未知量の酸(または塩基)を含む試料溶液に濃度既知の塩基(または酸)溶液(=滴定液)を滴下すると当量点の前後でpHが急激に変化します。この当量点を化学的あるいは物理的方法で検知してこれを終点とし、終点における滴定液の量から未知量の酸(または塩基)の量を求める方法を酸塩基滴定法と言います。滴定液の量とpHの関係を示したグラフを酸塩基滴定曲線と言います。今回は、この滴定曲線を理論的に描くことを考えます。理論的滴定曲線は、酸塩基滴定や酸塩基平衡を理解する上で非常に重要です。
<<酸塩基滴定の基礎>>
<酸塩基滴定の条件と種類>
酸塩基の当量点は中和点とも言い、酸塩基滴定は中和滴定とも呼ばれます。滴定が可能となる条件としては、次の点があげられます。
(1) 当量点において反応が十分に完結している。
(2) 反応速度が十分に速い。
(3) 当量点を検知する方法がある。
また、滴定液として標準塩基溶液を用いて酸を滴定することを酸滴定と言い、標準酸溶液を用いて塩基を滴定することを塩基滴定と言います。
<標準物質と標定>
滴定液は認証された標準物質を用いて濃度を正確に決定します。この操作は標定と呼ばれます。たとえば、滴定液としてNaOH溶液を使用する場合、標定にはアミド硫酸[認証標準物質]などが用いられます。HCl溶液では、標定には炭酸ナトリウム[認証標準物質]などが用いられます。
また、水の電気分解により得られた水酸化物イオン(OH-)の物質量は電気量から正確に求めることができるので、この水酸化物イオンを滴定液に相当する物質として用いれば標準物質を使わないで滴定が可能となります(電量滴定)。
<滴定の手順>
手動で酸塩基滴定を行うときの手順は一般に次の通りです。
(1) 濃度既知の滴定液をビュレットに入れ、目盛を読む。
(2) ホールピペットを用いて、濃度未知の試料溶液を一定量取り、滴定容器(コニカルビーカーなど)に入れ、必要ならば水を加え、適切な酸塩基指示薬を加える。
(3) 滴定容器を振り混ぜながら、ビュレットのコックを開き、終点(指示薬が変色する時点)まで滴定液を滴下する。終点付近では滴下はゆっくりと行い、最後は1滴~半滴ずつ滴下する。
(4) 終点におけるビュレットの目盛を読む。
(5) 中和の関係式を用いて、試料溶液の濃度を求める。
以上のような方法は直接滴定と呼ばれます。また、試料と過剰の標準溶液を一定量反応させ、中和して残った標準溶液の塩基または酸を別の標準液で滴定することを、逆滴定と言います。なお、滴定液の体積を測るかわりに重量を測ると精度がさらに向上すると言われています(重量滴定)。
<終点の検出>
終点を検出するには、一般に酸塩基指示薬が用いられ、色の変化を目視によって検出します。またこれ以外に、ガラス電極等を用いて電位差を測定する方法がよく用いられ、この方法は電位差滴定と呼ばれます。電位差滴定法は滴定の自動化が容易であり、滴定液の量とpHの関係を示した滴定曲線を自動的に得ることができます。通常、得られた滴定曲線の電位差変化率が最大になる点(変曲点)を検出し、これを終点とします。その他、電流、電気伝導度、温度の変化を測定する方法もあります。
<理論的滴定曲線>
実際の酸塩基滴定を理解する上で、平衡定数・物質バランス・電荷バランスを基とした理論的滴定曲線を求めることは重要です。以下、モノプロトン酸塩基に関する理論的滴定曲線の描き方を示します。用いる記号の定義は次の通りです。
Cao, Cbo:試料溶液あるいは滴定液の全酸濃度、全塩基濃度 (mol/L) (添え字a, bはそれぞれ酸, 塩基を示す)
V:試料溶液の体積 (mL)
T:加えた滴定液の体積(=滴下量) (mL)
Ca, Cb:滴定容器中の溶液(=被滴定溶液)の全酸濃度、全塩基濃度 (mol/L)
[Xi]:被滴定溶液中の化学種Xiの濃度 (mol/L)
なお、被滴定溶液の体積は、加成性が成立するものとしてV+T (mL)とします。したがって、
Ca = CaoV/(V+T)
Cb = CboT/(V+T)
Ca = Σ[Xi]a
Cb = Σ[Xi]b
が成立します。つまり、試料溶液および滴定液の酸塩基濃度がCao, Cboのとき、滴定容器中の溶液(被滴定溶液)の酸塩基濃度は互いに希釈されてCa, Cbとなります。このように、Cao,
Cbo, Ca, Cb, [Xi]はともに濃度を表していますが、それぞれ持っている意味が異なっているのではっきり区別して混同しないよう注意する必要があります。また以下の滴定に関する考察においてイオン強度の影響は無視します。
<<強塩基による強酸の滴定>>
<滴下量を与えてpHを求める方法>
Cao mol/Lの塩酸V mLをCbo mol/Lの水酸化ナトリウムT mLで滴定する場合の理論的滴定曲線を作成します。
このとき被滴定溶液中に存在するイオンは、H+, Cl-,
Na+, OH-の4種類です。それらのモル濃度をそれぞれ、[H],
[Na], [OH], [Cl]とすると、被滴定溶液中の酸塩基平衡に関する関係式は次の通りです。
平衡定数:
・水のイオン積Kw:Kw
= [H][OH]
物質バランス:
・HCl:Ca = [Cl]
・NaOH:Cb = [Na]
電荷バランス:
・[H]+[Na] = [OH]+[Cl] …①
また、
Ca = CaoV/(V+T)
Cb = CboT/(V+T)
が成立します。
①式を変形して、滴下量Tを与えて[H]を求める式を作ります。
[H]+[Na] = Kw/[H]+[Cl]
[H]について整理すると、[H]に関する2次方程式が得られます。
[H]^2+(Cb-Ca)[H]-Kw = 0
[H]^2+(CboT/(V+T)-CaoV/(V+T))[H]-Kw = 0 …②
2次方程式の解の公式を用いて②式を解いて[H]を求め、pHを求めます。
[H] = (-B+√(B^2+4Kw))/2 …③
ここで、B = CboT/(V+T)-CaoV/(V+T)
pH = -log[H]
0.1 mol/Lの塩酸20 mLを0.1 mol/Lの水酸化ナトリウムで滴定するとき、エクセルを利用して、Tに対して③式を用いて求めたpHの値を図-1に示し、このときの滴定曲線を図-2に示します。
<pHを与えて滴下量を求める方法>
Cbo mol/Lの水酸化ナトリウムT mLでCao mol/Lの塩酸V mLを滴定する場合、前項ではTを与えてpHを求める方法を説明しましたが、ここではpHを与えてTを求める方法について説明します。
電荷バランス①式に、
[Cl] = Ca = CaoV/(V+T)
[Na] = Cb = CboT/(V+T)
を代入すると、
[H]+CboT/(V+T) = [OH]+CaoV/(V+T)
この式をTについて整理すると、Tに関する1次式となります。
[H]+CboT/(V+T) = [OH]+CaoV/(V+T)
V([H]-[OH])+T([H]-[OH])+CboT-CaoV = 0
T = V(Cao-[H]+[OH])/(Cbo+[H]-[OH])
T = V(Cao-[H]+Kw/[H])/(Cbo+[H]-Kw/[H]) …④
したがって、pHを与えると、④式からTを求めることができます。
0.1 mol/Lの塩酸20 mLを0.1 mol/Lの水酸化ナトリウムで滴定するとき、pHに対して④式を用いて求めたTの値を図-3に示し、このときの滴定曲線を図-4に示します。(*1)
(*1) Cao=0.1 mol/Lのとき、pH<1.0あるいはpH>13.0の値を入れるとTは無意味な値となる。
<<強酸による強塩基の滴定>>
<滴下量を与えてpHを求める方法>
Cbo mol/Lの水酸化カリウム(KOH) V mLをCao mol/Lの塩酸T mLで滴定する場合の理論的滴定曲線を作成します。
関係式は、
Kw = [H][OH]
[H]+[K] = [OH]+[Cl]
[Cl] = Ca = CaoT/(V+T)
[K] = Cb = CboV/(V+T)
したがって、
電荷バランス式に
Kw = [H][OH]
を代入して、
[H]+[K] = Kw/[H]+[Cl]
さらに、
[Cl] = Ca = CaoT/(V+T)
[K] = Cb = CboV/(V+T)
を代入して整理すると、
[H]^2+(CboV/(V+T)-CaoT/(V+T))[H]-Kw = 0
解の公式を用いて[H]を求め、pHを求めます。
[H] = (-B+√(B^2+4Kw))/2
ここで、B = CboV/(V+T)-CaoT/(V+T)
pH = -log[H]
0.1 mol/LのKOH
20 mLを0.1 mol/LのHClで滴定するとき、Tに対する pHの値および滴定曲線を図-5に示します。
<pHを与えて滴下量を求める方法>
Cbo mol/Lの水酸化カリウム(KOH) V mLをCao mol/Lの塩酸T mLで滴定する場合について、関係式は、
Kw = [H][OH]
[H]+[K] = [OH]+[Cl]
[Cl] = Ca = CaoT/(V+T)
[K] = Cb = CboV/(V+T)
したがって、pHを与えてTを求める式は、
[H]+CboV/(V+T) = [OH]+CaoT/(V+T)
T = V(Cbo+[H]-Kw/[H])/(Cao-[H]+Kw/[H])
0.1 mol/LのKOH 20 mLを0.1 mol/LのHClで滴定するとき、pHに対するTの値および滴定曲線を図-6に示します。
以上述べてきたように、強酸-強塩基滴定曲線を描くには、大きく分けて、(1) Tを与えてpHを求める方法
(2) pHを与えてTを求める方法
の二つやり方があります。弱酸や弱塩基の滴定曲線を描く場合にもこの考え方は有用です。






コメント