前々回(2023-10-08)と前回 (2023-10-15)は、ジプロトン酸の正塩(Na2A)溶液のpHの求め方について調べました。今回はジプロトン酸の酸性塩(NaHA)溶液のpHについて調べます。
<<NaHA塩溶液のpH>>
ジプロトン酸(H2A)がNaOHで半分中和されてできた酸性塩(NaHA)溶液のpHについて考えます。NaHA塩の代表例として炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)を取りあげます(他のジプロトン酸塩(NaHA)を考える場合はCO3をAに置き換えてください)。
炭酸ナトリウム(NaHCO3)は水に溶かすと、ナトリウムイオン(Na+)と炭酸水素イオン(HCO3-)に解離します。Na+は加水分解しませんが、炭酸水素イオン(HCO3-)は両性電解質であり、一部加水分解してCO32-+H3O+およびH2CO3+OH-を生じます。なおここでは気相との平衡は考えないこととします。
HCO3- + H2O ⇄ CO32- + H3O+
HCO3- + H2O ⇄ H2CO3 + OH-
炭酸(H2CO3)の酸解離定数をK1, K2とすると、
K1 = [H][HCO3]/[H2CO3] …①
K2 = [H][CO3]/[HCO3] …②
また、水溶液中では水の解離も存在するので、
Kw = [H][OH] …③
以上3つの平衡式が成立します。
<<近似法によるNaHAのpHの求め方>>
Cs mol/LのNaHCO3のpHを求めます。
物質バランスから、
Cs = [CO3]+[HCO3]+[H2CO3] …④
Cs = [Na] …⑤
電荷バランスから、
[H]+[Na] = [OH]+2[CO3]+[HCO3] …⑥
④, ⑤式から、
[Na] = [CO3]+[HCO3]+[H2CO3]
この式を⑥式に代入すると、
[H]+([CO3]+[HCO3]+[H2CO3]) = [OH]+2[CO3]+[HCO3]
整理して、
[H]+[H2CO3] = [OH]+[CO3] …⑦ (プロトン条件)
①, ②, ③式から、
[H2CO3] = [H][HCO3]/K1
[CO3] = K2[HCO3]/[H]
[OH] = Kw/[H]
これらの式を⑦式に代入すると、
[H]+[H][HCO3]/K1 = Kw/[H]+K2[HCO3]/[H]
両辺にK1[H]を掛けて整理すると、
[H]^2(K1+[HCO3]) = K1Kw+K1K2[HCO3]
[H]^2 = (K1Kw+K1K2[HCO3])/(K1+[HCO3]) …⑧
⑧式は[H]に関する近似なしの正確な式です。しかし、このままではpHを求めるのに利用できないので、いくつかの仮定を設けて式を利用しやすい形にします。
(仮定1) 炭酸水素イオン(HCO3-)の加水分解の程度が小さく、大部分はHCO3-イオンのままである。
[HCO3]>>([CO3]+[H2CO3])ならば、[HCO3]≒Csと近似できるので、⑧式は、
[H]^2 = (K1Kw+K1K2Cs)/(K1+Cs)
[H] = √((K1Kw+K1K2Cs)/(K1+Cs)) …⑨
(仮定2) 塩濃度が大きく、[HCO3]>>K1,
[HCO3]>>Kw/K2である。
このときは⑧式は[HCO3]と無関係となり、
[H]^2 = K1K2
[H] = √(K1K2) …⑩
<近似法の手順>
(1) ⑩式を用いて[H]を計算し、pHを求める。
[H]ap = √(K1K2)
pHap = (pK1+pK2)/2
[H]apを用いて次式(2023-10-01)から[HCO3]apを求める。
[HCO3]ap = CsK1[H]ap/([H]ap^2+K1[H]ap+K1K2)
[HCO3]ap>10K1, [HCO3]ap>10Kw/K2ならばpHapは十分正しい(*1)。
そうでなければ、(2)へ行く(*2)。
(*1) y=√(x)について、
微分すると、dy/dx=1/(2√(x))=(1/2)(√(x)/x)=(1/2)(y/x)
誤差伝播の式は 2(Δy/y)=Δx/x、たとえば、Δy/y=0.05ならば、Δx/x=0.1
(*2) ステップ(1)を省いてステップ(2)から始めても、計算にかかる手間はさほど変わらない。
(2) ⑨式を用いて[H]1を計算し、pH1を求める。
[H]1 = √((K1Kw+K1K2Cs)/(K1+Cs))
[H]1を用いて、次式から[HCO3]1を求める。
[HCO3]1 = CsK1[H]1/([H]1^2+K1[H]1+K1K2)
[HCO3]1を⑧式に代入して、[H]2を計算し、pH2を求める。
[H]2 = √((K1Kw+K1K2[HCO3]1)/(K1+[HCO3]1))
(3) |pH2-pH1|が許容差内(<0.02)に収まるまで(2)の操作を繰り返す(反復法(2023-05-07))。最終的なpHが求める答えとなる。
例題1 0.1 mol/LのNaHCO3溶液のpHを求めよ。H2CO3の酸解離定数はpK1=6.35,
pK2=10.33とする。
[H]ap=√(10^-6.35×10^-10.33)=10^-8.34=4.57×10^-9
pHap=(6.35+10.33)/2 = 8.34
[HCO3]ap=CsK1[H]ap/([H]ap^2+K1[H]ap+K1K2)
= 0.1×10^-6.35×10^-8.34/(10^-16.68+10^-6.35×10^-8.34+10^-6.35×10^-10.33)=0.098
[HCO3]ap=0.098>10^-5.35=10K1 , [HCO3]ap=0.098>0.0021=10Kw/K2
したがって、pHapが求める値である。(答) pH = 8.34
例題2 1.0×10^-4 mol/LのNaHCO3溶液のpHを求めよ。H2CO3の酸解離定数はpK1=6.35, pK2=10.33とする。
pHap=(6.35+10.33)/2 = 8.34
[HCO3]ap=1.0×10^-4×10^-6.35×10^-8.34/((10^-8.34)^2+10^-6.35×10^-8.34+10^-6.35×10^-10.33)=9.8×10^-5
[HCO3]ap=9.8×10^-5>4.5×10^-6=10K1 , [HCO3]ap=9.8×10^-5<0.0021=10Kw/K2
pHap = (pK1+pK2)/2は使えない。
[H]1 = √((K1Kw+K1K2Cs)/(K1+Cs))=8.08×10^-9 , pH1=8.09
[HCO3]1 = CsK1[H]1/([H]1^2+K1[H]1+K1K2)=9.77×10^-5
[H]2 = √((K1Kw+K1K2[HCO3]1)/(K1+[HCO3]1))=8.05×10^-9 , pH2=8.09
|pH2-pH1|<0.02なので、pH2が求める値である。
(答) pH = 8.09
例題3 1.0×10^-4 mol/Lのフタル酸水素カリウム(KHA)溶液のpHを求めよ。H2Aの酸解離定数はpK1=2.95, pK2=5.41とする。
pHap=(2.95+5.41)/2 = 4.18
[HCO3]ap=1.0×10^-4×10^-2.95×10^-4.18/((10^-4.18)^2+10^-2.95×10^-4.18+10^-2.95×10^-5.41)=8.9×10^-5
[HCO3]ap=8.9×10^-5<0.011=10K1 , [HCO3]ap=8.9×10^-5>2.6×10^-8=10Kw/K2
pHap = (pK1+pK2)/2は使えない。
[H]1 = √((K1Kw+K1K2Cs)/(K1+Cs))=1.89×10^-5 , pH1=4.72
[HA]1 = CsK1[H]1/([H]1^2+K1[H]1+K1K2)=8.18×10^-5
[H]2 = √((K1Kw+K1K2[HA]1)/(K1+[HA]1))=1.72×10^-5 , pH2=4.76
|pH2-pH1|=0.04>0.02 →もう一度繰り返す。
[HA]2 = CsK1[H]2/([H]2^2+K1[H]2+K1K2)=8.06×10^-5
[H]3 = √((K1Kw+K1K2[HA]2)/(K1+[HA]2))=1.71×10^-5 , pH3=4.77
|pH3-pH2|=0.01<0.02なので、pH3が求める値である。
(答) pH = 4.77
<<二分法、ソルバー法によるNaHAのpHの求め方>>
エクセルで二分法、ソルバー法によりNaHAのpHを求める操作方法は、Na2Aの場合と基本同じです。
例題4 「例題2」の問題を二分法、ソルバー法で解け。
炭酸水素ナトリウム塩(NaHCO3)溶液中の各化学種濃度は、全濃度をCsとして、
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Na] = Cs
[CO3] = Cs/(1+[H]/K2+[H]^2/(K1K2))
[HCO3] = [H][CO3]/K2
[H2CO3] = [H][HCO3]/K1
さらに、電荷バランスから、
Q = [H]-[OH]+[Na]-2[CO3]-[HCO3] = 0
これらの関係式をもとにQ=0となるpHを二分法およびソルバー法で求める。
二分法で求めた結果を図-1に示す。(答) pH = 8.09
ソルバー法で求めた結果を図-2に示す。(答) pH = 8.09
図-2

<<NaHA塩溶液の対数濃度図と溶液のpH>>
ジプロトン酸(H2A)がNaOHで半分中和されてできた塩(NaHA)の溶液のプロトン条件は、H2OとA2-を基準化学種として、次式で表されます。
[H]+[H2A] = [OH]+[A]
ジプロトン酸(H2A)の対数濃度図を描き、この図でプロトン条件を満たす点のpHがNaHA溶液のpHとなります。
例題5 対数濃度図を用いて「例題1」の問題を解け。
0.1 mol/L炭酸(H2CO3)の対数濃度図(2023-10-01)を図-3に示す。
図3から明らかなように、log[H2CO3]とlog[CO3]の交点において[H2CO3]>>[H]および[CO3]>>[OH]が成立しているので、プロトン条件は[H2CO3]≒[CO3]となる。
したがって、log[H2CO3]とlog[CO3]の交点のpHが求めるpHである。
(答) pH=8.3
<<近似法の使用可能な下限>>
NaHA溶液のpHの近似式は次式(⑨, ⑩式)で与えられます。
[H] = √((K1Kw+K1K2Cs)/(K1+Cs)) …⑨
[H] = √(K1K2) …⑩
炭酸水素ナトリウムおよびフタル酸水素カリウムに関して、これらの近似式が使用可能な下限濃度について調べました。基準としては二分法のpHを用い、二分法と近似法との差(ΔpH)とCsの関係を求めました(エクセルで、ある濃度CsにおけるΔpH=pH(近似法)-pH(二分法)を求め、データテ-ブル機能を用いてCsを変化させた)。結果を図-4に示します。
pHの許容差を±0.02とすると、炭酸水素ナトリウムについては、⑩式の使用が可能な下限濃度はCa=2.3×10^-3 mol/L、しかし⑨式を用いるとすべての濃度で許容差以下でした。
フタル酸水素カリウムについては、⑩式の使用可能な下限濃度はCs=1.3×10^-2 mol/L、また⑨式ではCs=5.2×10^-4
mol/Lでした。したがって、これらの近似式の使用が不可能な領域では、反復法、二分法、ソルバー法等の使用が必要です。



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