前回(2020/09/06)当量点前後でケース分けをして近似式を使う方法を用いましたが、今回はソルバーを用います。

 

具体的には前回同様、Cco mol/Lの銅(II)溶液,Vc mLに過剰のヨウ化カリウム溶液Cio mol/L, VimLを加えて、ヨウ化銅(I)沈殿とヨウ素(I2)を生成させ(溶液の体積:v mL)、生成したヨウ素をCso mol/Lのチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定(滴下量:t mL)することを考えます。

 

<関係式>

滴定中の溶液内では次のような平衡が成立します。(a)の反応はほぼ完全に右に傾いています。

2Cu2+ 5I- 2CuI↓ + I3- …(a)

I3-2S2O32- 3I- S4O62- (b)

 

半反応とネルンスト式:

I3-2e- 3I-

E = Eoi(A'/2)log([I]^3/[I3]) …(1)

   EºX = 0.536 V (NHE)

 

S4O62- 2e-  2S2O32-

E = Eos(A'/2)log([S2O3]^2/[S4O6]) (2)

   Eºs = 0.080 V (NHE)

(A'=RTln(10)/F=0.0592)

 

物質バランス:

滴定途中の溶液内の銅、ヨウ化物、チオ硫酸の全濃度をそれぞれCc, Ci, Csとすると、

Cc= CcoVc/(v+t) = [CuI] …(3)

[CuI↓]CuI固体が溶液中に溶解しているとしたときの仮想的濃度)

Ci= CioVi/(v+t) = [CuI]3[I3][I] Cc+3[I3]+[I](4)

Cs= Csot/(v+t) = [S2O3]2[S4O6] …(5)

(b)式において、S2O32-の添加によって減少したI3-の物質量は生成したS4O62-の物質量に等しいので、

Cc[I3]=[S4O6] …(6)

 

ソルバー解

tに特定の値を与えると、未知数が5([I], [I3], [S2O3],[S4O6], E) 、方程式が5((1), (2), (4), (5), (6))なので、この連立方程式は解くことができます。エクセルのソルバー機能を用いてこの連立方程式を解きます。

 

[I*] = Cc+3[I3]+[I]

[S2O3*] = [S2O3]+2[S4O6]

pI = -log[I]

pI3 = -log[I3]

pS2O3= -log[S2O3]

p S4O6= -log[S4O6]

Q = (Cc[I3])[S4O6]

(特に、当量点においては、2[I3]=[S2O3])

 

目的セル

Q = 0

 

変数セル

pI , pI3 , pS2O3 , pS4O6, E

 

制約条件:

R(Ci) = Ci[I*] = 0

R(Cs) = Cs[S2O3*]= 0

R(Ei) = E{Eoi(A'/2)log([I]^3/[I3])} = 0

R(Es) = E{Eos(A'/2)log([S2O3]^2/[S4O6])}= 0

(特に、当量点においてはR(Ceq) = 2[I3][S2O3] = 0)

 

結果

濃度Cco=0.1 mol/L, Vc=10 mL, Cio=0.648mol/L(KI=10%), Vi=10 mL, v=30 mL, Cso=0.1 mol/Lとした場合(滴下量t mL)エクセルによる計算結果(抜粋)-に示します。また、滴定曲線(滴下量t - E(NHE))-に示します。

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2020-09-13-fig1
 

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2020-09-13-fig2
 

Fe3+の妨害とその回避方法>

銅の定量(たとえば、JIS M 8121:鉱石中の銅の定量法)において、実際にヨウ素還元滴定に著しい妨害を与えるイオンとしてFe(III)があります。その妨害回避のためにはフッ化物イオンやリン酸イオンによるマスキングが有効です。

 

Fe3+の妨害:

Fe3+は次の反応によって、ヨウ素を生成し、Cuの定量を妨害します。

2Fe3+ 3I- 2Fe2+I3- (c)

 

酸化還元電位から、この反応の平衡定数Kを求めます(活量係数は無視)

K = [Fe2+]^2[I3]/([Fe3+]^2[I]^3)


Fe3+
e- Fe2+

E = EofA'log([Fe2+]/[Fe3+])  Eof = 0.771 (V) …①

I3-2e- 3I-

E = Eoi(A'/2)log([I]^3/[I3])  Eoi= 0.536 (V) …②

 

①-②から、

EofEoi(A'/2)log{([Fe2+]^2/[Fe3+]^2)/([I]^3/[I3])}= 0

したがって、

logK = log{[Fe2+]^2[I3]/([Fe3+]^2[I]^3)}= (2/A')(EofEoi) = 7.94

K = [Fe2+]^2[I3]/([Fe3+]^2[I]^3)= 10^7.9

 

-1から、当量点における[I3], [I]の値は、

[I3]=1.3×10^-6, [I]=1.4×10^-1 なので、[I]^3/[I3]10^3として、

[Fe2+]/[Fe3+] = (10^7.9×10^3)^0.5=10^5.5

つまり、(c)式は大きく右に偏り、Fe3+の大部分はFe2+となって、同時にI3-を生成して銅のヨウ素滴定を妨害することが分かります。(*1)

(*1) 厳密にいうと、活量係数や鉄の水酸化物の生成等を考慮する必要があり、実際には、logK7.9よりもっと小さな値となるはずだが、Fe3+が銅の滴定を妨害することに変わりはないであろう。

 

フッ化物によるマスキング:

被滴定溶液にフッ化水素アンモニウムを添加することを考えます(遊離のフッ化物イオン濃度:[F]=0.1 mol/L)Fe3+のα係数は、

αFeIII = 1+βf1[F]+βf2[F]^2+βf3[F] ^3

 

logβf1=5.2, logβf2=9.2, logβf3=11.9としてαFeIIIを計算すると、logαFeIII=8.91となります。

また、Fe2+は有効なフルオロ錯体を作らないので、

[Fe2+]'/[Fe3+]' = [Fe2+]/([Fe3+]αFeIII) = 10^(5.5-8.9)= 10^-3.4

したがって、フッ化物イオンを加えるとFe3+がマスクされて、Fe3+によるI3-の生成を阻害し((C)式の反応は左に傾く)、銅のヨウ素滴定を妨害しなくなることが分かります。