アミノ酸は分子内にカルボキシ基(-COOH)とアミノ基(-NH2)の両方を持つ有機化合物です。カルボキシ基はプロトンを放出し、またアミノ基はプロトンを受容する働きがあります。したがって、アミノ酸は酸性の強い水溶液中ではアミノ基が-NH3+の形をとり、陽イオンとなります。塩基性が強い場合は、カルボキシ基が-COO-の形をとり、陰イオンとなります。また、中程度のpH領域では-NH3+および-COO-の形をとり、双性イオン(=両性イオン)と呼ばれます。双性イオンは分子全体では中性を保ちますが、非常に高い双極子モーメントを持っています。このようなアミノ酸の酸塩基平衡について考察します。
<<グリシンおよびその塩のpH>>
モノアミノモノカルボン酸は分子内にアミノ基1個、カルボキシ基1個が付いたアミノ酸で、
グリシン:CH2(NH2)COOH
アラニン:CH3CH(NH2)COOH
セリン:HOCH2CH(NH2)COOH
ロイシン:(CH3)2CHCH2CH(NH2)COOH
などがあります。
ここではグリシン(HG)を例にとって説明します。
グリシンは水溶液中で次のような平衡が成立しています。
+H3N-CH2-COOH (陽イオン) …酸性域
⇅
+H3N-CH2-COO- (双生イオン) …中性域
⇅
H2N-CH2-COO- (陰イオン) …塩基性域
双性イオン(中性形)のグリシンをHG、陽イオン(酸性形)をH2G+, 陰イオン(塩基性形)をG-で表すと、
H2G+ ⇆ H+ + HG, K1 = [H][HG]/[H2G]
HG ⇆ H+ + G-, K2 = [H][G]/[HG]
つまり、グリシンはH2G+をジプロトン酸と考えるとこれまでの酸塩基と同様の取り扱いが可能となります(ただし、H2G+は1価の陽イオン、HGは中性の双性イオン、G-は1価の陰イオンなので、電荷バランス式の取り扱いに注意!)。グリシンやその塩のpHは、これまで通り近似式による方法やソルバーによる方法で求めることができます。
<近似法>
●グリシン(HG)
中性のグリシン(HG)から調製したモル濃度C mol/Lのグリシン溶液のpHの近似式による求め方はNaHAの場合(2023-10-22)と同様です。関係式は次の通りです。
平衡定数:K1 = [H][HG]/[H2G], K2 = [H][G]/[HG]
物質バランス:C = [H2G]+[HG]+[G]
電荷バランス:[H+]+[H2G+] = [OH-]+[G-]
これらの式から、次式が導かれます。(2023-10-22)
[H] = √((K1K2[HG]+K1Kw)/([HG]+K1)) …①
[HG]>>[G]+[H2G]ならば、[HG]≒Cなので、
[H] = √((K1K2C+K1Kw)/(K1+C)) …②
さらに、K2C>>Kw かつ C>>K1ならば、
[H] = √(K1K2) …③
と近似することができます。
例題1:0.01 mol/Lグリシン水溶液のpHを求めよ。 グリシンの酸解離定数をpK1=2.35(H2G+の酸解離定数), pK2=9.78(HGの酸解離定数)とする。
まず、近似式①を用いる。
pHap=(2.35+9.78)/2 = 6.07
[H]apを用いて[HG]apを求める。
[HG]ap = CK1[H]ap/([H]ap^2+K1[H]ap+K1K2)
=10^-2×10^-2.35×10^-6.07/((10^-6.07)^2+10^-2.35×10^-6.07+10^-2.35×10^-9.78)=1.0×10^-2
[HG]ap=1.0×10^-2<10^-1.35=10K1
[HG]ap=1.0×10^-2>6.0×10^-4=10Kw/K2
したがって、①式は使えない。
近似式②を用いる。
[H]1 = √((K1Kw+K1K2C)/(K1+C))=7.18×10^-7 , pH1=6.14
[H]1を用いて[HG]1を求める。
[HG]1 = CK1[H]1/([H]1^2+K1[H]1+K1K2)=1.00×10^-2
[HG]1を用いて[H]2を求める。
[H]2 = √((K1Kw+K1K2[HG]1)/(K1+[HG]1))=7.18×10^-7 , pH2=6.14
|pH2-pH1|<0.02なので、pH2が求める値である。
(答) pH = 6.14
●グリシン塩酸塩(H2GCl)
グリシン塩酸塩(H2GCl)から調製したC mol/L溶液のpHを求めるときの関係式は次の通りです。取り扱いはジプロトン酸(H2A)の場合(2023-09-17)と同じです。
平衡定数:K1 = [H][HG]/[H2G], K2 = [H][G]/[HG]
物質バランス:C = [H2G]+[HG]+[G] = [Cl]
電荷バランス:[H+]+[H2G+] = [OH-]+[G-]+[Cl-]
これらの式から、H+に関して次式が導かれます。(2023-09-17)
[H]^4+K1[H]^3+(K1K2-Kw-K1C)[H]^2-(K1Kw+2K1K2C)[H]-K1K2Kw = 0 …④
水からの[H], [OH]が無視できるならば、④式でKwを含む項はなくなり、
[H]^3+K1[H]^2+(K1K2-K1C)[H]-2K1K2C = 0 …⑤
また、K2がK1に比べて非常に小さく、2段目の解離を無視できるならば、⑤式でK2を含む項はなくなり、
[H]^2+K1[H]-K1C = 0 …⑥
さらに、C>>[H]ならば、⑥式でK1[H]の項はなくなり、
[H]^2-K1C = 0
[H] = √(K1C) …⑦
と近似することができます。
例題2:0.01 mol/Lグリシン塩酸塩水溶液のpHを求めよ。 グリシンの酸解離定数をpK1=2.35(H2G+の酸解離定数), pK2=9.78(HGの酸解離定数)とする。
まず、近似式⑦を用いる。
pHap = (pK1-logC)/2 = 2.18
[H]>>[OH]の条件: pHap=2.18<6.34=-log√(Kw/0.047) →条件は成立する。
C>>[H]の条件: pHap=2.18<3.33=1.33-logC →条件は成立しない。
近似式⑥を用いる。
[H]1=(-K1+√(K1^2+4K1C))/2=4.81×10^-3 pHap= 2.32
[H]>>K2の条件:pH1=2.32<8.45=pK2-1.33 →条件は成立する。
したがって、pH1が求める値である。
(答) pH = 2.32
●グリシン酸ナトリウム(NaG)
グリシン酸ナトリウム(NaG)から調製したC mol/L溶液のpHを求めるときの関係式は次の通りです。取り扱いはNa2Aの場合(2023-10-08)と同じです。
平衡定数:Kb1 = [OH][HG]/[G]=Kw/K2, Kb2 = [OH][H2G]/[HG]=Kw/K1
物質バランス:C = [H2G]+[HG]+[G] = [Na]
電荷バランス:[H+]+[H2G+]+[Na+] = [OH-]+[G-]
これらの式から、OH-に関して次式が導かれます(④式と同じ形)。
[OH]^4+Kb1[OH]^3+(Kb1Kb2-Kw-Kb1C)[OH]^2-(Kb1Kw+2Kb1Kb2C)[OH]-Kb1Kb2Kw = 0 …⑧
水からの[H], [OH]が無視できるならば、⑧式でKwを含む項はなくなり、
[OH]^3+Kb1[OH]^2+(Kb1Kb2-Kb1C)[OH]-2Kb1Kb2C = 0 …⑨
また、Kb2がKb1に比べて非常に小さく、2段目の解離(つまりH2Gの生成)を無視できるならば、⑨式でKb2を含む項はなくなり、
[OH]^2+Kb1[OH]-Kb1C = 0
つまり、[H]^2-(Kw/C)[H]-K2Kw/C
= 0 …⑩
さらに、C>>[OH]ならば、⑩式でKb1[OH]の項はなくなり、
[OH] = √(Kb1C)
つまり、[H]
= √(KwK2/C) …⑪
と近似することができます。
例題3:0.01 mol/Lグリシン酸ナトリウム水溶液のpHを求めよ。 グリシンの酸解離定数をpK1=2.35(H2G+の酸解離定数), pK2=9.78(HGの酸解離定数)とする。
まず、近似式⑪を用いる。
pHap = (pKw+pK2+logC)/2 = 10.89
[OH]>>[H]の条件: pHap=10.98>7.66=-log√(0.047Kw) →条件は成立する。
C>>[OH]の条件: pHap=10.89>10.67=logC+12.67 →条件は(かろうじて)成立する。
より厳密な解を求めるため近似式⑥を用いる。
[H]1=(Kw/C+√((Kw/C)^2+4K2Kw/C))/2=1.34×10^-11 pH1= 10.87
[OH]>>Kb2の条件:pH1=10.87>3.68=pK1+1.33 →条件は成立する。
したがって、より厳密にはpH1が求める値である。
(答) pH = 10.87
<<対数濃度図>>
グリシンに関する対数濃度図を図-1に示します。
0.01
mol/L HGのpHはほぼ中性付近であり、電荷バランス式([H]+[H2G] = [G]+[OH])において[G]>>[OH]なので、図-1からlog([H]+[H2G])の線(青の破線)とlog[G](緑の実線)の交点(B)で与えられます(pH≒6.1)。
0.01
mol/L H2GClのpHは酸性域にあり、H2G+を基準とするプロトン条件式([H] = [HG]+2[G]+[OH])において[HG]>>(2[G]+[OH])なので、log[HG](黄の実線)とlog[H]の交点(A)で与えられます(pH≒2.3)。
0.01
mol/L NaGのpHは塩基性域にあり、G-を基準とするプロトン条件式([H]+2[H2G]+[HG]
= [OH])において[HG]>>([H]+2[H2G])なので、log[HG](黄の実線)とlog[OH]の交点(C)で与えられます(pH≒10.9)。
<<ソルバーによる方法>>
グリシンおよびその塩のpHをソルバーで求める方法を示します。
●グリシン(HG)
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[G] = C/(1+[H]/K2+[H]^2/(K2K1))
[HG] = [H][G]/K2
[H2G] = [H][HG]/K1
電荷バランス式:Q = [H]-[OH]-[G]+[H2G] = 0
目的セル:Q(→0), 変数セル:pH、としてソルバーを実行する。
●グリシン塩酸塩(H2GCl)
[H],
[OH], [G], [HG], [H2G]については、グリシンに同じ。
[Cl] = C
電荷バランス式:Q = [H]-[OH]-[G]+[H2G]-[Cl] = 0
目的セル:Q(→0), 変数セル:pH、としてソルバーを実行する。
●グリシン酸ナトリウム(NaG)
[H],
[OH], [G], [HG], [H2G]については、グリシンに同じ。
[Na] = C
電荷バランス式:Q = [H]-[OH]-[G]+[H2G]+[Na] = 0
目的セル:Q(→0), 変数セル:pH、としてソルバーを実行する。
例題4:ソルバー法で、(1)グリシン、(2)グリシン塩酸塩、(3)グリシン酸ナトリウム、それぞれ0.01 mol/L溶液のpHを求めよ。 グリシンの酸解離定数をpK1=2.35, pK2=9.78とする。
ソルバーを実行した結果を図-2に示す(近似式による結果も併記する)。
<<等電点>>
電気泳動で重要となるアミノ酸の等電点(pI)は「アミノ酸の陽イオンの電荷の合計と陰イオンの電荷の合計が等しくなるときのpH」で与えられます。
グリシンについて数式でいうと、
[H2G+] = [G-]
という条件を満足するpHとなります。
この式に[H2G]=[H][HG]/K1および[G]=K2[HG]/[H]を代入すると、
[H]^2 = K1K2
つまり等電点は
pl=(pK1+K2)/2
で与えられます(pI=6.07)。
なお、グリシンの等電点は、図-1においてlog[H2G](赤の実線)とlog[G](緑の実線)の交点のpHで示されます。


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