これまで「酸塩基平衡」「沈殿平衡」「錯体平衡」「酸化還元平衡」「分配平衡」など溶液内の様々な平衡問題について思いつくままに検討してきましたが、これからはこれらの問題について新たに(そしてできればもう少し秩序立って!)取り組んでみたいと思います。最初は「モノプロトン酸塩基の平衡と滴定」から始めます。
<<酸塩基の基礎>>
<水の構造>(2022-09-11)
水は水分子(H2O)で構成されています。水分子はO-H結合に極性があり分子が折れ線形であるため極性分子となっています(図-1)。
水は非常にわずかですが、水素イオン(=プロトン)(H+)と水酸化物イオン(OH-)に電離しています。プロトン(H+)は、水の中では裸の状態のままではなく、水分子1個と配位(水和)してヒドロニウムイオンH3O+(オキソニウムイオンともいう)となっています(図-2)。あるいはまた水分子2個と配位(水和)した形(H5O2+)も知られています。H3O+やH5O2+の周りにはさらに数個の水分子が配位した構造となっています。図-3はその様子を模式的に描いたもので、H3O+の周りには3個に水分子が水素結合を介して第1水和殻を形成し(H9O4+)、さらにその周りには水素結合により水分子が第2水和殻を形成している様子を示しています。
OH-についても同様で、H3O2-(OH-・H2O)イオンやH9O5-(OH-・4H2O)イオンとなっていることが知られています。これらのイオンの周りにはさらに水分子が配位しています。
<酸塩基の定義>(2022-09-04)
ここでは酸塩基の定義として、ブレンステッド-ローリーの説(1923年)に従います(*1)。ブレンステッド-ローリーの説に従えば、「酸はプロトンを供与できる物質であり、塩基はプロントを受容できる物質である」と定義されます。
(*1) 他の説としては、アレニウスの説「酸は水溶液に水素イオン(H+)を放出する物質であり,塩基は水酸化物イオン(OH-)を放出する物質である」(1887年)、ルイスの説「酸は電子対を受容する物質であり、塩基は電子対を供与する物質である」(1923年)などがある。ルイスの説については錯生成平衡のところで説明する予定。
たとえば、酢酸についてブレンステッド-ローリーの説で言うと、
酢酸水溶液では、放出されたプロトン(H+)は水和してヒドロニウムイオン(H3O+)となるので、
CH3COOH + H2O ⇄ CH3COO- + H3O+
という反応が起きます。
このとき、CH3COOHはプロトンを供与(=放出)できるので酸であり、CH3COO-はプロトンを受容できるので塩基です。両者は共役酸塩基対と呼ばれ、酢酸(CH3COOH)が酸として機能するためには必ず対となる塩基(酢酸イオン: CH3COO-)の存在が必要という考えです。またH2Oはプロトンを受容できるので塩基であり、H3O+はプロトンを供与できるので酸となります。したがって、H3O+とH2Oも共役酸塩基対です(*2)。
(*2) 通常、酢酸の酸塩基反応は、便宜的に、
CH3COOH ⇄ CH3COO- +
H+
と書くことが多い。このブログでは原則、水和した水素イオンや水酸化物イオンをH+, OH-と表記する。
また、アンモニア水溶液では、
NH3 + H2O ⇄ NH4+ + OH-
NH4+はプロトンを供与できるので酸であり、NH3はプロトンを受容できるので塩基です。またH2Oはプロトンを供与しているので酸であり、OH-はプロトンを受容できるので塩基となります。
このように、溶媒としてのH2Oは相手により酸にも塩基にもなります。このような物質は両性物質と呼ばれます。酸にも塩基にもなりうる両性物質にはH2Oの他にSH-, HCO3-などがあります。
また、酢酸とアンモニアの反応
CH3COOH + NH3 ⇄ CH3COO- + NH4+
では、次のような関係が成立しています(図-4)。
酸塩基について、アレニウスの説は水溶液に限定されますが、ブレンステッド-ローリーの説では必ずしも水溶液に限定されず、非水溶媒中や気体の反応にも拡大できます。
たとえば、
酢酸(100)溶媒中でのグリシンと過塩素酸の反応は、
H2NCH2COOH + HClO4 ⇄
H3N+CH2COOH + ClO4-
アンモニアガスと塩化水素ガスの反応は、
NH3(gas) + HCl(gas) ⇄ NH4+ + Cl-
(→NH4Cl(solid))
ブレンステッド-ローリーの説に従えば、これらはすべて酸塩基反応です。
また、供与または受容できるプロトンが1個の酸塩基をモノプロトン酸塩基と言い、2個以上のものをポリプロトン酸塩基と言います。
<自己プロトリシス>
これからは主に水溶液中の酸塩基反応について取り扱います。水は酸としても塩基としても働く両性の溶媒です。また溶媒としての水は自身が一部イオン化しています。この解離を自己プロトリシスと言います。
H2O ⇄ H+ + OH-
この解離の熱力学的平衡定数は、
Kº = aH・aOH/aH2O
となりますが、H2OはH+,
OH-に比べて十分に多いのでaH2Oは定数とみなすことができます(aiは化学種iの活量を表す)(2019-10-13)。そこでaH2Oを定数Kºに含めて新たな定数Kwºを次のように定めます。
Kwº = aH・aOH
Kwºは自己プロトリシス定数(あるいは、水のイオン積)と呼ばれます。Kwºは温度、圧力に依存します。
モル濃度尺度で自己プロトリシス定数Kwを次のように定義すると、
Kw = [H+][OH-]
25℃, 0.1 MPa, イオン強度μ=0でKw = 1.00×10^-14 となります。Kwの温度依存性を図-5に示します(pKw = -logKw)。
<pHの定義>
水溶液中のH+やOH-の濃度は、非常に広範囲な値をとります。たとえば、
水は[H+] = [OH-] = 1.00×10^-7 mol/L,
1 mol/Lの塩酸では[H+] = 1 mol/L, [OH-]
= Kw/[H+] = 1.00×10^-14
mol/L,
1 mol/Lの水酸化ナトリウムでは[OH-] = 1 mol/L, [H+]
= Kw/[OH-] = 1.00×10^-14
mol/L
です。このように濃度変化の大きな値の場合、対数表示にすると数値の取り扱いが簡便となります。
1909年セーレンセンは、溶液の酸性・塩基性の程度を表す指標としてpHを次の様に定義しました。
pH = -log[H+]
pHはピーエイチまたは水素イオン濃度指数と呼ばれます。
その後、pHは活量を用いて、
pH = -log aH
と定義し直されました。pHメータで測定される値はこの値です。
水のようにイオン強度が小さい溶液では、
pH = -log aH ≒-log[H+]
となります。
同様に、水酸化物イオン濃度指数は、
pOH = -log aOH
と定義されます。





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