以前モノプロトン酸塩基の緩衝液に関して、活量係数を考慮した計算を行いました(023-08-27)。今回はポリプロトン酸塩基の緩衝液のpHを計算します。また活量係数を考慮した緩衝液の調製方法を計算で求めます。   

ある特定のpH値を持つ緩衝液を実際に調製したい場合、理論的計算で求めるにはいくつかの困難が伴います。たとえば、計算に必要な酸解離定数はイオン強度や温度によって大きく変動しますが、それらの条件に合ったデータがすべて揃っているとは限りません。したがって、必要な酸解離定数を求めるにはある仮定に基づく計算式を用いる必要があり、これによる誤差が生じます。したがって、実際の緩衝液を作製するには正確に校正されたpHメータを用いるのが一般的です。しかし、実際の調製に先立って理論的計算であらかじめ予測を立てることは重要なことだと思います。今回はエクセル-ソルバーを用いて活量係数を考慮した計算を行います。   

<<活量係数を考慮したpHの計算>>
計算の出発にあたって、平衡定数は25℃における熱力学的平衡定数を用い、活量係数の算出には拡張デバイ-ヒュッケル式を用います(2023-03-26)化学種iの活量係数をγiとます。イオン強度をµとすると、化学種iの拡張デバイヒュッケル式は次の通りです。
log
γi= 0.51(zi^2)µ/(1+(ai/305)µ)
ここで、γiは活量係数、μはイオン強度、ziは電荷、aiは水和イオン直径(pm)を表します。
拡張デバイ-ヒュッケル式はµ=0.10.2程度を超えると成立しなくなります
(*1)
(*1) さらにイオン強度の高い溶液を扱いたい場合は、デービス式やピッツァー式などを用いる必要がある。
また以下、濃度基準のpHを単にpHで表し、活量基準のpHpHºとします。
[H]º = [H]γH
pH = pHº+logγH    

例題10.1 mol/Lのフタル酸水素カリウム(KHPh) 50 mL0.1 mol/LNaOH 25 mLを加えて水で100 mLにした溶液のpHºを求めよ。 フタル酸の酸解離定数をpK1º=2.95, pK2º=5.41とし、水のイオン積をKwº=14.00とする。
緩衝液中のフタル酸水素カリウムの濃度をCaとし、NaOHの濃度をCbとすると関係式は次の通り。
・平衡定数:
K1 = K1º/(
γHγHPh/γH2Ph)
K2 = K2º/(
γHγPh/γHPh)
Kw = Kwº/(
γHγOH)
・活量係数:
log
γH= 0.51µ/(1+2.95µ)
log
γOH= 0.51µ/(1+1.15µ)
log
γH2Ph= 0
log
γHPh= 0.51µ/(1+1.97µ)
log
γPh= 0.51×4µ/(1+1.97µ)
µ = ([H]
[OH]4[P
バランスh][HPh][K][Na])/2

・物質バランス:
Ca = [Ph]
[HPh][H2Ph] = [K]
Cb = [Na]
・電荷
バランス
Q = [H]
[OH]2[Ph][HPh][K][Na] = 0
・化学種濃度:
[H]º = [H]
γH
pH = pHº
logγH
[H] = 10^
pH
[OH] = [H]/Kw
[Ph] = Ca(1
[H]/K2[H]^2/(K2K1))
[HPh] = [H][Ph]/K2
[H2Ph] = [H][HPh]/K1
[K]
[Na] = CaCb   

これらの関係式から、ソルバー(2023-04-23)を用いて

目的セル:Q=0
変数セル:pHº, μo
制約条件:μo-μ=0
としてpHºを求めると、結果は-1のようになる。
(
) pHº = 5.12   

-1
2024-02-18-fig1

例題2:0.1 mol/Lのリン酸二水素カリウム 50 mL0.1 mol/LNaOH 30 mLを加えて水で100 mLにした溶液のpHºを求めよ。 リン酸の酸解離定数をpK1º=2.15, pK2º=7.20, pK3º=12.38とし、水のイオン積をKwº=14.00とする。
緩衝液中のリン酸二水素カリウムの濃度をCaNaOHの濃度をCbとすると関係式は次の通り。
・平衡定数:
K1 = K1º/(
γHγH2PO4/γH3PO4)
K2 = K2º/(
γHγHPO4/γH2PO4)
K3 = K3º/(
γHγPO4/γHPO4)
Kw = Kwº/(
γHγOH)
・活量係数:
log
γH= 0.51µ/(1+2.95µ)
log
γOH= 0.51µ/(1+1.15µ)
log
γH3PO4= 0
log
γH2PO4= 0.51µ/(1+1.48µ)
log
γHPO4= 0.51×4µ/(1+1.31µ)
log
γPO4= 0.51×9µ/(1+1.31µ)
µ = ([H]
[OH]9[PO4]4[HPO4][H2PO4][K][Na])/2
・物質
バランス
Ca = [PO4]
[HPO4][H2PO4][H3PO4] = [K]
Cb = [Na]
・電荷
バランス
Q = [H]
[OH]3[PO4]2[HPO4][H2PO4][K][Na] = 0
・化学種濃度:
[H]º = [H]
γH
pH = pHº
logγH
[H] = 10^
pH
[OH] = [H]/Kw
[PO4] = Ca(1
[H]/K3[H]^2/(K3K2)[H]^3/(K3K2K1))
[HPO4] = [H][PO4]/K3
[H2PO4] = [H][HPO4]/K2
[H3PO4] = [H][H2PO4]/K1
[K]
[Na] = CaCb   

これらの関係式から、ソルバーを用いて
目的セル:Q=0
変数セル:pHº, μo
制約条件:μo-μ=0
としてpHºを求めると、結果は-2のようになる。
() pHº = 7.02   

-2
2024-02-18-fig2a
2024-02-18-fig5b

例題3:0.1 mol/Lのクエン酸(H3Ci) 60 mL0.1 mol/Lのクエン酸三ナトリウム(Na3Ci) 40 mLを加えた溶液のpHºを求めよ。 クエン酸の酸解離定数をpK1º=3.13, pK2º=4.76, pK3º=6.40とし、水のイオン積をKwº=14.00とする。
緩衝液中のクエン酸の濃度をCa、クエン酸三ナトリウムの濃度をCbとすると関係式は次の通り。
・平衡定数:
K1 = K1º/(
γHγH2Ci/γH3Ci)
K2 = K2º/(
γHγHCi/γH2Ci)
K3 = K3º/(
γHγCi/γHCi)
Kw = Kw/(
γHγOH)
・活量係数:
log
γH= 0.51µ/(1+2.95µ)
log
γOH= 0.51µ/(1+1.15µ)
log
γH3Ci= 0
log
γH2Ci= 0.51µ/(1+1.15µ)
log
γHCi= 0.51×4µ/(1+1.48µ)
log
γCi= 0.51×9µ/(1+1.64µ)
µ = ([H]
[OH]9[Ci]4[HCi][H2Ci][Na])/2
・物質
バランス
Ca
Cb = [Ci][HCi][H2Ci][H3Ci]
3Cb = [Na]
・電荷
バランス
Q = [H]
[OH]3[Ci]2[HCi][H2Ci][Na] = 0
・化学種濃度:
[H]º = [H]
γH
pH = pHº
logγH
[H] = 10^
pH
[OH] = [H]/Kw
[Ci] = (Ca
Cb)/(1[H]/K3[H]^2/(K3K2)[H]^3/(K3K2K1))
[HCi] = [H][Ci]/K3
[H2Ci] = [H][HCi]/K2
[H3Ci] = [H][H2Ci]/K1
[Na] = 3Cb
   

これらの関係式から、ソルバーを用いて
目的セル:Q=0
変数セル:pHº, μo
制約条件:μo-μ=0
としてpHºを求めると、結果は-3のようになる。
(
) pHº = 3.99   

-3
2024-02-18-fig3a
2024-02-18-fig3b

<<緩衝液の調製方法-いくつかの実例>>
様々な条件での緩衝液の調製方法を計算で求めます。
例題40.1 mol/Lのフタル酸水素カリウム(KHPh) 50 mL0.1 mol/Lの塩酸を加え水で100 mLにして、pHº3.0の緩衝液を作りたい。添加するべき塩酸の体積を求めよ。 
フタル酸の酸解離定数をpK1º=2.95, pK2º=5.41とし、水のイオン積をKwº=14.00とする。
加えるフタル酸水素カリウムの濃度をCao, 体積をVa, 塩酸の濃度をCco, 体積をVc, 作成した緩衝液中のフタル酸水素カリウムの濃度をCa, 塩酸の濃度をCc, 最終の体積をVtとすると関係式は次の通り。
・平衡定数、活量係数:例題1に同じ
・物質
バランス
Ca = CaoVa/Vt
Cc = CcoVc/Vt
Ca = [Ph]
[HPh][H2Ph] = [K]
Cc = [Cl]
・電荷
バランス
Q = [H]
[OH]2[Ph][HPh][K][Cl] = 0
・化学種濃度:
[H]º = [H]
γH
pH = pHº
logγH
[H] = 10^
pH
[OH] = [H]/Kw
[Ph] = Ca/(1
[H]/K2[H]^2/(K2K1))
[HPh] = [H][Ph]/K2
[H2Ph] = [H][HPh]/K1
[K] = Ca
[Cl] = Cc
   

これらの関係式から、ソルバーを用いて
目的セル:Q=0
変数セル:Vc, μo
制約条件:μo-μ=0
としてVcを求めると、結果は-のようになる(*2)
(
) Vc = 22.2 mL
(*2) 活量補正を行わない場合、つまりγi=1として計算するとVc=26.8 mLとなる。実際に加えるべき値はV=22.3 mL(化学便覧)なので、活量補正を行なうと実際の値とよく一致することが分かる。   

-
2024-02-18-fig4

例題5:0.1 mol/Lのリン酸二水素カリウム(KH2PO4) 50 mL0.1 mol/Lのリン酸水素二ナトリウム(Na2HPO4)を加えてpHº6.8の緩衝液を作りたい。添加するべきリン酸水素二ナトリウムの体積を求めよ。 リン酸の酸解離定数をpK1º=2.15, pK2º=7.20, pK3º=12.38とし、水のイオン積をKwº=14.00とする。
加えるリン酸二水素カリウムの濃度をCao, 体積をVa、リン酸水素二カリウムの濃度をCbo, 体積をVb、作成した緩衝液中のリン酸二水素カリウムの濃度をCa、リン酸水素二カリウムの濃度をCbとすると関係式は次の通り。
・平衡定数、活量係数:例題2に同じ
・物質
バランス
Ca = CaoVa/(Va
Vb)
Cb = CboVb/(Va
Vb)
Ca
Cb = [PO4][HPO4][H2PO4][H3PO4]
Ca = [K]
2Cb = [Na]
・電荷
バランス
Q = [H]
[OH]3[PO4]2[HPO4][H2PO4][K][Na] = 0
・化学種濃度:
[H]º = [H]
γH
pH = pHº
logγH
[H] = 10^
pH
[OH] = [H]/Kw
[PO4] = (Ca
Cb)/(1[H]/K3[H]^2/(K3K2)[H]^3/(K3K2K1))
[HPO4] = [H][PO4]/K3
[H2PO4] = [H][HPO4]/K2
[H3PO4] = [H][H2PO4]/K1
[K]
[Na] = Ca2Cb   

これらの関係式から、ソルバーを用いて
目的セル:Q=0
変数セル:Vb, μo
制約条件:μo-μ=0
としてVbを求めると、結果は-のようになる。
(
) Vb = 54.9 mL   

-
2024-02-18-fig5a
2024-02-18-fig5b

例題6:0.1 mol/Lのクエン酸(H3Ci) 50 mL0.2 mol/Lの水酸化ナトリウムを加えて水で100 mLにしてpHº4.6の緩衝液を作りたい。添加するべき水酸化ナトリウムの体積を求めよ。 クエン酸の酸解離定数をpK1º=3.13, pK2º=4.76, pK3º=6.40とし、水のイオン積をKwº=14.00とする。
加えるクエン酸の濃度をCao, 体積をVaNaOHの濃度をCbo, 体積をVb、作成した緩衝液中のクエン酸の濃度をCaNaOHの濃度をCb、最終の液量をVtとすると関係式は次の通り。
・平衡定数、活量係数:例題3に同じ
・物質
バランス
Ca = CaoVa/Vt
Cb = CboVb/Vt
Ca
Cb = [Ci][HCi][H2Ci][H3Ci]
3Cb = [Na]
・電荷
バランス
Q = [H]
[OH]3[Ci]2[HCi][H2Ci][Na] = 0
・化学種濃度:
[H]º = [H]
γH
pH = pHº
logγH
[H] = 10^
pH
[OH] = [H]/Kw
[Ci] = (Ca
Cb)/(1[H]/K3[H]^2/(K3K2)[H]^3/(K3K2K1))
[HCi] = [H][Ci]/K3
[H2Ci] = [H][HCi]/K2
[H3Ci] = [H][H2Ci]/K1
[Na] = 3Cb
   

これらの関係式から、ソルバーを用いて
目的セル:Q=0
変数セル:Vb, μo
制約条件:μo-μ=0
としてVbを求めると、結果は-のようになる。
(
) Vb = 40.7 mL   

-
2024-02-18-fig6a
2024-02-18-fig6b

*****************
以上、活量係数を考慮した緩衝液のpH計算と調製方法について述べました。ここでは25℃における熱力学的平衡定数を用いました。しかし他の温度における計算が必要になる場合もあります。平衡定数と温度の関係については(2023-08-27)をご覧ください。