酸塩基滴定の滴定誤差について考えます。滴定誤差は滴定で実験的に求めた終点が理論的な当量点に一致しないためにおこる誤差です。実際の滴定誤差は、ビュレットやメスフラスコなど測容器の不正確さ、試薬の純度、滴定溶液の変質、滴定操作の不手際など様々な要因による誤差も含まれますが、ここでは主に終点検出方法(たとえば、指示薬による目視法)に原理的に伴う誤差(系統的誤差)を対象とします。
「滴定誤差(E)」を次のように定義します。
E = (Vend-Veq)/Veq …①
ここで、Vendは終点の滴下量(mL),
Veqは当量点の滴下量(mL)
<<強酸の滴定における滴定誤差>>
1価の強酸(たとえばHCl) Cao mol/L, Va
mLを1価の強塩基(たとえばNaOH) Cbo mol/Lで滴定して滴下量がVb mLのとき、「滴定率(φ)」を次式のように定義します。
φ = CboVb/(CaoVa) …②
終点における滴定率をφend, 滴下量をVendとすると、
φend = CboVend/(CaoVa) …③
当量点においては、φend = 1つまりCaoVa = CboVeqとなります(Veqは当量点における滴下量)。
Vend = φend(CaoVa)/CboおよびVeq = CaoVa/Cboから、
Vend/Veq = φendなので、滴定誤差(E)は、
E = (Vend-Veq)/Veq = φend-1 …④
となります。
強酸-強塩基の滴定曲線の式は次式で与えられます(2023-06-25)。
Vb = Va(Cao-Δ)/(Cbo+Δ) …⑤
ここで、Δ=[H]-[OH]
⑤式を②式に代入して整理すると、
φ= (Cbo/Cao)(Cao-Δ)/(Cbo+Δ) …⑥
となります (*1)。
(*1) φ = CboVb/(CaoVa)
= Cbo(Va(Cao-Δ)/(Cbo+Δ))/(CaoVa)) = (Cbo/Cao)(Cao-Δ)/(Cbo+Δ)
したがって、終点ではΔ=[H]-[OH]とφの代わりにΔend=[H]end-[OH]endとφendを代入すれば、④, ⑥式から、
E = φend-1 = (Cbo/Cao)(Cao-Δend)/(Cbo+Δend)-1 …⑦
よって、pHendが与えられれば⑦式から滴定誤差Eを求めることができます。
⑦式を用いた計算結果を図-1に示します。計算列(C列)でまずpH=10におけるE%を求め、次いでデータテーブル機能を用いてpHを10~4と変化させたときのE%を求めました。pHend-E%の関係を図-2に示します。グラフ中には参考としてフェノールフタレイン(変色域:pH=8.0~9.6)およびメチルレッド(変色域:pH=4.8~6.0)の変色域を示しました。
<近似式>
終点の体積Vendは当量点の体積Veqにほとんど等しいことから、Vend≒Veqの近似が成立する場合、Eを求めるのにもう少し計算の容易な近似式を導くことができます。
②式および⑤式から、次式が得られます。
φ=1-Δ(Va+Vb)/(VaCao) (*2)
したがって終点では、
E =φend-1 = -Δend(Va+Vend)/(VaCao)
終点でVend≒Veqが成立するとき、次の近似式が得られます。
(Vend+Va)/Va = (Cbo+Cao)/Cbo (*3)
したがって、強酸の強塩基による滴定の滴定誤差Eに関して次の近似式が得られます。
E =φend-1 = -Δend(Cbo+Cao)/(CaoCbo) …⑧
(*2) ⑤式に(Cbo+Δ)を掛けて、
Vb(Cbo+Δ) = Va(Cao-Δ)
Δについて整理すると、
(Va+Vb)Δ
= VaCao-VbCbo
両辺をVaCaoで割り、②式を代入すると、
Δ(Va+Vb)/(VaCao) = 1-VbCbo/(VaCao) = 1-φ
∴ φ= 1-Δ(Va+Vb)/(VaCao)
(*3) 当量点ではVeqCbo = VaCaoなので、
(Veq+Va)/Va = (VaCao/Cbo+Va)/Va = (VaCao+VaCbo)/(VaCbo) = (Cbo+Cao)/Cbo
したがって、Vend≒Veqのときは、
(Vend+Va)/Va≒(Cbo+Cao)/Cbo
⑧式(近似式)を用いたときの計算結果およびpH-E%のグラフを図-3に示す。滴定誤差が小さい範囲において⑧式の値は⑦式の値によく一致していることが分かります。
例題1 濃度(1) Cao= 0.1 mol/L, (2)
0.01 mol/Lまたは(3) 0.001 mol/Lの塩酸を、フェノールフタレイン(pHend=8.5とする)を指示薬として酸と同濃度のNaOHで滴定したときの滴定誤差E%は?
Cao=Cbo=0.1 mol/LのときpH end=8.5における滴定誤差E%は、⑧式(近似式)を用いて計算すると、
E(%) = -(10^-8.5-10^-14/10^-8.5)(0.1+0.1)/(0.×0.1)×100
≒(10^-14/10^-8.5)(0.1+0.1)/(0.1×0.1)×100 = 0.0063(%)) …((1)答)
同様に、Cao=Cbo=0.01 mol/LのときはE(%)=0.063(%) …((2)答)
Cao=Cbo=0.001 mol/LのときはE(%)=0.63(%) …((3)答)
試料濃度および滴定剤濃度が低くなるにつれて滴定誤差は大きくなることが分かる(*4)。
(*4) 冒頭述べたように、実際の滴定誤差はここで求めた指示薬に起因する滴定誤差だけではない。実際の滴定では他に多くの誤差要因があり、たとえば空気中からのCO2による影響を無視することはできない。
<<強塩基の滴定における滴定誤差>>
強塩基を強酸で滴定する場合も上記と全く同様に考えることができます。
1価の強塩基(たとえばNaOH) Cbo
mol/L, Vb mLを1価の強酸(たとえばHCl) Cao mol/Lで滴定して滴下量がVa
mLのとき、
滴定誤差:E = (Vend-Veq)/Veq …①’
滴定率:φ = CaoVa/(CboVb) …②’
終点における滴定率:φend = CaoVend/(CboVb) …③’
当量点においては、φend = 1つまりCboVb = CaoVeqなので、
E = (Vend-Veq)/Veq = φend-1 …④’
滴定曲線の式:Va = Vb(Cbo+Δ)/(Cao-Δ) …⑤’
⑤’を②’に代入して整理すると、
φ = (Cao/Cbo)(Cbo+Δ)/(Cao-Δ)
E = φend-1 = (Cao/Cbo)(Cbo+Δend)/(Cao-Δend)-1 …⑦’
⑦’は強塩基の強酸による滴定における滴定誤差Eの厳密な式です。
近似式の誘導は次の通り。
②’, ⑤’式から、
φ-1 = Δ(Va+Vb)/(VbCbo) (*5)
終点では、
E =φend-1 = Δend(Va+Vend)/(VbCbo)
一方、終点でVend≒Veqが成立するので、
(Vend+Vb)/Vb
= (Cbo+Cao)/Cao (*6)
したがって、強塩基の強酸による滴定の滴定誤差Eに関して次の近似式が得られます。
E = φend-1 = Δend(Cbo+Cao)/(CaoCbo) …⑧’
(*5) ⑤’式に(Cao-Δ)を掛けて、
Va(Cao-Δ) = Vb(Cbo+Δ)
整理すると、
Δで(Va+Vb)Δ
= VaCao-VbCbo
両辺をVbCboで割り、②’式を代入すると、
Δ(Va+Vb)/(VbCbo) = VaCao/(VbCbo)-1 = φ-1
∴ φ= 1+Δ(Va+Vb)/(VbCbo)
(*6) 当量点ではVeqCao = VbCboなので、
(Veq+Vb)/Vb = (VbCbo/Cao+Vb)/Vb = (VbCbo+VbCao)/(VbCao) = (Cbo+Cao)/Cao
したがって、Vend≒Veqのときは、
(Vend+Vb)/Vb≒(Cbo+Cao)/Cao
<1価弱酸の滴定における滴定誤差>
1価の弱酸(HA)を強塩基で滴定する場合、滴定曲線の式は次式で与えられます(2023-07-23)。
Vb = Va(Caofa0-Δ)/(Cbo+Δ) …(a)
ここで、Δ=[H]-[OH], またfa0はA-のモル分率を表します。
fa0 = [A]/([A]+[HA]) = Ka/(Ka+[H])
一方、滴定率をφとすると、
φ = CboVb/(CaoVa)
…(b)
= CboVa(Caofa0-Δ)/(Cbo+Δ)/(CaoVa)
= (Cbo/Cao)(Caofa0-Δ)/(Cbo+Δ)
φ-1 = (Cbo/Cao)(Caofa0-Δ)/(Cbo+Δ)-1
したがって、滴定誤差(E=φend-1)は
E = φend-1= (Cbo/Cao)(Caofa0-Δend)/(Cbo+Δend)-1 …(c)
(c)式は1価弱酸の強塩基による滴定における滴定誤差Eの厳密な式です。
近似式の誘導は次の通り。
(a)式と(b)式から、
φ= fa0-Δ(Va+Vb)/(VaCao)
となります (*7)。
弱酸の場合も強酸と同様に (Vend+Va)/Va≒(Cbo+Cao)/Cbo (*3)が成立するので、結局次の近似式が得られます。
E =φend-1 = fa0-1-Δend(Cbo+Cao)/(CaoCbo) …(d)
(*7) (a)式に(Cbo+Δ)を掛けて、
Vb(Cbo+Δ) = Va(Caofa0-Δ)
整理すると、
(Va+Vb)Δ = VaCaofa0-VbCbo
VaCaoで割り、(b)式を代入すると、
Δ(Va+Vb)/(VaCao) = fa0-VbCbo/(VaCao) = fa0-φ
∴ φ= fa0-Δ(Va+Vb)/(VaCao)
0.01 mol/L酢酸を0.01 mol/L NaOHで滴定したときの(c)式および(d)式(近似式)で求めたE%値の比較を図-4に示します。当量点付近において近似式(d)は十分に有効であることが分かります。
図-4

例題2 0.01 mol/Lの酢酸(HA),
20 mLを0.01 mol/LのNaOHで滴定するとき、指示薬としてフェノールフタレイン(pHend=8.5とする)を用いるときの滴定誤差E(%)は? pKa=4.76とする。
Cao=0.01, Cbo=0.01
Δend = [H]end-[OH]end = 10^-8.5-10^-14/10^-8.5
= -3.16×10^-6
fa0 = 1/(1+[H]end/Ka) = 1/(1+10^-8.5/10^-4.76)
= 0.999818
これらの値を(d)式(近似式)に代入して、
E = 0.999818-1+3.16×10^-6×(0.01+0.01)/(0.01×0.01) = 4.5×10^-4
(答え) E(%) = 0.045%
<1価弱塩基の滴定における滴定誤差>
1価の弱塩基(NH3)を強酸で滴定する場合、滴定曲線の式は次式で与えられます(2023-07-30)。
Va = Vb(Cbofb1+Δ)/(Cao-Δ) …(a)’
ここで、Δ=[H]-[OH], またfb1はNH4+のモル分率を表します。
fb1 = [NH4]/([NH3]+[NH4]) = [H]/([H]+Kn)
一方、滴定率をφとすると、
φ = CaoVa/(CboVb)
…(b)’
= CaoVb(Cbofb1+Δ)/(Cao-Δ)/(CboVb)
= (Cao/Cbo)(Cbofb1+Δ)/(Cao-Δ)
したがって、滴定誤差(E=φend-1)は
E =φend-1= (Cao/Cbo)(Cbofb1+Δend)/(Cao-Δend)-1 …(c)’
(c)’式は1価弱酸の強塩基による滴定における滴定誤差Eの厳密な式です。
近似式の誘導は次の通り。
(a)’式をΔで整理して、Va(Cao-Δ) = Vb(Cbofb1+Δ)
(VaCao/VbCbo)-fb1 = Δ(Va+Vb)/(VbCbo)
(b)’式を代入して、
φ-fb1 = Δ(Va+Vb)/(VbCbo)
E =φend-1 = fb1-1+Vend(Va+Vb)/(VbCbo)
終点でVend≒Veqが成立する場合、弱塩基の場合も強塩基と同様に
(Vend+Vb)/Vb≒(Cbo+Cao)/Cao (*6)が成立するので、結局次の近似式が得られます。
E =φend-1 = fb1-1+Δend(Cbo+Cao)/(CaoCbo) …(d)’
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次回は指示薬を用いた滴定における滴定誤差について考察します。



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