これまで表計算ソフトである「エクセル」を活用して、さまざまな平衡計算を実施してきました。今回は、これら平衡計算の解き方の基本について説明します。


水溶液中では酸塩基平衡、沈殿平衡、錯生成平衡、酸化還元平衡など様々な平衡があります。しかし、複数の平衡が共存するどんな複雑な平衡計算であっても、数学的には未知数に見合う連立方程式を組み立ててその解を求めるという、極々単純な作業を実施することに過ぎません。このやり方は「平衡の系統的解析法」(systematic treatment of equilibrium)と呼ばれ、これを手順通りにステップを踏んで実行すれば必ず解に行き着きます。

 

<平衡の系統的解析法>

系統的解析法は酸塩基平衡に限らず、溶解平衡、錯生成平衡、酸化還元平衡等すべての平衡解析に適用できます。その手順の骨子は次のとおりです。

・ステップ1.適切な化学反応式を書く。

・ステップ2.化学反応に対応する平衡定数式を書く。

・ステップ3.物質収支式を書く。

・ステップ4.電荷収支式を書く。

・ステップ5.関与する未知数(化学種濃度等)の数(n1)とステップ2~4で得られる独立した関係式の数(n2)を数える。

・ステップ6.n2n1であることを確認する。

n2n1の場合は、新たな関係式を追加してn2を増やすか、または未知数のいくつかを一定値に固定してn1を減らす。

・ステップ7.連立方程式を解く。簡単に解けない場合は、適切な近似を行う。

このとき、エクセルを活用すると近似式作成の手間が省け、また計算が自動的に行われるので、作業が迅速かつ効率的となる。

・ステップ8.得られた解の妥当性を検証する。

 

系統的解析法のフローチャートを-1に示します。

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2020-09-27-fig1
 

 

物質収支式

「物質収支式」は「溶液に加えられた物質の全濃度(mol/L)は溶液中に存在する化学種の平衡濃度(mol/L)の総和に等しい」ことを表す式です。「物質均衡式」「物質バランス式」とも呼ばれます。
「全濃度」は「式量濃度」、「分析濃度」、「仕込み濃度」とも呼ばれます。「全濃度」と「溶液中の化学種の平衡濃度」を明確に区別して混同しないことが大切です。物質収支式は対称とする物質ごとに成立します。

 

例題1:全濃度Cp mol/Lのリン酸溶液の物質収支式は?

()

リン酸溶液中には、H+, OH-, H3PO4, H2PO4-, HPO42-, PO43-という化学種が含まれるので、リン酸に関する物質収支式は、

Cp = [H3PO4][H2PO4-][HPO42-][PO43-](*1)

(*1) [xx]は溶液中の化学種xxの平衡濃度(mol/L)を表す。

 

電荷収支式

「電荷収支式」は「溶液中の正の電荷の総和は負の電荷の総和に等しい」という式です。「電荷均衡式」「電荷バランス式」とも呼ばれます。
電荷収支式は対象とする系で1個です。

 

例題2:Cp mol/Lリン酸溶液の電荷収支式は?

()

[H+] = [OH-][H2PO4-]2[HPO42-]3[PO43-](*)

(*2) 各化学種の濃度の前の係数はその化学種の電荷の大きさに等しいことに注意!

 

<平衡の系統的解析法の適用例>

例題3:全濃度Cc mol/Lの塩酸(HCl)溶液の水素イオン濃度([H+])は? 水のイオン積をKw=1.0×10^-14とする。

()

・ステップ1.化学反応式:

HCl H+ Cl- (完全解離)

H2O H+ OH-

 

・ステップ2.平衡定数式:

Kw = [H+][OH-] …①

 

・ステップ3.物質収支式:

Cc = [Cl-] …②

 

・ステップ4.電荷収支式:

[H+] = [OH-][Cl-] …③

 

・ステップ5.未知数と方程式の数:

未知数(化学種)は、H+, OH-, Cl-3(n1)、関係式は①式~③式の3個(n2)

 

・ステップ6(方程式の数)(未知数の数)の確認:

n2=n1なので、この連立方程式は解くことができる。

 

・ステップ7.連立方程式:

①式から、[OH-] = Kw/[H+] …①’

①’式および②式を③式に代入すると、

[H+] = Kw/[H+]Cc

両辺に[H+]を掛けて、整理すると、

[H+]^2Cc[H+]Kw = 0 …③’

2次方程式の解の公式から、

[H+] = {Cc±√(Cc^2+4Kw)}/2

[H+]>0, Kw>0なので、

[H+] = {Cc+√(Cc^2+4Kw)}/2 …④

 

もし[H+]>>[OH-]と仮定すると、③’式の第3(=Kw)は無視できるので、

[H+] = Cc …④’

となる。

 

・ステップ8.解の妥当性の検証:

たとえば、Cc = 0.01 mol/Lのとき、④’式を用いて[H+]=0.01 mol/Lとしたときの妥当性を検証する。

[H+]=0.01 mol/Lから、[OH-]=Kw/[H+]=1.0×10^-12 mol/L

[H+]=0.01>>1.0×10^-12=[OH-]

これは仮定と矛盾しないので、[H+]=0.01 mol/Lは妥当である。

 

例題4:全濃度Ca mol/Lの1価の弱酸(HA)溶液の水素イオン濃度([H+])は? 1価の弱酸の酸解離定数をKa, 水のイオン積をKwとする。

()

・ステップ1.化学反応式:

HA H+ A-

H2O H+ OH-

 

・ステップ2.平衡定数式:

Ka = [H+][A-]/[HA] …①

Kw = [H+][OH-] …②

 

・ステップ3.物質収支式:

Ca = [A-][HA] …③

 

・ステップ4.電荷収支式:

[H+] = [OH-][A-] …④

 

・ステップ5.未知数と方程式の数:

未知数(化学種)は、H+, OH-, HA, A-4(n1)、関係式は①式~④式の4(n2)

 

・ステップ6.n2n1の確認:

n2=n1なので、この連立方程式は解くことができる。

 

・ステップ7.連立方程式:

近似をしないときの解は、

[H+]^3 Ka[H+]^2(CaKaKw)[H+]KaKw = 0

これは3次方程式なので、近似式を用いて次数を下げるか、あるいはコンピューターで解を求める必要がある。このとき表計算ソフト(たとえばエクセル)を用いると便利である。

 

もし、[OH-]<<[H+]かつ [H+]<<Caと仮定すると、

[H+] = (CaKa)

となる。(*3)

(*3) この連立方程式の近似のやり方やエクセルの取扱い方は次回以降、詳細に説明する。

 

・ステップ8.解の妥当性の検証:

[OH-]<<[H+] かつ [H+]<<Caと仮定した場合、答えがこの仮定を満たしているかどうか検証する。

 

<まとめ>

以上の例題は簡単なので、わざわざ系統的解析法を持ち出すまでもなく、たとえば高校の教科書通りにやれば答えを導くことができます。しかし、複雑な平衡計算になると、系統的解析法を用いて解析を行い、さらに必要ならばエクセルを用いて作業の迅速化・効率化をはかることが必要となります。