トリプロトン酸以上のポリプロトン酸のpHの取り扱い方も、ジプロトン酸の場合と同じです。ここではリン酸およびその塩について見ていきます。
<<リン酸の平衡>>
リン酸(H3PO4)は、水溶液中で次のように逐次的に解離します。
H3PO4 ⇄ H+ + H2PO4-
H2PO4- ⇄ H+ +
HPO42-
HPO42- ⇄ H+ + PO43-
これらの平衡の酸解離定数をそれぞれK1, K2, K3とすると、
K1 = [H][H2PO4]/[H3PO4] …①
K2 = [H][HPO4]/[H2PO4] …②
K3 = [H][PO4]/[HPO4] …③
また、水溶液中では水の解離も存在するので、
Kw = [H][OH] …④
結局、リン酸水溶液では4つの平衡(①~④式)が存在します。
また、リン酸水溶液の全酸濃度をCa mol/Lとすると、物質バランスより、
Ca =
[PO4]+[HPO4]+[H2PO4]+[H3PO4] …⑤
電荷バランスより、
[H] = [OH]+3[PO4]+2[HPO4]+[H2PO4] …⑥
リン酸水溶液中では常に、H+,
OH-, PO43-, HPO42-, H2PO4-, H3PO4の6個の化学種が存在し、①~⑥式が成立しています。
<化学種分率>
リン酸に関する4つの化学種(PO43-, HPO42-, H2PO4-, H3PO4)について、それぞれの化学種濃度の全酸濃度Caに対する割合を化学種分率(fn)と定義します(添え字nはその化学種が供与可能なプロトンの数を示す)。
f0 = [PO4]/Ca
f1 = [HPO4]/Ca
f2 = [H2PO4]/Ca
f3 = [H3PO4]/Ca
⑤式および①~③式より、
Ca = [PO4]+[HPO4]+[H2PO4]+[H3PO4]
= [PO4](1+[H]/K3+[H]^2/(K2K3)+[H]^3/(K1K2K3))
= [PO4](K1K2K3+K1K2[H]+K1[H]^2+[H]^3)/((K1K2K3)
したがって、
[PO4] = CaK1K2K3/(K1K2K3+K1K2[H]+[H]^2K1+[H]^3)
ここで、E = K1K2K3+K1K2[H]+K1[H]^2+[H]^3と置くと、
[PO4] = CaK1K2K3/E
f0 = K1K2K3/E …⑦
③式より、
[HPO4] = [H][PO4]/K3
この式に⑦式を代入すると、
[HPO4] = Ca[H]K1K2/E
f1 = [H]K1K2/E …⑧
②式より、
[H2PO4] = [H][HPO4]/K2
この式に⑧式を代入すると、
[H2PO4] = Ca[H]^2K1/E
f2 = [H]^2K1/E …⑨
①式より、
[H3PO4] = [H][H2PO4]/K1
この式に⑨式を代入すると、
[H3PO4] = Ca[H]^3/E
f3 = [H]^3/E …⑩
⑦+⑧+⑨+⑩から、
f0+f1+f2+f3 = 1
という関係が成立します。
以上をまとめると、
f0 = K1K2K3/E …⑦
f1 = [H]K1K2/E …⑧
f2 = [H]^2K1/E …⑨
f3 = [H]^3/E …⑩
ここで、E = K1K2K3+K1K2[H]+K1[H]^2+[H]^3
となります(*1)。
(*1) 1/f0をαすると、
α = 1/f0 = 1+[H]/K3+[H]^2/(K2K3)+[H]^3/(K1K2K3)
f0 = 1/α
f1 = [H]/(αK3)
f2 = [H]^2/(αK2K3)
f3 = [H]^3/(αK1K2K3)
と表すこともできる。
⑦~⑩式の対数を取ると、
log f0 = -(pK1+pK2+pK3+log E) …⑦’
log f1 = -(pH+pK1+pK2+log E) …⑧’
log f2 = -(2pH+pK1+log E) …⑨’
log f3 = -(3pH+log
E) …⑩’
リン酸のfnとpHの関係(⑦~⑩式)を図-1に示します(pK1=2.15, pK2=7.20, pK3=12.38)。
<<リン酸およびその塩のpH>>
<対数濃度図>
化学種分率fnはpHの関数であり、pHと酸解離定数が分かればfnの値を計算できます(酸の全濃度には無関係)。また酸の全濃度Caとfnの値から、溶液中の各化学種濃度を計算できます。
[PO4] = Caf0 …⑪
[HPO4] = Caf1 …⑫
[H2PO4] = Caf2 …⑬
[H3PO4] = Caf3 …⑭
さらに、⑪~⑭式の対数を取れば次の式が得られ、対数濃度図を描くことができます。
log[PO4] = log Ca+log f0 …⑪’
log[HPO4] = log Ca+log f1 …⑫’
log[H2PO4] = log Ca+log f2 …⑬’
log[H3PO4] = log Ca+log f3 …⑭’
エクセルを用いて、⑪’~⑭’式から0.01 mol/Lのリン酸(pK1=2.15, pK2=7.20,
pK3=12.38)の対数濃度図を描きます(図-2)。
<H3PO4のpH>
Ca=0.01 mol/Lのリン酸(H3PO4)のpHを求めます。
リン酸のプロトン条件式(2023-10-15)は、主成分であるH3PO4を基準化学種としてプロトンの授受を考えると、
[H] = [OH]+3[PO4]+2[HPO4]+[H2PO4] …⑮
(これは、電荷バランス式(⑥式)と一致)
ここでは、対数濃度図を利用して適切な近似式を考えます。
リン酸の対数濃度図の拡大図(図-3)において、⑮式の右辺の化学種のうち、H+の線(黒)と最初に交わるのはH2PO4-の線(赤)です。この交点において、[H2PO4]>>([OH]+3[PO4]+2[HPO4])なので、
[H] = [H2PO4] …⑯
の近似が成立し、図からこの交点のpHはおよそ2.3と分かります。
近似計算で、H3PO4のより正確なpHを求めます。
⑬, ⑨式より、
[H2PO4] = Caf2 = Ca[H]^2K1/E
= Ca[H]^2K1/(K1K2K3+K1K2[H]+K1[H]^2+[H]^3)
pH=2.3におけるEの各項を計算すると、(K1[H]^2+[H]^3)>>(K1K2K3+K1K2[H])となるので(*2)、⑯式は、
[H] = Ca[H]^2K1/(K1[H]^2+[H]^3)
整理すると、
[H]^2+K1[H]-K1Ca = 0
この二次方程式を解いてpHを求めると、pH=2.25
(*2) pK1=2.15, pK2=7.20,
pK3=12.38, pH=2.3を用いてEの各項を計算すると、
K1K2K3 = 10^-21.7, K1K2[H] = 10^-11.7,
K1[H]^2 = 10^-6.8, [H]^3 = 10^-6.5
<NaH2PO4のpH>
Cs=0.01 mol/Lのリン酸二水素ナトリウム(NaH2PO4)のpHを求めます。
NaH2PO4のプロトン条件式(2023-10-15)は、主成分であるH2PO4-を基準化学種として、
[H]+[H3PO4] =
[OH]+2[PO4]+[HPO4] …⑰
リン酸の対数濃度図の拡大図(図-3)において、⑰式の左辺の化学種でH+の線(黒)とH3PO4の線(青)は接近しているので(H++H3PO4)の線(水色)を考慮する必要があります。右辺の化学種のうち、(H++H3PO4)の線と最初に交わるのはHPO42-の線(緑)です。この交点において、[HPO4]>>([OH]+2[PO4])なので、
[H]+[H3PO4] = [HPO4] …⑱
の近似が成立し、図-3からこの交点のpHはおよそ4.8と分かります。
近似計算で、NaH2PO4のより正確なpHを求めます。
⑱, ①, ②式より、
[H]+[H][H2PO4]/K1
= K2[H2PO4]/[H]
また、図-3から明らかなように、pH=4.8において[H2PO4]≒Csが成立しているので、
[H]+[H]Cs/K1 = K2Cs/[H]
が成立します。したがって、
[H] = √(K1K2Cs/(K1+Cs))
この式から、[H]を計算してpHを求めると、pH=4.79
<Na2HPO4のpH>
Cs=0.01 mol/Lのリン酸水素二ナトリウム(Na2HPO4)のpHを求めます。
Na2HPO4のプロトン条件式は、主成分であるHPO4-を基準化学種として、
[H]+2[H3PO4]+[H2PO4] = [OH]+[PO4] …⑲
リン酸の対数濃度図の拡大図(図-4)において、⑲式の右辺の化学種でOH-の線(黒破線)とPO43-の線(オレンジ色)は接近しているので(OH-+PO43-)の線(茶色)を考慮する必要があります。左辺の化学種のうち、(OH-+PO43-)の線と最初に交わるのはH2PO4-の線(赤)です。この交点において、[H2PO4]>>([H]+2[H3PO4])なので、
[H2PO4] = [OH]+[PO4] …⑳
の近似が成立し、図-4からこの交点のpHはおよそ9.5と分かります。
近似計算で、より正確なpHを求めます。
⑳, ②, ③式より、
[H][HPO4]/K2 = Kw/[H]+K3[HPO4]/[H]
また、図-4から明らかなように、pH=9.5において[HPO4]≒Csが成立しているので、
[H]Cs/K2 =
Kw/[H]+K3Cs/[H]
が成立します。したがって、
[H] = √(K2Kw/Cs+K2K3)
この式から、[H]を計算してpHを求めると、pH=9.52
<Na3PO4のpH>
Cs=0.01 mol/Lのリン酸三ナトリウム(Na3PO4)のpHを求めます。
Na3PO4のプロトン条件式は、主成分であるPO43-を基準化学種として、
[H]+3[H3PO4]+2[H2PO4]+[HPO4] =
[OH] …㉑
リン酸の対数濃度図の拡大図(図-4)において、
㉑式の左辺の化学種のうち、OH-の線(黒破線)と最初に交わるのはHPO42-の線(緑)です。この交点において、[HPO4]>>([H]+3[H3PO4]+2[H2PO4])なので、
[OH] = [HPO4] …㉒
の近似が成立し、図-4からこの交点のpHはおよそ11.9と分かります。
近似計算で、Na3PO4のより正確なpHを求めます。
⑫式より、
[HPO4] = Csf1 = Cs[H]K1K2/E
= Cs[H]K1K2/(K1K2K3+K1K2[H]+K1[H]^2+[H]^3)
pH=11.9におけるEの各項を計算すると、(K1K2K3+K1K2[H])>>(K1[H]^2+[H]^3)となるので(*3)、㉒式は、
Kw/[H] = Cs[H]K1K2/(K1K2K3+K1K2[H])
整理すると、
[H]^2-(Kw/Cs)[H]-K3Kw/Cs
= 0
この二次方程式を解いてpHを求めると、pH=11.88
(*3) pK1=2.15, pK2=7.20,
pK3=12.38, pH=11.9を用いてEの各項を計算すると、
K1K2K3 = 10^-21.7, K1K2[H] = 10^-21.3, K1[H]^2 = 10^-25.9, [H]^3 = 10^-35.7
<エクセルの利用>
リン酸およびその塩溶液のpHについて、エクセルを利用して二分法やソルバー法で解くこともできます。例として、それぞれ0.01 mol/LのH3PO4, NaH2PO4,
Na2HPO4, Na3PO4溶液のpHをソルバー法で求めた結果を図-5に示します。





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