前回(2023-08-13)はヘンダーソン-ハッセルバルヒ式を用いて緩衝液のpHの計算をしました。今回は緩衝液の緩衝作用の大きさについて定量的に考えます。
<<緩衝液に少量の酸・塩基を加えたときのpH>>
前回は、例題4においてヘンダーソン-ハッセルバルヒ式(近似式)を用いて、組成割合の異なる酢酸-酢酸ナトリウム溶液に少量のHClを加えたときpHがどのくらい変化するかについて調べました。
今回は、少量のNaOHを加えたときのpH変化について、二分法(2023-07-09)を用いてより厳密に計算したいと思います。
酢酸(HA)の濃度をCa,
酢酸ナトリウム(NaA)の濃度をCsとし、Ca+Cs=0.1 mol/Lとするとき、Ca, Csの混合割合を変化させた溶液のpHおよびこれらの溶液にCb mol/LとなるようNaOHを加えたときのpHを求め、NaOH添加によるpH変化を比較します。pKa=4.76, pKw=14.00とし、NaOHの添加による体積変化は無視します。活量係数補正は行いません。
関係式は次の通りです。
Ka = [H][A]/[HA] …(酸解離定数)
Kw=[H][OH] …(水のイオン積)
Ca+Cs = [A]+[HA] …(物質バランス)
Cs+Cb = [Na] …(物質バランス)
[H]+[Na]
= [OH]+[A] …(電荷バランス)
Ca+Cs = 0.1
したがって、これらの関係式から次の関係が得られます。
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[A] = (Ca+Cs)Ka/([H]+Ka)
[HA] = [H][A]/Ka
[Na] = Cs+Cb
Q = [H]-[OH]-[A]+[Na]
これらの式から二分法表を作りpHを求めます。次いでCs,
Cbを変数として複入力データテーブルを作りました。また、Cb=0および0.001 mol/LのときのpH差異(ΔpH)を計算しました。計算結果を図-1に示します。また、CsとΔpHの関係を図-2に示します。
図-2から分かるように、前回と同様、NaOHの添加においても緩衝液の成分組成の違いによって緩衝作用の程度は異なり、Ca=Csのとき緩衝作用の効果が最も大きいことを示しています。
<<緩衝液の緩衝指数>>
緩衝作用の強さを緩衝能と言い、その尺度は通常、加えた強塩基Cbに対するpHの変化、dCb/dpHで表します。これを緩衝指数(または緩衝価)と言い、βで表します。また強酸を加えたときその濃度をCcとすると、
β = dCb/dpH = -dCc/dpH
<緩衝指数>
例えば、C mol/Lの弱酸(酸解離定数Ka)、Cb mol/Lの水酸化ナトリウム、Cc mol/Lの塩酸を含む溶液について考えます。
Ka=[H][A]/[HA] …(酸解離定数)
Kw=[H][OH] …(水のイオン積)
C=[A]+[HA] …(物質バランス)
Cc = [Cl] …(物質バランス)
Cb=[Na] …(物質バランス)
[H]+[Na]=[OH]+[A]+[Cl] …(電荷バランス)
物質バランスより、
[A]=CKa/(Ka+[H])
[OH]=Kw/[H]
[Na]=Cb
[Cl]=Cc
電荷バランスより、
[H]+Cb = Kw/[H]+CKa/(Ka+[H])+Cc
したがって、
Cb=Kw/[H]+CKa/(Ka+[H])+Cc-[H] …①
ここでCbをpHで微分して、緩衝能の尺度である緩衝指数β=dCb/dpHを求めます。(*2)
(*2) 次の微分法の公式は理解しているものとする(高校数学Ⅲのレベル)。
y=u±vのとき、dy/dx=du/dx±dv/dx
y=uvのとき、dy/dx=(du/dx)v+u(dv/dx)
y=u/vのとき、dy/dx={(du/dx)v-u(dv/dx)}/v^2
y=f(x)のとき、dx/dy=1/(dy/dx)
y=f(u), u=f(x)のとき、dy/dx=(dy/du)(du/dx)
y=x^nのとき、dy/dx=nx^(n-1)
y=ln xのとき、dy/dx=1/x
y=log xのとき、dy/dx=1/(xln10)
ここで、「log」は10を底数とする対数、「ln」はeを底数とする対数を表す。
①式を[H]で微分すると、微分法の公式より、
dCb/d[H]=-Kw/[H]^2-CKa/(Ka+[H])^2-1
また、pH=-log[H]を[H]で微分すると、微分法の公式より、
dpH/d[H]=-1/([H]ln10)
d[H]/dpH=-[H]ln10
したがって、
β=dCb/dpH
=(dCb/d[H])(d[H]/dpH)
=(-Kw/[H]^2-CKa/(Ka+[H])^2-1)(-[H]ln10)
=(ln10)(Kw/[H]+CKa[H]/(Ka+[H])^2+[H])
よって、
β=(ln10)([OH]+CKa[H]/(Ka+[H])^2+[H]) …②
また、[A], [HA]の存在分率をf0, f1で表すと、
f0=[A]/([A]+[HA])=[A]/C=Ka/([H]+Ka)
f1=[HA]/([A]+[HA])=[HA]/C=[H]/([H]+Ka)
なので、②式は、
β=(ln10)([OH]+f0f1C+[H])
となります。
弱酸自身の緩衝作用が強く働く領域(中程度のpH域)では、第2項(CKa[H]/(Ka+[H])^2)に比べて第1,3項([H], [OH])は無視できるので、②式は次式のように近似できます。
β’=(ln10)(CKa[H]/(Ka+[H])^2) = (ln10)f0f1C …③
<緩衝領域で緩衝指数が最大になる条件>
中程度のpH域で緩衝指数が最大(極大)となるのは、dβ’/dpH=0のときです。
g=[H]/(Ka+[H])^2とすると、
dg/d[H]={(Ka+[H])^2-[H](2Ka+2[H])}/(Ka+[H])^4
dg/dpH=-(ln10)[H]{(Ka+[H])^2-[H](2Ka+2[H])}/(Ka+[H])^4
したがって、β’をpHで微分すると、
dβ’/dpH=-(ln10)^2CKa[H]{(Ka+[H])^2-[H](2Ka+2[H])}/(Ka+[H])^4
dβ’/dpH=0とすると、
(Ka+[H])^2-[H](2Ka+2[H])
=Ka^2+2Ka[H]+[H]^2-2Ka[H]-2[H]^2
=Ka^2-[H]^2=0
つまり、[H]=Kaのとき緩衝指数β’が最大となります。
また、このときの緩衝指数β’maxは、[H]=Ka を③式に代入して、
β’max=(ln10)C/4
したがって、β’maxは酸の濃度Cのみに依存し、Cが大きいほど緩衝能も大きいことが分かります。
もし、pH=pKaの緩衝液において少量のCbが増えたすると、
ΔCb/ΔpH ≒ dCb/dpH = β’max = 0.576C
と考えることができます。
たとえば、C=0.1 mol/Lの緩衝溶液(pH=pKa)について、
Cb=0.001 mol/LとなるようNaOHが加えられると、
ΔpH = ΔCb/β’max = ΔCb/(0.576C) = 0.001/(0.576×0.1) = 0.017
となり、pHはおよそ0.017だけ増加することとなります。
また、たとえばpHの増加が0.03だけ許容できるとき、Cbの許容濃度は、
ΔCb = ΔpHβ’max = 0.03(0.576C) = 1.7×10^-3
(mol/L
となります。
<酢酸-酢酸ナトリウムの緩衝指数>
C=0.1 mol/Lの酢酸溶液(pKa=4.76)にNaOHまたはHClを加えてpHを変化させたとき、pHとNaOH濃度CbまたはHCl濃度Ccおよび緩衝指数βの関係を図-3に示します。
C=0.05, 0.1, 0.2 mol/Lの酢酸溶液(pKa=4.76)にNaOHまたはHClを加えてpHを変化させたとき、緩衝指数βの関係を図-4に示します。
また、酢酸(Ca
mol/L)と酢酸ナトリウム(Cs mol/L)の混合溶液(C=Ca+Cs)について、混合比を変化させた場合の緩衝指数の変化を調べます。Ca, Cs >> |[H]-[OH]|の場合、Ka = [H]Cs/Ca なので、③式からCs/Caを変化させたときの緩衝指数β’の変化を図-5に示します。
図-3~図-5から明らかなように、酢酸-酢酸イオン系の緩衝液において酢酸の全濃度Cが大きいほど緩衝能が大きく、また[H]=Ka (Ca=Cs) のとき緩衝能が最大となることが分かります。
このことから、緩衝液を選ぶとききにはpKaが目的とするpHにできるだけ近い緩衝液を採用するのがよいと言えます(緩衝液が有効に働くpH範囲はふつうpKa±1)。
*****************
以上の考察ではすべて温度は一定とし、また活量係数を考慮していません。活量係数を考慮すると、酢酸-酢酸イオン系の緩衝液のpHは、次の通りです。
pHº =
pKaº+log([A]γA/([HA]γHA))
ここで、
pHº:活量基準のpH
Kaº:熱力学的酸解離定数
γA, γHA:各化学種の活量係数
活量係数や温度を考慮した場合の考察については、次回報告する予定です。





コメント