前回(2024-04-07)は、配位子の平衡濃度が既知の場合における溶液中の化学種の平衡濃度を求めました。今回は、配位子の全濃度は与えられるが、平衡濃度が未知の場合について考えます。
<<配位子の平衡濃度が未知の場合>>
一般に錯形成反応において、配位子の全濃度(式量濃度)は分かっても平衡濃度は簡単には分からない場合がほとんどです。なぜならば錯生成反応によって遊離の配位子は減少し、また錯形成反応だけでなく酸塩基反応や場合によっては沈殿反応などの副反応も関与するからです。このような場合における化学種濃度の求め方を考えます。
複数の平衡が存在する系の平衡計算において、式の近似を行って解決できる場合(*1)もありますが、すべてうまくいくとは限りません。
(*1) たとえば、金属イオンに比べ配位子が過剰に存在し、pHが特定できる場合は、配位子の全濃度から平衡濃度を近似的に求めることができる。
ここでは、Ag(I)-NH3系を例として「平衡の系統的解析法」(2023-04-02)およびエクセルのソルバー機能(2023-04-23)を用いて解く方法を説明します。
例題1 Cag=1×10^-4 mol/Lの硝酸銀溶液に全濃度がCn=1×10^-6 ~ 0.1 mol/Lとなるようにアンモニアを加えたときの溶液中の化学種の平衡濃度を求めよ。 ただし、銀-アンミン錯体の全生成定数は、logβn1=3.31, logβn2=7.23、アンモニウムイオンの酸解離定数はpKn=9.24、水のイオン積はpKw=14.00。またアンモニアの添加による溶液の体積変化はないものとする。ヒドロキソ錯体等の生成は考慮しない。活量係数による補正はしない。
「平衡の系統的解析法」(2023-04-02)に従って計算を実施する。
ステップ1: 関係する反応式は、
Ag+ + NH3 ⇄ Ag(NH3)+
Ag+ + 2NH3 ⇄ Ag(NH3)2+
NH4+ ⇄ NH3 + H+
H2O ⇄ H+ + OH-
ステップ2: 平衡定数式は、
βn1= [Ag(NH3)]/([Ag][NH3]) …①
βn2= [Ag(NH3)2]/([Ag][NH3]^2) …②
Kn = [NH3][H]/[NH4] …③
Kw = [H][OH] …④
ステップ3: 物質バランス式は、
Cag = [Ag]+[Ag(NH3)]+[Ag(NH3)2] …⑤
Cag = [NO3] …⑥
Cn = [NH3]+[NH4]+[Ag(NH3)]+2[Ag(NH3)2] (= [NH3’]) …⑦
ステップ4: 電荷バランス式は、
[H]-[OH]+[Ag]+[Ag(NH3)]+[Ag(NH3)2]+[NH4]-[NO3] = 0 …⑧
ステップ5, 6: 未知数8個([H], [OH], [Ag], [Ag(NH3)], [Ag(NH3)2],
[NH3], [NH4], [NO3])、方程式8個なのでこの式は解くことができる。
ステップ7: エクセルのソルバー機能を用いて、化学種濃度を求める。
・目的セル: Q = [H]-[OH]+[Ag]+[Ag(NH3)]+[Ag(NH3)2]+[NH4]-[NO3]
・目標値: 指定値 "0"
・変数セル: pH, pNH3 (pNH3=-log[NH3])
・制約条件: R = Cn-[NH3’] = 0
化学種濃度は、
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
αag = 1+βn1[NH3]+βn2[NH3]^2
[Ag] = Cag/αag
[Ag(NH3)] = βn1[Ag][NH3]
[Ag(NH3)2] = βn2[Ag][NH3]^2
[NH3] = 10^-pNH3
[NH4] = [NH3][H]/Kn
[NO3] = Cag
[NH3’]
= [NH3]+[NH4]+[Ag(NH3)]+2[Ag(NH3)2]
となる。
Cnを1×10^-6
~ 0.1 mol/Lと変化させてソルバー(*2)を実施し、得られた結果を図-1に示す。
(*2) ソルバーの機能:βn1, βn2, , Kn, Kw, Cagが固定値で、Cnを与えると、QとRができる限り”0”となるような最適のpHとpNH3を与える。
また、配位子の全濃度の対数値(logCn)に対する化学種濃度またはその対数値の分布図を図-2、図-3に示す。
例題2 例題1において、ヒドロキソ錯体の生成を考慮した場合の化学種の平衡濃度を求めよ。 条件は例題1と同じ。ただし、銀-ヒドロキソ錯体の全生成定数、logβo1=2.0, logβo2=4.0を追加する。
ステップ1: 関係式は例題1に加えて、
Ag+ + OH- ⇄ AgOH
Ag+ + 2OH- ⇄ Ag(OH)2-
ステップ2: 平衡定数式は例題1に加えて、
βo1= [Ag(OH)]/([Ag][OH])
βo2= [Ag(OH)2]/([Ag][OH]^2)
ステップ3: 物質バランス式は、
Cag = [Ag]+[Ag(NH3)]+[Ag(NH3)2]+[Ag(OH)]+[Ag(OH)2]
Cag = [NO3]
Cn = [NH3]+[NH4]+[Ag(NH3)]+2[Ag(NH3)2]
(= [NH3’])
ステップ4: 電荷バランス式は、
[H]-[OH]+[Ag]+[Ag(NH3)]+[Ag(NH3)2]-[Ag(OH)2]+[NH4]-[NO3]= 0
ステップ5, 6: 未知数10個、方程式10個なのでこの式は解くことができる。
ステップ7: エクセルのソルバー機能を用いて、化学種濃度を求める。
・目的セル: Q = [H]-[OH]+[Ag]+[Ag(NH3)]+[Ag(NH3)2]-[Ag(OH)2]+[NH4]-[NO3]
・目標値: 指定値 "0"
・変数セル: pH, pNH3
・制約条件: R = Cn-[NH3’] = 0
化学種濃度は、
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
αag = 1+βn1[NH3]+βn2[NH3]^2+βo1[OH]+βo2[OH]^2
[Ag] = Cag/αag
[Ag(NH3)] = βn1[Ag][NH3]
[Ag(NH3)2] = βn2[Ag][NH3]^2
[Ag(OH)] = βo1[Ag][OH]
[Ag(OH)2] = βo2[Ag][OH]^2
[NH3] = 10^-pNH3
[NH4] = [NH3][H]/Kn
[NO3] = Cag
[NH3’]
= [NH3]+[NH4]+[Ag(NH3)]+2[Ag(NH3)2]
となる。
Cnを1×10^-6
~ 0.1 mol/Lと変化させてソルバーを実施し、得られた結果を図-4に示す。なおAg2O(s)の沈殿生成の有無を確認するために[Ag][OH]/Kspの値を求めた(pKsp=7.71)(*3)。
(*3) (1/2)Ag2O(s) +(1/2)H2O ⇄ Ag+ +
OH-
また、配位子の全濃度の対数値(logCn)に対する化学種濃度の対数値分布図を図-5に示す。
アンモニアおよびアンミン錯体の濃度に関して、図-5は図-3とほとんど同じであり、銀-ヒドロキソ錯体の生成は銀-アンミン錯体の濃度分布にあまり大きな影響を与えないことが分かる。
また常に[Ag][OH]/Ksp≦1なので、Cag=1×10^-4 mol/Lの硝酸銀溶液の場合Ag2O(s)の沈殿は生成しないことが分かる。






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