ポリプロトン酸塩基の滴定曲線はモノプロトン酸塩基の場合と同様の手法で描くことができます(2023-06-252023-07-30)。今回は、近似法について説明します。   

<<酸塩基滴定の基礎>>
以前(2023-06-25)にも述べたとおり、未知量の酸(または塩基)を含む試料溶液に濃度既知の塩基(または酸)溶液(=滴定液)を滴下すると当量点の前後でpHが急激に変化します。この当量点を化学的あるいは物理的方法で検知してこれを終点とし、終点における滴定液の量から未知量の酸(または塩基)の量を求める方法を酸塩基滴定法と言います。   

実際の酸塩基滴定を理解する上で、平衡定数・物質バランス・電荷バランスを基とした理論的滴定曲線を作成することは重要です。以下、ポリプロトン酸塩基に関する理論的滴定曲線の描き方を示します。用いる記号の定義は次の通りです。
Cao, Cbo
:試料溶液あるいは滴定液の全酸濃度、全塩基濃度 (mol/L) (添え字a, bはそれぞれ酸, 塩基を表し、oは滴定開始前であることを表す)
V
:試料溶液の体積 (mL)
T
:加えた滴定液の体積
(=滴下量) (mL)
Ca, Cb
:滴定開始後の滴定容器中の溶液(=被滴定溶液)の全酸濃度、全塩基濃度 (mol/L)
[Xi]
:被滴定溶液中に含まれる酸塩基に起因する化学種Xiの濃度 (mol/L)
なお、被滴定溶液の体積は、加成性が成立するものとしてVT (mL)とします。   

<酸塩基滴定における関係式>
物質バランスとして、
Ca = CaoV/(V
T)
Cb = CboT/(V
T)
Ca =
Σ[Xi]a
Cb =
Σ[Xi]b
が成立します。つまり、滴定開始前の試料溶液および滴定液の酸塩基濃度がCao, Cboのとき、滴定中の被滴定溶液の酸塩基濃度は互いに希釈されてCa, Cbとなります。このように、Cao, Cbo, Ca, Cb, [Xi]はともに濃度を表しますが、それぞれの持っている意味が異なっているのではっきり区別して混同しないよう注意してください。
酸塩基滴定における滴定曲線は、滴定液の滴下量(たとえば体積)と被滴定溶液のpHの関係をグラフに表したものです。この滴下量とpHの関係を求めることは、結局のところ
酸と塩基の混合溶液のpHを求めることに他なりません。
Ca mol/Lのポリプロトン酸(HmA)Cb mol/Lの強塩基(NaOH)を含む混合溶液のpHを求めるときの関係式は次の通りです(2023-06-18)。なお、以下の滴定に関する考察においてイオン強度の影響は無視します。
平衡定数
K1 = [H][Hm-1A]/[HmA]
K2 = [H][Hm-2A]/[Hm-1A]

Km-1 = [H][HA]/[H2A]
Km = [H][A]/[HA]
Kw = [H][OH]
物質バランス
Ca = [A]
[HA]+…+[HmA]
Cb = [Na]
電荷バランス
[H]
[Na] = [OH]m[A](m-1)[HA]+…+[Hm-1A]   

<ジプロトン酸の滴定曲線の式>
たとえば、Cao mol/Lジプロトン酸(H2A), V mLCbo mol/LNaOHで滴定(滴定量, T mL)するときの滴定曲線の式は、
Ca
= CaoV/(VT) = [A][HA][H2A]
Cb = CboT/(V
T) = [Na]
[H]
[Na] = [OH]2[A][HA]

この関係から、
T = V(Cao(2f0
f1)[H][OH])/(Cbo[H][OH])
と表すことができます。ここで、fは化学種の分率です。
f0 = [A]/Ca, f1 = [HA]/Ca
   

<<ジプロトン酸の滴定曲線>>
Cao mol/L
ジプロトン酸(H2A), V mLCbo mol/LNaOHで滴定(滴定量: T mL)したとき滴定曲線の例を-に示します。   

-
2023-11-26-fig1

滴定曲線の描き方としては、-の様に大別されます(2023-07-23)。   

-
2023-11-26-fig2

今回は近似法を用いたやり方を示します。   

<近似法の利用>
近似法を用いる場合は、(1)滴定前 (2)滴定開始から第1当量点まで (3)第1当量点 (4)第1当量点から第2当量点まで (5)第2当量点 (6)第2当量点以降、に分けて、それぞれ近似式を作成します。このときK1>>K2が成立するものとします。
(1)
滴定前
Cao >> [H]ならば、Cao mol/LH2ApHは次の通りです(2023-09-17)
[H] = (K1Cao)
ただし、H2Aがかなり強い酸でK1が大きい場合は[H]を無視できず、次の2次方程式を解く必要があります。
[H]^2
K1[H]K1Cao = 0   

(2) 滴定開始から第1当量点まで
この領域では、被滴定溶液はH2A/HA-系の緩衝液となっています(2023-08-13)
弱酸に十分なNaOHが加えられると、加えたNaOH分だけ、H2AからHA-が生じるので
(*1)
[HA] = Cb
(*1) 電荷バランスは[H][Na]=[HA]2[A][OH]であるが、十分なNaOHが加えられると[Na]に対して([H][OH])は無視できる。また、K1>>K2なので、A2-の生成は無視でき、結局[Na]=[HA]となる。
このときH2Aは、
[H2A] = Ca
Cb
これらをK1 = [H][HA]/[H2A]に代入すると、次の近似式(ヘンダーソン-ハッセルバルヒの式)が得られます。
[H] = K1(Ca
Cb)/Cb
ただし、滴定の開始直後および第1当量点の直前ではこの近似式は成立しません。H2Aがかなり強い酸でK1が大きい場合は
[H]を無視できず、
[H] = K1(Ca
Cb[H])/(Cb[H])
つまり、
次の2次方程式を解く必要があります。
[H]^2(K1Cb)[H]K1(CaCb) = 0   

(3) 第1当量点
第1当量点では、Ca mol/LNaHAが生成しています。したがって、Caが十分大きい場合、次の近似式が成立します(2023-10-22)
[H] =
(K1K2)
ただし、H2Aがかなり強い酸でK1が大きい場合
(あるいはA2-がかなり強い塩基でKw/K2が大きい場合)、次式を用いる必要があります。
[H] = √((K1Kw+K1K2Ca)/(K1+Ca))   

(4) 第1当量点から第2当量点まで
この領域では、被滴定溶液はHA-/A2-系の緩衝液となっています。
第1当量点からさらに十分なNaOHが加えられると、加えられたNaOH分だけ、HA-からA2-が生じるので、
[A] = Cb
Ca
またこのときHA-は、
[HA] = Ca
(CbCa) = 2CaCb
これらをK2 = [H][A]/[HA]に代入すると、次の近似式(ヘンダーソン-ハッセルバルヒの式)が得られます。
[H] = K2(2Ca
Cb)/(CbCa)
第1当量点の直後および第2当量点の直前ではこの近似式は成立しません
(*2)
(*2) より厳密には、[H] = K2(2Ca-Cb-[H]+[OH])/(Cb-Ca+[H]-[OH])

(5) 第2当量点
第2当量点では、Ca mol/LNa2Aが生成しています。A2-の加水分解を考えると(H2Aの生成は無視して)
A2-
H2O HA-OH-
[HA]
[OH]
Ca = [HA]
[A] = [OH][A]
もし、Ca>>[OH]ならば、
[A] = Ca
[OH]Ca
この関係を
Kb1 = [OH][HA]/[A]
に代入して、
[OH]^2 = Kb1Ca = Kw/(CaK2)
したがって、次の近似式が成立します。
[H] =
(KwK2/Ca)
ただし、Ca>>[OH]が成立しない場合は、
次の2次方程式を解く必要があります。
[OH]^2
(Kw/K2)[OH](Kw/K2)Ca = 0   

(6) 第2当量点以降
第2当量点を過ぎて十分なNaOHを加えると、pHは過剰なOH-のみを考慮して求めればよいことになります。
[OH] = Cb
2Ca
[H] = Kw/(Cb
2Ca)
2当量点の直後ではこの近似式は成立しません。   

<典型的なH2Aの滴定曲線>
Cao=0.1 mol/L
の典型的ジプロトン酸(H2A)(pK1=4.0, pK2=8.0), 0.1 mol/L, 10 mLCbo=0.1 mol/LNaOHで滴定したときの滴定曲線を近似法で求めました。用いた近似式は次の通りです。なおここで、Teq1, Teq2はそれぞれ第1当量点、第2当量点の滴下量です。   

-
2023-11-26-fig3

計算はエクセルで行いました。結果を-に示します(滴定曲線は-)。   

-
2023-11-26-fig4

<マレイン酸の滴定曲線>
Cao=0.1 mol/L
のマレイン酸(pK1=1.89, pK2=6.23) 10 mLCbo=0.1 mol/LNaOHで滴定したときの滴定曲線を近似法で求めました。
-の近似式を用いて求めた滴定曲線を-(青色の曲線)に示します。   

-
2023-11-26-fig5

マレイン酸のK1(=0.013)は比較的大きいので、「(1)滴定前」および「(2)滴定開始から第1当量点まで」の段階において[H]の影響を無視できません(*3)

(*3) たとえば、0.1 mol/Lのマレイン酸10 mL0.1 mol/LNaOH, 2 mLを加えたとき、近似式:[H] = K1(CaCb)/Cbから求めた値(暫定値)は、
[H]=10^-1.89
×((0.1×100.1×2)/12)/((0.1×2)/12)=0.05 mol/L
CH2A=(Ca
Cb)=0.067 mol/L, CHA=Cb=0.017 mol/lなので、CH2A>>[H], CHA>>[H]は成立しない。したがって、2次式:
[H]^2(K1Cb)[H]K1(CaCb)=0から[H]を求める必要がある。

より厳密な近似式:
(
滴定前) 
[H]^2K1[H]K1Cao=0
(
滴定開始から第1当量点まで) [H]^2(K1Cb)[H]K1(CaCb)=0
(
第1当量点) 
[H]=((K1KwK1K2Ca)/(K1Ca))
を用いて求めたpH
-中に赤色の曲線で示しています。

他の酸塩基についても同様の手法で滴定曲線を求めることができます。しかし、以上述べたように近似法を用いる場合は、滴定段階に応じて近似式を変え、また近似が成立する範囲を十分検討しなければなりません。しかし、次回以降述べる二分法やレビ法を用いるとこのような煩雑さが無くなります。