系統的無機定性分析において、カドミウムイオン(Cd2+)は第Ⅱ族に属し、0.3 M HCl中でH2Sによって黄色の硫化物沈殿を作って、第Ⅲ族以下の元素から分離されます。しかし0.5 M HCl以上になると沈殿は不完全となり、また生成したCdS沈殿を2 M HCl中で煮沸すると溶解します。このようにCdSの沈殿生成は塩酸濃度に影響されます。今回は、平衡定数のデータを基に活量係数補正を行い、CdSの溶解度に対するHCl濃度の影響について調べます。
<平衡式、生成定数および化学種濃度>
塩酸溶液中でCd2+にH2Sを吹き込んでCdSを沈殿させるときに関係する平衡式、生成定数は次の通りです。
平衡式は、
Cd2+ + Cl- ⇄ CdCl+
Cd2+ + 2Cl- ⇄ CdCl2(aq)
Cd2+ + 3Cl- ⇄ CdCl3-
Cd2+ + 4Cl- ⇄ CdCl42-
Cd2+ + HS- ⇄ CdHS+
Cd2+ + 2HS- ⇄ Cd(HS)2(aq)
Cd2+ + 3HS- ⇄ Cd(HS)3-
Cd2+ + 4HS- ⇄ Cd(HS)42-
CdS(s) ⇄ Cd2+ + S2-
H2S ⇄ H+ + HS-
HS- ⇄ H+ + S2-
(HCl溶液は酸性が強いのでCd2+の水酸化物の生成は無視します)
生成定数は、
βc1 =
[CdCl]/([Cd][Cl])
βc2 = [CdCl2]/([Cd][Cl]^2)
βc3 = [CdCl3]/([Cd][Cl]^3)
βc4 = [CdCl4]/([Cd][Cl]^4)
βs1 =
[CdHS]/([Cd][HS])
βs2 = [Cd(HS)2]/([Cd][HS]^2)
βs3 = [Cd(HS)3]/([Cd][HS]^3)
βs4 = [Cd(HS)4]/([Cd][HS]^4)
Ksp = [Cd][S]
K1 = [H][HS]/[H2S]
K2 = [H][S]/[HS]
H2Sで常に飽和されたHCl溶液中でZnSの沈殿平衡が成立するとき、各化学種の濃度は、
[Cd] = Ksp/[S] (沈殿平衡)
[CdCl] = βc1[Cd][Cl]
[CdCl2] = βc2[Cd][Cl]^2
[CdCl3] = βc3[Cd][Cl]^3
[CdCl4] = βc4[Cd][Cl]^4
[CdHS] = βs1[Cd][HS]
[Cd(HS)2] = βs2[Cd][HS]^2
[Cd(HS)3] = βs3[Cd][HS]^3
[Cd(HS)4] = βs4[Cd][HS]^4
[H2S] = 0.1 (H2Sの飽和溶液)
[HS] = K1[H2S]/[H]
[S] = K2[HS]/[H]
[Cl’] = [Cl]+[CdCl]+2[CdCl2]+3[CdCl3]+4[CdCl4]
[Cd’] = [Cd]+[CdCl]+[CdCl2]+[CdCl3]+[CdCl4]+[CdHS]+[Cd(HS)2]+[Cd(HS)3]+[Cd(HS)4]
となります。[Cd’]がCdSの溶解度(S)です。
電荷均衡式は、次の通りです。
Q = [H]-[OH]+2[Cd]+[CdCl]-[CdCl3]-2[CdCl4]+[CdHS]-[Cd(HS)3]-2[Cd(HS)4]-[Cl]-[HS]-2[S]
また、イオン強度は、次式で与えられます。
µ = ([H]+[OH]+4[Cd]+[CdCl]+[CdCl3]+4[CdCl4]+[CdHS]+[Cd(HS)3]+4[Cd(HS)4]+[Cl]+[HS]+4[S])/2
<HCl溶液中でのCdSの溶解度>
0.1~4 mol/L塩酸溶液中にH2Sを吹き込んで飽和させた溶液([H2S]=0.1
mol/L)に対するCdSの溶解度を求めます。平衡定数は、"Critical
Stability Constants" (R. M. Smith and A. E. Martell)から得られたデータを用いました(図-1)。
活量係数補正にはデービス式(k=0.2)を用いました(2021/08/01)(*1)。
logγ = -0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)-0.2μ)
このとき、1価イオンについては、logγ1=-0.5(√μ/(1+√μ)-0.2μ)
2価イオンについては、logγ2=4logγ1
無電荷物質(イオン対)については、logγ0=0
となります。
(*1) Cd(HS)iについてはµ=1.0のデータおよびデービス式(k=0.2)からβsioを求めた。βsiがデービス式に従うという根拠を図-1のデータから求めることはできないが、ここではデービス式に従うものとした。
βc1 = βc1o/(γ1/(γ2γ1)) = βc1oγ2
βc2 = βc2o/(γ0/(γ2γ1^2)) = βc2oγ2γ1^2
βc3 = βc3o/(γ1/(γ2γ1^3))
= βc3oγ2γ1^2
βc4 = βc4o/(γ2/(γ2γ1^4))
= βc4oγ1^4
βs1 = βs1o/(γ1/(γ2γ1)) = βs1oγ2
βs2 = βs2o/(γ0/(γ2γ1^2)) = βs2oγ2γ1^2
βs3 = βs3o/(γ1/(γ2γ1^3))
= βc3oγ2γ1^2
βs4 = βs4o/(γ2/(γ2γ1^4))
= βc4oγ1^4
Ksp = Kspo/γ2^2
K1 = K1o/γ1^2
K2 = K2o/(γ1γ2/γ1)) = K2o/γ2
Kw
= Kwo/γ1^2
与件として塩酸濃度(Cc)を与え、次のパラメータ設定を行い、pH, pCl
μoに適切な初期値を与え、ソルバーを実行して、CdSの溶解度[Cd’](=S)を求めます。
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH, pCl, μo
・制約条件:R1 = [Cl’]-Cc= 0, R2 = μcal-μo = 0
Cc=0.1~4 mol/Lにおける計算結果を図-2に示します。また、塩酸濃度(Cc)とCdSの溶解度(S)の関係を図-3に示します(図-3中には「活量係数補正なし」の場合も記入)。
たとえば、カドミウムの全濃度が0.01 mol/Lの場合、塩酸濃度が0.3 mol/LのときCdSの溶解度は2.6×10^-5 mol/Lとなりました。また、このCdS沈殿は塩酸濃度をおよそ1.5 mol/L以上にすると沈殿が消える、という結果になりました。



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