これまでは1価の酸・塩基の解離平衡を取り扱ってきました。これからは2価以上の多価の酸・塩基の解離平衡について調べます。多価の酸・塩基をエクセルで取り扱う場合についても、1価の酸塩基の場合と同様に平衡の系統的解析法(2020/09/27)が基本です。
<<2価の酸の溶液>>
<関係式>
2価の酸としては、硫酸、炭酸、硫化水素、シュウ酸などがあります。一般的に2価の酸をH2Aで表すと、全濃度がCa mol/LのH2Aを含む溶液の平衡は次のようになります。
H2A ⇄ H+ + HA-
HA- ⇄ H+ + A2-
H2O ⇄ H+ + OH-
このときの関係式は、次の通りです([ ]はモル濃度。電荷の記号は省略)。
酸解離定数、水のイオン積:
K1 = [H][HA]/[H2A] …①
K2 = [H][A]/[HA] …②
Kw = [H][OH] …③
物質収支:
Ca = [A]+[HA]+[H2A] …④
電荷収支:
[H] = [OH]+[HA]+2[A] …⑤
K1, K2, Kw, Caが既知のとき、未知数は[H], [OH], [H2A], [HA], [A]の5個、関係式は①~⑤の5個。したがって、この連立方程式は解くことができます。
<近似による方法>
まずK1,
K2の両式に含まれる[HA]に注目します。
①, ②式から、
[H2A] = [H][HA]/K1 …①’
[A] = K2[HA]/[H] …②’
①’, ②’を④に代入して整理すると、
Ca[H] = [HA](K2+[H]+[H]^2/K1) …④’
②’, ③を⑤に代入して整理すると、
[H]^2-Kw = [HA]([H]+2K2) …⑤’
④'/⑤’を行い、[HA]を消去して整理すると、
Ca[H]/([H]^2-Kw) = (K2+[H]+[H]^2/K1)/([H]+2K2)
左辺の分子分母にK1を掛けて、さらにたすき掛けをして、
Ca[H](K1[H]+2K1K2) = (K1K2+K1[H]+[H]^2)([H]^2-Kw)
展開して[H]で整理すると、
[H]^4+K1[H]^3+(K1K2-K1Ca-Kw)[H]^2-(2K1K2Ca+K1Kw)[H]-K1K2Kw
= 0
この4次方程式は近似なしの厳密に正しい式です。
ここから近似をします。まず、水からの[H], [OH]が無視できる(pH<6.34)ならば、Kwを含む項は無くなります。
[H]^3+K1[H]^2+(K1K2-K1Ca)[H]-2K1K2Ca = 0
また、K2がK1に比べて非常に小さく、2段目の解離を無視できるならば、K2を含む項は無くなります(*1)。
[H]^2+K1[H]-K1Ca = 0 …(a)
これは酸解離定数がK1である1価の弱酸と同じです。
さらに、Ca>>[H] ([H]<0.047Ca)ならば、
[H]^2-K1Ca = 0
[H]
= √(K1Ca) …(b)
と近似することができます。
(*1) 2段目の解離を無視できるかどうかの検証
一般に二価の酸のK1とK2の値は数桁程度離れており、このような場合はK2の値は無視することができる。しかし、K1とK2の値が接近しているときは、K2の値を無視できない場合がある(例えば、コハク酸:pK1=4.21, pK2=5.64, 酒石酸:pK1=3.04, pK2=4.37など)。またK1とK2の値が離れていても酸濃度が低くなるとK2の値が無視できなくなる。
1段目および2段目の解離で生成するH+濃度をそれぞれ[H]1, [H]2とし、全H+濃度を[H]totalとすると、
H2A ⇄ H+ + HA-
Ca-([H]1+[H]2) [H]1 [HA]=[H]1-[H]2
HA- ⇄ H+ + A2-
[HA]=[H]1-[H]2 [H]2 [A]=[H]2
OHの生成および2段目の解離が非常に小さい場合、[HA]≒[H]1なので、2段目の解離による[A]は、K2 = [A][H]/[HA]から、[A]=[H]2≒K2となる。つまり、
[H]total = [H]1+[H]2 = [H]1+[A] = [H]1+K2
(a)式を解いて求めた[H]を[H]apとして[H]apとK2を比較することにより、[H]ap>>K2ならば2段目の解離を無視できると言える。
例題1:0.01
mol/LのH2S(pK1=7.02, pK2=14.0)のpHは?
(b)の近似式を用いると、
[H]ap = √(K1Ca) = 3.09×10^-5
< 4.7×10^-4 = 0.047Ca
これは適切。 (答え)
pH=4.51
例題2:(1) 0.01 mol/Lおよび(2) 0.001 mol/Lの酒石酸(pK1=3.04, pK2=4.37)のpHは?
(1) 0.01 mol/L酒石酸の場合:
(a)の近似式を用いて、2次方程式を解いてもとめた[H]を[H]apとすると、
[H]ap = 2.60×10^-3 > 9.09×10^-4 = K2/0.047
これは適切。 (答え)
pH=2.59
(2) 0.001 mol/L酒石酸の場合:
(a)の近似式を用いて、2次方程式を解いてもとめた[H]を[H]apとすると、
[H]ap = 6.02×10^-4 < 9.09×10^-4 = K2/0.047
これは不適切。
したがって、3次方程式を解く必要がある。この場合、二分法またはソルバーを用いるのが賢明である(⇒例題4)。
例題3:0.1 mol/LのH2SO4 (pK2=1.99)のpHは?
硫酸は次のように2段で電離する。
H2SO4
→ H+ + HSO4- …(1)
HSO4-
⇄ H+
+ SO42- …(2)
希硫酸の場合、(1)は完全に電離する(したがって[H2SO4]=0)。
(2)の電離定数をK2 (pK2=1.99), 硫酸濃度をCaとすると、
K2 =
[H][SO4]/[HSO4] …(イ)
物質収支から、
Ca =
[HSO4] + [SO4] …(ロ) ([H2SO4]は無視)
電荷収支から、
[H] = [HSO4]
+ 2[SO4] …(ハ) ([OH]は無視)
(ハ)-(ロ)より、[SO4] = [H]-Ca …(ニ)
2×(ロ)-(ハ)より、[HSO4] = 2Ca-[H] …(ホ)
(ニ), (ホ)を(イ)に代入して、
K2 =
[H]([H]-Ca)/(2Ca-[H])
[H]で整理すると、
[H]^2
+(K2-Ca)[H]-2K2Ca = 0
この2次方程式を解いて、[H]を求める。
[H] = 1.09×10^-1 (答え) pH=0.96
<二分法による方法>
2価の酸においてQ = [H]-[OH]-[HA]-2[A]は単調減少関数(*2)なので、二分法(2019/03/07)を用いることができます。
二分法の表を作るための関係式は次の通りです。
[H]=10^-pH
[OH]=Kw/[H]
[A]=Ca/(1+[H]/K2+[H]^2/(K2K1)
[HA]=[H][A]/K2
[H2A]=[H][HA]/K1
Q=[H]-[OH]-[HA]-2[A]
表の作り方については、(2020/10/11)を参照してください。
(*2) Q(pH)が単調減少関数であることの証明
Q = [H]-[OH]-[HA]-2[A]
①, ②, ④から、
[A] = Ca/(1+[H]/K2+[H]^2/(K1K2))=CaK1K2/(K1K2+K1[H]+[H]^2)
[HA] = [H][A]/K2
= CaK1[H]/(K1K2+K1[H]+[H]^2)
[A], [HA]を[H]で微分すると、
d[A]/d[H] = -CaK1K2(K1+2[H])/E^2
d[HA]/d[H] = CaK1{K1K2+K1[H]+[H]^2-[H](K1+2[H])}/E^2
= -CaK1([H]^2-K1K2)/E^2
ここで、E = K1K2+K1[H]+[H]^2
Qを[H]で微分すると、
dQ/d[H]= 1+Kw/[H]^2+CaK1([H]^2-K1K2)/E^2+2CaK1K2(K1+2[H])/E^2
= 1+Kw/[H]^2+(CaK1/E^2)(K1K2+4K2[H]+[H]^2)>0
pH=-log[H]を[H]で微分すると、
dpH/d[H] =-1/([H]ln10)
d[H]/dpH =-[H]ln10<0
したがって、
dQ/dpH = (dQ/d[H])(d[H]/dpH)<0
∴ Q(pH)は単調減少関数である。
例題4:例題3-(2) [0.001
mol/L酒石酸]を二分法で求めたときのpHは?
作成した二分表は図-1の通り。 (答え) pH=3.19
図-1
<ソルバーによる方法>
ソルバー解を求めるための関係式は、上記の二分法の表を作るための関係式と同じです。(ただし、H2SO4の場合は、[H2A]=0,
[A]=Ca/(1+[H]/K2))
目的セル:Q=0
変数セル:pH
としてソルバーを実行します。
例題5:例題1~3をソルバーで求めたときのpHは?
ソルバーを実行した結果を図-2に示す。
(答え)例題1 pH=4.51 例題2(1) pH=2.58 (2) pH=3.19 例題3 pH=0.96
図-2
<<3価の酸の溶液>>
<関係式>
3価の酸としては、リン酸、クエン酸、ヒ酸などがあります。一般的に3価の酸をH3Aで表すと、全濃度がCa mol/LのH3Aを含む溶液の平衡は次のようになります。
H3A ⇄ H+ + H2A-
H2A- ⇄ H+ + HA2-
HA2- ⇄ H+ + A3-
H2O ⇄ H+ + OH-
このときの関係式は、次の通りです([
]はモル濃度。電荷の記号は省略)。
酸解離定数、水のイオン積:
K1 = [H][H2A]/[H3A]
K2 = [H][HA]/[H2A]
K3 = [H][A]/[HA]
Kw = [H][OH]
物質収支:
Ca = [A]+[HA]+[H2A]+[H3A]
電荷収支:
[H] = [OH]+ [H2A]+2[HA]+3[A]
3価の酸(あるいは4価以上の酸)についても、溶液のpHは2価の酸と同様の取り扱いで求めることができます。
例題6:0.01 mol/L H3PO4 (pK1=2.15,
pK2=7.20, pK3=12.38)のpHは?
・近似式による解:
2段目、3段目の解離を無視して、1価の酸として取り扱う。
[H]^2+K1[H]-K1Ca = 0 …(a)
から、
[H]ap = 5.59×10^-3 > 9.09×10^-4 = K2/0.047
これは適切。 (答え)
pH=2.25
・ソルバーによる解:
ソルバーを実行した結果を図-3に示す。 (答え) pH=2.25
図-3
<<多価の塩基の溶液>>
多価の塩基の取り扱いも酸の場合と同様です。
<関係式>
2価の塩基としては、エチレンジアミン、ピペラジン、ヒドラジンなどがあります(アミノ酸については別途扱う)。
一般的に2価の塩基をBで表すと、全濃度がCn mol/LのBを含む溶液の平衡は次のようになります。
H2B2+ ⇄ H+ + HB+
HB+ ⇄ H+ + B
H2O ⇄ H+ + OH-
このときの関係式は、次の通りです([
]はモル濃度。電荷の記号は省略)。
酸解離定数、水のイオン積:
Kn1 = [H][HB]/[H2B]
Kn2 = [H][B]/[HB]
Kw = [H][OH]
物質収支:
Ca = [B]+[HB]+[H2B]
電荷収支:
[H]+[HB]+2[H2B] = [OH]
Bに関する化学種:
[B] = Cn/(1+[H]/Kn2+[H]^2/(Kn2Kn1)
[HB] = [H][B]/Kn2
[H2B] = [H][HB]/Kn2
例題7:0.01 mol/L エチレンジアミン(EN:pKn1=6.85, pKn2=9.93)のpHは?
目的セル:Q=[H]-[OH]+[HB]+2[H2B]、変数セル:pH、としてソルバーを実行して求めた結果を図-4に示す。 (答え) pH=10.95




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