酸塩基平衡の計算問題の解き方をパターン別に説明して行きます。今回は1価の弱酸のpHについて近似式を用いて解く方法です(2020-10-04)。
<<平衡の系統的解析法>>(前回の復習と補足)
平衡の系統的解析法について前回(2022-10-02)の復習と補足です。
1. 化学反応式を書く: 与えられた問題に関係するすべての化学反応式を書きだします。
2. 平衡定数式を書く: 平衡定数の多くは便覧やデータ集などに記載されています。1次文献を検索することも必要でしょう。ただし、文献に記載されているのはイオン強度µ=0あるいは特定のイオン強度における値です。おおよその計算ではこれらの値を使用してもよいのですが、正確な計算が必要な場合はイオン強度による補正が必要です。
3. 物質バランス式を書く: 異なる物質が複数含まれる場合は、物質ごとに物質バランス式が成立します。
4. 電荷バランス式を書く: 一つの平衡系に対して電荷バランス式は1個だけです。
5. 未知数の個数(n1)と方程式の個数(n2)を数える: 未知数としては、全濃度あるいは各化学種の平衡濃度がなることが多いのですが、場合によっては平衡定数が未知数になることもあります。勿論方程式は互いに独立であることが必要です。
6. n2≧n1であることを確認する: n2<n1の場合は、新たな関係式の追加かあるいはn2=n1となるよう未知数の固定が必要です。
7. 方程式を解く: 方程式の解き方としては、「近似式による方法」、「表計算ソフトを利用する方法」、「図による方法」などがあります。
8. 解の妥当性を確認する: 最後に必ず求めた解の妥当性を確認することが必要です。
<<1価の弱酸のpHの求め方>>
1価の弱酸(HA)のpHの求め方は、以下の通りです([ ]内の電荷符号は省略)。全濃度をCa mol/L, 酸解離定数をKaとします(イオン強度による補正は考えない)。
化学反応式:
HA ⇄ H+ + A-
H2O ⇄ H+ + OH-
平衡定数式:
Ka = [H][A]/[HA] …①
Kw = [H][OH] …②
物質バランス式:
Ca = [A]+[HA] …③
電荷バランス式:
[H] = [OH]+[A] …④
未知数(n1)と方程式の数(n2)の確認:
未知数(化学種)は、H+,
OH-, HA, A-の4個(n1)、関係式は①式~④式の4個(n2)。
n2=n1なので、連立方程式は解くことができます。
④式から、
[A] = [H]-[OH]
この式と③式から、
[HA] = Ca-([H]-[OH])
これらの式を①式に代入して、
Ka = [H]([H]-[OH])/(Ca-([H]-[OH]) …⑤
②式から、
[OH] = Kw/[H]
この式を⑤式に代入して整理すると、
[H]^3+Ka[H]^2-(KaCa+Kw)[H]-KaKw = 0 …(a)
(a)式は1価の弱酸の水素イオン濃度を与える近似なしの厳密な式で、Ca,
Ka, Kwが決まると[H]に関する3次式となります。
<<ケース分けと近似式>>
3次式を解くのは非常に面倒なので、適切な近似を行って式を簡単にするやり方がよく用いられます。
<水素イオン濃度が高いとき>
酸性の溶液なので[H]>[OH]ですが、
もし[H]>>[OH]ならば、
[A] = [H]-[OH]≒[H]と近似でき、⑤式は、
Ka = [H]^2/(Ca-[H]) …⑥
となります。整理すると、
[H]^2+Ka[H]-KaCa = 0
この式は2次方程式なので解の公式から、
[H] = {-Ka+√(Ka^2+4KaCa)}/2 …(b)
<水素イオン濃度および酸の全濃度が高いとき>
もし[H]>>[OH] かつ Ca>>[H]ならば、
⑥式はCa-[H]≒Caと近似でき、
Ka = [H]^2/Ca
[H] = √(KaCa) …(c)
pH = (pKa-logCa)/2
<溶液が中性付近で酸の全濃度が高いとき>
もし[H]≒[OH] かつ Ca>>([H]-[OH])ならば、
⑤式は
Ka = [H]([H]-[OH])/Ca
Ka = ([H]^2-Kw)/Ca
[H] = √(KaCa+Kw) …(d)
となります。
<溶液が中性付近で酸の全濃度が低いとき>
もし[H]≒[OH] かつ Ca≒([H]-[OH])ならば、
(a)の3次方程式を解く必要があります。
<<近似式の適用範囲>>
近似式を用いたときは、近似の妥当性を検証する必要があります。近似式が適切かどうかを判断するとき、「pHの誤差をどこまで許すか」の判断基準が必要です。pHメータの精度から考えてpHの近似値の許容差(ΔpH)は0.01~0.02程度が妥当です。ΔpH=±0.01とすると、これは[H]の相対的誤差のおよそ2.3%に対応し、ΔpH=±0.02では[H]の相対的誤差のおよそ4.7%に対応します(*1)。
(*1) pHの計算の許容差を±0.01pHとする。
pH = pHo+0.01の場合、
-log[H]+log[H]o =
0.01
log([H]/[H]o) = -0.01
[H]/[H]o = 10^-0.01 = 0.9772
[H]/[H]o-1 = -0.02276
([H]-[H]o)/[H]o= -0.02276
pH = pHo-0.01の場合、同様の計算をすると、
([H]-[H]o)/[H]o= 0.02329
したがって、pHの差が±0.01のとき、[H]の相対的誤差はおよそ2.3%となる。
同様にしてpHの差が±0.02のとき、[H]の相対的誤差はおよそ4.7%(≒5%)となる。
したがって、pHの許容差を±0.02とすると、[H]>>[OH]とは「[OH]が[H]の4.7%よりも小さい」ときと言えます。
[OH]<0.047[H]
Kw/[H]<0.047[H]
[H]^2>Kw/0.047
[H]>√(Kw/0.047) = 4.61×10^-7
pH<6.34
つまり、[H]>>[OH]が成立するのは、「pHが6.34より小さい」ときです。
また、Ca>>[H]が成立するのは、「[H]がCaの4.7%よりも小さい」ときです。
[H]<0.047Ca
pH>-logCa+1.33
1価の酸のCa,
KaとpHの関係および近似式の適用範囲
(pHの許容差0.02のとき)を図-1に示します。
<<近似式を用いるときの解法手順>>
1価の弱酸の水素イオン濃度またはpHの求め方の手順を以下に示します。
(1) まず、最も簡単な(c)式を用いて[H]ap, [OH]ap, pHapを計算する。
[H]ap = √(KaCa)
[OH]ap= Kw/[H]ap
pHap = (pKa-logCa)/2
(2) [OH]ap<0.047[H]ap(またはpHap<6.34 )ならば、0.047Caまたは1.33-log Caを計算する。
そうでなければ、(5)に行く。
(3) [H]ap<0.047Ca(または pHap>1.33-logCa )ならば、[H]apまたはpHapは十分に正確な値である。…[I.]の領域
そうでなければ、(4)に行く。
(4) 2次式から[H], pHを求める。
[H] = (-Ka+√(Ka^2+4KaCa))/2 …[II.]の領域
(5) [H]ap<0.047Ca(または pHap>1.33-logCa )ならば、次式から[H], pHを求める。
[H] = √(KaCa+Kw) …[III.]の領域
そうでなければ、(6)に行く。
(6) 近似式は使用できない。(a)式左辺に[H]apを代入し、左辺が≒0となるまで試行錯誤を繰り返す。あるいはエクセルを用いて解を求める。 …[IV.]の領域
近似式による1価弱酸のpHの求め方のフローチャート(pHの許容差:0.02)を図-2に示します。
<例題1> 0.100 mol/L酢酸のpHは? pKa=4.76とする。
図-2のフローにしたがって、解く。
(1) (c)式を用いてpHapを計算する
pHap = (pKa-log Ca)/2
= (4.76+1.00)/2 = 2.88
(2) pHapと6.34を比較する
pHap = 2.88 < 6.34 …水の解離は無視できる
(3) pHapと1.33-logCaを比較する
pHap = 2.88 > 2.33 = 1.33-logCa …Caは[H]に比べ十分に高い
∴ pH = 2.88
<例題2> 1.00×10^-4 mol/L酢酸のpHは? pKa=4.76とする。
(1), (2) c)式を用いてpHapを計算し、6.34と比較する
pHap = (pKa-log Ca)/2
= (4.76+4.0)/2 = 4.38 < 6.34 …水の解離は無視できる
(3) pHapと1.33-logCaを比較する
pHap = 4.38 < 5.33 = 1.33-logCa …Caは[H]に比べ十分に高いとは言えない
(4) 2次式から[H], pHを求める。
[H] = (-Ka+√(Ka^2+4KaCa))/2 = (-10^-4.76+√(10^-9.52+4×10^-8.76))/2 = 3.39×10^-5
∴ pH = 4.47
<例題3> 1.00×10^-2 mol/Lクロロ酢酸のpHは? pKa=2.87とする。
(1),
(2) c)式を用いてpHapを計算し、6.34と比較する
pHap = (pKa-log Ca)/2
= (2.87+2.00)/2 = 2.44 < 6.34 …水の解離は無視できる
(3) pHapと1.33-logCaを比較する
pHap = 2.44 < 3.33 = 1.33-logCa …Caは[H]に比べ十分に高いとは言えない
(4) 2次式から[H], pHを求める。
[H] = (-Ka+√(Ka^2+4KaCa))/2 = (-10^-2.87+√(10^-5.74+4×10^-4.87))/2
= 3.05×10^-3
∴ pH = 2.51
<例題4> 1.00×10^-4 M フェノールのpHは? pKa=10.00とする。
(1),
(2) c)式を用いてpHapを計算し、6.34と比較する
pHap = (pKa-log Ca)/2
= (10.00+4.00)/2 = 7.00 > 6.34 …水の解離は無視でない
(5) pHapと1.33-logCaを比較する
pHap = 7.00 > 4.33 = 1.33-logCa …Caは[H]に比べ十分に高い
[H] = √(KaCa+Kw) = √(10^-10.00×10^-4.00+10^-14.00) = 1.41×10^-7
∴ pH = 6.85


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