前回(2023/09/03)は、終点検出法に原理的に伴う滴定誤差について考察しました。終点の検出にはpHメータや電導率計なども用いられますが、機器を使わない簡便な方法として指示薬による目視法が広く用いられています。今回は指示薬とそれに伴う滴定誤差について考察します。
<<酸塩基指示薬>>
前回は終点のpHであるpHendが決まれば滴定誤差が決まることを示しました。ここでは指示薬の変色とpHendの関係について調べます。
指示薬とは各種の滴定において、当量点を検知するために加えられる試薬のことですが、ここでは酸塩基滴定に用いられる指示薬に限定します。(酸塩基)指示薬は、一般的にpHの変化に応じて変色する有機酸-塩基の色素が用いられます。たとえば、メチルオレンジは酸性が強い(pH<3.1)ときは赤色の化学種(HIn)が主であり、塩基性が強くなると(pH>4.4)黄色の化学種(In-)が主となります。この中間のpH(3.1~4.4)では、pHが上昇するにつれてHInからIn-に変化し、溶液の色は赤色から黄色に段階的に変化します(変色域)。このような指示薬は二色指示薬と呼ばれます。また、フェノールフタレインは酸性では無色であり、塩基性では赤色です(変色域:pH 8.0~9.8)。このような指示薬は単色指示薬と呼ばれます。
図-1にpHとメチルオレンジの化学種の構造、色調の関係を示します(*1)。
(*1) メチルオレンジ(HIn)はおもにキノイド構造をとり、メチルオレンジ(In-)はベンゼノイド構造をとる。またHInは510 nm付近に最大吸収波長を持ち、In-は460 nm付近に最大吸収波長を持つ。
<二色指示薬>
一般的な弱酸の指示薬(HIn)について考えます。この指示薬は弱酸なので酸性が強いとプロトンが付加したHInの形態(非解離型)で存在し、塩基性が強くなるとプロトンが遊離したIn-の形態(解離型)となり、次のような平衡が成立します。
HIn ⇄ H+ + In-
指示薬の酸解離定数をKInとすると、
KIn = [H][In]/[HIn]
対数をとると、
pH = pKIn+log([In]/[HIn]) …①
つまり、pHは指示薬のIn-とHInの濃度比([In]/[HIn])の関数となります。
指示薬では、HInとIn-で色調が大きく異なります。二色指示薬の場合、人の目は[In]/[HIn]がおよそ0.1~10の範囲で指示薬の変色を検出できることが経験的に知られています。つまり、①式より、
pH≒pKIn±1 …②
の範囲で指示薬が変色すると言えます(*2)。
(*2) 終点検出の指標として②式を用いるのは近似的であり、もう少し厳密に考えるにはKInの活量係数補正、HInおよびIn-の吸収スペクトル(波長-吸光度)、視感度(人間の目が波長ごとに光を感じる強さの度合)などの問題を考慮する必要がある。
たとえば、メチルオレンジの例を図-2に示します。図にはpHと化学種組成および色調の変化が示されています。メチルオレンジの酸解離定数を、pKIn=3.5とすると、②式から推定できる変色範囲はpH=2.5~4.5です。実際の変色範囲はpH=3.1~4.4なので、ほぼ良い一致を示しています。また、ブロモクレゾールグリーンではpKIn=4.9, 変色域pH=3.8(黄)~5.4(青), クレゾールレッドではpKIn=8.5, 変色域pH=7.2(黄)~8.8(赤)です(*3)。
(*3) 若干のかたよりが見られるのは、「濃色である赤や青に薄色の黄が混ざり始める点は人間の目には認識しづらいが、赤や青がほとんど消えて黄になる点は認識しやすい」ことが原因と考えられる。
もしHInもIn-も同じ程度で検出できると仮定すると、両者の濃度が同じ、つまりpHが指示薬のpKInに等しいときに、両者の色の遷移が中間点に達することになります。したがって、pKInが当量点のpHにほぼ等しい指示薬を選択し、指示薬の色がHInの色とIn-の色のちょうど中間色になるまで滴定を続ければ、当量点と終点が一致することになります。
<単色指示薬>
単色指示薬においては、たとえばフェノールフタレインの場合、In-のみが発色しHInは無色になります。この場合、発色の検出限界はIn-の濃度によって決まります。フェノールフタレインではこの濃度はおよそ[In]=5×10^-6 mol/Lです。フェノールフタレインの全濃度をCInとすると、
[HIn] = CIn-[In]
なので、この式を①式に代入して整理すると、
pH = pKIn-log([CIn/[In]-1]) …③
となります。この式に[In]=5×10^-6
mol/Lを代入すると発色の限界pHを求めることができます。
例題1 100 mLの溶液に0.03 mol/Lのフェノールフタレイン0.1 mLを加えたとき、発色が始まるpHを求めよ。フェノールフタレインの酸解離定数はpKIn=9.7とする。
フェノールフタレインの全濃度は、
CIn = 0.03×0.1/100 = 3×10^-5 (mol/L)
③式より、
pH = pKIn-log([CIn/[In]-1) = 9.7-log(3×10^-5/(5×10^-6)-1) = 9.0
(答) pH=9.0
<<指示薬の選定>>
指示薬の色の変化が、ちょうど滴定の当量点で起こるならば、滴定の終点を決定する有用な方法として利用できます。どの指示薬も色が変化するpH範囲が比較的広いため、滴定の系統誤差を最小にするには、指示薬の色の変化全体が当量点付近の急激なpH変化内で起こることが必要です。
図-3(a)は、0.1 mol/Lの硝酸(強酸)、酢酸(弱酸)の0.1 mol/LのNaOHによる滴定曲線とフェノールフタレイン(PP)、メチルオレンジ(MO)の変色域を示しています。硝酸ではPPとMOのどちらも指示薬として使用できます。酢酸ではPPは適切ですが、MOはpHジャンプが起こる前に変色し始めるので、指示薬として不適切です。
また、図-3(b)は、0.1 mol/LのKOH(強塩基)、アンモニア(弱塩基)の0.1 mol/LのHClによる滴定曲線とPP、MOの変色域を示しています。KOHではPPとMOのどちらも指示薬として使用できます。アンモニアではMOは適切ですが、PPは不適です。
図-3(a), (b)
指示薬自身も酸塩基なので、被滴定溶液に指示薬加えると滴定に影響を与えます。しかし、色素である指示薬はモル吸光係数が非常に大きく、低濃度(10^-5~10^-6 mol/L程度)でも十分強く発色します。通常、滴定される物質の濃度は指示薬濃度よりもずっと高いで指示薬自身の酸塩基としての影響は無視できます。被滴定物質が希薄な場合でも、被滴定溶液に指示薬を加える前に酸または塩基を加えて指示薬のpHを終点のpHにするか、あるいはブランク試験を行うことで、完全に無視できます。
また、pHジャンプがなだらかな場合は、互いに補色関係にある二種類の指示薬を混ぜた混合指示薬の使用も有効です。たとえばブロモクレゾールグリーン-メチルレッド混合指示薬はpH=5.5±0.2で灰色,それより酸性側では赤色、塩基性側では緑色になり、pHの変色幅が狭まります。
例題2 0.1
mol/Lアンモニアを0.1 mol/L塩酸で滴定するとき、指示薬として、(1)メチルオレンジ、(2)ブロモクレゾールグリーン-メチルレッド混合指示薬、を用いる場合の滴定誤差を求め、比較せよ。アンモニウムイオンの酸解離定数をpKn=9.25, メチルオレンジの変色域をpH=3.1~4.4, 混合指示薬の変色域をpH=5.3~5.7とする。
滴定誤差の算出式は次の通り(2023-09-03)。
E = fb1-1+Δend(Cbo+Cao)/(CaoCbo)
ここで、
Δend = [H]end-[OH]end
fb1 = [H]end/([H]end+Kn)
(1) メチルオレンジの場合:
[H]end = 10^-3.1のとき、
Δend = 10^-3.1-10^-14/0^-3.1
= 10^-3.1
fb1 = 10^-3.1/(10^-3.1+10^-9.25) = 1.0
E = 1.0-1+10^-3.1(0.1+0.1)/(0.1×0.1) = 0.016
[H]end = 10^-4.4のとき、
Δend = 10^-4.4-10^-14/0^-4.4
= 10^-4.4
fb1 = 10^-4.4/(10^-4.4+10^-9.25) = 1.0
E = 1.0-1+10^-4.4(0.1+0.1)/(0.1×0.1) = 8.0×10^-4
したがって、E(%) = 1.6%~0.08%
(2) ブロモクレゾールグリーン-メチルレッド混合指示薬の場合:
[H]end = 10^-5.3のとき、
Δend = 10^-5.3-10^-14/10^-5.3
= 10^-5.3
fb1 = 10^-5.3/(10^-5.3+10^-9.25) = 1.0
E = 1.0-1+10^-5.3(0.1+0.1)/(0.1×0.1) = 1.0×10^-4
[H]end = 10^-5.7のとき、
Δend = 10^-5.7-10^-14/10^-5.7
= 10^-5.7
fb1 = 10^-5.7/(10^-5.7+10^-9.25) = 1.0
E = 1.0-1+10^-5.7(0.1+0.1)/(0.1×0.1) = 4.0×10^-5
したがって、E(%) = 0.01%~0.004%
[H]eq = √(KnCnT/(V+T)) = √(10^-9.25×0.1×0.5) = 5.3×10^-6
pHeq = 5.28
混合指示薬はメチルオレンジに比べ変色域が滴定の当量点pHに近くまた狭いので、混合指示薬の方が優れている。混合指示薬の滴定誤差は0.01%~0.004%と十分実用できる。もし、許容できる滴定誤差が0.1%程度ならば、メチルオレンジの黄色がわずかにオレンジ色を呈する点を終点とすればメチルオレンジも使用可能である。
よく使用される指示薬を図-4に示します。




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