配位子がブレンステッド塩基の場合、金属イオンとともにプロトンとも反応するので錯生成平衡はpHの影響を受けます。ブレンステッド塩基の配位子としては、NH3, CN-, F-, EDTAなどがあります。またpHが高くなると金属イオンは水酸化物イオンとヒドロキソ錯体を作ります。このように錯生成平衡は多かれ少なかれpHの影響を受けます。
<錯生成平衡に対するpHの影響>
ここでは、Ag(I)-NH3系およびZn(II)-NH3系を例として、「平衡の系統的解析法」(2020/09/27)およびエクセルのソルバー機能を用いて錯生成平衡に対するpHの影響を調べます。
例題1 Cag = 10^-4 mol/Lの硝酸銀、Cn
= 0.1 mol/Lのアンモニアを含む溶液にHNO3(またはNaOH)を加えてpHを調整した溶液中の化学種の平衡濃度は? ただし、銀-アンミン錯体の全生成定数:logβn1=3.31, logβn2=7.23、銀-ヒドロキソ錯体の全生成定数:logβo1=2.0,
logβo2=4.0、アンモニウムイオンの酸解離定数:pKn=9.24、水のイオン積:pKw=14とする。また硝酸(またはNaOH)の添加による溶液の体積変化はないものとする。活量係数による補正はしない。
HNO3の濃度をCa mol/Lとし、「平衡の系統的解析法」(2020/09/27)に従って計算を実施する。
ステップ1: 関係する反応式は、
Ag+ + NH3 ⇄ Ag(NH3)+
Ag+ + 2NH3 ⇄ Ag(NH3)2+
Ag+ + OH- ⇄ AgOH
Ag+ + 2OH- ⇄ Ag(OH)2-
NH4+ ⇄ NH3 + H+
H2O ⇄ H+ + OH-
ステップ2: 平衡定数式は、
βn1= [Ag(NH3)]/([Ag][NH3])
βn2= [Ag(NH3)2]/([Ag][NH3]^2)
βo1= [AgOH]/([Ag][OH])
βo2= [Ag(OH)2]/([Ag][OH]^2)
Kn = [NH3][H]/[NH4]
Kw = [H][OH]
ステップ3: 物質収支式は、
Cag = [Ag]+[Ag(NH3)]+[Ag(NH3)2]
Cag+Ca = [NO3]
Cn = [NH3]+[NH4]+[Ag(NH3)]+2[Ag(NH3)]
ステップ4: 電荷収支式は、
[H]-[OH]+[Ag]+[Ag(NH3)]+[Ag(NH3)2]-[Ag(OH)2]+[NH4]-[NO3] = 0
ステップ5, 6: 未知数10個([H], [OH], [Ag], [Ag(NH3)], [Ag(NH3)2],
[AgOH], [Ag(OH)2], [NH3], [NH4], [NO3])、方程式10個なのでこの式は解くことができる。
ステップ7: エクセルのソルバー機能を用いて、化学種濃度を求める。
・目的セル: Q = [H]-[OH]+[Ag]+[Ag(NH3)]+[Ag(NH3)2]-[Ag(OH)2]+[NH4]-[NO3]
・目標値: "0"
・変数セル: Ca, pNH3
・制約条件: Cn-[NH3’] = 0
化学種濃度は、
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
αag = 1+βn1[NH3]+βn2[NH3]^2+βo1[OH]+βo2[OH]^2
[Ag] = Cag/αag
[Ag(NH3)] = βn1[Ag][NH3]
[Ag(NH3)2] = βn2[Ag][NH3]^2
[AgOH] = βo1[Ag][OH]
[Ag(OH)2] = βo2[Ag][OH]^2
[NH3] = 10^-pNH3
[NH4] = [NH3][H]/Kn
[NO3] = Cag+Ca
[NH3’] =
[NH3]+[NH4]+[Ag(NH3)]+2[Ag(NH3)2]
となる。
pHに1~ 13を与えて得られた結果を図-1に示す(*1)。
(*1) 硝酸濃度Caが負の値になった場合はNaOHを添加したと考える。
また、pHに対する化学種濃度の対数値の分布図を図-2に示す。
図-2
例題2 Czn = 10^-4 mol/Lの硝酸亜鉛、Cn = 0.2 mol/Lのアンモニアを含む溶液にHNO3(またはNaOH)を加えてpHを調整した溶液中の化学種の平衡濃度は? ただし、亜鉛-アンミン錯体の全生成定数:logβn1=2.2, logβn2=4.4, logβn3=6.7, logβn4=8.7、亜鉛-ヒドロキソ錯体の全生成定数:logβo1=5.0,
logβo2=10.2 logβo3=13.9, logβo4=15.5、アンモニウムイオンの酸解離定数:pKn=9.25、水のイオン積:pKw=14とする。また硝酸(またはNaOH)の添加による溶液の体積変化はないものとする。活量係数による補正はしない。
HNO3の濃度をCa mol/Lとし、「平衡の系統的解析法」に従って計算を実施する。
ステップ1: 関係する反応式は、
Zn2+ + NH3 ⇄ ZnNH32+
Zn2+ + 2NH3 ⇄ Zn(NH3)22+
Zn2+ + 3NH3 ⇄ Zn(NH3)32+
Zn2+ + 4NH3 ⇄ Zn(NH3)42+
Zn2+ + OH- ⇄ ZnOH+
Zn2+ + 2OH- ⇄ Zn(OH)2
Zn2+ + 3OH- ⇄ Zn(OH)3-
Zn2+ + 4OH- ⇄ Zn(OH)42-
NH4+ ⇄ NH3 + H+
H2O ⇄ H+ + OH-
ステップ2: 平衡定数式は、
βn1= [Zn(NH3)]/([Zn][NH3])
βn2= [Zn(NH3)2]/([Zn][NH3]^2)
βn3= [Zn(NH3)3]/([Zn][NH3]^3)
βn4= [Zn(NH3)4]/([Zn][NH3]^4)
βo1= [ZnOH]/([Zn][OH])
βo2= [Zn(OH)2]/([Zn][OH]^2)
βo3= [Zn(OH)3]/([Zn][OH]^3)
βo4= [Zn(OH)4]/([Zn][OH]^4)
Kn = [NH3][H]/[NH4]
Kw = [H][OH]
ステップ3: 物質収支式は、
Czn = [Zn]+Σ[Zn(OH)i]+Σ[Zn(NH3)j]
2Czn+Ca = [NO3]
Cn = [NH3]+[NH4]+Σ(j*[Zn(NH3)j])
ステップ4: 電荷収支式は、
Q = [H]-[OH]+2([Zn]+Σ[Zn(NH3)j])+[ZnOH]-[Zn(OH)3]-2[Zn(OH)4]+[NH4]-[NO3] = 0
ステップ5, 6: 未知数14個、方程式14個なのでこの式は解くことができる。
ステップ7: エクセルのソルバー機能を用いて、化学種濃度を求める。
・目的セル: Q
・目標値: "0"
・変数セル: Ca, pNH3
・制約条件: Cn-[NH3’] = 0
化学種濃度は、
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
αZn = 1+Σβoi[OH]^i++Σβnj[NH3]^j
[Zn] = Czn/αZn
[Zn(OH)i] = βoi[Zn][OH]^i
[Zn(NH3)j] = βnj[Zn][NH3]^j
[NH3] = 10^-pNH3
[NH4] = [NH3][H]/Kn
[NO3] = Czn+Ca
[NH3’] =Σ(j*[Zn(NH3)j])+[NH3]+[NH4]
となる。
pHに1~ 13を与えて得られた結果を図-3に示す(*1)。
また、pHに対する化学種濃度の対数値の分布図を図-4に示す。
図-4
多核錯体など
以上の計算では、アンモニアの酸塩基平衡および単核のヒドロキソ錯体の生成を考慮しました。しかし、場合によっては多核錯体などの複雑な形の錯体を考慮に入れる必要があります。
たとえば、Fe(III)-OH系では、
2Fe3+ + 2OH- ⇄ Fe2(OH)24+
3Fe3+ + 4OH- ⇄ Fe3(OH)45+
などの多核錯体を生成することが知られています。
また、Fe(III)-EDTA系では、FeHEDTA, Fe(OH)EDTAといった錯体も生成します。
たとえこのような複雑な錯体が生成しても、その錯生成定数が既知ならば「平衡の系統的解析法」を用いて化学種濃度を計算することが可能です。




コメント