溶液に酸や塩基を加えても、pHの値をほぼ一定に保つ働きを緩衝作用といい、そのような作用を持つ溶液を緩衝液といいます。緩衝液として弱酸(または弱塩基)とその塩の混合溶液があげられます。今回はこの緩衝液の性質について調べます。
まず、酢酸に塩酸または水酸化ナトリウムを加えた混合溶液(2020/11/29, 2020/12/06)を例として取り上げます。Ca=0.1 mol/Lの酢酸とCc=0.0~0.2mol/LのHClまたはCb=0.0~0.2 mol/LのNaOHを含む混合溶液のpHの変化の様子を図-1に示します。
図-1において、A, BおよびCの部分は酸や塩基の濃度が変化してもpHの変化が小さい、つまり緩衝作用が大きいので、このような組成をもつ溶液は緩衝液といえます。A, Cの部分は強酸あるいは強塩基が主な成分で、これらは低pH域あるいは高pH域における緩衝液と考えることができます(*1)。Bの部分は中pH域における緩衝液で、以下この領域の緩衝液を中心に考察します。
(*1) カルシウムのEDTA滴定(2020/05/10)において添加したKOHや、K2Cr2O7によるFe(II)の酸化還元滴定(2020/08/23)において添加したH2SO4はこの役割を果たしている。
図-1は酢酸をNaOH溶液で滴定したときの滴定曲線と考えることもできます(ただし、滴定による溶液の体積変化を無視したとき)。このときBの部分は中和点に達するまでの途中の領域となります。またBの部分は酢酸と酢酸ナトリウムを混合した溶液と考えることもできます(2020/12/06)。一般に、弱酸(HA)とその共役塩基(A-)(または弱塩基(B)とその共役酸(BH+))を含む溶液は緩衝液となります。
<<弱酸-共役塩基の緩衝溶液のpH>>
弱酸とその共役塩基を混合した溶液のpHについては前回説明しました(2020/12/06)。ここでは、より具体的な調製方法をおこなったときについて説明します。
<Cao mol/Lの弱酸(HA), Va mLにCbo mol/LのNaOH, Vb mLを加えた場合>
酸解離定数:Ka= [H][A]/[HA]
物質収支:Ca= [A]+[HA], Cb = [Na]
電荷収支:[H]+[Na] = [OH]+[A]
したがって、
[A] = Cb+[H]-[OH]
[HA] = Ca-Cb-([H]-[OH])
Ka = [H](Cb+[H]-[OH])/(Ca-Cb-([H]-[OH]))
Ca>Cb >>([H] -[OH])の場合
[A]≒Cb
[HA]≒Ca-Cb
Ka = [H]Cb/(Ca-Cb)
pH = pKa+log{Cb/(Ca-Cb)}
Ca = CaoVa/(Va+Vb)、Cb = CboVb/(Va+Vb)なので、
pH= pKa+log{CboVb/(CaoVa-CboVb)}
<Cao mol/Lの弱酸(HA), Va mLにCso mol/Lの弱酸の塩(NaA), Vs mLを加えた場合>
酸解離定数:Ka= [H][A]/[HA]
物質バランス:Ca+Cs = [A]+[HA], Cs = [Na]
電荷バランス:[H]+[Na] = [OH]+[A]
したがって、
[A] = Cs+[H]-[OH]
[HA] = (Ca+Cs)-Cs-([H]-[OH]) = Ca-([H]-[OH])
Ka = [H](Cs+[H]-[OH])/(Ca-([H]-[OH]))
Ca, Cs >> ([H] -[OH])の場合
Ka = [H]Cs/Ca
pH = pKa+log(Cs/Ca) (*2)
Ca = (CaoVa+CsoVs)/(Va+Vs)、Cs = CsoVs/(Va+Vs)なので、
pH = pKa+log(CsoVs/CaoVa)
(*2) この近似式はヘンダーソン-ハッセルバルヒの式と呼ばれる(Cs, Caは式量濃度であることに注意)。pH = pKa+log([A]/[HA])をそう呼ぶ場合もある。
<A molの弱酸(HA)とS molの弱酸の塩(NaA)に水を加えV Lにした場合>
酸解離定数:Ka= [H][A]/[HA]
物質バランス:A/V+S/V = [A]+[HA], S/V = [Na]
電荷バランス:[H]+[Na] = [OH]+[A]
したがって、
[A] = S/V+[H]-[OH]
[HA] = A/V-([H]-[OH])
Ka = [H](S/V+[H]-[OH])/(A/V-([H]-[OH]))
A/V, S/V >> ([H] -[OH])の場合
Ka = [H]S/A
pH = pKa+log(S/A)
<<緩衝液に酸・塩基を加えたときのpH>>
<「Caomol/L弱酸(HA), Va mL + Cso mol/L弱酸の塩(NaA), VsmL」の緩衝液にCco mol/L, Vc mLの塩酸を加えたとき>
電荷バランス:[H]+[Na] = [OH]+[A]+[Cl]
[A] = Cs-[Cl]+[H]-[OH]
[HA] = Ca+[Cl]-([H]-[OH])
[H]-[OH]を無視すると、
[A] = Cs-[Cl]
[HA] = Ca+[Cl]
pH = pKa+log{(Cs-[Cl])/(Ca+[Cl])}
Ca = CaoVa/(Va+Vs+Vc)
Cs = CsoVs/(Va+Vs+Vc)
[Cl] = CcoVc/(Va+Vs+Vc)
pH= pKa+log{(CsoVs-CcoVc)/(CaoVa+CcoVc)}
<この緩衝液にCno mol/L, Vn mLのNaOHを少量加えたとき>
pH = pKa+log{(Cs+[Na])/(Ca-[Na])}
pH= pKa+log{(CsoVs+CnoVn)/(CaoVa-CnoVn)}
<<緩衝液の性質>>
緩衝作用の強さを緩衝能と言い、その尺度は通常、加えた強塩基Cbに対するpHの変化、dCb/dpHで表します。これを緩衝指数(または、緩衝価)と言い、βで表します。
<緩衝指数>
例えば、Ccmol/Lの塩酸、Cb mol/Lの水酸化ナトリウム、Ca mol/Lの弱酸(酸解離定数:Ka)を含む溶液について考えます。
Cc = [Cl], Cb=[Na], Ca=[A]+[HA], Ka=[H][A]/[HA], Kw=[H][OH]
したがって、物質バランスは、
Ca=[A](1+[H]/Ka)
[A]=CaKa/(Ka+[H])
また、電荷バランスより、
[H]+[Na]=[OH]+[A]+[Cl]
[Na]=Cb, [OH]=Kw/[H], [A]=CaKa/(Ka+[H]), [Cl]=Ccなので、
[H]+Cb = Kw/[H]+CaKa/(Ka+[H])+Cc
Cb=Kw/[H]+CaKa/(Ka+[H])+Cc-[H] …①
ここで、緩衝能の尺度である緩衝指数β=dCb/dpHを求めます。(*3)
(*3) 次の微分法の公式は理解しているものとする(高校数学Ⅲのレベル)。
y=u±vのとき、dy/dx=du/dx±dv/dx
y=uvのとき、dy/dx=(du/dx)v+u(dv/dx)
y=u/vのとき、dy/dx={(du/dx)v-u(dv/dx)}/v^2
y=f(x)のとき、dx/dy=1/(dy/dx)
y=f(u), u=f(x)のとき、dy/dx=(dy/du)・(du/dx)
y=x^nのとき、dy/dx=nx^(n-1)
y=ln xのとき、dy/dx=1/x
y=log xのとき、dy/dx=(1/x)/ln10
ここで、「^」は指数を表し、また「log」は10を底数とする対数、「ln」は eを底数とする対数を表す。
①式を[H]で微分すると、微分法の公式より、
dCb/d[H]=-Kw/[H]^2-CaKa/(Ka+[H])^2-1
pH=-log[H]を[H]で微分すると、微分法の公式より、
dpH/d[H]=-1/([H]ln10), d[H]/dpH=-[H]ln10なので、
β=dCb/dpH
=(dCb/d[H])(d[H]/dpH)
=(-Kw/[H]^2-CaKa/(Ka+[H])^2-1)(-[H]ln10)
=(Kw/[H]+CaKa[H]/(Ka+[H])^2+[H])(ln10)
したがって、
β=([OH]+CaKa[H]/(Ka+[H])^2+[H])(ln10) …②
となります。
しかし、弱酸の緩衝作用が働く領域(図-1のB部分)では、第2項に比べて[H], [OH]の項は無視できるので、次式のように近似できます。
β’=(CaKa[H]/(Ka+[H])^2)(ln10) …③
<緩衝領域で緩衝指数が最大になる条件>
緩衝指数が最大となるのは、dβ/dpH=0のときです。
γ=[H]/(Ka+[H])^2とすると、
dγ/d[H]={(Ka+[H])^2-[H](2Ka+2[H])}/(Ka+[H])^4
dγ/dpH=-ln10[H]{(Ka+[H])^2-[H](2Ka+2[H])}/(Ka+[H])^4
したがって、
dβ’/dpH=-(ln10)^2CaKa[H]{(Ka+[H])^2-[H](2Ka+2[H])}/(Ka+[H])^4
dβ’/dpH=0とすると、
(Ka+[H])^2-[H](2Ka+2[H])
=Ka^2+2Ka[H]+[H]^2-2Ka[H]-2[H]^2
=Ka^2-[H]^2=0
つまり、[H]=Kaのとき緩衝指数が最大となります。
また、このときの緩衝指数β’maxは、[H]=Ka を③式に代入して、
β’max=(ln10)Ca/4
したがって、β’maxは酸の濃度Caのみに依存し、Caが大きいほど緩衝能も大きいことが分かります。
<酢酸の緩衝指数>
0.05, 0.1, 0.2 mol/L 酢酸溶液(pKa=4.75)にNaOHを加えてpHを変化させたときの緩衝指数の変化を調べます。②式からpHを変化させたときの緩衝指数βの変化を図-2に示します。
また、酢酸(Ca mol/L)と酢酸ナトリウム(Cs mol/L)の混合溶液について、混合比を変化させた場合の緩衝指数の変化を調べます。Ca, Cs >> [H] >>[OH]の場合、Ka = [H]Cs/Ca なので、③式からCs/Caを変化させたときの緩衝指数β’の変化を図-3に示します。
図-2、図-3からも明らかなように、酢酸-酢酸イオン系の緩衝液においてCaの濃度が大きいほど緩衝能が大きく、またCa=Cs(つまり[H]=Ka)のとき緩衝能が最大となることが分かります。
<アンモニアの緩衝液>
アンモニア-アンモニウムイオン系の緩衝溶液についても、酢酸-酢酸イオン系の緩衝液と同様にして関係式を求めることができます。アンモニア-アンモニウムイオン系の緩衝溶液のヘンダーソン-ハッセルバルヒの式は次の通りです。
pH = pKn+log(Cn/Cs)
ここで、
Kn:アンモニウムイオンの酸解離定数
Cn:アンモニアの濃度
Cs:塩化アンモニウムの濃度
<活量係数の考慮>
以上の考察ではすべて活量係数を考慮していません。活量係数を考慮すると、酢酸-酢酸イオン系の緩衝液のpHは、次の通りです。
pHº = pKaº+log([A]γA/([HA]γHA))
ここで、
pHº:活量基準のpH
Kaº:熱力学的酸解離定数
γA, γHA:各化学種の活量係数
活量係数を考慮した場合の考察については、次回報告する予定です。



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