モノプロトン酸塩基の緩衝液についてはすでに述べました(2023-08-13)。今回はポリプロトン酸塩基の緩衝液の「緩衝能」について考察します。   

<<緩衝指数の計算>>
希釈したりあるいは少量の酸や塩基を加えたりしても、pHがほぼ一定に保たれる溶液は緩衝液と呼ばれ、またそのような作用を緩衝作用と言います。緩衝作用の強さを緩衝能と言い、その尺度は通常、Ca mol/Lの酸に加えたCb mol/L強塩基に対するpHの変化:
β=dCb/dpH
で表され、これを
緩衝指数(または緩衝価)と言います(2023-08-20)
<ジプロトン酸の緩衝指数>
ジプロトン酸(H2A)強塩基(NaOH)を加えた溶液の平衡に関する関係式は次のとおりです。ただし、ジプロトン酸の濃度をCa, 強塩基の濃度をCb, ジプロトン酸の酸解離定数をK1, K2, 水のイオン積をKwとします。
平衡定数
K1 = [H][HA]/[H2A]
K2 = [H][A]/[HA]
Kw = [H][OH]
物質収支
Ca = [A]
[HA][H2A] = [A](1[H]/K2[H]^2/(K2K1))
Cb = [Na]
電荷収支
[H]
[Na] = [HA]2[A][OH]   

これらの関係式から、
[H]
Cb = [HA]2[A][OH]
Cb = [A]([H]/K2
2)[H][OH]
= Ca/{1+[H]/K2
[H]^2/(K2K1)}([H]/K22)[H][OH]
= CaK1([H]
2K2)/([H]^2K1[H]K2K1)[H]Kw/[H]   

CbpHで微分すると、ジプロトン酸の緩衝指数β
β= dCb/dpH
= (ln10){CaK1[H]([H]^2
4K2[H]K2K1)/([H]^2K1[H]K2K1)^2[H][OH]}
が得られます(*1)
(*1) yu/vのとき、dy/dx{(du/dx)vu(dv/dx)}/v^2なので、
dCb/d[H]=CaK1{([H]^2
K1[H]K2K1)([H]2K2)(2[H]K1)}/([H]^2K1[H]K2K1)^21Kw[H]^-2
=
CaK1{[H]^24K2[H]K1K2}/([H]^2K1[H]K2K1)^21Kw[H]^-2
また、ylog xのとき、dy/dx1/(xln10)なので、
dpH/d[H]
=-1/([H]ln10)
したがって、
β= dCb/dpH = (dCb/d[H])(d[H]/dpH)
= (ln10){CaK1[H]([H]^2
4K2[H]K2K1)/([H]^2K1[H]K2K1)^2[H]Kw/[H]}
= (ln10){CaK1[H]([H]^2
4K2[H]K2K1)/([H]^2K1[H]K2K1)^2[H][OH]}  
 

また、A2-, HA- H2Aの存在分率をそれぞれf0 , f1 , f2 とすると、
α = 1[H]/K2[H]2/(K2K1)
f0 = [A]/Ca = 1/α = K2K1/(K2K1K1[H][H]2)
f1 = [HA]/Ca = f0[H]/K2 = K1[H]/(K2K1
K1[H][H]2)
f2 = [H2A]/Ca = f0[H]2/(K2K1) = [H]^2/(K2K1
K1[H][H]2)

したがって、
β = (ln10){Ca(f0f1f1f24f0f2)[H][OH]}
となります(*2)
(*2) f0f1 = K2K1^2[H]/(K2K1K1[H][H]2)^2
f1f2 = K1[H]^3/(K2K1K1[H][H]2)^2
f0f2 = K2K1[H]^2/(K2K1K1[H][H]2)^2
β = (ln10){CaK1[H]([H]^24K2[H]K2K1)/([H]^2K1[H]K2K1)^2[H][OH]}
= (ln10){Ca
(f0f1f1f24f0f2)[H][OH]}   

さらに、βを[H2A], [HA], [A]で表すと、
β= (ln10){([A][HA][HA][H2A]4[A][H2A])/Ca[H][OH]}
となります(*3)
(*3) f0f1 =[A][HA]/Ca^2, f1f2 = [HA][H2A]/Ca^2, f0f2 = [A][H2A]/Ca^2   

たとえば、0.1 mol/Lのフタル酸(pK1=2.95, pK2=5.41)の緩衝指数を-に示します。 

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2024-02-04-fig1

<トリプロトン酸の緩衝指数>
トリプロトン酸の緩衝指数についても、ジプロトン酸の場合と同様のやり方で式を導くことができます。トリプロトン酸の緩衝指数(β)
β= (ln10){CaK1[H]([H]^4+4K2[H]^3+(K1+9K3)K2[H]^2+(4[H]+K2)K3K2K1)/([H]^3K1[H]^2K2K1[H]+K3K2K1)^2[H][OH]}
または、
β = (ln10){Ca
(f0f1f1f2f2f34f0f24f1f39f0f3)[H][OH]}
または、
β = (ln10){([A][HA][HA][H2A][H2A][H3A]4[A][H2A]4[HA][H3A]9[A][H3A])/Ca[H][OH]}
となります(*4)
(*4) α= 1+[H]/K2+[H]^2/(K2K1)+[H]^3/(K3K2K1) = ([H]^3K1[H]^2K2K1[H]+K3K2K1)/(K3K2K1) 
X = [H]^3
K1[H]^2K2K1[H]+K3K2K1 とすると、α= X/(K3K2K1)なので  
f0 = [A]/Ca = 1/
α = K3K2K1/X 
f1 = [HA]/Ca = f0[H]/K3 = K2K1[H]/X 
f2 = [H2A]/Ca = f0[H]^2/(K3K2) = K1[H]^2/X 
f3 = [H3A]/Ca = f0[H]^3/(K3K2K1) = [H]^3/X 
f0f1 = K3K2^2K1^2[H]/X^2 = (K1[H])K3K2^2K1/X^2 = [A][HA]/Ca^2 
f1f2 = K2K1^2[H]^3/X^2 = (K1[H])K2K1[H]^2/X^2 = [HA][H2A]/Ca^2 
f2f3 = K1[H]^5/X^2 = (K1[H])[H]^4/X^2 = [H2A][H3A]/Ca^2 
f0f2 = K3K2K1^2[H]^2/X^2 = (K1[H])K3K2K1[H]/X^2 = [A][H2A]/Ca^2 
f1f3 = K2K1[H]^4/X^2 = (K1[H])K2[H]^3/X^2 = [HA][H3A]/Ca^2 
f0f3 = K3K2K1[H]^3/X^2 = (K1[H])K3K2[H]^2/X^2 = [A][H3A]/Ca^2
   

たとえば、0.1 mol/Lのリン酸(pK1=2.15, pK2=7.20, pK3=12.38)の緩衝指数を-に示します。また0.1 mol/Lのクエン酸(pK1=3.13, pK2=4.76, pK3=6.40)の緩衝指数は-3に示します。リン酸は中性付近で緩衝能が高く、またクエン酸は弱酸性域で緩衝能が高いことが分かります。

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2024-02-04-fig2

図-
2024-02-04-fig3

<アミノ酸の緩衝指数>
モノアミノモノカルボシキルアミノ酸については、上記のジプロトン酸の緩衝指数の式が成立し、モノアミノジカルボン酸、ジアミノモノカルボン酸については上記のトリプロトン酸の緩衝指数の式が成立します。   

たとえば、0.1 mol/Lのグリシン(pK1=2.35, pK2=9.78)の緩衝指数を-に示します。   

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2024-02-04-fig4

混合酸の緩衝指数
例えば、モノプロトン(HA)ジプロトン(H2B)トリプロトン(H3C)の緩衝指数をそれぞれβa, βb, βcとすると、
βa= (ln10)([A][HA]/Ca+[H]+[OH])
βb= (ln10){([B][HB]+[HB][H2B]+4[B][H2B])/Cb+[H]+[OH]}
βc= (ln10){([C][HC]+[HC][H2C]+[H2C][H3C]+4[C][H2C]+4[HC][H3C]+9[C][H3C])/Cc+[H]+[OH]}
これらの式の赤色部分Za, Zb, Zcとすると、
Za=
[A][HA]/Ca
Zb=
([B][HB]+[HB][H2B]+4[B][H2B])/Cb
Zc=
([C][HC]+[HC][H2C]+[H2C][H3C]+4[C][H2C]+4[HC][H3C]+9[C][H3C])/Cc   

Za, Zb, Zcには加成性が成立し、複数の酸を含む混合溶液の緩衝指数βは、
β= (ln10)(ΣZaΣZbΣZc[H][OH])
となります。 

たとえば、0.1 mol酢酸(pK1=4.75)0.1 molリン酸(pK1=2.15, pK2=7.20, pK3=12.38)および0.1 molホウ酸(pK1=9.24)を含む溶液にNaOHまたはHClを加えてpHを調整した1000 mLの溶液の緩衝指数は-のようになります。 

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2024-02-04-fig5

<<滴定曲線と緩衝指数>>
ここまではCbpHで微分して緩衝指数βを求めましたが、ΔpHが十分小さいとき、
β = dCb/dpH≒ΔCb/ΔpH = (Cb(pH+ΔpH)Cb(pH-ΔpH))/(2ΔpH)
なので、微分をしなくてもCbpHの関係が分かればβの近似値を求めることが可能です。   

例えば、Ca mol/Lの2価の酸(H2A)の緩衝指数は、
β = dCb/dpH
Cb = [HA]
2[A][H][OH]
で与えられますが、これは
Q = Cb
[H][OH]2[A][HA] = 0
なので、Q=0を解いてCbpHの関係の求め、β≒ΔCb/ΔpHから緩衝指数の近似値を求めることができます。   

Q=0の解き方Ca mol/Lの2価の酸(H2A)NaOHで滴定するときの滴定曲線の求め方と同じです(ただし、NaOHの添加による体積変化はないとき)
したがって、たとえば二分法データテーブルを用いて与えられたCbに対するpHの値を求めるとβが近似的に求められます。もちろん、これは2価の酸(H2A)に限らず、すべての酸塩基に適用可能です。   

たとえば、0.1 mol/L酢酸、0.1 mol/Lリン酸および0.1 mol/Lホウ酸を含む溶液に[Na]=Cna mol/LとなるようにNaOHを加えた溶液の滴定曲線(*5)および緩衝指数は-のようになります。データテーブルで溶液中のNaOH濃度をCna(0)=0 mol/Lから始めて0.002 mol/Lずつ増加していったときのk番目の濃度をCna(k) mol/Lとして、
βk(Cna(k+1)Cna(k-1))/(pH(k+1)pH(k-1))
緩衝指数を求めました。-とほぼ同様の結果がえられます。
(*5) 被滴定溶液の体積変化はなし。滴定曲線は通常のグラフと縦軸-横軸が入れ替わっていることに注意!   

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2024-02-04-fig6

緩衝指数の式や図から明らかなように、pHが非常に低いまたは高い領域を除き、ポリプロトン酸の緩衝液においては、加えた酸濃度が大きいほど緩衝能が大きく、またpHpKiのとき緩衝能が最大となることが分かります(これはモノプロトン酸の緩衝液と同様です)。このことから、緩衝液を選ぶとききにはpKiが目的とするpHにできるだけ近い緩衝液を採用するのがよいと言えます(緩衝液が有効に働くpH範囲はpKi±1程度です)。