今回は大気中のCO2と平衡が成立するときの炭酸、炭酸塩のpHについて調べます。また比較のため、大気のCO2との平衡が成立しないときについても検討します。
●気液平衡:
二酸化炭素ガスCO2(gas)はある程度水にとけます。水に溶けた二酸化炭素CO2(aq)は、気体中の二酸化炭素CO2(gas)と平衡関係にあります。
CO2(gas) ⇄ CO2(aq)
この平衡定数をKHとすると、
[CO2(aq)] = KHPCO2
KH = [CO2(aq)]/PCO2 = 3.4×10^-2 (at 25℃)
ここで、[CO2(aq)]の単位はmol/kg、PCO2は大気中のCO2分圧です(単位:atm)です。KHはヘンリー定数と呼ばれます(*1)。
(*1) 乾燥した大気中のCO2濃度をX(ppm)とすると、このとき二酸化炭素分圧PCO2(μatm)は大気圧(P=1013 hPa)と飽和水蒸気圧(e=32 hPa, at 25℃)を用いて次の式で求めることができる。
PCO2(μatm) = (P-e)/P・X(ppm)
したがって、たとえば乾燥した大気中のCO2濃度を400(ppm)とすると、は大気と平衡にある水中の二酸化炭素濃度[CO2(aq)]は25℃で、
[CO2(aq)] = (3.4×10^-2)×(1013-32)/1013×400×10^-6)
= 1.3×10^-5 (mol/kg)
希薄溶液中では、(mol/kg)≒(mol/L)と考えてよく、またKHは溶液のイオン強度によってほとんど変化しないので、結局、[CO2(aq)]
= 1.3×10^-5 (mol/L) となる。
●酸塩基平衡:
溶けたCO2(aq)は一部水和して炭酸H2CO3を生成します。溶液中で平衡状態にあるCO2(aq)とH2CO3は溶液のpHには関係なく常に一定の存在比で存在します(*2)。さらにH2CO3は炭酸水素イオン(HCO3-)や炭酸イオン(CO32-)と酸塩基平衡を保ちます。
(*2)[CO2(aq)]/[H2CO3]比は数百~1000程度であり大部分はCO2(aq)のかたちで存在する。酸塩基平衡では無電荷の化学種であるCO2(aq)とH2CO3の区別は必要ないので、以降[CO2(aq)]+[H2CO3]を単に[CO2(aq)]と表現することとする。
CO2(aq)は水中で電離して、炭酸水素イオン・炭酸イオンになります。荷電していないCO2(aq)の平衡濃度は一定温度・分圧のもとでは変化ませんが、これら炭酸水素イオン・炭酸イオンの全量および組成は溶液のpHに依存します。
・1段目の酸解離:
CO2(aq) + H2O ⇄ H+ + HCO3-
K1 = [H+][HCO3-]/[CO2(aq)]
= 4.5×10^-7
(at 25℃)
・2段目の酸解離:
HCO3- ⇄ H+ + CO32-
K2 = [H+][CO32-]/[HCO3-]
= 4.7×10^-11 (at 25℃)
<大気のCO2との平衡が成立する系>
例題1 大気中のCO2濃度を400 ppmとするとき、25℃で純水を大気中に曝して放置したときのpHは? CO2のヘンリー定数をKH=3.4×10^-2、酸解離定数をpK1= 6.35, pK2 =10.33とする。
大気中のCO2と気液平衡が成立すると、
[CO2(aq)] = KHPco2 = 1.3×10^-5 (mol/L)
[HCO3] = K1[CO2(aq)]/[H]
[CO3] = K2[HCO3]/[H] = K2K1[CO2(aq)]/[H]^2
電荷収支から、
[H] = [OH]+[HCO3]+2[CO3]
エクセルのソルバーを用いてpHを求めると、図1のようになる(*3)。
(答え) pH = 5.62
(*3) [H]>>[OH], K1>>K2として近似式を用いると、[H]=[HCO3]から、[H] = √(K1[CO2(aq)]) = √(4.5×10^-7×1.3×10^-5) = 2.42×10^-6 ∴pH = 5.62
例題2 (1) 0.1 mol/L, (2) 0.05 mol/L, (3) 0.01 mol/L, (4) 0.001 mol/L, (5)0.0001 mol/LのNa2CO3溶液が大気と平衡にあるときのpHºは? 大気中のCO2濃度を400 ppm、CO2のヘンリー定数をKHº =3.4×10^-2、酸解離定数をpK1= 6.35, pK2 =10.33とする。Kºは熱力学的平衡定数、pHºは活量基準のpHを示し、計算にあたっては活量係数を考慮する。
大気中のCO2と平衡が成立するので、[CO2(aq)]は大気中のCO2分圧にのみ依存し、溶液中のNa2CO3の濃度に依存しない(*4)。
(*4) 溶液中でCO2が不足すれば大気中のCO2から供給され、余剰になれば大気中に放出される。このとき大気中のCO2は大量にあり、これら溶液とのCO2の出し入れで大気中のCO2濃度は変化しない。したがって、溶液中のCO2の物質収支は考える必要がない。ただし、[Na]は炭酸ナトリウム濃度に依存する。
Na2CO3の濃度をC mol/Lとすると、関係式は次の通り。活量係数は拡張デバイヒュッケル式を用いる。
・平衡定数:
K1 = K1º/(γHγHCO3/γCO2aq)
K2 = K2º/(γHγCO3/γHCO3)
Kw = Kwº/(γHγOH)
・活量係数:
logγH= -0.51√µ/(1+2.95√µ)
logγOH= -0.51√µ/(1+1.15√µ)
logγco2aq= 0
logγHCO3= -0.51√µ/(1+1.48√µ)
logγCO3= -0.51×4√µ/(1+1.48√µ)
µ = ([H]+[OH]+4[CO3]+[HCO3]+[Na])/2
・物質収支:
2C = [Na]
・電荷収支:
Q = [H]-[OH]-2[CO3]-[HCO3]+[Na] = 0
・化学種濃度:
[H]º = [H]γH
pHc = pHº+logγH
[H] = 10^-pHc
[OH] = [H]/Kw
[CO2(aq)] = KHºPco2
[HCO3] = K1[CO2(aq)]/[H]
[CO3] = K2[HCO3]/[H]
[Na] = 2C
これらの関係式から、ソルバーを用いて
・目的セル:Q=0
・変数セル:pHc, μo
・制約条件:μo-μ=0
としてpHºを求めると、結果は図-2のようになる。
(答) (1) pHº=9.90 (2) pHº=9.76 (3) pHº=9.35 (4) pHº=8.49 (5)pHº=7.52
例題3 (1) 0.1 mol/L, (2) 0.05 mol/L, (3) 0.01 mol/L, (4) 0.001 mol/L, (5)0.0001 mol/L のNaHCO3溶液が大気と平衡にあるときのpHºは? 大気中のCO2濃度を400 ppm、CO2のヘンリー定数をKHº =3.4×10^-2、酸解離定数をpK1= 6.35, pK2 =10.33とする。Kºは熱力学的平衡定数、pHºは活量基準のpHを示し、計算にあたっては活量係数を考慮する。
NaHCO3の濃度をC mol/Lとすると、
[Na]=C
これ以外、解き方は例題2と同じ。結果を図-3に示す。
(答) (1) pHº=9.76 (2) pHº=9.60 (3) pHº=9.12 (4) pHº=8.21 (5) pHº=7.22
<大気のCO2との平衡が成立しない系>
大気中のCO2との平衡がない場合は、通常の酸塩基として取り扱うことができます。
例題4 (1) 0.1 mol/L, (2) 0.01 mol/LのNa2CO3溶液および(3) 0.1 mol/L, (4)0.01 mol/LのNaHCO3溶液が大気と平衡にないときのpHºは? 酸解離定数をpK1= 6.35, pK2 =10.33とする。Kºは熱力学的平衡定数、pHºは活量基準のpHを示し、計算にあたっては活量係数を考慮する。
活量係数は拡張デバイヒュッケル式を用いる。
(1), (2) Na2CO3の濃度をC mol/Lとすると、関係式は次の通り。
・平衡定数:
K1 = K1º/(γHγHCO3/γCO2aq)
K2 = K2º/(γHγCO3/γHCO3)
Kw = Kwº/(γHγOH)
・活量係数:
logγH= -0.51√µ/(1+2.95√µ)
logγOH= -0.51√µ/(1+1.15√µ)
logγco2aq= 0
logγHCO3= -0.51√µ/(1+1.48√µ)
logγCO3= -0.51×4√µ/(1+1.48√µ)
µ = ([H]+[OH]+4[CO3]+[HCO3]+[Na])/2
・物質収支:
C = [CO3]+[HCO3]+[CO2(aq)]
2C = [Na]
・電荷収支:
Q = [H]-[OH]-2[CO3]-[HCO3]+[Na] = 0
・化学種濃度:
[H]º = [H]γH
pH = pHº+logγH
[H] = 10^-pHc
[OH] = [H]/Kw
[CO3] = C/(1+[H]/K2+[H]^2/(K2K1))
[HCO3] = [CO3][H]/K2
[CO2(aq)] =[HCO3][H]/K1
[Na] = 2C
これらの関係式から、ソルバーを用いて
・目的セル:Q=0
・変数セル:pHc, μo
・制約条件:μo-μ=0
としてpHºを求めると、結果は図-4のようになる。
(3), (4) NaHCO3の濃度をC mol/Lとすると、関係式は次の通り。
[Na] = C
これ以外、例題4(1), (2)と同じ。結果を図-4に示す。
(答) (1) pHº = 11.34 (2) pHº = 11.00 (3) pHº = 8.12 (4)pHº = 8.25
<大気のCO2との平衡が成立する系、しない系の比較>
例題5 大気と平衡の平衡がある場合とない場合で、0.1 mol/LのNa2CO3溶液にHClを加えたときのpHºは? pK1º=6.35,pK2º=10.33とする。Kºは熱力学的平衡定数、pHºは活量基準のpHを示し、計算にあたっては活量係数を考慮する。
加えた塩酸の溶液内での濃度をCc mol/Lとする。塩酸添加による体積の変化はないものとする。Ccに対するpHの変化を求める。
関係式は
µ = ([H]+[OH]+4[CO3]+[HCO3]+[Na]+[Cl])/2
・物質収支:
Cc = [Cl]
・電荷収支:
Q = [H]-[OH]-2[CO3]-[HCO3]+[Na]-[C] = 0
これ以外は例題2または例題4と同じ。
これらの関係式から、ソルバーを用いて、Ccを変化させてpHºを求める。
・目的セル:Q=0
・変数セル:pHc, μo
・制約条件:μo-μ=0
大気と平衡の平衡がある場合とない場合の比較を図-5に示す。(ここも参照のこと)
コメント
コメント一覧 (3)
手元にある書籍でよく利用しているのは、
James N. Butler, "Ionic Equilibrium: Solubility and Calculations", Wiley (1998)
宗林由樹 監訳, "ハリス 分析化学(上)" 化学同人 (2017)
岡田 哲男, 前田 耕治, 垣内 隆 著, "分析化学の基礎―定量的アプローチ" 化学同人(2012)
などです。
ftacg
がしました
Excelを利用して複雑な計算をされており、勉強になっています。
複数成分の塩が溶解した場合のpHや溶解度の変化について、
参考になる書籍などは無いでしょうか。
ftacg
がしました