イオン交換法を利用した金属イオンの分離法において、バッチ法はカラム法に比べて操作が簡便かつ短時間で済む利点があるのですが、分離効率はあまりよくありません。しかし、分配係数が大きく離れている場合、たとえば二種類の金属イオンのうち、どちらか一方が錯体を作って陰イオンになる場合などは、バッチ法が非常に有効です。   

今回は、選択係数が既知の場合、Na型陽イオン交換樹脂を用いて二種類の金属イオンの分配係数の値を理論的に計算し、金属イオン分離の可能性について推定します。   

<<分配係数と吸着率>>
H型陽イオン交換樹脂(Dowex 50-X8)に対する金属イオンM+の選択係数(KnH.M)の値を次に示します。

2022-06-26-fig0-1

また、前回(2022-06-19)述べたように、金属イオンMn+Na型陽イオン交換樹脂(Dowex 50-X8)に対する選択係数(KnNa.M)は次のように計算できます。
KnNa,M = [Na]aqn[M]r/([Na]rn[M]aq) = KnH,M/(KH,Na)n   

Na型陽イオン交換樹脂に対する分配係数(D)、吸着率(E%)は、次の通りです。
D = [M]r/[M]aq = KnNa,M[Na]rn/[Na]aqn
E% = D/(D+V/G)
×100
V水相の体積(mL), G樹脂相の乾燥樹脂質量(g))   

ここでもし金属イオンMが非常に微量で、Na+Mn+のイオン交換が平衡に達した後も樹脂相中の[Na]rと水相中の[Na]aqの値が事実上変化しないとすると、[Na]rは交換容量、[Na]aqNa+の初濃度に一致すると考えることができます。   

また、Mn+が水相中で配位子Lと錯形成反応を起こし、Mn+以外の化学種MLiを作り、さらに陽イオン交換樹脂に吸着するのはMn+イオンのみとすると、分配係数は、次のようになります。
D = (KnNa,M[Na]rn/[Na]aqn)/αM
ここで、αMMに関する副反応係数です。
αM = 1+β1[L]+β2[L]2+…
また、吸着率は、
E% = D/(D
V/G)×100   

<<金属イオンの分離>>
金属イオンM1, M2 (D1D2)あり、バッチ法で分離可能かどうか検討します。分離可能の判断基準を、E1% 99.9% かつ E2% 0.1%とします。   

<例題1>
微量のカルシウムおよび銅(どちらも10^-3 mol/L以下)0.01 mol/L HEDTA(H3X)(*1)および0.02 mol/L NaClを含み、pHを適切に調整した溶液100 mLに、交換容量が5 meq/gNa形陽イオン交換樹脂2 gを加え振盪して平衡にしたとき、各pHにおけるカルシウム、銅の分配係数および吸着率は? また、カルシウムおよび銅を分離できるpH範囲は? ただし、H3Xの酸解離定数およびCa, Cuとの錯生成定数は、pKa1=2.72, pKa2=5.41, pKa3=9.81, logKCaX=8.0 , logKCuX=17.6 とする。
(*1) HEDTA=(2-ヒドロキシエチル)エチレンジアミントリ酢酸。HEDTAEDTAよりも溶解度が大きく、低pHでも比較的高濃度で使用できる特長を持つ。   

2022-06-26-fig0-2

()
Ca, Cu
Mで表すと、Na型陽イオン交換樹脂に対する選択係数は、次式で与えられる。
KnNa,M = [Na]aq2[M]r/([Na]r2[M]aq) = KnH,M/(KH,Na)2
交換容量に比べてMが微量な場合、
[Na]r = 5 mmol/g
[Na]aq = 0.02 mol/L
   

また、MHEDTA(=H3X)と1:1錯体MX-を生成し、これ以外の副反応がなく、またM2+イオンのみが陽イオン交換樹脂に吸着し、さらにHEDTA>>Mの場合、分配係数および吸着率は、
D = (KnNa,M[Na]r2/[Na]aq2)/
αM
αM = 1KMX[X]
[X] = CX/
αX
αX = 1[H]/Ka3[H]2/(Ka3Ka2)[H]3/(Ka3Ka2Ka1)
CX = 0.01 mol/L
E% = D/(D
V/G)×100
となる。したがって、[H]を与えれば
DE%を求めることができる。   

エクセルを用いて計算した結果を-に示す。E%=0.01または99.9%を与えるpHの値についてはソルバーを用いた。   

-

2022-06-26-fig1

また、pHlogDの関係を-に示し、pHE%の関係を-に示す。カルシウムおよび銅を分離できる(Caを樹脂相に吸着し、Cuを水相に残す)pH範囲はおよそpH=3.04.5であった。   

-
2022-06-26-fig2

-
2022-06-26-fig3

<例題2>
微量のカルシウムおよびマグネシウム(どちらも10^-3 mol/L以下)0.01 mol/L HEDTA(H3X)(*1)および0.02 mol/L NaClを含み、pHを適切に調整した溶液100 mLに、交換容量が5 meq/gNa形陽イオン交換樹脂2 gを加え振盪して平衡にしたとき、各pHにおけるカルシウム、マグネシウムの分配係数および吸着率は? また、カルシウムおよびマグネシウムを分離できるpH範囲は? ただし、H3Xの酸解離定数およびCa, Baとの錯生成定数は、pKa1=2.72, pKa2=5.41, pKa3=9.81, logKCaX=8.0 , logKMgX=5.2 とする。
(
)
解き方は例題-1と同じである。
Ca, Mg
Mで表すと、Na型陽イオン交換樹脂に対する選択係数は、次式で与えられる。
KnNa,M = [Na]aq2[M]r/([Na]r2[M]aq) = KnH,M/(KH,Na)2
交換容量に比べてMが微量な場合、
[Na]r = 5 mmol/g
[Na]aq = 0.02 mol/L
   

また、MHEDTA(=H3X)と:1錯体MX-を生成し、これ以外の副反応がなく、またM2+イオンのみが陽イオン交換樹脂に吸着し、さらにHEDTA>>Mの場合、分配係数および吸着率は、

D = (KnNa,M[Na]r2/[Na]aq2)/αM
αM = 1KMX[X]
[X] = CX/
αX
αX = 1[H]/Ka3[H]2/(Ka3Ka2)[H]3/(Ka3Ka2Ka1)
CX = 0.01 mol/L
E% = D/(D
V/G)×100
となる。したがって、[H]を与えれば
DE%を求めることができる。   

pHlogDE%の関係を-に示す。カルシウムおよびバリウムを分離できる適切なpH範囲は得られなかった(たとえば、pH=8のとき、E%Ca: 9.8%, Mg: 96.2%であった)。   

-
2022-06-26-fig4

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これらの計算結果は、定数値等の不確さのため必ずしも正確とはいえないが、実験に先立っての予備知識としては役に立つと思われます。 

D = (KnNa,M[Na]rn/[Na]aqn)/αM
E(%) = D/(D+V/G)×100
D = (E%/(100-E%))×(V/G)
E=99.9%
のとき、D≒(V/G)×10^3 ,  E=0.1%のとき、D≒(V/G)×10^-3
から考えると、M1M2の分離にバッチ法が適用できるかどうかを見極めるためには、選択定数よりも錯生成定数(KML1,KML2)のほうが重要であり、
n価のイオンどうしの分離の場合、目安として、
|logKML2logML1|>6
くらいは必要でしょう。それ以下の場合はカラム法を考えるほうが妥当と思われます。次回以降は、カラム法について考えます。