前回(2022-07-03)の続きです。今回は、溶離曲線が近似的に正規分布をすると仮定して、溶離曲線の式を求め、重要なパラメータである溶離曲線の幅・理論段数・理論段高さ等について述べます。
<<二項分布の正規分布近似>>
前回、n×v mLの溶離液がカラムに加えられた後、カラムの最終段pにおける間隙溶液中の成分分率Ln, pは次式で与えられることを示しました。
Ln, p = n!/(p!(n-p)!)(Dn-p/(1+D)n+1)
ここで、溶出液の各フラクションの試料成分の濃度をC (mol/L)とすると、溶液は最終段から溶出液中へ流出するので、
C = QLn, p/v
ここで、Q:試料成分の全物質量(mmol)
v:理論段1段の間隙体積(mL)
となります。
Ln, pは二項分布に従います。統計学の教えるところによれば、n, pが十分大きいとき、二項分布は正規分布で近似できることが知られています(証明は省略します)。
<<正規分布で表した溶離曲線>>
溶離曲線が正規分布に従えば、カラムから出てきた溶出液の濃度C (mol/L)は、次式で与えられます。
C = C*exp{-N(V-V*)^2/(2V*V)} …①
ここで、
C:溶出液体積Vのときの溶出液濃度(mol/L)
C*:溶出液の最大濃度(*1) (mol/L)
V:溶出液体積(=溶離液の体積) (mL)
V*:最大濃度における溶出液体積(=保持容量) (mL)
N:カラムの理論段数
(*1) C* =(Q/V*)√(N/(2π))で与えられる。
<<溶離曲線のパラメータ>>
<最大濃度における溶出液体積V*>
前回(2022-07-03)述べたように、
V* = Vi+GDg …②
Vi:カラム中樹脂の全間隙体積(mL)
G:カラム中の乾燥イオン交換樹脂の質量(g)
Dg:質量分配係数 (mL/g)
となります。
また、もし分配係数が容量分配係数Dvで与えられたときは、
V* = Vi+VresinDv …②’
Vresin:カラム中のイオン交換樹脂の容積(mL) = (カラムの断面積(a cm2)×樹脂柱長さ(L cm))
Dv:容量分配係数 = (水中樹脂1mL当りの成分量)/(溶液1mL当りの成分量)(*2)
(*2) Dv=ρDg (ρ: 密度。一般のイオン交換樹脂ではρ≒0.3~0.4 g/mL)
分配係数の値が十分に大きいときは、Viの値(一般にVi≒0.4Vresin)は無視することができる。
V* ≒ Dg×G ≒Dv×Vresin …②’’
このように、溶離曲線の最大濃度の溶出液体積V*は分配係数の関数となります。
<理論段数と溶離曲線の幅>
溶離曲線が正規分布に従うならば、①式から、
C/C* = exp{-N(V-V*)^2/(2V*V)}
CをCe = C/e (eは自然対数の底)で置き換えると、
Ce/C* = exp{-N(Ve-V*)^2/(2V*Ve)} = e^-1
つまり、
N = 2V*Ve/(Ve-V*)^2
もし、V*とVeの差が小さければ、
N≒2V*^2/(Ve-V*)^2
ここで、Ceを与える溶離曲線の幅をWeとすると、
We = 2(Ve-V*)
N≒8V*^2/We^2
つまり、
We≒2√2×V*/√N …③
したがって、溶離曲線の幅は最大濃度における溶出液体積(V*)と理論段の大きさ(N)によって決まります。
<理論段高さ>
理論段数一段当りの長さ(理論段高さ=HETP (Height
equivalent to a theoretical plate )(h)は樹脂柱の長さ(L)を理論段数(N)で割った値で与えられます。
h = L/N …④
<<正規分布(μ,σ)と溶離曲線の関係>>
<μ,σとV*, Nの関係>
一般に、正規分布は、平均値μおよび標準偏差σを用いて、
f(x) = (1/√(2πσ^2))exp{-(x-μ)^2/(2σ^2)} …⑤
で表されます。
したがって、溶離曲線が正規分布を取り、VがV*の付近であれば、
C = C*exp{-N(V-V*)^2/(2V*^2)} …①’
で近似できるので、
x = V
μ = V* …⑥
σ^2 = V*^2/N
σ = V*/√N = V*√(h/L) …⑦
の関係が得られます(*3)。
(*3) C*=(Q/V*)√(N/(2π))=Q/√(2πσ^2)なので、C=Qf(V)となる。
したがって、V*およびN(=h/L)が分かればμおよびσが分かり、統計的手法を用いて溶離曲線を取り扱うことが可能となります。これまで述べた関係を図-1に示します。
図-1
<溶離曲線の面積割合とμ,σの関係>
溶離曲線において溶離曲線以下の全面積(So)は、カラムに添加した試料成分の全物質量(Qo)を表します。したがって、たとえばVx mLまでの溶離曲線面積(Sx)を全面積(So)で割った値は、Vx
mLまでに溶出した試料成分量(Qx)を全物質量(Qo)で割った値に等しくなります。この値をεと置くと、
Sx/So = Qx/Qo
=ε (0≦ε≦1)
つまり、εは成分のカラムからの溶出割合(溶出率)を示し、また、Vxからの溶離曲線下の面積割合つまり1-εはカラムへの吸着割合(吸着率)を示します。
エクセルにおいては正規分布に関する関数が組み込まれています。
正規分布関数(f(x)): 溶離曲線に相当
f(x) = (1/√(2πσ^2))exp{-(x-μ)^2/(2σ^2)}
累積分布関数(F(x)): 溶離曲線下部の面積に相当
F(x) = ∫-∞x f(x)dx = ∫-∞x (1/√(2πσ^2))exp{-(x-μ)^2/(2σ^2)}dx
について、エクセルでは、
f(x) =NORM.DIST(x,μ,σ,FALSE) または =NORM.DIST(x,μ,σ,0) …⑧
F(x) =NORM.DIST(x,μ,σ,TRUE) または =NORM.DIST(x,μ,σ,1) …⑨
で求めることができます。
また、累積分布関数の逆関数については、
-∞からxまでのF(x)=εを与えるxについて:
x =NORM.INV(ε,μ,σ) …⑩
で求めることができます。
したがって、溶離曲線が正規分布をする場合、溶離曲線は⑧式で与えられ、Vxを与えたときのVxまでの溶離曲線下の面積割合つまり溶出率εは⑨式で求められ、吸着率は(1-ε)で与えられます。またεを与えたときのVxは⑩式で与えられます。
その様子を図-2に示します。
図-2
図-2において、溶離曲線(緑線)および面積割合の曲線(赤線)は、μ= V* =20, σ= 5 とすると、
f(x) =NORM.DIST(x,
20 , 5 ,FALSE)
F(x) =NORM.DIST(x, 20 , 5 ,TRUE)
で与えられます。
また、図-2において、V=V*+2σつまりx=μ+2σ=20+2×5=30におけるF(x)は、
F(30) =NORM.DIST(30, 20 , 5 ,TRUE) = 0.977
したがって、図のピンク色部分の面積の割合(溶出率)は、全体の97.7%ということになります。
また逆に、ε= 0.977が与えられると、
x =NORM.INV(0.977, 20, 5)=30
となります。
V = V*+kσにおいて、kは信頼係数と呼ばれます。V*およびσが既知のとき、kの値を決めると(上の例ではk=2)εの値が決まります。またεを決めるとkの値が決まります。k(信頼係数)とε(溶出率)の関係を下表に示します。たとえば、溶出率が0.01%となるときのk値は-3.09、溶出率が99.9%となるときのk値は+3.09です。

<<カラム法による成分分離>>
<分離度>
金属イオンMa, Mb (Da<Db)があり、カラム法でMaとMbの分離可能かどうかの判断指標として分離度を考えます。ここでは、分離度(Rs:Resolution)を溶離曲線の2つのピークの頂点間の距離をピーク幅の平均値で割った値と定義します。
Rs = 2(Vb*-Va*)/(Wa+Wb)
溶離曲線が正規分布をしていると仮定し、分離度で用いるピーク幅を
Wa = 4σa, Wb = 4σb
とすると、
Rs = (Vb*-Va*)/(2(σa+σb)) …⑪
Va*とVb*が非常に近く、σa=σb=σとすると、分離度は次式で与えられます。
Rs = (Vb*-Va*)/(4σ) …⑪’
また、ピーク幅としてピーク高さの1/2を与える幅(W1/2)を用いると、⑥式は、
Rs = 1.18(Vb*-Va*)/(W1/2,a+W1/2,b) …⑪’’
と同等です。⑪’’式はJISや日本薬局方で用いられている定義です。溶離曲線が正規分布をしているならば⑪式と⑪’’式は等価です。
<分離度と溶離曲線の重なり具合>
金属イオンMa, Mb (Da<Db)があり、その溶離曲線が正規分布を取り、かつMaとMbの標準偏差が同じ場合を考えます。
金属イオンMa, Mbの溶離帯の重なり具合は、溶離曲線の面積の重なり具合で判断できます。その重なり具合の例を図-3に示します(σa=σb =σ)。
図-3
信頼係数kと面積割合いの関係表(上記)から分かるように、たとえばMaが99.9%溶出したときMbが0.1%以下であるためには、V*a-V*b = 2×3.09σ以上が必要であり、分離度Rsは2×3.09σ/4σ=1.55以上になる必要があります。また、Maが99.99%溶出したときMbが0.01%以下であるためには、分離度Rs=2×3.72σ/4σ=1.86以上が必要です。
これまで「溶離曲線の幅」として、いくつかの定義のことなる値を用いてきました(ピーク高さの1/eにおける幅、標準偏差の4倍(4σ)、ピーク高さの1/2を与える幅)。このように「溶離曲線の幅」の用語は様々な定義があり、論議に混乱が生じやすいので、今後は標準偏差(σ)と信頼係数(k)を用いて話を進めます。
より個々の具体的な適用条件や分離例については、次回以降説明します。



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