錯生成平衡についてはこれまで沈殿平衡やEDTA滴定などとの関連ですでに取り扱ってきましたが、ここで改めて錯生成平衡の基礎について説明します。
<錯生成平衡と平衡定数>
水溶液中の金属イオンMn+は溶媒である水が配位して水和イオンM(H2O)xn+を形成しています。ここに孤立電子対を持つ陰イオンまたは分子(配位子(L))が加えられ、金属イオンと配位したH2OとLの間に置換反応が起きると、この反応は錯生成反応、また生成物は錯体と呼ばれます。金属イオンM(H2O)xn+と配位子Lr-との錯生成反応は次のようになります。
M(H2O)xn+ + Lr-
⇄ ML(H2O)(x-1)(n-r)+
+ H2O
ML(H2O)(x-1)(n-r)+ +Lr- ⇄ ML2(H2O)(x-2)(n-2r)+
+ H2O
……
錯生成定数
この平衡を考えるとき、通常H2Oは平衡定数に寄与しないので、反応式および平衡定数は
Mn+ + Lr- ⇄ ML(n-r)+ , K1 = [ML]/([M][L])
ML(n-r)+ + Lr- ⇄ ML2(n-2r)+ , K2
= [ML2]/([ML][L])
……
ML(m-1)(n-(m-1)r)+ +Lr-
⇄ MLm(n-mr)+ , Km = [MLm]/([ML(m-1)][L])
と書き表わされ、この式の平衡定数K1, K2, …,Kmを逐次生成定数(逐次安定度定数) (*1)といいます。
また、反応式は次のように書き表わすこともできます。
Mn+ + Lr- ⇄ ML(n-r)+ , β1 = [ML]/([M][L])
Mn+ + 2Lr- ⇄ ML2(n-2r)+ , β2 = [ML2]/([M][L]^2)
……
Mn+ + mLr- ⇄ MLm(n-mr)+ , βm = [MLm]/([M][L]^m)
この式の平衡定数β1, β2, …, βmは全生成定数(全安定度定数)(*1)と呼ばれます。
(*1) [ ]は各化学種のモル濃度を表わす([ ]内の化学種の電荷記号は省略)。平衡定数には活量を用いる「熱力学的平衡定数」とモル濃度を用いる「モル濃度平衡定数」がある(2019/10/13)。一般に便覧や教科書等に記載されているのは熱力学的平衡定数であり、モル濃度平衡定数についてはある特定のイオン強度(たとえばμ=0.1)における値しか記載されていない。熱力学的平衡定数を用いてモル濃度を表す場合は厳密には活量係数による補正が必要であるが、希薄な溶液では(モル濃度平衡定数)≒(熱力学的平衡定数)とみなすことができる。
Kとβの間には、次の関係が成立します。
β1=K1
β2=K1・K2
…,
βm=K1・K2・…・Km
化学種の濃度
溶液中のMn+に関する全濃度(式量濃度)をCMとすると、次式のような物質収支式が成立します。
CM
= [M]+[ML]+[ML2]+…+[MLm]
= [M]+β1[M][L]+β2[M][L]^2+…+βm[M][L]^m
= [M](1+β1[L]+β2[L]^2+…+βm[L]^m)
ここで、
αM = 1+β1[L]+β2[L]^2+…+βm[L]^m
とすると、
CM = [M]αM
このα係数を導入すると、理論的取扱いが楽になります(*2)。
(*2) この説明で用いたα係数の逆数をαと表している文献、書籍等も多いので注意を要する。このブログではα係数の逆数はfで表すことにする。この場合f=[M]/CMとなり、fは全濃度CMに対する[M]の存在分率を意味する。
CM, βi, αMを用いて、各錯体の濃度を表すと、
[M] = CM/αM
[ML] = β1[M][L] =
β1[L]CM/αM
[ML2] = β2[M][L]^2 = β2[L]^2CM/αM
……
[MLm] = βm[M][L]^m =
βm[L]^mCM/αM
また、各錯体の存在分率fiは、
f0 = [M]/CM = 1/αM
f1 = [ML]/CM = β1[L]/αM
f2 = [ML2]/CM
= β2[L]^2/αM
……
fm = [MLm]/CM
= βm[L]^m/αM
で表されます。
具体例-Zn(II)イオンとNH3の反応
Zn(II)イオンとNH3の間には次のような平衡が成立します。
Zn2+ + NH3 ⇄ Zn(NH3)2+
Zn2+ + 2NH3 ⇄ Zn(NH3)22+
Zn2+ + 3NH3 ⇄ Zn(NH3)32+
Zn2+ + 4NH3 ⇄ Zn(NH3)42+
平衡定数式は次のとおりです。
β1 = [Zn(NH3)]/([Zn][NH3])
β2 = [Zn(NH3)2]/([Zn][NH3]^2)
β3 = [Zn(NH3)3]/([Zn][NH3]^3)
β4 = [Zn(NH3)4]/([Zn][NH3]^4)
亜鉛の全濃度をCMとすると、物質収支から、次式が成立します(*3)。
CM = [Zn] + [Zn(NH3)] + [Zn(NH3)2]
+ [Zn(NH3)3] + [Zn(NH3)4]
(*3) 実際の水溶液ではZn(OH)+, …, Zn(OH)42-,
Zn2(OH)22+, Zn(OH)2(s)なども生成するが、ここでは無視する。
この式に平衡定数式を代入して整理すると、
CM = [Zn](1 + β1[NH3] + β2[NH3]^2 + β3[NH3]^3 + β4[NH3]^4)
1 + β1[NH3]
+ β2[NH3]^2
+ β3[NH3]^3
+ β4[NH3]^4
= αM
とすると、それぞれの化学種の濃度は、
[Zn] = CM/αM
[Zn(NH3)] = β1[Zn][NH3] = β1[NH3]CM/αM
[Zn(NH3)2] = β2[Zn][NH3]^2 =β2[NH3]^2CM/αM
[Zn(NH3)3] = β3[Zn][NH3]^3 = β3[NH3]^3CM/αM
[Zn(NH3)4] = β4[Zn][NH3]^4 = β4[NH3]^4CM/αM
となります。
また、それぞれの化学種の分率fiは次の通り。
f0 = [Zn]/CM = 1/αM
f1 = [Zn(NH3)]/CM = β1[NH3]/αM = β1[NH3]f0
f2 = [Zn(NH3)2]/CM = β2[NH3]^2/αM = β2[NH3]^2f0
f3 = [Zn(NH3)3]/CM = β3[NH3]^3/αM = β3[NH3]^3f0
f4 = [Zn(NH3)4]/CM = β4[NH3]^4/αM = β4[NH3]^4f0
<錯生成平衡の濃度計算>
配位子濃度に対して化学種濃度を求めることがしばしば必要となります。このようなときエクセルを用いると効率的に計算することができます。上記のZn(II)イオンとNH3の平衡を例として、化学種濃度の計算を行います。
例1 Znの全濃度CM = 10^-4 mol/Lとして、NH3の平衡濃度を[NH3] = 10^-6
~ 10^-1 mol/Lと変化させたとき、溶液に含まれる化学種の濃度は? 亜鉛-アンミン錯体の全生成定数を、logβ1 = 2.2,
logβ2 = 4.4, logβ3 = 6.7, logβ4 = 8.7とする。
配位子の平衡濃度[NH3]が与えられると、
αM = 1 + β1[NH3] + β2[NH3]^2 + β3[NH3]^3 + β4[NH3]^4
[Zn] = CM/αM
[Zn(NH3)] = β1[Zn][NH3]
[Zn(NH3)2] =β2[Zn][NH3]^2
[Zn(NH3)3] = β3[Zn][NH3]^3
[Zn(NH3)4] = β4[Zn][NH3]^4
を用いて、各化学種濃度を計算することができる。
エクセルを用いた計算結果を図-1に示す。
<錯生成平衡の濃度分布図>
配位子の平衡濃度と溶液中の化学種濃度の関係図を作成すると、錯生成平衡を理解するのに非常に役立ちます。図-1のデータ(Zn(II)-NH3系)を用いて配位子の平衡濃度の対数値に対する化学種濃度またはその対数値の濃度分布図をエクセルで作成します(挿入⇒グラフ⇒散布図)。結果を図-2, 図-3に示します。



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