ある特定のpH値の緩衝液を実際に調製する場合、Ka, Kw値を用いて理論的な計算で必要濃度を求めるにはいくつかの困難が伴います。たとえば、Ka値は温度やイオン強度(活量係数)によって変動しますが、それらのデータがすべてあるとは限りません。したがって、実際の緩衝液の調製は正確に校正されたpHメータを用いて行うのが一般的です。しかし、実際の調製に先立って理論的計算であらかじめ予測を立てることは必要なことだと思います。今回はエクセル-ソルバーを用いて活量係数を考慮した計算を行います。
計算にあたって、平衡定数は25℃における熱力学的平衡定数を用い、活量係数の算出には拡張デバイ-ヒュッケル式を用います(2019/10/13,
2019/10/20)。化学種iの活量係数をγiとし、活量基準のpHをpHºとします。
<<活量係数を考慮したpH計算>>
例題1:0.1 mol/Lの酢酸(HA) 100 mLに0.1 mol/L 酢酸ナトリウム(NaA)
200 mLを加えた緩衝溶液のpHºは?
加える酢酸(HA)および酢酸ナトリウム(NaA)の濃度をCao, Cso
mol/Lとする。HA, NaAの体積をVa,
Vs mLとし、最終液量をVf mLとする。また、調製した緩衝液中の全A, Naの濃度をCa, Cs mol/Lとする。平衡定数は、pKaº=4.756, pKwº=14.000を用いる。
Ka = [H][A]/[HA] = Kaº/(γHγA/γHA)
Ca = [A]+[HA] = (CaoVa+CsoVs)/Vf
Cs = [Na] = CsoVs/Vf
Vf = Va+Vs
[H]+[Na] = [OH]+[A]
pH = pHº+logγH
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[A] = Ca/(1+[H]/Ka)
[HA] = [H][A]/Ka
[Na] = Cs
Q = [H]-[OH]+[Na]-[A]
µ = ([H]+[OH]+[Na]+[A])/2
logγH = -0.51√μ/(1+2.95√μ)
logγOH = -0.51√μ/(1+1.15√μ)
logγA = -0.51√μ/(1+1.48√μ)
logγHA = 0
与件:Cao=0.1,
Cso=0.1, Va=100, Vs=200
目的セル:Q(=0)
変数セル:pH, µo
制約条件:R=µ―µo(=0)
として、ソルバーを実施する。結果を図-1に示す。(答え) pHº =4.96
図-1
活量を補正しない場合はpH =
5.06で、補正した場合に比べて+0.10の誤差が生じています。
例題2:0.1 mol/Lのアンモニア(B) 100 mLに0.1 mol/L 塩化アンモニウム(BHCl)
200 mLを加えた緩衝溶液のpHºは?
加えるアンモニア(B)および塩化アンモニウム(BHCl)の濃度をCno, Cso
mol/Lとする。B, BHClの体積をVn,
Vs mLとし、最終液量をVfとする。また、調製した緩衝液中の全B, BHClの濃度をCn, Cs mol/Lとする。平衡定数は、pKnº=9.245, pKwº=14.000を用いる。
Kn = [H][B]/[BH] = Knº/(γHγB/γBH)
Cn = [B]+[BH] = (CnoVn+CsoVs)/Vf
Cs = [Cl] = CsoVs/Vf
Vf = Vn+Vs
[H]+[BH] = [OH]+[Cl]
pH = pHº+logγH
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[B] = Cn/(1+[H]/Kn)
[BH] = [H][B]/Kn
[Cl] = Cs
Q = [H]-[OH]+[BH]-[Cl]
µ = ([H]+[OH]+[BH]+[Cl])/2
logγH = -0.51√μ/(1+2.95√μ)
logγOH = -0.51√μ/(1+1.15√μ)
logγB = 0
logγBH = -0.51√μ/(1+0.82√μ)
与件:Cno=0.1,
Cso=0.1, Va=100, Vs=200
目的セル:Q(=0)
変数セル:pH, µo
制約条件:R=µ―µo(=0)
として、ソルバーを実施する。結果を図-2に示す。(答え) pHº =9.05
図-2
活量を補正しない場合はpH = 8.94で、補正した場合に比べて-0.11の誤差が生じています。
<<調製方法-いくつかの実例>>
例題3:0.1 mol/Lの酢酸(HA)に0.1 mol/L 酢酸ナトリウム(NaA)を加えてpHº=5.00の緩衝液500 mLを作りたい。加えるべきHA, NaAの体積は?
関係式は、例題1と同じ。
与件:Cao=0.1,
Cso=0.1, pH =5.00, Vfo=500
目的セル:Q(=0)
変数セル:Va, Vs, µo
制約条件:R1=Vf―Vfo(=0),
R2=µ―µo(=0)
として、ソルバーを実施する。結果を図-3に示す。(答え) Va = 157 mL, Vs = 343 mL
図-3
例題4:0.1 mol/L 酢酸(HA)および0.1 mol/L 酢酸ナトリウム(NaA)に純水を加えてpHº=5.00, イオン強度=0.050の緩衝液500 mLを作りたい。加えるべきHA, NaAの体積は?
関係式は、例題1と同じ。ただし、HAおよびNaAに純水を加えて調製した最終液量をVfとする。
与件:Cao=0.1,
Cso=0.1, pH =5.00, µo=0.5,
Vfo=500
目的セル:Q(=0)
変数セル:Va, Vs
制約条件:R=µ―µo(=0)
として、ソルバーを実施する。結果を図-4に示す。
例題5:B molのトリス(T:トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン)およびS molのトリス塩酸塩(THCl)を純水に溶かしてイオン強度μ= 0.10, pHº=8.00の緩衝液1.00 L を作りたい。BおよびSの値は? pKnº=8.072,
また TH+のデバイ-ヒュッケル式は logγTH=-0.51√μ/(1+0.98√μ)を用いる。
トリス(T)およびトリス塩酸塩(THCl)の濃度をCno, Cso
mol/Lとする。T, THClの体積をVn=Vs=500 mLとし、最終液量をVf=1000
mLとする。また、調製した緩衝液中の全T, THClの濃度をCn, Cs mol/Lとする。平衡定数は、pKnº=8.072, pKwº=14.000を用いる(*1)。
Kn = [H][T]/[TH] = Knº/(γHγT/γTH)
Cn = [T]+[TH] =(CnoVn+CsoVs)/Vf
Cs = [Cl] = CsoVs/Vf
[H]+[TH] = [OH]+[Cl]
pH = pHº+logγH
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[T] = Cn/(1+[H]/Kn)
[TH] = [H][T]/Kn
[Cl] = Cs
Q = [H]-[OH]+[TH]-[Cl]
µ = ([H]+[OH]+[TH]+[Cl])/2
logγH = -0.51√μ/(1+2.95√μ)
logγOH = -0.51√μ/(1+1.15√μ)
logγTH = -0.51√μ/(1+√μ)
logγT = 0
与件:pHº=8.00, µo=0.10, Va=500, Vs=500, Vf=1000
目的セル:Q(=0)
変数セル:Cno, Cso
制約条件:R=µ―µo(=0)
として、ソルバーを実施する。結果を図-5に示す。
求める値はB = CnoVn/Vf
= 0.0638 (mol), S = CsoVs/Vf = 0.100 (mol)
(*1) 酢酸のKaºは温度の影響をあまり受けないが、トリスのKnºは温度による影響が大きい。もし25℃と異なる温度の緩衝液を作る場合は、補正が必要(補正式の例:pKnº(t℃) = 8.072-0.028(t-25))。各温度におけるKwºの値は便覧等に記載されている。またデバイヒュッケル式:logγ= -Az^2√μ/(1+B√μ)におけるAの値は温度によって影響を受け、A=1.825×10^6/(εT)^(3/2) (ε:比誘電率、T:絶対温度)で与えられる。εも温度の関数となる。





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