今回は沈殿反応を伴う酸塩基滴定について考えます。その一例として、ウインクラー法を取りあげます。この方法は、Na2CO3NaOHの混合溶液をHClで滴定するとき、試料にBaCl2を加えNa2CO3BaCO3として沈殿させ、残ったNaOHHClで滴定するやりかたです。   

<<ウインクラー法>>
以前、Na2CO3NaOHの混合溶液をHClで滴定する二段階滴定法について述べました(2024-01-07)。この方法はワルダー法と呼ばれ、第1中和点の滴定量は、NaOH全量とNa2CO3NaHCO3まで中和されたときに対応し、第2中和点の滴定量は、NaOH全量とNa2CO3CO2まで中和されたときに対応するので、「第1中和点から第2中和点まで要したHClの物質量」が「Na2CO3の物質量」になり、また「第1中和点まで要したHClの物質量」と「第1中和点から第2中和点まで要したHClの物質量」の差が「NaOHの物質量」になります。   

ワルダー法に代わる方法としてウインクラー法(*1)と呼ばれる方法があります。この方法は、試料にBaCl2を加えNa2CO3BaCO3として沈殿させ、残ったNaOHHClで滴定する方法です。今回は、このウインクラー法の滴定曲線を描いてみます。
(*1) 溶存酸素の定量に用いられるウインクラー法とは別である。   

ウインクラー法では、酸塩基反応と沈殿反応が競合するので滴定曲線の式の独立変数が2個となり、ワルダー法で用いた「二分法」のテクニック(2024-01-07)を用いることができません。したがって、少しめんどうですが、エクセルのソルバー機能を用いて滴定剤の添加量ごとにpHの解を求めます。   

たとえば、Cno=0.1 mol/LNaOHおよび Cco=0.02 mol/LNa2CO3を含む試料溶液V1=10 mLCbo=0.05 mol/LBaCl2溶液V2=10 mL、水V3=30 mLおよびフェノールフタレイン(指示薬)を加えることを考えます。BaCl2を加えると沈殿が生成しますが、この沈殿生成や指示薬の添加による体積変化は無視します。この懸濁溶液をCeo=0.1 mol/LHClで滴定します(滴下量:T mL)。フェノールフタレインの変色点を第1中和点とします。さらに、メチルオレンジ(指示薬)を加えて滴定を続け、メチルオレンジの変色点を第2中和点とします。   

この条件で理論的滴定曲線を求めます。用いた平衡定数は、は-中に示しています。大気中のCO2との平衡は考えません。
各滴定段階(滴下量:T mL)におけるNaOH, Na2CO3, BaCl2およびHClの濃度(式量濃度)をそれぞれCn, Cc, Cb, Ce とし、被滴定溶液の体積をVsln = V1V2+V3+Tとすると、各濃度は次式で与えられます。
Cn = CnoV1/Vsln
Cc = CcoV1/Vsln
Cb = CboV2/Vsln
Ce = CeoT/Vsln
この濃度を基に、それぞれの滴定段階(滴下量:T mL)ごとにソルバー操作を行います。   

<<関係式>>
<平衡定数>
K1 = [HCO3][H]/[CO2aq]
K2 = [CO3][H]/[HCO3]
Ksp = [Ba][CO3]
(*2)
(*2) Ksp溶解度積と呼ばれ、沈殿の生成、溶解に関する平衡定数。沈殿平衡については今後詳しく取り上げる予定。   

<物質バランス>
[CO3’]
= [CO3][HCO3][CO2aq]
= [CO3](1
[H]/K2[H]^2/(K2K1)) = [CO3]α
(
α = 1[H]/K2[H]^2/(K2K1))
BaCO3
の沈殿量は、(Cb[Ba])よび(Cc[CO3’]) に相当するので、
Cb
[Ba] = Cc[CO3’]
の関係が成立します。
この関係式は沈殿生成の有無にかかわらず常に成立します。   

<電荷バランス>
Q = [H][OH]2[Ba][HCO3]2[CO3][Cl][Na] = 0   

<各化学種の濃度>
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Ba] = 10^-pBa
 (pBa = log[Ba])
[CO3] = Ksp/[Ba]
 (沈殿があるとき)
または、
[CO3] = Cc/
α (沈殿がないとき)
[HCO3] = [CO3][H]/K2
[CO2aq] = [HCO3][H]/K1
[Cl] = 2Cb
Ce
[Na] = 2Cc
Cn
   

<<ソルバーのやり方>
<ソルバーのパラメーター>
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH, pBa
・制約条件:R1 = CbCc([Ba][CO3’]) = 0   

<沈殿の生成・消滅の境界において>
・目的セル:電荷バランスQ = 0
・変数セル:pH, pBa T
制約条件:R1 = 0R2 = [Ba][CO3]/Ksp = 1
[CO3]=Cc/α   

<結果>>
<データ>
ソルバーを用いて計算した結果(抜粋)-に示します。   

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2024-03-31-fig1

<ウインクラー法の滴定曲線>
滴定曲線を-に示します。試料溶液にBaCl2を加えるとNa2CO3BaCO3沈殿として取り除かれ、溶液中にはNaOHだけが残ります(生成したNaClおよび余剰のBaCl2も残るが、酸塩基滴定を妨害しない)
Na2CO3
BaCl2 BaCO3 2NaCl
ここにHClを滴下すると最初、BaCO3沈殿は溶解せず、NaOHだけが中和され、NaOHが過不足なく中和された時点(1中和点)(T1 mL)においてpHが大きく変化します。
NaOH
HCl NaCl + H2O
このとき沈殿はほとんど溶解していません(沈殿率99.5%、したがって酸塩基滴定を妨害しない)
しかし、さらにHClの滴下を続けると、沈殿はしだいに溶解してやがて消滅します。これ以降はNaOHNa2CO3が中和される状態となり、これらが過不足なく中和された時点(2中和点)(T2 mL)において再びpHが大きく変化します。
試料中のNaOHおよびCaCO3の物質量は次の式によって求めます。
NaOH (mmol) = CeoT1
Na2CO3 (mmol) = Ceo(T2
T1)/2 

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2024-03-31-fig2

<ウインクラー法とワルダー法の比較>
ウインクラー法とワルダー法の比較を-に示します。ワルダー法では第1中和点(NaOHおよびNa2CO3NaHCO3の中和)pH変化がやや緩慢であるのに対し、ウインクラー法では第1中和点(NaOHの中和)pH変化が急激で、NaOHの精度良い定量が可能です(*3)
(*3) この方法は「JIS  K 85762019  水酸化ナトリウム(試薬)」で採用されている。このJIS法では、指示薬としてフェノールフタレイン溶液(変色pH域:8.310.0)およびブロモフェノールブルー溶液(変色pH域:3.04.6)を用いている。   

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2024-03-31-fig3

また、第1中和点と第2中和点の途中でCaCO3の沈殿は消滅し、それ以降のpH変化はウインクラー法、ワルダー法とも同じです(*4)
(*4) なお、第2中和点のpH変化を鋭敏にする方策としては、第1中和点以降、溶液を煮沸してCO2を除去する方法が有効である(2024-02-25)。このとき指示薬としてはメチルオレンジよりもメチルレッドを用いるとよい。