以前(2022-06-26)述べたバッチ法に比べ、カラム法は分離効率非常に優れています。しかしカラム法は操作に時間がかかります。実験に先立って理論的な考察をしておくと、実験のおおよその見通しを立てることができ、最適条件を探すためのむだな検討実験の時間を減らすことができます。「段理論(plate theory)」を用いてカラム法による分離の適切な条件をあらかじめ計算で求める方法について述べます。   

<<前回までの復習>>
<最大濃度における溶出液体積(=保持容量):V*
前回(2022-07-10の②, ')述べたように、最大濃度における溶出液体積(V*)について、
V* = ViGDg …ⓐ
 Viカラム中樹脂の全間隙体積(mL)
 G:カラム中の乾燥イオン交換樹脂の質量(g)
 Dg質量分配係数 (mL/g)
V* = ViVresinDv …ⓐ’
 Vresin:カラム中のイオン交換樹脂の容積(mL)
 Dv容量分配係数   
という関係式が成立します(*1)V*は分配係数(Dg, Dv)の関数です。
(*1) Dg(またはDv)の値はバッチ法を用いて測定できます。もちろんカラム法でもV*, ViおよびG(またはVresin)を測定すればDg(またはDv)の値を求めることができます。これまで様々な条件における分配係数(Dg, Dv)の値が報告されています。例えば、(2022-06-12)。   

<溶出曲線の標準偏差:σ
また、これも前回(2022-07-10の⑦式)述べたように、溶離曲線が正規分布をすると、溶出曲線の広がりの程度(いわゆる溶離曲線幅)は標準偏差(σ)で表すことができます。
σ = V*/N = V*(h/L) …ⓑ
 N:理論段数
 h
理論段高さ(HETP)
 L:樹脂柱の高さ
が成立します。σはV*と理論段N(=L/h)の関数です。  

さらに、溶離曲線が正規分布をしている場合、溶出率がεとなるときの溶出体積をVεとし、最大濃度の溶出体積をV*、その標準偏差をσ、信頼係数をkとすると、
V
ε = V*kσ 
©
Vεはエクセル関数を用いると、Vε=NORM.INV(ε,V*,σ)で与えられます。
kの値は、V*=0, σ=1のときのk=NORM.INV(ε, 0, 1)から求めることができます。   

<<カラム法の条件>>
<カラムの必要長さ>
金属イオンA, Bがあり、それぞれの分配係数がDa, Db (DaDb))であるとき、カラム法でABを分離したい場合、まず問題となるのは、どのような形状のカラムを用いたらよいか、ということではないでしょうか。この問題について考えてみます。
A
Bの溶離曲線が正規分布をしている場合、ABの溶出率がそれぞれεa, εbとなるときの溶出体積をVεa, Vεbとします。最大濃度の溶出液体積をVa*, Vb*とし、その標準偏差をσa, σbとすると、
V
εa = V*akaσa
V
εb = V*bkbσb
となります(2022-07-10)
したがって、Vεa = Vεb を与えるLが必要な樹脂柱の高さということになります。   

前提条件として、カラム断面積(a (cm2))、間隙率(i)、金属イオンA, Bそれぞれに関する容量分配係数(Dva, Dvb)、理論段高さ(HETP) (ha, hb (cm))、溶出率(εa, εb)が与えられているものとします(*2)
(*2) カラム断面積(a)は、下記の第2の前提である試料中の成分量に関係するが、Lの見積もりに直接関係しない。理論段高さ(h)は樹脂の粒度と溶離液の線流速の関数であり、その近似計算については次項で説明する。溶出率(ε)については、分離や分析の目的によって決まる値である
求める樹脂柱の高さL (cm)の関係式は次のようになります。
カラム(樹脂柱)に関して、
・ 樹脂柱の幾何学的容積(mL): Vr = a×L
 …①
・ 樹脂柱の間隙容積(mL): Vi = i×Vr  
 …② 

金属イオンAに関して、
・ 最大濃度の溶出液体積(mL): V*a = ViVr×Dva    …③
・ 理論段数: Na = L/ha
    …④
・ 溶離曲線の標準偏差(mL): σa = V*a/√Na
   …⑤
・ 信頼係数: ka = NORM.INV(εa, 0, 1)
  …⑥
・ 溶出率εにおける溶離液体積(mL): Vεa = Va*kaσa
  …⑦   

金属イオンBに関してもAと同様(③’, ④’, ⑤’, ⑥’, ⑦’)  

これらの関係式の理解の手助けとなる溶離曲線の様子を-に示します。   

-
2022-07-17-fig1
溶離曲線Aで溶出率がεaとなるときの溶出液量をVεaとし、  
溶離曲線Bで溶出率がεbとなるときの溶出液量をVεbとすると、
V
εa=Vεb(=Vε)が成立するときのLが求めるカラム長である。 

以上の関係式(①~⑦’)から、エクセルのソルバー機能を用いて、Lを求めます。
ソルバーのパラメータは、
目的セル: Q = VεaVεb = 0
変数セル: L
とします。   

たとえば、カラム断面積a = 1(cm2)、間隙率i = 0.38、容量分配係数Dva = 10, Dvb = 30、理論段高さ(HETP) ha = hb = 0.05(cm)、溶出率εa = 0.9999, εb = 0.0001として求めた結果を-に示します。この場合、長さ約3 cmのカラムが必要です。   

-
2022-07-17-fig3

<理論段高さの近似式>
カラムの必要長さを計算で求めるためには理論段高さ(HETP) (h)の値が必要です。hはイオン交換樹脂の粒度と溶離液の線流速の関数となります。
陽イオン交換樹脂に関して、Dv5ならば、次のような経験式が知られています
(*3)
h
4r r^2u{0.14/(drDv) 0.27/(dw(1+70ru))} …⑧
ここで、
 h = 理論段高さ(HETP) (cm)
 r = 陽イオン交換樹脂の粒子半径 (cm)
 Dv = 容量分配係数
 u = 線流速 (cm/sec)
 dr = 樹脂内での溶質の拡散係数 (10^-6 cm2/sec)
 dw = 溶液内での溶質の拡散係数 (10^-5 cm2/sec)
(*3) Kolthoff(藤原 監訳):「分析化学(II)p.401 (1975)   

⑧式は単位を変更すると次式のようになります(拡散係数は式に織り込み済み)
h
2φ
  φ2um{583/Dv + 112.5/(1+0.583φum)} …⑧’

ここで、
 h
理論段高さ(HETP) (cm)
 φ:樹脂の直径(cm) (=2r)
 
Dv:容量分配係数
 um線流速(cm/min) (=60u)   

hとφ um, Dvの関係を-に示します。   

-
2022-07-17-fig2
φ=0.015 cm (100 mesh), φ=0.0125 cm (115 mesh)
φ=0.010 cm (150 mesh), φ=0.0075 cm (200 mesh)

-3から分かるように、流速が遅いほど、粒径が小さいほど、また分配係数が大きいほど、理論段高さ(HETP)は小さくなります。

一般に、適切な流速のとき、陽イオン交換樹脂の理論段高さ(h)は樹脂直径(φ)の数倍となる、と考えるとおおよその目安になります。    

陰イオン交換樹脂に関しては、⑧式は成立しません。
100 mesh(
φ≒0.015 cm)の陰イオン交換樹脂に関しては、次のような経験式が得られています。
h
0.05
um 0.05 …⑨
 h = 理論段高さ (cm)
 um = 線流速 (cm/min)

<<バッチ法とカラム法の比較>>
金属イオンA, B (DaDb)について、樹脂への吸着率がB99.9%、A0.1%となるおおよその条件は、
バッチ法では、
Dgb≒(V/G)×10^3,
Dga(V/G)×10^-3
でした(2022-06-26)

一方、カラム法では、
B
の溶出率が0.1(つまり吸着率が99.9)のとき、k=3.09なので、
V0.1%,b= V*b
3.09
σbGDgb(13.09/Nb) [Viは無視]
Dgb(V0.1%,b/G)/((13.09/Nb)
同様に、Aの溶出率が0.999(つまり吸着率が0.1)のとき、k=+3.09なので、
V99.9%,a = V*a
3.09
σaGDga(13.09/Na)
Dga
(V99.9%,a/G)/((13.09/Na)   

V0.1%,b=V99.9%,aなのでこれをVとすれば、理論段がかなり小さいときであっても(たとえばNb=Na=20のとき)
Dgb(V/G)/(13.09/Nb) = (V/G)×3.2,
Dga
(V/G)/(13.09
/Na) = (V/G)×0.6 
となり、分配係数の許容範囲はバッチ法に比べてずっと広くなります。   

このように、多段で分配を行うカラム法は分配が1回のバッチ法に比べ分離の効率がはるかに優れていることが分かります。    

また、カラム法のうち、ある成分をカラムに吸着させ、他の成分を溶出させて2種類の成分を分離する方法を特に「カラムろ過法」といいます。カラムろ過法は、試料中の微量成分の定量において、測定に先立って妨害成分から目的成分を分離したいときなどによく用いられます。このカラムろ過法において、Ringbom(*4)は「カラム沪過法」(Bをカラム内に残しAを溶出させる)を可能にするDga, Dgbのおおよその目安として、安全係数等も考慮に入れて、
Dgb>(V/G)×5   (Dgb>100300)  …⑩
Dga<(V/G)/5   (
Dga<310)    …⑪
としています(V:溶出液体積(mL)G:乾燥樹脂質量(g))。
(*4) Lingbom(田中, ):「錯形成反応」p.207 (1965)   

<<段理論の適用条件>>
前々回(2022-07-03)、段理論が成立するための前提条件について記しましたが、ここで再度、「段理論」の制限とイオン交換分離に適用するにあたってより具体的なおおよその適用可能条件を述べます。
(
) 第1の前提: カラムは何段かの「理論段」からできている。そしてこの理論段の中では、次の下段へ液体が流れる前に、固定相と移動相の間に平衡状態が保たれる。
平衡状態はかなりゆっくりと到達するので、流速が遅く、樹脂径が小さく、また架橋度があまり大きくないものを用いるときのみ、この前提は妥当となります。たとえば、架橋度8%の陽イオン交換樹脂(粒度100-200 mesh)を用いるとき、線流速を1.0 cm/min程度にすると、多くの場合この条件を満たすことができます。   

() 第2の前提: 溶離中のどの段においても常に試料の対イオンの量は溶離液の対イオンの量よりも少ない。
この前提のため、試料の量は少量にする必要があります。経験的事実では、多くの分離において試料中の成分量は樹脂の量のおよそ0.010.03(ミリ当量単位で)以下にすべきです。簡易な分離においてはおよそ0.1倍程度に増加でき、また難易度の高い分離では倍率をずっと減少すべきでしょう。   

これらの条件が満たされない場合は、溶離曲線はテーリング(後方への裾引き)リーディング(前方への流れ出し)といった現象が起きて理論的分布から変形します。したがって、段理論による計算はあくまでも近似値に過ぎないこと、しかしながら近似値であっても実際の実験計画に十分役立つことを再度述べておきます。