亜鉛のEDTA滴定法を考えるにあたって最低限必要な条件は、(1)水酸化物(Zn(OH)2)が沈殿しないこと、(2)Zn-EDTAの条件生成定数が十分大きいこと、(3)適切な終点検出法(たとえば金属指示薬)があること、の3点です。この滴定条件について考え、適切な条件下で滴定曲線を描きます。
滴定可能な条件
水酸化物が沈殿しない条件
亜鉛は塩基性側で水酸化物の沈殿を作りますが、アンモニアを加えると錯体を作って沈殿の生成が抑制されます(2019/04/29)。アンモニア水溶液中でのZn(OH)2の溶解度(S)は次式で与えられます。
S = Kspαzn/[OH]2
Ksp= [Zn][OH]2
αzn = 1+βo1[OH]+βo2[OH]2+βo3[OH]3+βo4[OH]4+βn1[NH3]+βn2[NH3]2+βn3[NH3]3+βn4[NH3]4
Cn= [NH3]+[NH4]+[Zn](βn1[NH3]+2βn2[NH3]2+3βn3[NH3]3+4βn4[NH3]4)
Kn= [NH3][H]/[NH4]
したがって、[H]および全アンモニア濃度Cnが決まれば、水酸化物沈殿の溶解度Sを求めることができます。
Cnが与えられたときのpHとlog Sの関係を図-1に示します。(*1)
(*1) 全アンモニア濃度Cnは一定として、pHはHClで調整する。エクセル-ソルバーを用いてSを求めた。
滴定可能な条件生成定数を与える条件
Zn-EDTA錯体の生成定数をKzyとし、アンモニア緩衝液中での条件生成定数をKzy’’とすると、
Kzy’’ = Kzyfzfy
fz= 1/(1+βo1[OH]+βo2[OH]2+βo3[OH]3+βo4[OH]4+βn1[NH3]+βn2[NH3]2+βn3[NH3]3+βn4[NH3]4)
fy= 1/(1+[H]/K4+[H]2/(K4K3)+[H]3/(K4K3K2)+[H]4/(K4K3K2K1))
Cn' = [NH3](1+[H]/Kn)(*2)
(*2) アンモニア緩衝液はZnに対して多量に添加されるので、Cn'≒Cn (Zn-NH3錯体の生成量は無視できる)。
したがって、[H]およびアンモニア濃度Cn'が決まればKzyからKzy’’を求めることができます。
Cn'が与えられたときのpHとlog Kzy’’の関係を図-2に示します。Log Kzy’’>8~9となるようなpHとCnが求める条件です。
図-2
図-1,図-2から明らかなように、水酸化物沈殿の沈殿生成を防止するにはアンモニアの濃度を高くする必要がありますが、アンモニアの濃度を高くすると逆に条件生成定数は小さくなります。したがってこれらの関係から適切なアンモニアの濃度とpHを決めることが必要です。このアンモニアのようにEDTAの滴定を妨害せず、金属水酸化物の生成を抑止するために加えられる物質を補助錯化剤と言います。補助錯化剤としては目的金属の水酸化物を沈殿させないだけ強く結合するがEDTAを加えると金属を遊離するくらいに弱い錯生成能力を持つ配位子が選ばれます。アンモニアの他に酒石酸イオン、クエン酸イオン、トリエタノールアミンなどがよく用いられます。
金属指示薬の条件
金属指示薬として、たとえばエリオクロムブラックT(BT=NaH2T)の使用を考えます。ZnTは赤色なので、遊離のBTはこれと対照的な色調となることが必要です。この条件を満たすのはBTがHT2-(青) (pH8~10)となるときです(2020/05/31)。
したがって、BT指示薬を用いる場合、水酸化物の生成を避け、適切な条件生成定数を与える条件としてはpH=9~10, Cn=0.2~0.4 mol/Lくらいが妥当と思われます。もちろん、このときBT指示薬が当量点において鋭敏に変色することが重要です。
ソルバーによる滴定曲線の作成
具体的に次のような条件で滴定したときの滴定曲線を、ソルバーを用いて求め、当量点におけるBTの変色率φから、設定条件と金属指示薬の妥当性を検討します。
「Czo=0.06 mol/LのZnCl2溶液Vz=50 mLにpH緩衝液(NH4Cl: Cao=1.3mol/L, NH3: Cbo=8.5 mol/L), Vn=3 mLを加えて水でV=80 mLにしたあと、Cyo =0.1 mol/LのEDTAで滴定する(滴下量:T mL)。終点近くでCto=0.01 mol/LのBT指示薬 Vt=0.1 mLを加え、赤から青になった点を終点する。」(JIS K-8111を参考)
平衡定数
Zn-EDTAの生成定数:
Kzy = [ZnY]/([Zn][Y]), logKzy=16.5
Kzhy = [ZnHY]/([Zn][HY]), logKzhy=9.0
Kzoy = [Zn(OH)T]/([ZnY][OH]), logKzoy=2.0
Zn-ヒドロキソ錯体:
βo1 = [ZnOH]/([Zn][OH]), logβo1=5.0
βo2 = [Zn(OH)2]/([Zn][OH]2), logβo2=10.2
βo3 = [Zn(OH)3]/([Zn][OH]3), logβo3=13.9
βo4 = [Zn(OH)4]/([Zn][OH]4), logβo4=15.5
Zn-アンミン錯体:
βn1 = [ZnNH3]/([Zn][NH3]), logβn1=2.2
βn2 = [Zn(NH3)2]/([Zn][NH3]2), logβn2=4.4
βn3 = [Zn(NH3)3]/([Zn][NH3]3), logβn3=6.7
βn4 = [Zn(NH3)4]/([Zn][NH3]4), logβn4=8.7
Zn-エリオクロムブラックT錯体:
Kzt1 = [ZnT]/([Zn][T]), logKt1=12.9
Kzt2 = [ZnT2]/([Zn][T]2), logKt2=20.0
その他の定数は、図-3の通りです。
関係式
Cz = CzoVz/(V+T)
Cy = CyoT/(V+T)
Cn = (Cao+Cbo)Vn/(V+T)
Ct = CtoVt/(V+T)
Cna = 2Cy+Ct
Ccl = (2CzoVz+CaoVn)/(V+T)
[Zn*] = [Zn’]+[ZnY]+[ZnHY]+[Zn(OH)Y]
[Y*] = [Y’]+[ZnY]+[ZnHY]+[Zn(OH)Y]
[NH3*] = [NH3]+[NH4]+Σj[Zn(NH3)j]
[T*] = [T’]+[ZnT]+2[ZnT2]
[Zn’] = [Zn]+Σ[Zn(OH)i]+Σ[Zn(NH3)j]+[ZnT]+[ZnT2]
[Y’] = [Y]+[HY]+[H2Y]+[H3Y]+[H4Y]
[T’] = [T]+[HT]+[H2T]
Q = Σ(電荷×化学種濃度)
各化学種濃度の関係式は図-3に記載した通りです。
ソルバーのパラメータ
目的セル:Q = 0
変数セル:pH, pZn, pY, pNH3, pT
制約条件:
Rz= Cz-[Zn*]
Ry= Cy-[Y*]
Rn= Cn-[NH3*]
Rt= Ct-[T*]
ソルバーのやり方は(2020/06/14)のときと同じです。E列を作業列にして滴下量T(E:33)の値を変えながらソルバーを実行し、結果(E列)を「コピー」してH列以降へ「数値の貼り付け」を繰り返し実行していきます。得られたエクセルシートを図-3に示します。
図-3
pH≒10におけるZnの滴定曲線(滴下量-pZn’)を図-4に示します。
また滴下量とBT指示薬の変色率(φ=[T']/Ct)の関係を図-5に示します。(*3)
(*3) 終点検出の指標としてφを用いるのは近似的であり、もう少し厳密に考えるにはBTおよびZn-BT錯体の吸収スペクトル(波長-吸光度)と視感度の問題を考慮する必要がある。また図-5に示す色調の変化も模式的である。図-3では特定のφ(=0.2, 0.8)を与えるTについても求めた。
図-5
この条件の場合、当量点における変色率はφ=0.72であり、溶液の色から赤みがなくなって純粋に青色になった時点を終点とするのが適切と考えられます。また変色は非常に鋭敏で、変色率がφ=0.2から0.8まで変わるときのEDTA滴下量の差は0.033mL(相対差異:0.11%)です。これらのことから、与えられた条件においてBT指示薬を用いることは適切であることが分かります。






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