系統的無機定性分析において、鉛(II)イオン(Pb2+)は第Ⅰ族に属し、希塩酸を加えると白色の塩化物沈殿を作って、第Ⅱ族以下の元素から分離されます。しかしPbCl2は溶解度が比較的大きく塩酸濃度や温度によって沈殿の生成が大きく影響を受けます。今回および次回は、平衡定数データを基にPbCl2の溶解度に対するHCl濃度の影響について調べます。今回はイオン強度による影響は考えません(次回、イオン強度による影響も含め考察します)。
様々なイオン強度における平衡定数値を図-1に示します(出典:R. M. Smith and A. E. Martell,
"Critical Stability Constants")。以下、この値を用いて話を進めます。
<HCl溶液中でのPb-Cl錯体の濃度分布>
まず、Pb-Cl錯体だけが存在する単純な系を考えます。つまり、PbCl2の沈殿およびPbの水酸化物は生成しないものとします。
平衡式は、
Pb2+ + Cl- ⇄ PbCl +
Pb2+ + 2Cl- ⇄ PbCl2
Pb2+ + 3Cl- ⇄ PbCl3-
Pb2+ + 4Cl- ⇄ PbCl42-
生成定数は、
β1 =
[PbCl]/([Pb][Cl])
β2 = [PbCl2]/([Pb][Cl]^2)
β3 = [PbCl3]/([Pb][Cl]^3)
β4 = [PbCl4]/([Pb][Cl]^4)
鉛(II)の全濃度をCMとすると、物質バランスは、
CM = [Pb]+[PbCl]+[PbCl2]+[PbCl3]+[PbCl4]
= [Pb](1 + β1[Cl] + β2[Cl]^2 + β3[Cl]^3 + β4[Cl]^4) = [Pb]αM
ここで、αM = 1 + β1[Cl] + β2[Cl]^2 + β3[Cl]^3 + β4[Cl]^4
それぞれの化学種の濃度は、
[Pb] = CM/αM
[PbCl] = β1[Pb][Cl]
[PbCl2] = β2[Pb][Cl]^2
[PbCl3] = β3[Pb][Cl]^3
[PbCl4] = β4[Pb][Cl]^4
となります。
したがって、CMと[Cl]が決まればPb2+およびPb-Cl錯体濃度が決まります。(*1)
(*1) もし全塩酸濃度に対する各化学種の濃度の関係を知りたければ、塩素に関する物質バランスを追加する必要がある。また、PbCl2沈殿が生成する場合は、[Pb] =Ksp/[Cl]^2が成立する。
CM = 0.001 mol/Lのとき、イオン強度μ=0における平衡定数値を用いて、[Cl]を10^-5~10 mol/Lと変化させた場合の各化学種濃度をエクセルで計算しました(沈殿生成の有無についてはすべて[Pb][Cl]^2<Kspであることを確認しました)。結果の抜粋を図-2に示します。また、log[Cl]-化学種濃度(C)の分布図を図-3に示し、log[Cl]-logCの分布図を図-4に示ます。
<HCl溶液に対するPbCl2の溶解度>
イオン強度μ=0における平衡定数値を用いて、Cc=0~4 mol/L塩酸溶液に対するPbCl2の溶解度(S)を求めます。
PbCl2の溶解度(S)は次式で与えられます。
S = [Pb'] = [Pb]+[PbCl]+[PbCl2]+[PbCl3]+[PbCl4] …①
またこの飽和溶液では沈殿平衡が成立するので、
Ksp = [Pb][Cl]^2
が成立します。したがって、
[Pb] = Ksp/[Cl]^2 …②
[PbCl] = β1[Pb][Cl] …③
[PbCl2] = β2[Pb][Cl]^2 …④
[PbCl3] = β3[Pb][Cl]^3 …⑤
[PbCl4] = β4[Pb][Cl]^4 …⑥
塩素の物質バランスについて、溶液中の全塩素濃度[Cl']は、
[Cl'] = [Cl]+[PbCl]+2[PbCl2]+3[PbCl3]+4[PbCl4] …⑦
また、飽和溶液中の塩素量は、塩酸からの塩素量と飽和したPbCl2からの塩素量の和となるので、
[Cl'] = Cc+2[Pb'] …⑧
これらの関係(未知数8個、式8個)から、エクセルのソルバーを用いて方程式を解くと、CcとS(=[Pb'])の関係を求めることができます。
・目的セル: R1 = [Cl’]-(Cc+2[Pb’])
= 0
・変数セル: pCl (pCl=-log[Cl])
Cc=0~4 mol/Lにおける計算結果(抜粋)を図-5に示します。また、塩酸濃度(Cc)とPbCl2の溶解度(S)の関係を図-6に示します。塩酸濃度が0.5 mol/L付近のときSは最小になることが分かります。
純水(Cc=0)に対する溶解度は0.029 mol/Lとなりました(実測値:0.0385 mol/L(25℃))。






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