沈殿反応を伴う酸塩基滴定について説明します。これまで、均一系における酸塩基滴定について取り上げてきましたが、沈殿反応を伴う酸塩基滴定曲線を描く場合、沈殿反応が酸塩基反応と競合するので、「二分法」や「レビ法」を用いることは困難です。したがって、少しめんどうですが、滴定剤の添加量ごとにエクセルのソルバー機能を用いてpHの解を求めます。沈殿反応を伴う酸塩基滴定については、ここ(2019-09-08)も参考にしてください。
今回は水酸化カルシウムと炭酸カルシウムを含む試料に水を加え、これを塩酸で滴定することを考えます。   
 

<<関係式>>
Mx mmolのCa(OH)2とMy mmolのCaCO3を含む試料に水V mLを加え、これをCto mol/LのHClで滴定するときの滴定曲線を描きます(滴下量:T mL)。試料の溶解による体積変化は無視します。また大気中のCO2との平衡は考えません。
<試料溶液および被滴定溶液中の濃度>
Ca(OH)2, CaCO3は一部溶解せずに懸濁液となっている可能性があります。しかしCa(OH)2およびCaCO3がすべて水に溶解したと仮定したときの試料溶液のCa(OH)2 , CaCO3濃度Cxo, Cyo mol/Lとすると、
Cxo =
Mx/V
Cyo =
My/V
また滴定剤をT mL加えたときの被滴定溶液中(ビーカー中)Ca(OH)2 ,CaCO3, Ca(OH)2+CaCO3およびHCl濃度をCx, Cy, Cz, Ct mol/Lとすると、
Cx =
Mx/(V+T) = CxoV/(V+T)
Cy =
My/(V+T) = CyoV/(V+T)
Cz = Cx+Cy
Ct = CtoT/(V+T)
となります。Czは被滴定溶液中の全Ca濃度です。   

<平衡定数>
炭酸の酸解離定数をK1, K2とすると、
K1 = [H][HCO3]/[H2CO3]
K2 = [H][CO3]/[HCO3]
CaCO3, CaHCO3+, CaOH+
の錯生成定数をβc, βh, βoとすると、
βc = [CaCO3]/([Ca][CO3])
βh = [CaHCO3]/([Ca][HCO3])
βo = [CaOH]/([Ca][OH])
CaCO3 Ca(OH)2
の溶解度積を、Kspc, Kspoとすると、
Kspc = [Ca][CO3]
Kspo = [Ca][OH]^2
水のイオン積をKwとすると、
Kw = [H][OH]
   

<物質バランス>
被滴定溶液中の溶解したカルシウムの全濃度を[Ca']とすると、
[Ca'] = [Ca]
[CaCO3][CaHCO3][CaOH]
被滴定溶液中の溶解した炭酸の全濃度を[CO3']とすると、
[CO3'] = [CO3]
[HCO3][H2CO3][CaCO3][CaHCO3]
= [CO3]
[CO3][H]/K2[CO3][H]^2/(K2K1)+βc[Ca][CO3]+βh[Ca][CO3][H]/K2
= [CO3]([H]/K2
[H]^2/(K2K1)+βc[Ca]+βh[Ca][H]/K2)
αy = [H]/K2[H]^2/(K2K1)+βc[Ca]+βh[Ca][H]/K2とすると、
[CO3
'] = [CO3]αy   

また、CaCO3に沈殿平衡が成立する場合、しない場合にかかわらず、
Cz
[Ca'] = Cy[CO3']
R = (Cz
[Ca'])(Cy[CO3']) = 0 …①
の関係が成立します。   

<電荷バランス>
被滴定溶液中にはH+, OH-, Ca2+, CaCO3, CaHCO3+, CaOH+, CO32, HCO3, H2CO3およびClという化学種が存在するので、電荷バランスから、
Q = [H]
[OH]2[Ca][CaHCO3][CaOH]2[CO3][HCO3][Cl] = 0 …②
の関係が成立します。   

<各化学種の濃度>
pH(=log[H])およびpCa(=log[Ca])をパラメータとすると、各化学種は次のように表わされます。
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Ca] = 10^-pCa
[CaCO3] =
βc[Ca][CO3]
[CaHCO3] =
βh[Ca][HCO3]
[CaOH] =
βo[Ca][OH]
[CO3] = Kspc/[Ca]
 (沈殿があるとき)
または、
[CO3] = Cy/
αy (沈殿がないとき)
[HCO3] = [H][CO3]/K2
[H2CO3] = [H][HCO3]/K1
[Cl] = Ct
   

<<エクセルでの計算>>
上記の関係式からエクセルの「ソルバー」を用いて、滴下量T mLのときのpHを求め、滴定曲線を描きます。
<例 題>
Mx=0.2 mmol (14.8 mg)
Ca(OH)2My=0.1 mmol (10.0 mg)CaCO3を含む試料に水20 mLを加え、この試料液をCto=0.05 mol/LHClで滴定するときの滴定曲線を描きます(滴下量:T mL)
エクセルの計算例を-1に示します。計算列はH列で、Tを変えて計算を行い、これをJ列以降にコピーしていきました。計算はT=0から始め、このときpH, pCaの初期値はそれぞれ12, 2としました。Tは最初1 mLずつ増やしていき、当量点付近ではその幅を狭めて計算しました。   

-
2022-02-20-fig1a

沈殿があるとき・ないときで[CO3]の計算式が異なります。どの式を用いるかの判断基準は次式がすべて1以下となることです。判断は目視で行いました(A, B, Cのセルに条件付き書式を付けると判断しやすい)
A=[Ca][CO3]/Kspc ≦1
B=[Ca][OH]^2/Kspo ≦1
C=[Ca']/Cz ≦1
沈殿があるとき
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH, pCa
・制約条件:R = (Cz[Ca'])(Cy[CO3']) = 0
[CO3]=Kspc/[Ca]   

沈殿がないとき
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH, pCa
・制約条件:R = (Cz[Ca'])(Cy[CO3']) = 0
[CO3]=Cy/αy   

沈殿の生成・消滅の境界
・目的セル:電荷バランスQ = 0
・変数セル:pH, pCa およびT
・制約条件:R = 0 および [Ca']/Cz = 1
[CO3] =Kspc/[Ca]   

たとえば、T=3 mLのとき、もし、[CO3]=Cy/αy用いると、A1となって判断基準を満たしません。しかし[CO3]=Kspc/[Ca]を用いると、A=1, B<1, C<1で判断基準を満たします。つまりこれはT=3 mLのときCaCO3は一部溶解せず沈殿となっていることを示しています。また、T=11 mLのとき、[CO3]=Kspc/[Ca]を用いると、C1で判断基準を満たしません。しかし[CO3]=Cy/αy用いると判断基準を満たします。つまりT=11 mLのとき沈殿は消滅しています。

CaCO3沈殿の生成消滅の境界はT=10.6 mL (pH6.7)付近です。また、滴定の全範囲で、Ca(OH)2の沈殿は生成しないことが分かります。   

滴定曲線を-に示します。   

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2022-02-27-fig2

実際の滴定で、滴定剤のHCl濃度をCto mol/Lとし、第1終点(フェノールフタレイン)までの滴定量をT1 mL, 第2終点(メチルオレンジ)までの滴定量をT2 mLとすると、Ca(OH)2の物質量Mx mmolおよびCaCO3の物質量My mmolは次式で求められます。
Mx = CtoT1/2
My = Cto(T2
T1)/2