二相間の分配平衡については、これまでも沈殿平衡やCO2の気液平衡(2021-07-18)で取り上げてきましたが、まだ取り上げていない系として、互いに混じり合わない二相の液体間に関する平衡があります。これから、この平衡について取り上げていきたいと思います。水相と有機相の分配平衡を利用して行われる分離方法は溶媒抽出と呼ばれます。
<<溶媒抽出の基礎-用語>>
<分配定数>
物質Aが混じり合わない水相と有機相間で分配平衡にあるとき、水相と有機相での物質Aの活量をそれぞれaw(A), ao(A)とすると、両相に分配した物質Aの活量の比は一定です。
Aw ⇄ Ao
Kºd = ao(A)/aw(A)
Kºdは、熱力学的分配定数と呼ばれ、温度が一定であれば一定です(分配定数は分配係数ともいう)。
活量a(A)と濃度[A]のあいだには、
a(A) = γ[A] (γ:活量係数)
の関係があるので、
Kºd = [A]oγo/(A]wγw)
ここで、
Kd = [A]o/[A]w
と置くと、
Kºd = Kd(γo/γw)
となります。
このKdは濃度分配定数と呼ばれます。
もし、γo/γw=1とすることができる場
合は、
Kdº = Kd
となります。
これまでの平衡の取り扱いと同様、特にことわらない限り、γo/γw=1として話を進めます。
<分配比>
物質Aが水相、有機相中で解離、錯生成、イオン会合などの反応によって、A1,
A2, …Ai, …という化学種を生じる場合、物質Aの水相、有機相中の総濃度をCw, Coとすると、
Cw
=[A1]w+[A2]w+…+[Ai]w+…
Co =[A1]o+[A2]o+…+[Ai]o+…
となり、個々の化学種について、
Kdi = [Ai]o/[Ai]w
が成立します。しかし、複雑な系において個々のKdiを測定することは困難であり、Kdiをもちいての議論も複雑となります。
このようなとき、分配定数に代わって次式のような分配比を導入すると便利です。
D = ([A1]o+[A2]o+…+[Ai]o+…)/([A1]w+[A2]w+…+[Ai]w+…) = Co/Cw
分配比は、分析によって簡単に求めることができ、議論が容易になります。しかし、分配比は分配定数とは異なり、pHや濃度等の条件によって変化します。
<抽出率>
物質Aに関して、水相、有機相中の総濃度をCw, Coとし、水相、有機相の体積をVw, Voとすると、抽出率(%)は次式で定義されます。
E(%) = CoVo/(CwVw+CoVo)×100
E(%)は物質Aが有機相に何%抽出されたかを示しています。
抽出率と分配比の関係は、
E(%) = D/(D+Vw/Vo)×100
となります。Vw=Voとすると、たとえばDの値が10^4のときE(%)=99.99%、
D=1のとき50%、D=10^-4のときE(%)=0.009999%となり、Dの値がどのような値をとってもE(%)は0から100の間の値をとります。
DとE(%)の関係を図-1に示します。
E(%)は有機相への抽出の程度を示すので、水相の体積(Vw)に対して有機相の体積(Vo)が大きくなれば抽出率は向上することが分かります。
<<簡単な溶媒抽出の例>>
<弱酸の分配平衡>
水と有機溶媒との間での弱酸HAの分配について考えます。HAの分配定数をKdとし、HAの酸解離定数をKaとします。有機相ではHAは解離せず、また二量体の生成にないものとします。
分配平衡は、
HAw ⇄ HAo
Kd = [HA]o/[HA]w
水相では、HAwは酸解離をするので、
HAw ⇄ A- + H+
Ka = [H+][A-]/[HA]w
このとき分配比は、
D = [HA]o/([HA]w+[A]) …①
となります。
①式の分子分母を[HA]で割ると、
D = ([HA]o/[HA]w)/(1+[A]/[HA]w) = Kd/(1+Ka/[H+]) …①'
したがって、Dは[H+]の関数となることが分かります。
Ka=10^-5, Kd=0.1として求めたpHとlogDと関係を図-2に示します。
図-2からも明らかなように、
①'式において[H+]が非常に大きなとき(pHが低いとき)はKa/[H+]<<1となり、
D = Kd
となります。
また[H+]が非常に小さなとき(pHが高いとき)はKa/[H+]>>1となり、
D = Kd[H+]/Ka
logD = logKd+pKa-pH
となることが分かります。
<有機相で二量体を作る弱酸の分配平衡>
カルボン酸は無極性溶媒中で二量体を生成します。カルボン酸をHAとし、HAの分配定数をKd,
HAの酸解離定数をKaとします。有機相でHAは二量体((HA)2)を生成するものとし、二量体の生成定数をKpとします。
分配平衡は、
HAw ⇄ HAo
Kd = [HA]o/[HA]w
有機相では、HAoは二量体が生成するので、
2HAo ⇄
(HA)2o
Kp = [(HA)2o]/[HAo]2
水相では、HAwは酸解離をするので、
HAw ⇄ A- + H+
Ka = [H+][A-]/[HA]w
このとき分配比は、
D = ([HA]o+2[(HA)2]o)/([HA]w+[A-]) …②
となります。式を整理すると、
D = Kd(1+2KpKd[HA]w)/(1+Ka/[H+]) …②'
したがって、Dは[H+]と[HA]wの関数となることが分かります。
プロピオン酸/四塩化炭素系(有機相は下層)について、Ka=10^-4.8, Kd=10^-1.9, Kp=10^3.1,
プロピオン酸の全濃度Ca = 0.1 mol/LとしてDを求めました。Dは[H+]と[HA]wの関数なので、計算に当たってはpHを与件とし、pHA(=-log[HA]w)を変数としてエクセルのソルバー機能を用いました。
各化学種濃度は、
[H+]=10^-pH
[OH-]=Kw/[H+]
[HA]w=10^-pHA
[HA]o=Kd[HA]w
[(HA)2]o=Kp[HAo]2=KpKd2[HA]w2
[A-]=Ka[HA]w/[H+]
[HA]total=[HA]o+[(HA)2]o+[HA]w+[A-]
D=([HA]o+2[(HA)2]o)/([HA]w+[A-])
ソルバーのパラメータ:
目的セル:R=Ca-[HA]total=0
変数セル:pHA
計算結果(抜粋)を図-3に示し、Ca
= 0.1 mol/LのときのpHとlogDと関係を図-4に示します。図中には、二量体の生成を無視した場合も示しています(緑色の点線)。
いくつかの脂肪酸のKdとKpの値を下表にまとめました。脂肪酸の分子量の増加とともにKdは増加しています。極性溶媒よりも非極性溶媒のほうがKpは大きいことがわかります(ベンゼンは発がん性あり)。







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