金属イオンはキレート剤と反応して無電荷のキレート錯体を形成すると、有機溶媒によく抽出されるようになります。このキレート抽出は金属イオンの分離・濃縮に利用されます。キレート抽出の平衡について考えます。
<<キレートの抽出平衡>>
<抽出平衡と抽出定数>
有機相に溶解したキレート剤HLと水相の金属イオンMn+が反応し、無電荷のキレートMLnを生成して有機溶媒に抽出される平衡について考えます。
Mn+ + n(HL)o ⇄ (MLn)o + nH+
Kex = [MLn]o[H]n/([M][HL]on) …①
このKexは抽出定数と呼ばれます。
単純化したモデルを下に示します。
(a) 有機相に溶けたキレート剤(HL)は水相と振盪することにより、一部水相に移る。
(b) 水相中のHLは酸解離し、L-イオンを生成する。
(c) L-イオンは金属イオン(Mn+)と無電荷のキレート(MLn)を生成する。
(d) 生成したMLnは一部有機相に移る。
これ以外の副次的反応ついては考えません。このとき、次のような平衡が成立します。
(a) HLの分配:
HLw ⇄ HLo
Kdh = [HL]o/[HL]w …②
(b) HLの解離:
HLw ⇄ L- + H+
Ka = [H][L]/[HL]w …③
(c) キレートの生成:
Mn+ + nL- ⇄ MLnw
βn = [MLn]w/([M][L]n) …④
(d) MLnの分配:
MLnw ⇄ MLno
Kdm = [MLn]o/[MLn]w …⑤
これらの平衡式により、①式の平衡定数Kexを変形すると、
②, ③式から、
[HL]o = Kdh[HL]w = Kdh[H][L]/Ka
④, ⑤式から、
[MLn]o = Kdm[MLn]w = βnKdm[M][L]n
これらの式を①に代入して、
Kex = βnKdm[H]n[M][L]n/([M](Kdh[H][L]/Ka))n
∴ Kex
= βnKdmKan/Kdhn …⑥
したがって、抽出定数Kexは錯生成定数(βn)、錯体の分配定数(Kdm)、キレート剤の酸解離定数(Ka)およびキレート剤の分配定数(Kdh)で与えられます。Kexは平衡定数なので、一定温度、一定イオン強度のもとでは一定となります。
<分配比>
この条件において、Mに関する分配比Dは、有機相と水相の体積が等しいとき(Vo=Vw)、
D = [MLn]o/([M]+[MLn]w) …⑦
で与えられます。ここで、
⑦式を[H]と[HL]oで表すように式を変形します。
まず、①式から、
[MLn]o = Kex[M][HL]on/[H]n
この式と⑤式から、
[MLn]w = [MLn]o/Kdm = Kex[M][HL]on/(Kdm[H]n)
これらの式を⑦に代入して、整理すると、
D = Kex[HL]on/([H]n+Kex[HL]on/Kdm) …⑧
となります。(*1)
(*1) D = (Kex[M][HL]on)/[H]n/([M]+Kex[M][HL]on/(Kdm[H]n))
= (Kex[HL]on)/[H]n/([1+Kex[HL]on/(Kdm[H]n))
= Kex[HL]on/([H]n+Kex[HL]on/Kdm)
<logDとpHの関係>
⑦式(または⑧式)について近似を行うと、
(1) [M]>>[MLn]w(つまり[H]n>>Kex[HL]on/Kdm)ならば、
D = [MLn]o/[M]
となります。つまり、⑧式から、
D
= Kex([HLn]o/[H])n
log D = log Kex + nlog[HLn]o + npH …⑨
したがって[HLn]oが一定ならば、log DはpHに対して傾きnの直線となります。また、pHが一定ならば、log Dは[HLn]oに対して傾きnの直線となります。
(2) [M]<<[MLn]w(つまり[H]n<<Kex[HL]on/Kdm)ならば、
D = [MLn]o/[MLn]w
となります。つまり、⑧式から、
D = Kdm
log D = log Kdm …⑩
したがって、log DはpHに対して水平な線となります。
また、⑨式において、D=1 (50%抽出されるとき)のpHを半抽出pH(pH1/2)といいます。特に [HLn]o=1 (mol/L)のときのpHをpH1/2ºとすると、
pH1/2º = -(1/n)log Kex
となります。pH1/2は金属イオンの抽出されやすさの目安となります(pH1/2が低いほど抽出されやすい)。
金属イオンM+, M2+, M3+ のキレートについて、仮想的な定数値(図-1中に記載)と⑧式を用いてDを計算しました。pHとlog Dの関係を図-1に示します。図-1から分かるように、pHが低い領域において金属イオンM+, M2+, M3+のlogDの傾きはそれぞれ+1, +2, +3の直線となり、pHが高い領域においてはlog D = log Kdmの水平線となります。また、この条件においてM+, M2+, M3+ のpH1/2はそれぞれ5.0, 3.0, 2.3となりました(ソルバー使用)。
また、E(%) = 100D/(D+Vw/Vo)から抽出率E(%)を求めました。pHとE(%)の関係を図-2に示します。
<<キレート剤の種類>>
キレート剤の供与原子はおもに酸素、窒素、イオウです。以下、代表的なキレート剤のいくつかを紹介します。
・ アセチルアセトン (O, O配位): pKa=8.80, β-ジケトンの1種であり、同類にはテノイルトリフルオルアセトンがある。
・ クペロン (O, O配位): pKa=4.16, N-ニトロソ-N-フェニルヒドロキシアミンともいう。
・ オキシン (O, N配位): pKa1=4.97, pKa1=9.65, 8-オキシキノリンともいう。
・ 1-ニトロソ-2-ナフトール (O, N配位): 特に、Coの抽出剤としてよく用いられる(JIS M 8210)。
・ ジメチルグリオキシム( N, N配位): 特に、Niの抽出剤としてよく用いられる(JIS M 8223)。
・ ジチゾン (N, S配位): pKa=4.49, ジフェニルチオカルバゾンともいう。

・ ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム (S, S配位): 同類にはピロリジンジチオカルバミン酸アンモニウム(APDC)がある。APDCは排水の分析に用いられる(JIS K 0102)。

主な金属イオン(Ag+, Al3+, Bi3+,
Co2+, Cu2+, Fe3+, Hg2+, Ni2+,
Pb2+, Zn2+)について、アセチルアセトン、クペロン、オキシン、ジチゾン錯体のlogKexおよびpH1/2の値を図-3に示します。






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