前回(2022-02-27)に続き、沈殿反応を伴う酸塩基滴定の例です。今回はAgNO3HNO3の混合溶液をNaOHで滴定するときの滴定曲線を描きます。この場合、滴定途中でAg2Oの沈殿を生じるので、滴定剤の添加量ごとにエクセルのソルバー機能を用いてpHの解を求めます。   

<<関係式>>
Cxo mol/LAgNO3Cyo mol/LHNO3を含む溶液V mLCto mol/LのNaOHで滴定するときの滴定曲線を描きます(滴下量:T mL)。   

被滴定溶液中の濃度>
定剤をT mL加えたときの被滴定溶液中(ビーカー中)のAgNO3, HNO3, AgNO3+HNO3およびNaOHの濃度をCx, Cy, Cz, Ct mol/Lとすると、
Cx = CxoV/(V+T)
Cy = CyoV/(V+T)
Cz = Cx+Cy
Ct = CtoT/(V+T)
となります。Czは被滴定溶液中の全NO3-濃度です。   

<平衡定数>
AgOH, Ag(OH)2-
の錯生成定数をβ1, β2とすると、
β1 = [AgOH]/([Ag][OH])
β2 = [Ag(OH)2]/([Ag][OH]^2)
AgOHの溶解度積をKspとすると、
Ksp = [Ag][OH]
(AgOH
2AgOH
Ag2O+H2Oの反応によりただちにAg2Oに変化する)

水のイオン積をKwとすると、
Kw = [H][OH]
   

<物質バランス>
被滴定溶液中の溶解した銀の全濃度を[Ag']とすると、
[Ag'] = [Ag]
[AgOH][Ag(OH)2]
= [Ag](1
+β1[OH]+β2[OH]^2)
ここで、αx = 1+β1[OH]+β2[OH]^2とすると、
[Ag'] = [Ag]
αx   

AgOH沈殿平衡が成立しない場合Cx = [Ag']なので、
[Ag] = Cx/
αx
なお、沈殿平衡が成立する場合は、沈殿平衡から、
[Ag] = Ksp/[OH]
の関係が成立します。   

<電荷バランス>
被滴定溶液中にはH+, OH-, Ag+, AgOH, Ag(OH)2-, NO3-およびNa+という化学種が存在するので、電荷バランスから、
Q = [H]
[OH][Ag][Ag(OH)2][NO3][Na] = 0 
の関係が成立します。   

<各化学種の濃度>
pHをパラメータとすると、各化学種は次のように表わされます。
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Ag] = Cx/
αx (沈殿平衡が成立しない場合)
または、[Ag] = Ksp/[OH] (沈殿平衡が成立する場合)
[AgOH] =
β1[Ag][OH]
[Ag(OH)2] =
β2[Ag][OH]^2
[NO3] = Cz
[Na] = Ct
   

<<エクセルでの計算>>
上記の関係式からエクセルの「ソルバー」を用いて、滴下量T mLのときのpHを求め、滴定曲線を描きます。
<例 題>
Cxo=0.1 mol/L
AgNO3Cyo=0.05 mol/LHNO3を含む試料溶液20 mLCto=0.1 mol/LNaOHで滴定するときの滴定曲線を描きます(滴下量:T mL)
エクセルの計算結果(抜粋)-1に示します。計算列はH列で、Tを変えてソルバー計算を行い、これをJ列以降にコピーしていきました。計算はT=0から始め、このときpHの初期値は1としました。Tは少しずつ増やしていき、当量点付近ではその増幅を狭めて計算しました。   

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2022-03-06-fig1

沈殿があるとき・ないときで[Ag]の計算式が異なります。どちらの式を用いるかの判断基準は次式がすべて1以下となることです。判断は目視で行いました。(A, Bのセルに条件付き書式を付けると判断しやすい。図では1を超えるとセルが赤色になるようにした。)
A=[Ag][OH]/Ksp ≦1
B=[Ag']/Cz ≦1
沈殿がないとき
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH
[Ag] = Cx/αx   

沈殿があるとき
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH
[Ag] = Ksp/[OH]   

沈殿の生成の境界
・目的セル:電荷バランスQ = 0
・変数セル:pHおよびT
・制約条件:[Ag][OH]/Ksp = 1
[Ag] = Cx/αx   

たとえば、T=2 mLのとき、もし[Ag] = Ksp/[OH]を用いると、A=1, B1となって判断基準を満たしません。しかし[Ag] = Cx/αxを用いると、A1, B=1で判断基準を満たします。つまりこれはT=2 mLのとき沈殿は生成していないことを示しています。
また、たとえばT=10.1 mLのとき、[Ag] = Cx/αxを用いると、A1, B=1で判断基準を満たしません。しかし[Ag] = Ksp/[OH]を用いるとA=1, B<1で判断基準を満たします。つまりT=10.1 mLのときは沈殿が生成しています。
AgOH沈殿の生成・消滅の境界はT=10.00 mL (pH7.47)付近です。丁度HNO3が中和されてpHが上昇するとAgOHの沈殿が生成し始めています。

滴定曲線を-に示します(赤色の実線)。なお、T=10.00mLを越えても沈殿が生成しない (つまりAgOHが過飽和状態になっている)と仮定したときの曲線を青色の点線で示します。 

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2022-03-06-fig2

実際の滴定で、pHメータで求めた第1終点(pH6.6付近)までの滴定量をT1 mL, 第2終点(pH10付近)までの滴定量をT2 mLとすると、試料溶液中のHNO3の濃度Cxo mol/LおよびAgNO3の濃度Cyo mol/Lは次式で求められます(ただしCyoの滴定精度はあまり良くない)
Cxo = CtoT1/V
Cyo = Cto(T2
T1)/V