するとき、①, ③式から、
pMg’eq = pMg’end
が成立するとき最適条件が得られます。(*3)
(*3) 加えられた指示薬は微量であり、Mg2++Y4-→MgY2-の反応には影響しないものとする。
たとえば、Cmgo=0.01 mol/LのMg2+イオンを含む溶液Vm=20 mLにpH緩衝液を加えてV=50 mLにしたあと、Cyo =0.01 mol/LのEDTAで滴定するときの最適pHを求めます。
当量点については、①式より、
[Mg’]eq= √(Cmg/Kf’’) = √(CmgoVm/(V+T)/(Kffmgfy)) …①'
ここで、
fmg= 1/(1+βo[OH]) = 1/(1+βoKw/[H])
fy= 1/(1+[H]/K4+[H]2/(K4K3)+[H]3/(K4K3K2)+[H]4/(K4K3K2K1))
pMg’eq= -log[Mg’]eq
終点については、③式より、
[Mg’]end= 1/Kt’’ = 1/(Ktfmgft) …③'
ここで、
ft= 1/(1+[H]/Kt3+[H]2/(Kt3Kt2))
pMg’end=-log[Mg’]end
③'-①'から
ΔpMg = pMgend-pMgeq …②'
ΔpMg=0となるようなpHをソルバーで求めると最適pH=9.96が得られます。このときのエクセルシートを図-2に示します。
また、pHとpMg’eq , pMg’endの関係を図-3に示します。2つの曲線の交点が求めるpHを与えます。
図-3
滴定誤差は②'式で与えられます。エクセルシートで、②'式を計算すると滴定誤差E(%)を求めることができます(図-2)。
pHと滴定誤差(E%)の関係を図-4に示します。pH=10における滴定誤差は0.1%以下です。(*4)
(*4) さらに、pH10ではMg(OH)2の沈殿が生成しないので(2020/05/24)、滴定に好都合である。
図-4
また、上記滴定条件における滴定曲線を図-5に示します。BTの変色率φ=0.8, 0.5および0.2のとき、つまり(pMend+0.6), pMendおよび(pMend-0.6)の値と変色の様子を模式的に図中に入れています。(*5)
(*5) φ=0.2のとき目視で変色が初めて観察され、φ=0.8で変色が終了する(あくまでも定性的目安!)。φ=0.2のとき、[T']/[MgT]=φ/(1-φ)=1/4、log(1/4)=-0.6。φ=0.8のとき、[T']/[MgT]=φ/(1-φ)=4、log4=0.6。
図-5
以上のことは、Mg2+がCmgo=0.01 mol/L (当量点でCmg=0.003 mol/L)のときの議論です。①‘式から分かるように[Mg’]eqはCmgの関数でもあるので、Cmgが変われば滴定誤差Eも変わります。Cmgが大きくなればφが小さくなるように(赤色側に)、Cmgが小さくなればφが大きくなるように(青色側に)、目視の終点を変えたほうが滴定誤差は小さくなると考えられます(図-6)。
図-6






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