水溶液中でほとんど完全に解離する酸塩基を「強酸」「強塩基」と言います。また部分的にしか解離しない酸塩基を「弱酸」「弱塩基」と言い、その解離の程度は解離定数で表されます。今回は酸塩基の強さについて考察します。
<<強酸、強塩基の水溶液>>
<酸塩基の強さと水平化効果>
強酸としては、HCl,
HBr, HI, HNO3, HClO4, H2SO4などがあります(このうちジプロトン酸であるH2SO4の第2解離は部分的にしか解離しない(2021-03-21))。強塩基としては、LiOH,
NaOH, KOH, Ca(OH)2, Ba(OH)2, テトラアルキルアンモニウム(R4OH)などが挙げられます。
たとえば、強酸をHXとすると、HXは本来、Xの種類によって水素イオンを供与する能力が異なっています*1)。しかし水溶液中においては、HXはほぼ完全に解離するので、
HX + H2O → H3O+
+ X-
溶液中に存在する酸はH3O+であり、Xが何であろうとHXの濃度が一定ならば[H3O+]は一定となり、同じ強さの酸性を示します。水がこのような酸に対して発揮する効果を水平化効果と言います。つまり、HClもHClO4も水溶液中においては同じ強さの酸と言えます。OH-についても同様のことが言えます*2)。
*1) ブレンステッド-ローリーの共役酸塩基対の考えから分かるように、溶媒によって酸の強さ(H+の供与能力)は異なる。
HX + solvent ⇄ H(solvent)+
+ X-
たとえばMIBK中では酸の強さは、HClO4>H2SO4>HCl>HNO3の順となる。このことは非水溶媒滴定では重要な意味を持つ。
*2) たとえ強酸、強塩基であっても溶媒の水が十分に存在しなければ、水溶液中での強酸、強塩基としての性質は出現しない。たとえば、濃硫酸中では水分子がほとんどないのでヒドロニウムイオン(H3O+)は生成しない。しかし濃硫酸もある程度はイオン化しており、H2SO4で溶媒和したプロトン(H3SO4+)として存在する(自己プロトリシス)。
2H2SO4 ⇄ H3SO4+
+ HSO4-
<<弱酸、弱塩基の水溶液>>
弱酸・弱塩基の解離の程度は解離定数で表されます。
<熱力学的平衡定数>
自己プロトリシスも酸塩基反応の一種ですが、これについては前回(2023-03-19)説明しました。
Kwº = aH・aOH
水溶液中での弱酸(HA)の解離反応について考えます。
HA + H2O ⇄ A-
+ H3O+ …①
化学種iの活量をaiとすると、
希薄な水溶液では水の活量はaH2O=1と近似できるので、
Kaº = aA×aH/aHA
このKaºを熱力学的酸解離定数と言います。
HAの共役塩基であるA-の解離反応は、
A- + H2O ⇄ HA + OH- …①’
Kbº = aHA×aOH/aA
このKbºを熱力学的塩基解離定数と言います。
KaºとKbºの間には、次の関係が成立します。
Kaº×Kbº = Kwº
pK = -logKとすると、
pKaº + pKbº = pKwº
同様に、弱塩基(B)の解離反応については、
B + H2O ⇄ HB+
+ OH- …②
Kbº = aHB×aOH/aB
Kbº:熱力学的塩基解離定数
Bの共役酸HB+の解離反応は、
HB+ + H2O ⇄ B + H3O+ …②’
Kaº = aB×aH/aHB
Kaº:熱力学的酸解離定数
Kaº×Kbº = Kwº
が成立します。したがって、塩基(たとえばNH3)について塩基解離定数(Kbº)を用いなくても、その共役酸であるNH4+の酸解離定数(Kaº)を用いて酸塩基反応を議論することができます。
熱力学的平衡定数Kºは溶液の組成やイオン強度には左右されず温度および圧力が一定であれば一定となります。
<濃度平衡定数>
活量の代わりに濃度を用いた平衡定数Kを濃度平衡定数と呼びます。濃度平衡定数についても、前項と同様の関係が成立します。
水について、
H2O + H2O ⇄ H3O+ + OH-
(H2O ⇄ H+ + OH-)
Kw = [H+][OH-]
弱酸について、
HA + H2O ⇄ A-
+ H3O+ …①
( HA ⇄ A- + H+
)
Ka = [A-][H+]/[HA]
A- + H2O ⇄ HA +OH- …①’
Kb = [HA][OH-]/[A-]
Ka×Kb = Kw
弱塩基について、
B + H2O ⇄ HB+
+ OH- …②
Kb =[HB+][OH-]/[B]
HB+ + H2O ⇄ B + H3O+ …②’
( HB+ ⇄ B + H+
)
Ka = [B][H+]/[HB+]
Ka×Kb = Kw
①, ①’, ②, ②’の反応はすべて水が関与しているので加水分解反応(広義)と呼ぶことができますが、特に①’,
②’を一般に加水分解反応と呼ぶことが多いようです。
<<活量係数とイオン強度の関係>>
<活量係数>
我々が濃度の問題を取り扱う場合、濃度平衡定数を用いると便利ですが、濃度平衡定数は溶液の組成やイオン強度に左右されるので、活量係数γを用いて補正する必要があります。
一般に、化学種Xiのモル濃度を[Xi], その活量係数をγiとすると、活量aiは、
ai = [Xi]γi
となります。
したがって、酸塩基反応の熱力学的平衡定数Kºと濃度平衡定数Kの関係は活量係数γを用いて次のようになります。
Kaº= Ka(γAγH/γHA)
Kbº= Kb(γHBγOH/γB)
あるいは、
Ka = Kaº/(γAγH/γHA)
Kb = Kbº/(γHBγOH/γB)
<各イオンの活量係数の見積り>
濃度と活量は活量係数によって関係付けられるので、活量係数が分かれば熱力学的平衡定数Kºと活量係数から濃度平衡定数Kの値を計算で求めることができます。
活量係数はイオン強度、イオン電荷、イオンサイズ等の影響を受けます。
イオン強度µは、溶液に含まれる各イオンの電荷をziとし、モル濃度を[Xi]として次式で定義されます。
µ =(z1^2[X1]+z2^2[X2]+…+zn^2[Xn])/2
= (Σzi^2[Xi])/2
これまで活量係数に関する様々な理論式が提案されています。個々のイオンの活量係数γに関する理論式のいくつかを紹介します(2019-10-13)。
(1) デバイ-ヒュッケル式
logγ = - Az^2√µ
(2) 拡張デバイ-ヒュッケル式
logγ
= -Az^2√μ/(1+Ba√μ)
これらの式においてA, Bは定数で、25℃の水溶液においてはそれぞれA=0.51, B=3.3×10^-3です。zはイオンの電荷、aは水和イオンの有効直径(pm)です。
拡張デバイ-ヒュッケル式は、µがおよそ0.2~0.3より小さいのときに成立します。
(3) デービス式
logγ = -Az^2{√μ/(1+√μ)-0.3μ}
0.3µの項の代わりに0.2µが用いられることもあります。この式はμが0.5くらいまで使えます。
おもなイオンについて水和イオンの有効直径(pm)を図-1に示します。
図-1

代表的なイオンについて拡張デバイ-ヒュッケル式を用いたときのイオン強度と活量係数の関係について図-2に示します。
図-3から明らかなように活量係数はイオン強度が増加すると減少しますが、イオンの価数が大きくなるとイオン強度の影響をより強く受けることが分かります。
1価のイオンについて、イオン強度が0.001以下の場合、活量係数を1と仮定して計算した結果によって大きく誤った結論を導くことは少ないと考えられます。イオン強度が0.001~0.1の場合、拡張デバイ-ヒュッケル式等の補正式によって補正するとより良い結果が得られます。活量係数補正に伴う計算の煩雑さはエクセルのソルバー機能を用いることによって軽減できます。
<濃度平衡定数の見積り>
酸塩基に関して、熱力学的平衡定数と濃度平衡定数の間には次の関係が成立します。
Kaº = aA×aH/aHA = ([A-]γA)([H+]γH)/([HA]γHA) = Ka(γAγH/γHA)
同様に、
Kbº = aHB×aOH/aB = Kb(γHBγOH/γB)
一般に、教科書や便覧などに記載されている平衡定数の値は熱力学的平衡定数(イオン強度μ=0)あるいは特定のイオン強度(たとえばμ=0.1)における濃度平衡定数です。したがって、ある任意のイオン強度における濃度定数を必要する場合は計算で求める必要があります。熱力学的平衡定数と活量係数から濃度平衡定数を求める式は、次の通りです。
Ka = Kaº/(γAγH/γHA)
Kb = Kbº/(γHBγOH/γB)
酢酸、炭酸、クエン酸、リン酸について拡張デバイ-ヒュッケル式を用いて特定のイオン強度における濃度平衡定数値(pK)を計算した結果を図-3に示します。図にはイオン強度μ=0.1における実測値も併記しました。拡張デバイ-ヒュッケル式による計算値と実測値は良く一致しています。
酸解離定数に対する活量係数(イオン強度)の影響は、希薄溶液ではあまり大きくありません。しかし、μ=0.001~0.01を超えると、求められる誤差の精度によっては補正式による補正が必要となります。イオン強度の影響の程度は、Ka1, Ka2, Ka3の順に大きくなります。
このように酸解離定数に対する活量係数(イオン強度)の影響は場合によって無視できないのですが、以降の平衡計算においては計算の煩雑さを考慮して、特にことわらない限り活量係数(イオン強度)の影響は無視します。


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