これまではモノプロトン酸塩基の平衡について見てきました。これからは供与または受容できるプロトンが2個以上のポリプロトン酸塩基の平衡について取り扱います。ポリプロトン酸塩基についても、モノプロトン酸塩基の場合と同様に平衡の系統的解析法(2023-04-02)が基本です。
<<ジプロトン酸のpH>>
供与できるプロトンを2個持つジプロトン酸としては、たとえば硫酸、炭酸、硫化水素、チオ硫酸;シュウ酸、コハク酸、酒石酸、フタル酸などがあります。このようなジプロトン酸水溶液のpHを平衡の系統的解析法(2023-04-02)により求めます。
ジプロトン酸(H2A)は、水溶液中で次のように逐次的に解離します。
H2A ⇄ H+ + HA-
HA- ⇄ H+ + A2-
これらの平衡式の酸解離定数をそれぞれK1, K2とすると、
K1 = [H][HA]/[H2A] …①
K2 = [H][A]/[HA] …②
また、水溶液中では水の解離も存在するので、
Kw = [H][OH] …③
結局、ジプロトン酸水溶液では3つの平衡(①式~③式)が存在します。
また、ジプロトン酸水溶液の全酸濃度をCa mol/Lとすると、物質バランスより、
Ca = [A]+[HA]+[H2A] …④
電荷バランスより、
[H] = [OH]+2[A]+[HA] …⑤
K1, K2, Kw,
Caが既知のとき、未知数は[H], [OH], [A], [HA], [H2A]の5個、関係式は①~⑤の5個なので、未知数はすべて求めることができます。一般に溶液中で化学種濃度に関してn個の平衡が存在する場合、[H]について(n+1)次の方程式が得られます。したがってジプロトン酸水溶液では、[H]に関する4次方程式を解くことになります。
4次方程式を厳密に解くことは非常に困難なので、たとえば次のような方法を用いて近似解を求めることが実際的です。
(A) 近似法 … 適切な仮定を設けて次数を下げた近似式を作る。
(B) エクセルの利用
(i)二分法 … IF関数を用いて解が存在する区間の幅を半分に狭めることを繰返す。
(ii)ソルバー法 … エクセルのソルバー機能を利用する。
これらの方法について順次解説していきます。
<ジプロトン酸の近似法>
①式, ②式から、
[H2A] = [H][HA]/K1,
[A] = K2[HA]/[H]
これらを④式に代入して、
Ca = K2[HA]/[H]+[HA]+[H][HA]/K1
= [HA](K2/[H]+1+[H]/K1) …⑥
同様に、⑤式に代入して、
[H]-[OH] = 2K2[HA]/[H]+[HA] = [HA](2K2/[H]+1) …⑦
⑥/⑦より[HA]を消去して、
Ca/([H]-[OH]) = (K2/[H]+1+[H]/K1)/(2K2/[H]+1)
つまり、
[H]-[OH] = Ca(K1[H]+2K1K2)/([H]^2+K1[H]+K1K2) …⑧
この式を[H]について整理すると、
[H]^4+K1[H]^3+(K1K2-Kw-K1Ca)[H]^2-(K1Kw+2K1K2Ca)[H]-K1K2Kw
= 0 …⑨
という4次方程式が得られます。⑨式は近似なしの厳密に正しい式です。
以下仮定を設けて近似を行います。
(1) H2Aは酸なので溶液は酸性に傾いています。もし[H]>>[OH]ならば、⑧式は、
[H] = Ca(K1[H]+2K1K2)/([H]^2+K1[H]+K1K2) …⑩
[H]について整理すると、
[H]^3+K1[H]^2+(K1K2-K1Ca)[H]-2K1K2Ca = 0 …⑪
(2) ジプロトン酸の解離(1段目:H2A ⇄ H+ + HA-, 2段目:HA- ⇄ H+ + A2-)において、静電的な効果から考えて1価の陰イオン(HA-)より2価の陰イオン(A2-)のほうがプロトンと強く結びつきやすいので、2段目の反応は大きく左に偏り、2段目の解離は1段目の解離に比べ進行しにくいと言えます。
もし2段目の解離が無視できるならば、⑪式においてK2を含む項はなくなり、
[H]^2+K1[H]-K1Ca = 0 …⑫
これは酸解離定数がK1であるモノプロトン酸の式と同じです(2023-04-16)。
(3) さらに、Ca>>[H]ならば、
[H] = √(K1Ca) …⑬
と近似することができます。
<2段目の解離が無視できる条件>
一般にジプロトン酸のK1とK2の値は数桁程度離れており、このような場合はK2の値は無視することができます。しかし、K1とK2の値が接近しているときは、K2の値を無視できない場合があります(例えば、コハク酸:pK1=4.21, pK2=5.64,
酒石酸:pK1=3.04, pK2=4.37など)。またK1とK2の値が離れていても酸濃度が低くなるとK2の値が無視できなくなります。
もし2段目の解離を無視できない場合、どのような補正が可能か考えます。
第1解離および第2解離で生成するH+濃度をそれぞれ[H]1, [H]2とし、全H+濃度を[H](=[H]1+[H]2)とすると、
OH-の生成および第2解離が非常に小さい場合、[H]1>>[H]2なので[HA]=[H]1-[H]2≒[H]1と近似でき、第2解離によって生成する[A]は、K2 = [A][H]/[HA]から、[A]≒K2 と近似できます。また、[A]=[H]2なので、全H+濃度[H]は、
[H] = [H]1+[H]2 = [H]1+[A]≒[H]1+K2
となります。
したがって、⑫式で求めた[H]を[H]1として、[H]1>>K2ならばこの補正は必要ないと考えられます。
<近似式を用いる解法手順>
(1) ⑬式を用いて[H]ap, pHapを計算する。
[H]ap = √(K1Ca)
pHap = (pK1-logCa)/2
(2) [H]>>[OH]の条件: 0.047[H]>[OH]すなわちpHap<6.34 ならば、(3)に行く。
そうでなければ、エクセルを利用する。
(3) Ca>>[H]の条件: 0.047Ca>[H]すなわちpHap>1.33-logCaならば、
[H] = [H]ap = √(K1Ca)
そうでなければ、(4)に行く。
(4) ⑫式(2次方程式)から[H], pHを求める。
[H]^2+K1[H]-CaK1 = 0
[H]1 = (-K1+√(K1^2+4K1Ca))/2
(5) [H]>>K2の条件:(4)で求めた[H]1に対し、0.047[H]1>K2すなわちpH1<pK2-1.33ならば、このこのpH1は十分に正しい。
そうでなければ、[H]1+K2を新たな[H]としてpHを求める。
[H] = [H]1+K2 (*1)。
(*1) この式は単純で便利だが、この近似がすべての場合に当てはまるとは限らない(特にCaがK2に近いとき。たとえば、0.01 mol/LのH2SO4溶液)。H2SO4溶液のpHについては別途報告する。近似法が使えない場合はエクセルを利用するのが実用的。
例題1 0.1
mol/LのH2SのpHを求めよ。 pK1 = 7.02, pK2
= 14.0とする。
⑬式より、[H]ap
= √(0.1×10^-7.02) = 10^-4.01
→ pHap = 4.01
[H]>>[OH]の条件:pHap = 4.01<6.34 ⇒ 条件成立
Ca>>[H]の条件:pHap = 4.01>2.33 = 1.33-logCa ⇒ 条件成立
[H]>>K2の条件:pHap = 4.01<12.67 = pK2-1.33 ⇒ 条件成立
すべての仮定条件を満たしているので、求めるpHは4.01
例題2 0.001
mol/Lの酒石酸のpHを求めよ。 pK1
= 3.04, pK2 = 4.37とする。
⑬式より、[H]ap
= √(0.001×10^-3.04) = 10^-3.02
→ pHap = 3.02
[H]>>[OH]の条件:pHap = 3.02<6.33 ⇒ 条件成立
Ca>>[H]の条件:pHap = 3.02<4.33 = 1.33-logCa ⇒ 条件成立せず
⑫式から、
[H]1 = (-K1+√(K1^2+4K1Ca))/2
= 10^-3.22
[H]>>K2の条件:pH1
= 3.22>1.71 = pK2-1.33 ⇒ 条件成立せず
[H]=[H]1+K2から、
[H] = 10^-3.22+10^-4.37 = 10^-3.19
求めるpHは3.19
例題2において酸濃度がK2に近づいて、たとえば1×10^-4 mol/Lになると上記の近似法はうまくいきません。なぜならば、このとき⑫式から求めた[H]1は9.1×10^-5 mol/L, この値にK2を足すと1.3×10-4 mol/Lとなり、酸の全濃度1.0×10-4 mol/Lを超えてしまうからです(近似が可能な下限濃度は2.4×10^-4 mol/L)。このようなときは二分法やソルバー法を用いるほうが賢明です。
<近似式の限界とCa, K1, K2の関係>
ジプロトン酸のpH計算において、Ca, K1,
K2がどのような関係にあるときK2を無視できるかを調べました。pHの許容差は0.02としました。K2を無視した2次式(⑫式)とエクセルの二分法によって求めたpHをpHb,
pHoとし、K1, Caを与件として、pHの差(pHb-pHo)が0.02となるときのK2をソルバーで求めて図示しました。結果を図-1に示します。ジプロトン酸のpK1, pK2を図にプロットした点(x,
y)=(pK1, pK2)が限界濃度の線よりも上側にあるときK2を無視できる、言えます。
たとえば酒石酸の点(pK1, pK2)=(3.04, 4.37)と限界濃度の線の関係から、酒石酸濃度が0.001 mol/LではK2を無視できないが、0.003 mol/LではK2を無視できることが図から読み取れます。
酒石酸の場合、第2解離を無視できる下限濃度はおよそ0.002 mol/Lであり、それ以下の濃度になると第2解離を考慮する必要があります。
<<ジプロトン塩基のpH>>
受容できるプロトンを2個持つジプロトン塩基としては、たとえばエチレンジアミンがあります。ジプロトン塩基のpHの求め方はジプロトン酸の場合と同様です。
<近似法によるジプロトン塩基のpHの求め方>
ジプロトン塩基(濃度Cb, 塩基解離定数:Kb1, Kb2)のpHの求め方の手順を以下に示します。共役酸の酸解離定数がKn1, Kn2で与えられているときは、Kb1=Kw/Kn2,
Kb2=Kw/Kn1です。pHの許容差は0.02とします。
(1) 次式を用いて[OH]ap, [H]ap,
pHapを計算する。
[OH]ap = √(Kb1Cb)
[H]ap = Kw/[OH]ap
(2) [OH]>>[H]の条件:0.047[OH]ap>[H]apすなわちpHap>7.66ならば(3)に行く。そうでなければ、エクセルを利用する。
(3) Cb>>[OH]の条件:[OH]ap<0.047CaすなわちpHap<logCb+12.67ならば、
[H] = [H]ap = Kw/[OH]ap
そうでなければ、(4)に行く。
(4) 次の2次方程式から[OH], [H], pHを求める。
[OH]^2+Kb1[OH]-CsKb1 = 0
[OH]1 = (-Kb1+√(Kb1^2+4Kb1Cb))/2
[H]1 = Kw/[OH]1
(5) [OH]>>Kb2の条件:(4)で求めた[OH]1に対し、0.047[OH]1>Kb2すなわちpH1>15.33-pKb2ならば、このpH1は十分に正しい。
そうでなければ、[OH]1+Kb2を新たな[OH]としてpHを求める。
[OH] = [OH]1+Kb2
[H] = Kw/([OH]1+Kb2)
例題3 0.001 mol/LのエチレンジアミンのpHを求めよ。 pKn1 = 6.85, pKn2
= 9.93とする。
Kb1=Kw/Kn2=10^-4.07, Kb2=Kw/Kn1=10^-7.15
[OH]ap, [H]ap, pHapを計算する。
[OH]ap = √(Kb1Cb) = 10^-3.54
[H]ap = Kw/[OH]ap = 10^-10.47 → pHap = 10.47
[OH]>>[H]の条件:pHap = 10.47>7.66 ⇒ 条件成立
Cb>>[OH]の条件:pHap = 10.47>9.67 = logCb+12.67 ⇒ 条件成立せず
[OH]1 = (-Kb1+√(Kb1^2+4Kb1Cb))/2 = 5.90×10^-5
[H]1
= 1.69×10^-10 → pH1 = 9.77
[OH]>>Kb2の条件:pH1 = 9.77>8.18 = 15.33-pKb2 ⇒ 条件成立
(答) pH = 9.77
**********
次回は、エクセルを利用してジプロトン酸塩基のpHを求める方法について述べます。


コメント